『數奇傳』序

泉鏡花

全一章


      明治四十五年五月

 いまむかしをはず、おもひうちにあまときこゑなくことばなく、ひとへにさし俯向うつむかるゝはじやうせつなるなり。うつくしきをんなはよし、をとこ風情ふぜいしたらむを、きみ如何いかにみそなはす。むねさへ、こゝろさへ、筆紙ひつしのよくつくすところにあらずと、もすればひとふ。われらはふべからず。英雄えいゆうひとあさむくとか、作者さくしやは、よし、みづからをあざむかむまでも、じやうせつなればせつなるだけ、おもふことはむとすること、うつださずしてならむや。りながらさんぬるきみ臥床ぐわしやううへにあり、おひひしよりはせたまはぬ、なつかしきのおんおもてにむかひしときよ、掻卷かいまきそでそでして、たゞ、しばらくとひたるのみ、こゝろ、いかでふでにせむ。いまなみだのさしぐまるゝを、女子ぢよしごとしとわらはれなむ。幾度いくたび幾度いくたびか、繰返くりかへしたる自叙じじよでんまたこゝにひもとくときおもへらくきみ神州しんしう男兒だんじなり手中しゆちうけん、いまだかつそうのためにをこぼさず、たとひさうあしはまゝならずとも、居合ゐあちに病魔びやうまれ。われら見舞みまひしをりからそらくもりたれど、きみ新宅しんたくのきあかるかりき。



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