| 雁われの秋茄子は所帶の珍味 全一章 泉鏡花作 |
(八日)寝床ではらんばひに成つて立續けに煙草を喫み、それから新聞を讀むこと例の如し。今日も曇だと見えて、摺込みの美人の顏が皆茫乎して居る。彼方此方拾ひ讀みをする内、土手のはづれを、鰹の鹽辛、烏賊の鹽辛と呼んで通る。あゝ、又寢坊をした。早朝納豆の聲を聞かざる事久しいものなり。
此の頃から瑠璃淺葱朝顔の花、臺所の垣根に小さく、朝寒の膚に染む。此の花に封して楊枝を使ふに、夏は眠さうな女が好く、秋は朝寢をした男が好い、と負惜みを云つて、番茶熱の熱いのを飲む。膳の香の物益々香し。雁われの秋茄子は、鮎の味がすると思へ、所帶持の珍味なり。さて庭へ出る、と言ふと廣さうなれど、縁側を五歩ばかり縦に歩行く寸法と、庭下駄で圓く一廻りするのと相同じ。昨日一昨日の雨に萩は散りぬ。紫苑亂れて雲に似たり。其の中に、眞紅のダリヤ咲きかゝる。薄に遊んだ黄色な蝶、浦島草に一寸留る。
それから惡い癖ながら、掻卷で寢轉んで、二葉亭さんの集本を讀返す。書生君が散歩の節、神樂坂の古本屋で見つけて來たもの。夢がたり。くされ縁。肖像畫。酒袋。四人共産團。 狂人日記等あり。一册に綴ぢる、クロオス仕立で、二葉亭集と題したり。可懷くも床しきかな。
【完】
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