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南方大陸の北のはずれで あるはずのない事故が起きた 東方大陸の南のはずれで 少数民族の争いが勃発した 西方大陸の東のはずれで 国が一つ歴史から名を消した それは 本来ならば結びつくはずのない出来事 だが確かに その時から歴史は動き出していた―― |
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〜Prologue マドロミノ キオク〜 |
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そこは、いつでもお気に入りの場所だった。 上方には空が広がり、その下には青々とした山脈がそびえている。前方には静かに大河が流れ、その手前では人々が畑を耕している。 そよ風に、草が波うち、木々がざわめく。 木漏れ日の眩しさも、草の匂いも、大地の温もりも。 みんなみんな大好きだった――。 「サト!今日は剣のけいこをしよう!」 青い空に、白い雲がたなびいている。 それほど高くない草を掻き分ける度、金色の髪がさらさらと揺れた。 目的地は、数本の木が枝葉を広げる丘陵の中心。 幼い少女が緩い勾配を走り、その数歩後ろを、髪に白いものが混じる男が、ゆっくりとした歩調で歩いている。知命を越えた程の男は、孫でも見るかのように少女を眺め、息を零(こぼ)した。 「お嬢様。その口調はいけないと、いつも申し上げておりますのに」 目的の場所に到着した少女は、木に寄り掛かって息を整える。それから男の方を向いた。 「そんなことより、こんなに良い天気なんだ。剣のけいこをしよう!」 明るい笑顔でそう言えば、少女のもとに辿り着いた男は肩を竦めた。 「今日は勉強をする約束でございますよ?」 それなのに、屋敷を抜け出してきて。 男は悲しそうな顔をした。 「お嬢様はこのサトとの約束をお破りになるのですね?」 「そ、そうは言ってない!……だけど…その…」 勉強は嫌いなんだ、と言って少女は俯いてしまった。 男はその場に座り、彼女と目線を合わせた。年輪を感じさせる手が、金色の髪を優しく撫でる。 「こんなに良い天気の日に、本に向かうのは確かにもったいのうございます」 「……うん」 「しかし、剣の稽古は、訓練場でもできますね?」 「……」 少女がこくりと頷いた。ただ、頭では分かっていても気持ちは納得できていないようで、顔が歪んでいる。 男はそんな少女を安心させるように微笑んだ。 「こんな日には、ゆっくりとお昼寝をするのが一番だとは思われませんか?」 少女は「え?」と口を開いて、空色の瞳を男に向けた。男はそれに気付かないといった体で、困ったような顔をして呟く。 「おや、これでは私も約束を破ってしまいますねぇ」 それから少女に片目を瞑ってみせる。 その瞬間、少女の顔に喜色が浮かぶ。 「……!サト、大好き!」 少女は満面の笑顔で、目の前にいる男に抱きついた。男は苦笑しながら、その小さな身体を受けとめる。 それは風が丘陵を優しく包み込む、良く晴れた日のこと――。 お気に入りの場所で、大好きな人と一緒に、一日の大半をそこで過ごす。 これ以上はないと言うくらいの幸せ。 そんな日が永遠に続くと、そう信じて疑わなかったあの頃。 |
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