數奇傳より銷魂記

田岡たおか嶺雲れいうん

(1)打棄うちすてられたやうまちである

 ふでによつて瑣細さゝい報酬はうしうは、到底とうてい當時たうじ放縦はうじう生活せいかつさゝふるにらなかつた、それ學校がくかうへてのち何時いつまでをもてしなくあに保護ほごもとつことははなはだしくやましかつた、餘儀よぎなく、にとつてはきはめて適任てきにんなる學校がくかう教師けうしとして作州さくしうおもむくことに決心けつしんした。

 岡山おかやままでは汽車きしやそれよりきたへ十六やま沿かは沿ひ、おくおくへとくるまられてく、人間にんげん境涯さかひはなれでさびしいさびしいくにてしもなくきこまれてくやうで、れず心細こゝろぼそなさけなかつた。たゞ折節をりふし初夏しよかの、若葉わかばめてけむ小雨こさめに、やまみづみどりにほうて、太古たいこのやうなしづけさはうれししかつた。

 津山つやまは、やまかひに、打棄うちやられたやうな置忘おきわすれられたやうなまちである。其南そのみなみながるゝ津山つやま瀬音せおとほかには、まとわかこやま沈黙しゞまふうじられてものひゞきもせぬやうなまちである。くろずんだ家並やなみふるび、まちうへまばらな人通ひとどほり、こと士族しぞくまちすたれた石垣いしがきかたむいた門柱もんちふ歯抜はぬ歯抜はぬけの屋敷やしきあと茫々ばう/\くさしげれる、いずれにも老衰らうすい廃頽はいたいとをおもはせるまちである、活動かつどうのない生気せいきのない、文明ぶんめい機械きかいとにとほざかつたまちである。空想くうそうあこが功名こうみやうゆめみ、やから風雲ふううんのぞんで焦悶しようもんする生若なまわが、どうして薄闇うすぐらわびしいところに、呆然ほつねん何時いつまでかへられやう、いわん其日々そのひゞ仕事しごとが、塗板ボールドまへ椅子いすゑて、きた蓄音機ちくおんきやくつとめる教師けうしたるにてをや。

 孟子もうし天下てんか英才えいさいそだつるを人間にんげん至楽しらくいちにさへかずへた。教育けういくといへば如何いかにも趣味しゆみある事業じぎようらしい、しかそれ自分じぶんのまゝに精神的せいしんてき人物じんぶつ薫化くんか陶冶とうやすることが出來できうへことだ。今日こんにちやういち規則きそくづくめに形式けいしきづくめに、ヘルバルトがこうのペスタロヂがどうのと、それなに面白おもしろい。從使よしんばひと女房にようぼうぬすんでゐても、生徒せいとまへると品行ひんこう方正ほうせい權化ごんげででもあるうなかほをしてゐればそれむ、教育けういくとは僞善ぎぜんまたである。校長こうちようまへでは逡巡しりごみして小使ごづかひまへでは威張いばる、諂諛てんゆ禮讓れいじよう心得こゝろへ曲謹きよくきん恭敬きようけい心得こゝろへてゐる、教師けうしといふものほど卑怯ひきよう卑劣ひれつものい。教師けうしといひ教育けういくしやといふものごときものでければならぬとすれば、それなん面白味おもしろみがある。教師けうしといふものいやものだ。自分じぶん意思いしげてかたまつたおこなひをすることうしろめたくてには出來いきぬ、野性やせいおびびたには鼻面はなづらけて引廻ひきまわさるゝやう檢束けんそくには到底とうていへられない。

 まへ一度いちど教壇けうだんつたことはある、しかそれはたつた一にちであつた。くに先輩せんぱいひと推薦すいせんで、日本にほん中學ちうがくやとはるゝはずになつた、受持うけもちは三年級ねんきう漢文かんぶんである。三年級ねんきう中學生ちうがくせいちゆうもつとぎよがたものださうだ。そん加減かげんらない、すこおく驅附かつけて教場けうじようはいると、生徒せいと多分たぶん休課きゆうかだらうとおもつてあてはずれた不平ふへいであらう、一せひにワーツとときこゑあげる、それ新任しんにん挨拶あいさつでもしてサツ/\と引上ひきあげて仕舞しまいへば無事ぶじであつたらうが、そんなことくにはあまりりにわかかつた、かまえはず生徒せいと輪講りんこうめいじた、生徒せいと質問しつもんことよせて議論ぎろん吹掛ふつかける、教場けうじよう喧器けんき混亂こんらんおちいつた。其内そのうちときかねなるつた、立去たちさらうするあとからなぐれとあびせかたものがある、聞捨ききずてにすべきはずを、いかりねては、振顧ふりかへつて喧嘩けんくわごし詰寄つめよせる。大人おとなないさわぎをして、其日そのひかぎり辭職じしよくしてしまつた。

