斧琴菊よきこときく例言れいげん     全一章     泉鏡花作

 表見返おもてみかへしに眞筆しんぴつ謄寫とうしやし、篇中へんちうかゝげたるは、芥川龍之介氏あくたがはりうのすけしかつちひさき全集ぜんしうのためにあたへられたる推奨すゐしやう名文也めいぶんなり

 推奨すゐしやうしか推奨すゐしやうといはむ,しかれども、ひろ江湖かうこはんしたる廣告報條くわうこくはうでうなるゆゑもつて、讚賞さんしやうげん相當あひあたらざるはいふをたず、當面たうめん作者さくしやいかんぞ自省じせいして慚汗ざんかんせざらむとほつするもむや。

 しかるを今敢いまあへてこゝに収録しうろくする所以ゆゑんのものは、黄絹幼婦くわうけんえうふしやう寶藏はうざうし、はた友愛いうあいじやう紀念きねんせむとする衷心ちうしんほかならざるを、諸賢しよけん諒察りやうさつをたまはらばさいはひなり。

 昭和せうわ六年ろくねん九月中旬くぐわつちうじゆん殘暑盛夏ざんしよせいかしのゆふべ佐藤春夫氏さとうはるをし愛誌古東多万あいしことだま名苑めいゑん一莖ひとくき野草のぐさへむがため、溽暑じよくしよいとはず、番町ばんちやう借家しやくやはる。兼約けんやくなり。日薄暮ひはくぽ草稿成さうかうなる。かひあなに ーー 河童かつば河童かつぱ河童かつばわづかにけたり。河童かつばる ‥‥‥ ことの、ことといふを、だいくはふベきか、いなか、打案うちあんずることやゝひさしうして、やがてしるさむとせしをりなりけり、佐藤氏さとうしくるまたるは。立迎たちむかへ、しやうずるとともに、
 「谷崎たにざきさんのは出來できましたか。」
 「いましがたとゞきました。岡本をかもとから、」 とはる。
 「だいは。」 とふ。
 「覺海上人天狗かくかいしやうにんてんぐになること。」
  や、名將めいしやうの「こと」のかいたるはた颯爽さつさうとしてはや城頭じやうとうひるがへれるなり。後馳おくればせに同色どうしよくはたをひらめかすをぢて、佐藤氏さとうしにもはでやみにき。いま一字いちじへてだいとしたるは、すこしくおもひてつして、つひとり執着しふぢやくあざけるのみ。

 九九九會小記くわいせうき掲載けいさい雜誌ざつし書架しよか一册いつさつひとしてありはさず、三田文學みたぶんがくもとじめ、瀧太郎たきたろう水上みなかみさんに、夜宴やえん席上せきじやう一部いちぶ分配ぶんぱいあたか勘定かんぢやう割前わりまへごと頼入たのみいる。混沌こんとんたる宿醉しゆくすゐのあくるあさきよ、そのおとうさんの一粒ひとつぷだね、大祕藏だいひざう愛子あいし名代なだいのわんぱく、優藏坊いうざうばうや、いたいけざかりの三さいなるが、距離約二百きよりやくにひやくメートルのやしきより、おかあさんにをひかれたり、はなしたり、玲瓏れいろうたる冬晴ふゆばれの町内ちやうない大銀杏樹おほいてふのもみぢのあたり、んだり、まはつたり、けたり、來到らいたう帽子ばうしひからし、ちひさなくつをどらして、ひらりと敷居しきゐ刎越はねこすや、溌剌はつらつとしてんでいはく、
 ぢいちやん ‥‥‥
 「あい。」
 とおやぢおほいなるをうつくしく莞爾くわんじみつゝ、三田文學みたぷんがくをそのより、これをにする、さながら九九九くわい席上せきじやう大盃たいはいにて白鷹はくたかくるがごとく、うれし。おもひがけず、幼麒鱗えうきりん助手じよしゆたり。しゆくしておもふ、このほん、あたると、をぢさん慾張よくばる。お使者ししや天眞てんしんぢずや。いうちやん、をかしいね。

 深川淺景ふかがはせんけい ーー
 「お船藏ふなぐらがついちかくて、安宅丸あたけまる古跡こせきですからな、いやさういへば、とほめがねをつたで ‥‥‥ あれ、ごらうじろと ーー 河童かつば子供こども囘向院ゑかうゐん墓原はかはらで、いたづらをしてゐます。」
 「これ、芥川あくたがはさんにきこえるよ。」

 東京日々新聞社計劃大東京繁昌記とうきやうにち/\しんぷんしやけいくわくだいとうきやうはんじやうき筆者分擔ひつしやぶんたん下町篇したまちへんのうち、わが深川ふかがはまへに、万太郎まんたらうさんお得意とくい雷門以北かみなりもんいほくあり。ひとほそのまへに、芥川氏あくたがはし本所兩國ほんじよりやうごく佳篇かへんあり。囘向院ゑかうゐんじよするところ、  ーー 僕等ほくらはこのはかあとにし、今度こんど又墓地またはかちおくに ーー 國技館こくぎくわんうしろにある京傳きやうでんはかたづねてつた。

 この墓地はかちぼくにはなつかしかつた。ぼくぼくともだちといつしよに、たびたびいたづらに石塔せきたふたふし、寺男てらをとこばうさんにひかけられたものである ーー

 この一節いつせつのあるによる、河童かつばとの交渉かうせふは、串戯じやうだんにも眞面目まじめにも、あまねられたればなり。

 うら見返みかへしにうつしたる、はだぬぎの天女てんによ婀娜あだなるは、篇中へんちうのいづれよりか、おみときをねがふ。繪探ゑさがしとかいふものならず、通讀つうどくふる謀略ぼうりやくにてもなし。ほんのぼつちやんぢやうちやんが、はる日永ひながのおなぐさみまで、といふ。これしかしながら、えらい文士ぷんしむづかしき創作家さうさくかのせざるところ、たゞそれ小説作者せうせつさくしやたわむれにこのむもの
                    (昭和九年三月吉日)



              【完】


表紙


 
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