紫障子

泉鏡花


 戸外おもてにはくろあめすだれのやうにつて、さつ繁吹しぶいて雨戸あまどあたると、ばら/\とちぎれてつぶてのやうみだれながら、隙間すきますきまもねやともしびぱつしろつて入交いりまじりつゝ、ばら/\と枕頭まくらもと障子しやうじたゝくと、それ浸込しみこむやうに、ばら/\とつて、つらつてくちはな飛塞とびふさぐ、鬱陶うつたうしさとつたらない。
 が、はらつてもちず、でれば、けば、粘々ねば/\附着くつゝいて、のまゝ痘痕あばたりさうで、生暖なまぬるく、くさい、なまぐさい。

 のおなじことを、繰返くりかへすうちに、つきあげるやうな、咳込せきこむやうな胸苦むなぐるしさにへないで、アツとおもふと、京都きやうと宿やどめた。いなめたとふより、正氣しやうきづいてわれかへつたのであらう。なか夢心地ゆめごゝちうなされてたのであるから。・・・・・

 木莵みゝづくは・・・・・わたし友人いうじんづける、木來ほんらいはAとかBとかすべきであるが、たかゞ平民へいみん上方かみがた見物けんぶつ旅費りよひさへあればなにもアルフアベツトまでりて使つかえうはない。しかしはなしをとこ内々ない/\とのことゆゑ、「うぐひすが、うぐひすが、たま/\みやこへ」の童謠どうえうちなんでかりうぐいすづけて、次手ついでだいうぐひすからうとおもつたけれども、なり恰好かつかうてもうぐひすがらでない。しか晝間ひるまぼうとしてて、よるると、めづらしいことようかうで、みゝ引立ひつたて、つぶらかにしたとふさへあるのに、吶々とつ/\としてものがたるにくちとがらかす工合ぐあひが、いや、可笑をかしいほどなにかにる・・・・・うだ、肖如そつくりだから木菟みゝづくとする。

 さて木菟みゝづくは、いしくゝりつけたかとおもおもまくらから、やつあたまもたげて、先刻さつきからの寝苦ねぐるしさに自然しぜんゆめなか悶掻もがいたとえて、かたけて、ぐつたりとはだかつた、胴着どうぎそでぐるみに、くるしいむねそらして起上おきあがらうとして、ぐつとくと、羽二重はぶたへよりやはらかな、ふつくりなめらかな手觸てざはりに、毛爪けづめけて、雛鳥ひなどりなん引掴ひつゝかんだか、とハツとして、かたひねつてひらいた。

 ならべた厚衾あつぶすまに、美人びじん一人ひとりうめまつ光琳くわうりん模樣もやう朱鷺色ときいろ處々ところ/\色紙しきし淺黄あさぎ鹿しぼつた、もん羽二重はぶたへ掛蒲團かけぶとん、おなじしろ羽二重はぶたへうらつけたのを二まい、ふはりとけて、こんもりととほつたはななかばまで、かるさうにえりかついで、まくらちかく、りながら、やなぎかす黒髪くろかみで、すや/\とねむつてる。

 木菟みゝづく今度こんど旅行りよかうつては、ゆゐ一の同伴どうはんなり、案内者あんないしやの、大阪おほさか南地なんち蘆繪あしゑ藝妓げいしやである。
 眉毛まゆげをほんのり横顔よこがほで、眞白まつしろ百合ゆりはなかせたやうに、やはらかく、あまく、あたゝかさうに蒲團ふとんげたうへへ、きるはずみのひちをついた。木菟みゝづく吃驚びつくりしたらしくむねよこいて起直おきなほつた。

 唯見とみると、かぜさそつたやうにをんなうで白百合しらゆりが、かすかれると、しろ羽二重はぶたへ袖裏そでうらもつれて、板〆いたしめ縮緬ちりめん肌着はだぎがちら/\とゆめさゝやく、ゆめ燃立もえたつばかりくれなゐであらう。とおもふ、藤紫ふぢむらさき半襟はんえりも、かすかあせばむらしい。萌黄もえぎに、百合ゆりしろく、うすいといと、藍緑あゐみどり友染いうぜんなが襦袢じゆばんかたを、一りんしろのぞかせたのが、むね露白あらは、とえつゝ、のまゝしづかてふつばさ寢息ねいきつゞける。
 て、面影おもかげさへ寄添よりそうて、随分ずゐぶん手枕てまくらしさうなかひなを、おこつたらわびるまで、うつかりさはつたのをおどろいたのではない。
 木菟みゝづくうつくしい寢鳥ねどりゆめやぶつて、さまさすまいとおもつたのである。