 じめ/\、、、、ものかび梅雨つゆ天氣そらのやうにらない教師けうし氣質かたぎひとのをるさへいやだ、どうして自分じぶんながそれへられやう。
つぎすやうなローマンスがおこらなかつたなら、其歳そのとし夏休なつやすみにはもう津山つやまつてゐたかもれぬ。


(2)こひかいしてはゐなかつた


 放縦はうじう生活せいかつれたは、にわか其行そのおこなひに檢束けんそくくわへることが出來できなかつた。加之それに乾枯ひからびたやう趣味しゆみ周圍しゆうい厭倦えんけんかんじて、その不滿ふまん代償だいしよう何者なにものかにもとめざるをなかつた。

 この地方ちほうひとは、教師けうしとしての予等よなどきよう旗亭りよていふのを左許さばかあやしともおもはぬほど、品行ひんこう問題もんだい弛緩ルーズであつた。ほとん公然おほびら茶屋ちややもんくゞることをあえてした。

 或時あるときなど東京とうきようからたづねてくれともと、折柄おりから夏祭なつまつりゆうべをんなたずさへて、雜鬧ざつとうなかを、かまはず歩行あるいた。これ生徒せいとがあつて、校長こうちよう抗議こうぎ申出もうしでたといふことのちいた。有理もつともはなしである、いやしくも所謂いわゆる教育けういくとしては身分みぶんがらるまじきおこなひであつたらう。しか當時たうじ虚偽きよぎぜんは、露骨ろこつあくよりもさらあくであるとしんじてた。

 はじめはたゞ肝膽かんたん披瀝ひれきして相語あいかたるべきともさびしさをまぎらすためめにぎなかつた。窮屈きうくつかしこまつて因襲いんしうてきとほ一遍いつぺん挨拶あいさつ分別ふんべつ髯男ひげをとこくちからくよりも、無知むち無學むがくをんなどものくだらぬ談笑だんしようが、にはむしとほとかつたのだ。

 從來これまでにもこゝろそこそこつねわだかまつてえやらぬ鬱塊かたまりがあつた、憂愁うれいとも憤懣いきどほりともみづからにもらねぬ、なんためめ、何事なにごとたいしてともみづからにわからぬ、たゞ如何いかなるときにもこゝろすみくらかげかんぜぬことい、わすれやうとしてつと歡樂かんらく耽溺たんできも、これわすらすにはちからかつた。しどろにうた其奥そのおくにもめてつめたいわれひそんでゐた。うちおろすばちはじかへ太鼓たいこひびきには、むねともひらけるをおぼえる、しかしそれも刹那せつなぎなかつた。くまでむねつてらない悶々もん/\いだいたまゝに、作州さくしうたのであつた。

 作州さくしうやまひいみづきよしかつた、しか悶々もん/\なぐさむるには自然しぜんはあまりに生温なまぬるむし寒時かんじ寒殺かんさつ熱時ねつじ熱殺ねつさつするそこ強烈きようれつ刺戟しげきほつした。


(3)月見草つきみそうやうをんなであつた


 ゆめのやうに果敢はかないひかり手頼たよりきる、月見つきみそうのやうなをんなであつた。
 おそろしい或物あるものはれてゐるかのやうに、をんな態度やうすつね怯々おづ/\としてゐた。
 それには理由わけがあつた、をんな運命うんめいもてあそばれてまれたものであつた。

