あの日の記憶
「伊吹」
無遠慮に部屋が開けられる。
「兄上!待ってましたよ」
座るかと思えば、和泉は直進し、襖を開ける。
「やっぱココは良いですねー!変わらない」
風を感じつつ、しみじみと言う。
「帰ってきて、昔が蘇りました。変わらない国の景色…」
草、木、花、風、一つ一つが懐かしい。
何処で感じても同じものなのに、やはり違う。
懐かしくて、切なくて、愛しい。
「よく守ってくれましたね」
「あに…うえ…」
その言葉に、伊吹はふにゃーっと泣きそうな顔をする。
「俺は全て失ったと…でも…良かった」
氷雨との一戦後、和泉はあの日のことを話した。
全ては、守るための戦。
あの戦の前。そう、大分前だった。
父上は敵方へ、といった。
「嫌です!私は家を継ぐ人間。ここで戦」
「和泉」
自分の言葉は、父の声に遮られた。
「どっちが勝っても血を残すため」
「!」
「血さえあらば、何度でも蘇られる」
「でも…」
「幼い紅邑は聞かぬし、殿の養子。お前が血を守るのじゃ」
その言葉に、弟の顔が浮かぶ。
笑顔で、勇敢で、でも泣き虫。
きっと今頃、自分の部屋で平和への夢を見ているのだろう。
「…分かりました」
守りたい。ううん、守ろう。
内通というカタチで家にいた。
苦しかった。父が私への勲功のため、優しさを与えてくれること。
自分の家が不利になっていく。私の手で。
天下の知恵者の子である私は敵の主の前で、縛られていた。
裏切らないように。
それでいて、自国の攻略法を敵に言わされる。
落城は、とても苦しかった。
敵方の主の首を斬ってやりたかった。
自害したかった。
生き残り、という辱めを受けながらも結姫に気に入られ
閉じ込められた。人目に触れぬよう。逃げていかぬように。
全ては、守るための私の戦
「帰ってきて見覚えのある光景に、慕ってくれる人々。本当にうれしいです」
「兄上…辛い思いをさせて…」
伊吹は言葉につまる。
この辛さは、自分のものだと思っていたからだ。
皆死んだのだと。まさか敵方で、同じように苦しんでいるとは思わなかった。
何も失ってはいなかった。
家族は自分を守り、未来へ繋げてくれたのだ。
「泣かないで下さいよー」
昔と同じように、頭をなでる。
「笑われますよ?」
「?」
伊吹は「へ?」と首を傾げる。
にこーっと笑い、伊吹は入り口を開ける。
するとそこには、一ノ氷、おすず、霧乃がいた。
「主から盗み聞きはいけませんよ?」
「さすが和泉様…」
息も気配も気をつけていたつもりだったのに、と顔が引きつる。
「壱は?」
伊吹は呆れながら問う。
「姫と一緒に寝ちゃいました」
「そうか。…覗き見するくらいなら堂々と入れ!」
(それでイイの!?)
心の中でツッコミつつも、3人は苦笑いして誤魔化す。
「よーし、今日は皆で寝ましょう!」
和泉の思いつきに、皆が振り向く。
「早く布団もっておいで。寝ないはなしですよ!」
どうもこの笑顔にはかなわない、と忍達は布団を取りに部屋へ戻る。
それを見送り、和泉は伊吹に優しく微笑む。
「ただいま」
伊吹はぽろぽろ涙を零しつつ、幼い頃と同じ笑みを見せた。
「おかえりなさい!」