つかれたらうな。・・・・・たのまれて引受ひきうけたが義理ぎりとはいはつても、義理ぎりばかりぢやあうは出來できない。あだにはおもはれません。あゝ、つい昨日きのふのやうだけれど、今夜こんやで三ばんか、・・・・・大阪おほさかで一ばん昨夜ゆうべ奈良ならで一ばん、・・・・・夕方ゆふがた汽車きしや宇治うぢ桃山もゝやまとほつて京都きやうとた。ーー」

 宿やどつたのは八坂やさかたふを、もりあふぐ、並樹なみきのやうな松原まつばら片側町かたかはまちを、奥深おくふかく、一軒家けんやた、ふすまたゝみも、姿見すがたみなかいろのまゝ透通すきとほる、綺麗きれいで、しづかな、芝玉しばたまうちであつた。 

あま旅行たびをした經験おぼえがないとかつて、此家こゝ萬事ばんじ行届ゆきとゞいたうちだとことを、おなじ宗右衞門そうゑもんちやうともだちからいてて、連込つれこんでくれたのだが、れて、七でう停車場ステーシヨンいたとき何處どこからも言込いひこんでかないのだから、うでもない。・・・・・先方さき立籠たてこんでことわられでもするやうなことかあると、旅宿やどほかつて、へるにしても、一にちでも道中だうちうとまりをまごつかせるやうでは申譯まをしわけがない、とつて、そんなことにも心遣こゝろづかひ。一つのおほき氣扱きあつかひより、なんでもない、こかまかい、ちひさな、セコンドをきざむやうな心配しんぱいをするはうが、どんなに使つかつて、しんつからせるかれませんーーあゝ、うだ、大阪おほさかからけて、奈良ならと、う一つ座敷ざしきて、此方こつち一寸ちよつとでもうごくと、煙草たばこにも、灰吹はひふきにも、ぐにまして、「はありますか。」「おげませうか。」と、ながら、南天なんてんちらして、まくらゆきがつもる。・・・・・」
 と寢苦ねぐるしいゆめさいなまれて、ぐつたりとつたかほを、染色そめいろ模樣もやうつゐ掛蒲團かけぶとん押着おしつけると、あつ鼻息はないきが、なびいて、露白あらは白百合しらゆりふやうにはだひゞく。

 木菟みゝづく呼吸いきさへぎつて、
「あゝ推参すゐさんな、口説くどいたら、まくらしさうだなぞとは沙汰さたぎた。これは、いぎたなく寢忘ねわすれたのではない。ながら張詰はりつめた油斷ゆだんなく、此方こちら身動みうごきにれて、せきをすれば、「かぜひくな」で、すぐに掛浦團かけぶとんえりおさへる心構こゝろがまへをするのであらう。
 蘆繪あしゑねえさん、さますんぢやありませんよ。・・・・・」

 かれぎやくのばして、枕頭まくらもと煙草たばこつたが、ト吸附すひつけようとすると、それさへ何故なぜけむりむねつかへさうで、ひと卷莨まきたばこひたひおさへた。

眞個まつたくだ、・・・・・よひに七でう停車場ステイシヨンいて、自動車タキシーやとときうだつけ。奈良ならときくもりだつたが、京都きやうとあめだつたとえて、びちや/\とあかりくろつやせてれてた。・・・・・うやらぐに東山ひがしやまかげさかしまうつりさうな、あの廣場ひろばを、きふ陽氣やうきつめたるし、・・・・・はや落着おちつさき落着おちつかせようとおもふ、ひと深切しんせつから、一寸ちよつと・・・・・眉毛まゆげうへへ、篝火かゞり白魚しらうをかげうつつたやうな、舞仕込まひじこみ小手こてまねぎくらゐでは、づらりとならんだおほきひか自動車や つつてぬ。

 なんとかいふつたつけ。・・・・・渡船わたしぶねぶやうだとかつて莞爾につこりして、まだるツこいと、あのれたつちを、草履ざうりかまはずひた/\と、世帶崩しよたいくづして、大輪おほわ銀杏返いてふがへしびんゆすつて駈出かけだすから。

 此方こつちは、汽車きしやんでそで押合おしあはせておもひぢやあ、太郎坊たらうばうそでにぶらさがつたと見物けんぶつではない。天人てんにんつばさからちたやうに、停車場ていしやばまへ人脚ひとあしなかにぼかんとして、信玄しんげんぶくろ一つしにステツキをついたところは、がんまつて、おきなぎに、ふはりとなみつたやうな樣子やうすだつけ。・・・・・」