 此町このまち出来できごと隅々すみ/゛\までにとるやう承知しようちして、うわさよろこ傭婆やといばばかたところかうであつた。
 此女このをんなはやくから他人ひといへやしなとなつた、をんな其母そのはゝ罪惡つみれて其父そのちゝまことちゝではい、其養そのやしなはれたいへちゝまことちゝである、したがつていまいへはゝまとこはゝではいがあねつゞいたまことあねである、そうして其姉そのあねまことはゝすでく、いまはゝ其眞そのまことはゝではかつた、まゝしいはゝあねとのなかもとより圓滿えんまんかつたその反動はんどうとして、をんなむし此母このはゝあいせられてゐた。かゝ義理ぎり義理ぎりとの紛糾もつれあふた家庭かていひとつて、をんなげんまことちゝまことあねしたりながら、こゝまことちゝまことあねとしてのあい要求ようきふする權利けんりい、たゞかゝ社會しやくわい普通ありがちな、ひやゝかにをんな黄金おうごん犠牲にえとする殘酷ざんこく命令めいれい服從ふくじふするのほかかつた。をんなあいしてゐたといふはゝさへも矢張やはり老後ろうご安樂あんらくをんならうとする慾得よくとくづくからであつた。

 をんな父母ふぼ兄弟きようだいあいやはらかみをまつたらずに成長せいちようした、ちいさときからにひし/\と喰入くひいるるやうなつめたい義理ぎりめのきづなにからまれて我意がい自由じいうたのし瞬間しゆんかんさへもかつた。わらひびを貞潔ていけつる、なによりもがた苦痛くつうであつたらう、しか反抗はんこうするにはあまりに素直すなほよわをんな其身そのみ薄倖はつこううらみつゝも、いてその運命うんめい服從ふくじふせざるをなかつた。義理ぎりこのをんなには如何いかのろふべきことばであつたらう、をんなにはれほどおそろしくひゞ言葉ことばかつた。

 をんなやゝことわきまへてた、それだけ自己じこ意思いし没却ぼつきやく自我じが獨立どくりつ抛棄ほうきすることの懊悩おうのうだいであつたらう、しかその家人かじん命令めいれいまへには是非ぜひとなく一しん犠牲ぎせいにするほど、少時しようじよりの境遇きよふぐうをんな義理ぎりなるものまへには戦慄せんりつせしめた。
かゝ運命うんめいそだつたをんなであつた。


(4)こひかたるに相應ふさはしいいへであつた

 には二人ふたりあひだ が、『偶然チヤンス』のたわむれにむすばれたものとはおもはれない、みづからにはあらかじられぬ宿命しゆくめいとでもいふやうものまへからさだまつてゐたとしかかんがへられてかつた。東京とうきよふはるかにへだてたしかんなやまおくの、いままでは其名そのなをさへきかかなかつた土地とちとくるやうになつたのも、もとよりくににし、境遇きよふぐうことにするらずの二人ふたりが、のおたがひの存在そんざいということすら永久えいきふ覺知がくちすることなくしてもあるべきはずを、相識あいし相許あいゆるすやうになつたもの、二人ふたり運命うんめいからんだのがれぬ約束やくそくであらうとおもうつた。

 其頃そのころをんなには一人ひとりをとこがあまつた、をとこまちでも屈指くつし素封家ものもち息子むすこで、をんな惑溺うちこんでれあげたすゑが、其父そのちゝはんぬすんでかねりた、もとより世間せけん有勝ありがちのあながとがむべきことでもいが、たゞ當人たうにん戸籍こせきじやう他家たけひととなつてゐたためめに、情實じやうじつかへりみない冷酷れいこく法律ほうりつは、かれ行爲おこなひゆるさなかつた。かれはばをんなのためにごくとうぜらるゝにいたつたのである。をんなつたときかれすでごくから新妻にひづまむかへてたが、をんなとの關係かんせいまつたえてはなかつた。これをんなにはひとつの義理ぎりかせであつた。

 をんなこの事情じゞやうと、身分みぶんがらとのためめに、我等われらきはめてひそかにうた。
 まち稍々しよう/\はずれて、監獄かんごくたか黒板くろいたべいいてまはると、津山つやまがはのぞんでさゝやかなしづかな旗亭りよていがあつた、我等われらいへえらんでうた。
 にはおほきなまつ盤施ばんしとして、つきなどたゝみうへ其舞そのまふやうなかげちた。あめは、むかふのやまに、いてはながれるくも徂徠ゆきゝかはへだてゝながめられた。こと蒼茫そうぼうそこしづみゆく黄昏たそがれを、きのぼる舟人ふなびとさけび、哀調あいちふみづひゞいてながき、るやうにむねこたへて、そゞろにひとなみだをさそふ。こひかたるに相應ふさはしいいへであつた。


