私の事

泉鏡花

全一章


 打績うちつゞ蒸暑むしあつさ。漫歩そゞろあるきして立寄たちよらば、かゝときいろすゞしかるべき、清水しみづだに紫陽花あぢさゐかず。今日けふまた夕方ゆふがたより、向島むかうじま花園くわゑんなる喜多野きたの別荘べつさうにて、幹事かんじ岡田をかだ八千代やちよさんとて、ほたる打水うちみづつゆふ、やさしきくわいもよほしあるさへ、俥?くるま をせざる本意ほいなさよ、いな卑怯ひけふさよ。わたし宿醉ふつかゑひのためとへど、彼處かしこあつまる豪傑がうけつれんは、心掛こゝろがけわるやつ盆前ぼんまへゆゑとあはれむはまだしも、意地いぢわるいのは、はへ可恐こはがるとあざけるなるべし。豈蠅あにはへなどをおそれんやと、團扇うちは張肱はりひぢしながら、蚊遣かやりかうをむら/\といぶして、半減はんげん晩酌ばんしやくに、さかなほそ隱元豆いんげん玉子たまごとぢたべものゝ可愛かはゆきこと處女しよぢよふべし。いづくんらん、處女しよぢよ節季せつき勘定かんぢやうたひらかならず、とう椅子いすふるいのに微醉ほろゑひのじだらくして、田岡たをか嶺雲れいうん數奇さくきでんむ。かれこひ自叙じゞよして、(月見つきみさうのやうなをんな)と、山峡さんけふ津山つやまがはなつつきに、つゆたもとしぼところ、ページをひるがへして涼氣れうき颯爽さつそう。(十二日夜)






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