【相反】
 Episode 2 ..... Cain



 兵学校に俺が一年早く入って、セシルはその間、いいな、いいなと連呼していた。余程幼馴染でいつも一緒にいた俺と離れてしまうのが寂しかったのか、最初の頃は毎日のように門の前に来ていて、授業が終わるなり俺たちは一緒に遊んだものだった。
 それが、セシルが兵学校に入学してしばらくして、最上学年だったベイガンと知り合うと、それが途端に、嘘のようになりを顰めて。毎日毎日、俺はベイガンと一緒にいるセシルを見せつけられた。
 当時は嫉妬とか独占欲とか、そんな難しい言葉を知らなかったから、ただただ苛立ちだけがつのっていって――――
 気付けば俺の心は、随分と黒く汚れてしまっていた。

 セシルのロッカーは一年のロッカールームの端の、一段奥まったスペースにある。
 毎日俺はロッカールームに入る。そしてセシルのロッカーを開ける。きちんと、男らしくなく綺麗に片付けられたロッカーの中。俺はざっと中を見回して、先ずはベイガンつながりの何かがないかを確認する。
 何もないことを確認すると、幾分ほっとしながら、おもむろに俺は教科書を取り出して、一思いに破る。その後ノートも同様にぼろぼろにする。昨日俺が直したばかりのそれは酷く脆かった。
 びり、
 びり、
 びりびり、
 そうしてロッカーの中をぐしゃぐしゃにして、絶対セシル一人じゃ片付けられないような状態にして、最後にノートの切れ端を手に取って、俺の字だとは絶対解らないように、汚い字で、セシルを罵る言葉を刻む。
 それをロッカーに貼り付けて、俺はロッカーを出た。

 幸か不幸か、未だに誰かに見つかったことはない。

 セシルが帰ってくる時間帯に合わせて、俺はロッカールームを覗く。予想通り、というか毎日そうしているのと同じ姿勢で、セシルは荒らされたロッカーを前に、俯いてノートの切れ端を丸めていた。
「セシル、」
 セシルは半分泣きそうな顔で振り向き、俺を見て安心したのか、ほっとしたような表情になる。頬が緩みそうになるのを堪えて、意識して無表情を作る。
「カイン、…今まで練習?」
「いや―――竜に餌やってた。」
「あぁ、そっか。」
 俺は今気付いたかの風に装ってロッカーを見て…眉を顰め、黙って中を片付け始める。セシルが慌てて、
「あ、いいよ、僕がやるから…」
「気にすんな。」
「……ありがと、」
 セシルが俺に礼を言う。『誰か』の悪意に晒された後だからか、殊更嬉しそうに。背筋がぞくぞくする。
 と。
 ひらり、と破られたノートから白い紙が落ちた。俺はそれを拾い――
「セシル、お前、まだ出してなかったのか?」
「え?……あ、」
 進路希望調査票。
 セシルの綺麗な字で名前が書いてあるだけ、後は白紙のその紙を渡す。セシルは困惑した顔になって――視線を逸らすかのように、俯いた。
 俺は不思議になる。セシルは昔から、陛下の役に立ちたいから、と暗黒騎士になりたいと言っていた筈だ。何を悩む必要があるのだろうか。
「提出締め切り、過ぎてるだろ。」
「う、うん……」
「お前、暗黒騎士だって、言ってなかったか?」
「あ、うん……そうなんだけど…ちょっと……」
 それだけでぴんときた。
 確かあの野郎――ベイガンの進路は近衛隊だった筈だ。
 一緒に行きたいのか。
「お前、俺よりあいつが良いのかよ。」
 思わず本心が言葉に出た。
 だが幸いにもセシルには聞こえなかったらしい。
「え?」
「いや……なんでもない。早く決めろよ。」
「…うん。」
 俺はあらかた片付いてしまったロッカーの扉を乱暴に閉め、床に置いておいた鞄を掴み、セシルに行くぞ、と声をかけて背中を向けた。

 その翌日、俺は学校が休みで、陛下に呼ばれた。
 昔から陛下は目に入れても痛くないほど可愛がっているセシルと仲の良い俺を信用していて、セシル関係のことで問題が生じたときには、理由を俺に聞くことが多かった。
「セシルがまだ進路希望調査票を出していないというのだが。」
 やっぱりそれか。俺は予想が当たってほっとして、
「セシルは暗黒騎士になりたいらしいです、陛下。」
「それは前から聞いているが…ならば、どうして迷う必要があるのかね?」
 俺は尊敬する陛下に嘘を紡ぐ。
「暗黒騎士は陛下の任命が必要ですから…お世話になっている陛下に、これ以上の恩を受けるのが心苦しいみたいです。」
「そんなことで……あれは真面目だからな、」
「ですから、陛下から…その、セシルに、暗黒騎士になってはどうかと、おっしゃられたらどうでしょうか…」
 陛下はいとも簡単に頷いた。そうだな、と。そして、カイン、お前は本当にセシルの良い友達だな、これからも仲良くしてやってくれ、とおっしゃった。

 どういうわけか、セシルの進路が決まって、ベイガンと離れることを確信してからは苛々しなくなっていた。ロッカーを荒らす必要性も感じなくなっていた。俺は浮き浮きして綺麗なロッカーの前で不思議そうに目を擦っているセシルに声をかけた。
「セシル、」
「あ、カイン。…見て、今日はロッカー綺麗なんだよ。」
「そうだな。…良かったな。」
「うん…」
「進路、暗黒騎士で出したんだって?ローザから聞いたぜ。」
「うん、陛下にも勧められたから、」
「俺も良いと思うぜ。良かったな。」
「うん…」
 これでセシルはベイガンと一緒じゃない。暗黒騎士は竜騎士と授業が一緒のことも多い筈だ。こうも気分が高揚しているのは久しぶりで、あまりにも多弁なものだから、セシルが訝しそうに俺を見ている。
「さ、進路も決まったことだし、お祝いに飯食おうぜ。」
「あ、うん、」
 慌てて鞄を持ち直したセシルの背を押して、俺は口笛を吹きながらロッカールームを連れ立って出る。


 既に破綻しつつある関係だなんて、思いもせずに。






 ベイガンに憧れるセシルに嫉妬のあまりいろいろやってしまうカイン。

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