(5)ゆめをみるやうこひ出來でき

 せま土地とち何事なにごとやすい、我等われらうわさやうやひとくちのぼるやうになつた。山陰さんいんどうへの修學しふがく旅行りよかう國境くにさかひ山越やまごえにあしいためてさきかへつたのをさへ、をんなためめであるかのやううわさをすらした。そんなにまよおぼれてゐるやうおもはれるのが口惜くやしかつた。  實際じつさい其頃そのころこひ左程さほどまでのぼりつめたこひではかつた。をんな貞潔ていけつよごれてゐるのもわすれなかつた、かゝをんなつまとしていへべからざるものなることもわすれなかつた、だい人者にんしやとしてわらみづからの姿すがただい人者にんしやとして觀照かんしやうすることも出來できた、誇張こちようせられた、かざられた言葉ことばあや戯曲ぎきよくてき効果こうか期待まちうけるやうな氣分きぶんまじへることも出來できた。まつたわれぼつしない、反省はんせい餘裕よゆう顧慮こりよ餘地よちとのあるこひであつた。二十五をえたをとこ廿はたちえたをんなににはゆめみるやうなこひ出來できない。

 しか酒飲さけのみへばふほど、つてはゐないとくだまくやうに、自分じぶんまよいはないおぼれないとしんじてゐながら、それすでまようてゐ、おぼれててゐたのであつたかもれぬ。すくなくとも他所よそにはさうえるだけにはじゆくしてゐたのであらう。

 をんなをとこつたことをいた。しか我等われら無事ぶじながくはつゞきかなかつた、後難こうなんたゞちにおこつた。
 をんなをとこつたことをわれのためと解釋かいしやくして、をんなはゝにくんだ、亦此またこの、ちひさかほ釣合つりあひけわしいするどはなつたをんなはゝぶるには、矜持きようじするところがあまりにたかかつた。をんなはゝうらんでをんなより退しりぞけやうとした、をんなはゝさらをんなをとこいた。をんな義理ぎりまへ立縮たちすくむだ、よわをんなよ。

 一種いつしゆ憤慨ふんがいこひさらねつせしめた、をんなふことはさら數々しば/゛\となつた、をんなはゝしきりにをんなふことをさまたげた、をんなはゝ氣附きづかれぬやうに、いへへてはをんなふた、をんなふことはさらいよいしげ且頻かつしきりとなつた。
 うべきかねきうするのときは、覿面てきめんた。


(6)黄金おうごんのろふた

 從來これまでながあひだ御殿ごてんづとめに氣位きぐらいたかくなつてゐた伯母おば感化かんかと、黄金おうごん隨手散てにしたがひてさんづといつたふう支那しな詩人しゞん豪宕ごうとう思想しそう影響えいきようとで、かねといふものきわめてかろんじてゐた。東京とうきようころなど、原稿げんこうれうでもはいると、そゝらるゝやう落着おちつかない、友人ゆうじんさがあるいては其日そのひつかつて仕舞しまはねばまなかつた。
 いままでとてももとよりかねにはきうしがちであつた、しかそれ下宿げしゆくはらひをのばすか、質屋しちや駈附かけつけるか、徹夜てつやして原稿げんこうくかすればらちく、かはまいうへきうかたであつた。
 はじめて困窮こんきうしんにがあじめた。
 貨幣かねとはなんだ、鑛屑かなくそではいか、紙片かみきれではいか。
 此時このときほど痛切つうせつに、かねいやしさをかんじたと同時どうじに、又金またかねとふとさをかんじたことはい。 書籍しよせきうへにのみしつてゐた世態せたい人情にんじやう實際じつさい斯程これほどにあるべしとはおもひもらなかつた、自分じぶん味方みかたであるとおもつたひとに、今日きふはもう裏切うらぎられて、自分じぶん同情どうじやうして自分じぶんためめにつくしてくれてゐたもの今日きふはもうかへらぬ、てのひらかへしたやうに追從ついしやうわらひは冷笑れいしやうとなつた、まへにひれしたかほよこそむけられた、すりながらげられためんむかつてげられた、びはひそみとなり、へつらひはあざけりとなつた、きふしたけらるゝものは唯白たゞしろとげのある言葉ことばとのみであつた。

