< 7 >その晩会社から帰宅した父さんに、母さんは子猫の話をした。趣味の植物プランターを寝床にされても怒らない父さんは、母さんに負けず劣らず子猫ファンであった。 私は普段通り風呂に入り、机に向かった。ろくに集中はできなくて形ばかりの勉強をしていると、玄関のドアが閉まる音が聞こえた。勉強を後回しにして、私は部屋のカーテンを少しだけ開けた。 からん、ころん、からん・・・。 家の前の暗い道に、サンダルで歩く音が響く。電信柱の灯かりの下まで来ると、音は止まった。 父さんと母さんは、懐中電灯を片手に例のマンホールを見下ろしていた。しばらくして、父さんは懐中電灯を母さんに渡し、どこから持ってきたのか昼間田中さんが持っていたような鉄の棒で、マンホールを開けた。そして、母さんが照らす懐中電灯の光を頼りに、父さんはマンホールの中に入った。すっぽりと入ってしまったので、二階の窓からは母さんが一人、開いているマンホールを照らしているようにしか見えなかった。 何をしているんだろう? 私はどきどきして、それを眺めていた。 しばらくして父さんが地面に這い上がってきた。母さんの手を借りて地上にのぼり、背中を反って伸びをした。そして二人がかりでマンホールを閉めた。 その後二人は、今度は例の側溝のほうへと向かった。窓からでは、生け垣に遮られて何をしているかが見えなかった。だが、何かをしているのは確かだった。 からん、ころん、からん・・・。 二人はいそいそと家に戻る。 誰もいない夜の道を、電信柱の灯りが落ちる。 完全に勉強の手を止めた私は、窓を開けて子猫の声が聞こえないかと耳をすませた。 子猫の声はしなかった。代わりにしばらくして、ポツリ、ポツリと雨が降ってきた。「あぁ、ついに・・・」そんな気持ちで、私は窓を閉め、カーテンを閉めた。 翌日、雨はざあざあと降っていた。 食卓では母さんが通夜のようなオーラをかもし出し、朝食はあまりおいしくなかった。あまりよく眠れなかったせいか寝坊をしてしまい、学校の支度は嵐のようだった。 「いってきまーす。」 玄関を開けると、雨は容赦なく私を出迎えた。風が強くないことだけが救いだ。傘を差し、歩き出す。玄関前の石段を降り、バス停へと歩き出し・・・振り返る。 側溝のふたは開いていた。そして、その中から木の板がのぞいていた。昨夜雨が降る前に、父さんと母さんがしていたことがわかった。どこかにいる母猫が、子猫を助けやすいようにしたようだ。つまり、側溝のふたを開けっ放しにして、梯子代わりに木の板を斜めに入れておいたのであった。効果があったかどうかは、別として。 側溝の近くまで行き、私は家の壁と生け垣の間を見つめた。 人間は弱かった。 自然からいろいろなものを作り、強くなったと思っていただけだ。小さな猫のいのち一つ、自分達が作り上げたマンホールや側溝の中から探し出すことすらできなかったのだから。そして、野良だから、関係ないから、と事実上見捨てたのだから。 母猫は、訳の分からない人間のツクリモノのせいで、自分がすぐに子猫のもとに行けなくなったことをどう思っているだろう・・・。 傘にたまった雨が、視界の端で流れ落ちる。 その時私は、自然とツクリモノの‘間’から、子猫の声が聞こえたような気がした・・・ |