終章 残されたもの
 
 気が付くとそこは、森里山のバス停だった。
 雨上がりのせいか地面は濡れていて、少し肌寒かった。
「どうやら、戻ってくることができたようだな」
 初老の男が溜息をつく。
「そのようですね」
 私の手には、オルゴールが内蔵された人形が握られていた。硝子細工の人形で、瞳の部分だけ、赤い石を埋め込んである。
 ふと、女性記者のことを思い出した。
 
『マヨイガに入った人は、その家の物、何でも良いから持ち出せって言うわ。幸福になれるんですって』
 
 『世界館』も、マヨイガだったのだろうか。人影はあったが、人ではなかった。人ではなかったけれど、とても人間らしかった。
 私はゆっくりと、人形についているゼンマイをまわした。
 聞き覚えのある旋律が流れ出す。
 少女が歌っていたものだ。
「これは、あの館へ誘われたときに聞いたものだな」
 初老の男は、そう言った。
「この子が、ピアノを弾きながら歌ってくれましたよ。『世界館』を歌っていました」
 
 月のない夜 星のない夜
 闇に包まれた楽園が 目を覚ます
 
 回らないメリーゴーランド
 動かないティーカップ
 首のないピエロが踊れば
 羽根のないドラゴンが火を吹く
 
 積木の城に
 ギニョールの兵隊
 紙人形のお姫様を救うのは
 蝋人形の王子様
 
 月のない夜 星のない夜
 闇に包まれた楽園が 騒ぎ出す
 
 進まないジェットコースター
 開かないお化け屋敷
 腕のない人魚が歌えば
 角のないユニコーンが駆け出す
 
 硝子の船に
 マリオネットの海賊
 泥人形の魔物を倒すのは
 磁器人形の勇者様
 
 月のない夜 星のない夜
 そんな日は楽園が 動き出す
 
 真夜中の遊園地
 あるはずのない楽園
 愛のない解けない魔法で
 姿なき憎悪が甦る
 
 悲痛な声
 動き出す住人
 届かない祈りの声を叫び続けて
 光の中を彷徨う
 
 月が笑う夜 星が歌う夜
 光に包まれた楽園が 眠りつく
 
 遠くからエンジン音が近付いてきて、バスがやってきた。
 ゼンマイが切れる。
 痛む足を引きずりながらバスに乗り込むと、私は最後尾に座った。
 すぐにバスが出発する。
 窓の外を眺めると、あの屋敷は燃えてしまったというのに、山の外観はまったくかわっていなかった。
 全てが幻のような気がして、私は手の中の人形を握りしめる。
 ふと、バスの中に初老の男が乗っていないことに気が付いた。慌てて後ろを振り返ったが、姿を確認することはできなかった。
 その後「森里村」の駅でバスを降り、電車に乗って男と初めて出会った駅に戻ってきた。
 ホームには、誰もいない。
 私の買った切符は、初老の男が見せてくれたのと同じ日付が書かれている。
 私は溜息を一つついて、足を引きずりながら歩き始めた。リュックサックを背負い、足をかばって歩いているせいか、自然私は、やや右肩が下がった前屈みの姿勢になっていた。
 駅を出ると、頬をくすぐる夕暮れの風は、いつの間にか秋の匂いを運んでいた。

 
 
 
                           (終)

 
    □ □ □ □ □ □ □
 
    長かったです。ちっとも短編じゃありませんでした。
    説明ページからリンクされているのが、各章の先頭だけなので、
    色々と見にくい感じになってしまいました。すみません。
    そうそう、松尾芭蕉は白河の関を発見できなかったらしいですね。
    私、奥の細道は、しっかりはっきりなんて読んでいません。
    (というかこの話、奥の細道に意味はあったのか?)
    柳田圀男は、漢字がアバウトですし…。
    昔に書いたものですが、不勉強な上、かなり無謀だったと思います。
    それでも今回HPに載せてみて、今では書けない内容だと思いました。
    
    この話の載っている部誌をもし持っていたら…。
    アマガツはアマソギと間違っているので直してやって下さい。
    あとラストは部誌とは違います。こっちの方がくどい感じ…?
    
    ここまで読んで下さってありがとうございました。
 
    素材提供:珠のつばさ
    ヨウメイ様、素材を使わせて頂きましてありがとうございます。
    (写真は教会なんですよね…でも、イメージに合っていたのです)

 

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