 料理りやうり主人あるじ風情ふぜい口汚くちぎたなくのゝしらるゝを、憤懣いきどほりをおさへて ふにまかせねばならなかつた。

 貨幣かねとはなんだ、鑛屑かなくそ紙片かみきれではいか。いやしくそなたましひそなへた人間にんげんが、これがためにあたま蹂躙ふみにじらるゝ、これれほど恥辱ちじよくことがあらう
 鑛屑がなくそまへ叩頭こうとうする、紙片かみきれまへ拝跪はいきする、それはする人々ひと/゛\勝手かつてである。しか鑛屑かなくそ紙片かみきれ有無うむ多少たしようもつ人格じんかく評價ひようか標準めもりとする、人物じんぶつ輕重けいちやう權衡はかりとする、れほど無禮ぶれいことがあらう
 黄金おうごん萬能ばんのうりよくのろうた。


(7)こゝろのさもしさをぢた

 此問このかんやまいかゝつた、ふするほどではなかつたが、咳嗽せきをするとたんまじつてた、醫者いしやはいきづけたのかもれぬといつた。自分じぶんつたはいんでおとろへた人々ひと/゛\姿すがたおもうかべた。みづかすくからざるやまひ覺悟かくごして生命いのちした、自分じぶんには大悟たいごしたつもりであつたが、じつをいへば自暴じぼう自棄じきであつたかもれぬ、醫者いしやいましめにそむいてよるふかした、さけんだ、胸中きようちう悶々もん/\へかねてはコツプざけあふることさあつた。

 其頃そのころ同僚どうりやうかん醵金きよきんしてつてゐたうまがあつた、毎日まいにちこれつてはけをうた、四あしちりつてそらおどとき其時そのときのみは念頭ねんとうひんもなくやまいもなく、不平ふへい懊悩おうのふ苦悶くもんかつた。過激かげき運動うんどう醫者いしやきんぜられてゐたが、やめなかつた。
 それでもやまひべつおもくもならなかつた。たゞきふ彌々やゝくわはつた、郊外こうがいでら生徒せいと同炊どうすいさへした。なんでもあめのじめ/\とつゞきをりであつた、こもつた樹立こだちに、部屋へや我心わがこゝろかげのやうに薄暗うすぐらかつた。

 をんなはゝうとんずることが彌々やゝはなはだしくなつた。をんな相會あいあ機會きくわいることは彌々やゝかたくなつた、へばつてたがひの薄倖はつこういた。
 みちちたるきんあらばひろひもかねまじく、人無ひとなへやきんあらばぬすみもかねまじきこゝろのさもしさをぢた。道心どふしんこれかすかなり、かゝときにこそひとおもはぬ罪惡つみをもをかせ。慄然りつぜんとしてかげかへりみざるをなかつた。

 うれひひんなやみ、やまひつかれたを、折柄をりから暑中しよちふ休暇きふかに、国境こつきやうちか湯原ゆばら温泉おんせんけた。これにも夜逃よにげしたとのうわさつたとかくまでひとそしりまとであつた。


(8)たゞ二人ふたりあるきたかつた

 湯原ゆばら津山つやまから西北せいほくへ十四伯耆ほうき街道かいどうあた宿場しゆくばねた温泉おんせんである。温泉かは沿うて兩岸りやうぎしやまつらなる、水窮みづきはめんとしては又曲またまがり、みづまがごとやま亦折またをれ、山勢さんせい水流りうすい相追あひお相隨あひしたがうて紆餘うよしつゝ、やうやとほやうやせまる、南畫なんがやう景色けしきである。
 やまみねさへぎられておそはやる、みどりやまからもあをみづからもつめたいかぜいてひるしづかだ、よるゆめのやうなつきひかりに、河鹿かじかこゑのみがんできこえる。

 の、さととほい、谷深たにぶかい、ひとまれな、そらたかい、うつろのやうに物静ものしづかな古驛こえきを、たゞ二人ふたりしめやかにかたりつゝ、たもとつゆにしぼるまでをんなとそゞろにあるいてたかつた。  其時そのとき事情じゞやうとして、んなことはたゞの空想くうさうぎなかつた。しめはせていへのがるのをおそれたのである。もの没分暁わからなをんなはゝなどにはをとこすべをんなのためには地位ちい名譽めいよかへりみないやうなたはものえたらしい。

 しかをんなこゝろおくにはそんな意嚮いきよううごいてゐぬでもかつた、それとなくかたつたこともある、たゞそのもつとおそれる一切いつさい義理ぎりてゝそれ斷行だんこうするには、あまりに意思いしよわをんなであつた、且又かつまたそれ斷行だんこうしてあとにかゝる迷惑めいわく斟酌しんしやく分別ぶんべつをもつたをんなであつた。

 をとこ此頃このごろあし途絶とだがちになつてたのも、をんなこの決心けつしんにぶらす一つの原因げんいんであつた。
 しかこれ暴風雨あらしまへの一沈静ちんせいともいふべきものにぎなかつた。
 颱風はやては、いてたちま脚下きやくかおこつた。


(9)ちゝはゝ

 これよりさきをんなはゝとなつてゐた。
 ちゝとなる!、 おもふときは一しゆ嚴粛げんしゆくたるゝをかんじた。
 ちゝ其語そのごには威儀いぎ責任せきにんがある、かへりみてそのちゝたるの資格しかくみづかうたがうた。

 おこなひはありまに放逸ほういつであつた、その放逸ほういつつみうてうまづるたいして、みづからのおこなひづべきではからうか。また其母そのはゝけがれたる貞潔ていけつはづかしめを、みづからざる其身そのみにうたはるゝたいして、みづからのおこなひうらむべきではからうか。私生しせい、ア、なんたる残忍ざんにんなるであらう。しか官府かんぷ公認こうにんをを結婚けつこんせる所謂いわゆる夫婦ふうふなるものあらざる男女だんじよあひだうまれたるものを、ひとあへひやゝかにかくぶ。かゝ特異とくいよびなかんせられてづるたいしてみづからのおこなひゆべきではからうか。

 なん因縁いんねんありてか、吾等われら二人ふたりかゝ境遇きやうぐうもとうまれんとする不孝ふかうなるよ、まづしきちゝ心弱こゝろよわはゝとの、いきどおりとかなしみの不安ふあん不定ふじやうなる神經しんけい激動げきどうかんじて、なれまた其父そのちゝごとかんやすく、其母そのはゝごといたやす性質せいしつけてうまれることからろうか。

 ちゝ薄倖はつこうはゝ薄命はくめいちゝはゝな、大賢たいけんたらずんば大愚たいぐたれ。ひそかに其子そのこ前途ぜんとためめにしゆくせざるをなかつた。

 但女たゞをんなの、はゝとなつたことは、をんなの、其母そのはゝたいしては一しゆつよみであつた。をんな其母そのはゝむをずしてゆるすことを期待きたいしてゐた。亦吾またわあにすがつて處理しより方法ほうほうこうずることを決心けつしんした。
 吾等われら砂漠さばくあゆつかれて旅人たびゞとが、前途ゆくて草樹くさきあをきオアシスをのぞ心地こゝちがした、しかしそれはきやう蜃気しんきらうたるにぎなかつた。

 此間このかん學校がくかう辭職じしよくした。  津山つやまよりは西にし湯郷ゆのごう温泉おんせんけて處分しよぶんさだまるのをまつつてた。
 をんな突然とつぜんとしてひとあがなはれた。


(十)何時いつ にかひともちであつた

 湯郷ゆのごうまへから、をんなきやくれられて神戸こうべからさら宮島みやじまはうつてた。をんなひさしくわなかつた。

 湯郷ゆのごうまたさぎともばれて關西かんさいではなりきこえた温泉おんせんであるが、四邊あたりはたけのみでにぶいろつゝまれたやう土地とちである、散歩さんぽにもぬ、はなし相手あいてい、それ此頃このごろみやうこゝろすさんでほんさへになれぬ、なにおもふともなく茫然ぼつねんとしてすわつたまゝのときおほかつた。
 てからしばらくはをんなからなん音信おとづれかつた、さびしいやうな物足ものたらぬやうな其日そのひ其日そのひおくつた。

 あさからくもつてひくれたくらくも掩被おほひかぶさつたいやであつた、午後ごゞをんなから手紙てがみとゞいた。手紙てがみあつかつた。
 いそがはしくふうひらいた、をんなおこつただい變動へんどうしらせそれめられてゐやうとはおもひもらなかつた。
 手紙てがみにはつぎやう意味いみかれてあつた。
 宮島みやじまれられてつた其客そのきやくが、つい身請みうけをするとひだした、咄嗟とつさあひだはゝ承諾しようだくした。きやく貴方あなたことをも、此身このみはゝになつてゐることをもつてゐる、きやく貴方あなたつて相談さうだんしていといふが、しか貴方あなたいまくるしい樣子やうすつている、生中なまなか相談さうだんすればをとこ意地いぢから貴方あなたいまくるしみをことよりほかい。自分じぶん一己ひとりんだにさへなれば、貴方あなたはゝかほきやく言分いひぶんわけである。いま場合ばあひ言分いひぶんてさへすもば、あとあとでの分別ぶんべつもあらう。それにきやく自分じぶん可哀かわいさうとおもつて、はゝから一旦いつたん自由じいうにして、あと自分じぶん心任こゝろまかせにしてくれるかんがへがあるやうにもおもはれる。
 かくこの手紙てがみ次第しだい至急しきふかへつてもらいたい、つて十分じふぶん自分じぶんこゝろをもはなしたい。とこうであつた。

 はおもはず手紙てがみたゝみうへげつけた。まへつたをりの、ものつゝんでわればかかくやうなんとなく疎々うと/\しくうたがはれたをんな素振そぶりなどをおもしてくわつとした。自分じぶんはゝあねへの義理ぎりのみにねて、を二のぎにするをんなにくくなつた。にくよごすことはたゞちにこゝろよごすことでいといふかゝ社會しやくわい特殊とくしゆ道徳どうとくかんを、矛盾むじゆんともおもはぬまで社會しやくわい風氣ふうきなじんだをんなにくくなつた。かねあがなはるれば其金そのかねたいするだけの一義務ぎむはたせばいといふやうかゝ社會しやくわい有勝ありがちな輕薄けいはく心情しんじやうを、縦使よしんばをなだめるつもりにもせよ、露骨ろこつ言現いひあらはすをんなにくくなつた。をんな今後こんご處理しよりせんとする苦哀くあいをもらずおんせるやう口吻くちぶりらすをんなにくくかつた。其間そのかん又女またをんな境遇きようぐうあわれともおもひやつた。

 んでもかへつて、のあたりをんなめやうとおもつた。又女またをんなくちからしたしく辧疏いゝわけきたかつた。
 しかそれあまりりに未練みれんがましい、ことすできまつてゐるではいか、白々しら/゛\しい、いたいとはなんだ、今更いまさらうたとてなにになる、手紙てがみこたへるには手紙てがみりる。

 自分じぶんれからあとをどうしやうといふかんがえをてゝゐないでもかつたが、いまさらそれをいつたとてはじまらい。決心けつしんして先方せんぽうかうといふならくがい、しかし一つた以上いじやう先方せんぽうくすだけのことくすが人間にんげんつとめだ、二心ふたごゝろをもつてもらうよりも自分じぶんむしそれよろこぶ。また先方せんぽうかんがへ揣摩おしはかつて自分じぶん勝手かつて解釋かいしやくしてゐるが、今時いまどきそんな時代じだい眞似まねをする鷹揚おうようひとがあらうとはおもはれぬ、そんなゆめのやうなことかんがへてゐてあと失望しつぼうせぬがい。自分じぶんいまになつて未練みれんらしくなにはない、但今たゞいままでよくひとに、まされぬやうにとはれ/\しても自分じぶんはおまへしんじてゐた、いましんじてゐる、しかその人々ひと/゛\たかと後指うしろゆびをさゝれるたゞそれのみが口惜くやしい、心外しんがいだ。
 んな意味いみことば長々なが/\いた。いてもいても自分じぶん氣分きぶん十分じふぶん書足かきたらぬやううにおもはれた。

 手紙てがみきはいたものゝ、せめて最後さいごいまつて、ふべきこともくまでひ、くべきこともしみ/゛\きたかつた。
 こゝろまよふてけつしかねた、がイラ/\としてジヅとすわつてゐられなくなつた、つてへやなか歩行あるいた、機械きかいてきあしうごいても、こゝろんで〓これにない。

 つひ手紙てがみにぎつたまゝ綱曳つなびきくるま津山つやまかへつた。
 津山つやままちはいつたときは、あきくもつたまゝにれてまちころであつた。

 ねつしてゐたあたまようやひやゝかになつた。をんなふのがまた如何いかにも未練みれんにおもはれてた。
 をんなへの手紙てがみたくしやうと店先みせさきまで立寄たちよつた其家そのいへの二かいに、さんざめくさかもりが、其女そのをんないわひであつたとはらなかつた。


(十一)離愁りしふ埠頭ふとうやなぎ

 其夜そのよ種々いろ/\おもひにみだれて、ねむられぬまゝにかした。
 けてもるがものうかつた。絶望ぜつばう空虚くうきよはなされて四圍めぐり色彩いろ光明ひかりも一ときえた、喪神そうしんしたひとやうに、すべてのことにもものにもわれ意味いみうしな感興かんきよううしなうた、まわ燈籠どうろうのやうにひとうごくのがつまらなくおもはれた。今何いまなんのためあがらねばならぬのかそれをさへうたがうた。

 ころ傭婆やといばばいもふとあたをどり師匠しゝやうせまい二かいかりすまひとしてゐた。した座敷ざしきでは折々をり/\わかはなやかなをんなわらごゑきこえた、他人ひとかるこゝろうとましかつた。
 ようやでると、おもひらぬをんなはゝから使つかひた。菓子がしみせならべた棟割むねわり長屋ながやおくをんなはゝつた。其口そのくちからをんな昨夜さくや剃刀かみそりにぎつたことをいたときには有繁さすがおどろいた。

 悽愴さうそうたれてしばらところらなかつた、但之たゞこれとともには一しゆ勝利しやうりほこりをもつをんなはゝたいした。
 をんな剃刀かみそりにぎつたまゝ、おもまつていた、其聲そのこゑいて駈入かけいつたひとさゝへられてをんなそんじた、きずきはめてかすかであるといた。

 此事このことおこつた幾日いくにちかののちまさ此地このちらんとして離盃りはいむべくひとまねかれて、をんなあづけられてゐた、その旗亭りよていつた。いま火點ひともしまへであつたが、あなのやうなつぎ薄闇うすぐらかつた。ると、ゆめかげのやうな黄昏たそがれいろまぎれて、かべりかゝつたをんな姿すがたまぼろしく、『』のひとかともゆるばかかほすご蒼白あをじろい。やツとおぼえずこゑをかけたが、其儘そのまゝおもてそむけていそあしおくとおつた。

 十がつすゑ白々しら/゛\あけのあけぼのに、おもおほ此地このちるべく、津山つやま河畔かはん埠頭ふとうつた。まちはまだ閲然ひつそりねむりよりめない、そらにはうすれゆくほしまばらに、かは薄靄うすもや立迷たちまよふ。山國やまぐにあきすでをそい、ふねつないだ一本ひともとやなぎのすがれたえだからハラ/\とつて、うすらさむ朝風あさかぜはだへみる、孤寂こじやくびしさがひし/\とむねにせまつて、うらがなしい。

 ふねはやがてともづないた、急湍きうたんくだつてよりはやい。をとこには功名こうみやう野心アムビシヨンこひよりつよい。おも負擔ふたんかたよりおろして活動かつどう自由じいういま吾身わがみが、心竊こゝろひそかによろこばしくもおもはれながら、流石さすが名殘なごりしかつた。る/\とほざかりゆく津山つやままち朝朗あさぼらけを、幾度いくど振顧ふりかへつた。



   ☆☆☆☆☆

 慰籍いせきなりといふなかれ、こひはつねに失敗しつぱいおはれり悲痛ひつうおはれり、初戀はつこひらぬひときよたかおもかげいま猶予ゆうよむねきざまれ、ちゝらぬあはれなるは、ちゝならぬひとちゝとして薄命はくめいなる其母そのはゝふところねむれり、いろ沈湎ちんめんするといはゞいへ、いつはりのこひにも眞情しんじやうもつたいす、いつはるはつみなり、いつはらるゝはつみにはあらず、いつはらるゝをおろかなりとひとわらふとも、むしいつはらるゝも兒女じゞよやからいつはるにしのびず、經験けいけんせるこひごと苦痛くつうなり、非悶ひもんなり、數奇すうき薄倖はつこう多感たかん多病たびやうおもふにこゝろのいたみはきようゆるのときなかるべし、こゝろのいたみをいてはかるのときむしはやかならんことをのぞむ。 (自著うろこ雲の一説)




                【完】



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