 木菟みゝづく思續おもひつゞける。 
出番でばん都合つがふか、先約せんやくでもあつたか、蘆繪あしゑ最初さいしよ掛合かけあつた自動車じどうしやが、オイソレとはからぬ。ならんだつぎのにかけると、それ煮切にえきらず、三だいめが又埒またらちかぬ。「くのかい、かないのかねえ。」 「うどす。」とかふのがきこえて、茶色ちやいろ鳥打とりうちみゝまでかぶつて、もつそりとおほ外套ぐわいたうつたのが二人ふたりまでたゞのそ/\と歩行あるくのがえて、蘆繪あしゑが「こまるわね、じれつたい。」と、ならんだ七八だい自動車じどうしやあひだを、つたり、けたり、足袋たびをチラ/\とつまさばいて、りつあひだまはる。模樣もやうはなは、れてもつゆいとして、あめにしとりをせてむくりとあたまならべた發動機はつどうきが、巨大きよだいうしつらえるところへ、ふツとつて青白あをじろひかりはな電燈でんとうは、這奴しやつ鼻嵐はなあらしかたちうつくしい、姿すがたは、あひだはさまつて、上品じやうひん紗綾さやがた紫紺しこんのコオトを姿すがたぐるみ、一たば挫折ひしをつて、くらけられさうで、痛々いた/\しかつた。
 呪詛のろはれたやうだ、うし時詣ときまゐりにーー怪我けがをしよう。

 で、飲續のみつゞけのさけつかれたこゑしぼつて、「わたしかまひませんよ。歩行あるいても、おまへさんと連立つれだつて、きやうまちとほれば光榮くわうえいです。」「あ、そりやわたしはうこそ・・・・・ですけれど出來できました。」と時極とききまつたらしい自動車タキシーまどつたのが、自分じぶんとびらをよつとけて、「さ、おりやす。」と、うかするとのまゝの阪地かみがた言葉ことばる。・・・・・

 それもサねがはくば、かまはず、うまれたまゝのした小唄こうたを、自由じいう自在じざいきかしてもらひたいのだと、のおのぼりはふのだけれど、聞取きゝとにくいとおも所爲せゐか、それとも調子てうしはせいゝとおもふのか、窮屈きうくつさうに(ですよ。)(ねえ。)で言葉ことばはせる、時々とき/゛\したらずにつて、仇氣あどけないが、可笑をかしいと、ふものゝ、つて自分じぶんへの心遣こゝろづかひ、これしかしながら心中しんぢうするとき先柤せんぞ宗旨しうしをかへるの意氣いきだ、粗略そりやくにはおもはれません。」
 とうなずくやうに、かかたはら寝顔ねがほしたから、ついねむつてほつ呼吸いきする。・・・・・胸尖むなさき込上こみあげる、なにやらものゝつかへがある。・・・・・つい、だらしなく、ニタ/\としさうなところを、木菟みゝづくくちばしよこゆがめて、にがかほして、それに、みてやさしいことつたつけ。・・・・・う/\、自動車じどうしやがまつしぐらに、宵暗よひやみの、卷繪まきゑきやうともしびなかんだときだ。いや、またひとまどけた。とると、容色きりやう場所柄ばしよがらで、牛車うしぐるますだれいた風情ふぜいであつた。トならんでつゐつたところは、吉野紙よしのがみつゝまれて白粉おしろい薄霞うすがすみこもつたやうなものだつけ。たちま烏帽子ゑぼしでもかぶつたで、木曾きそ將軍しやうぐんこゝにあり、となけなしのひげらしたまではかつたが、つむじまがりの牛飼うしかひめが、にものせむづ意氣込いきごみやら、疾風しつぷうごと大路おほぢばせる、よひくち人通ひとどほりさつ/\と一團ひとかたまりづゝのくろかげつてたびに、こしすわつても、きもはヒヤイさにちうをどつて、ふためく、ころげる。

 たまらぬと、まどたゝいて、「やあ、運轉手うんてんしゆいそたびではないよ、おそくてもかまはない、人達ひとたち怪我けがのないやうに、いかい、なか二人ふたりなんざ、ちつこはれてもかははない。」と正直しやうぢきところふと、「眞個ほんとにな。」とひと莞爾につこりして、一寸ちよつとひざいたが、片手かたて前途ゆくてぢつをがんで、「もし、清水きよみづ觀音くわんおんさま、これからおそばまゐります。誰方どなたにもお怪我けがのないやうに。」

 やがて、ぽつとかすみはないたなかを、眞青まつさをみづながれる、きしやなぎともしびながら、よる黒地くろぢ羽二重はぶたへ友染いうぜんかげながした、大橋おほはしうへを、しづまつてスッとけると、成程なるほど見當けんたうは(おそばらしい、が、さつかすめる、まどおと松風まつかぜこゑる・・・・・きつねつままれたのだと、へんで、かたあはせた別嬪べつぴんが、フツとえてむかうのつじへ、いし地藏ぢざうちさうな、松原まつばら並木なみき片側町かたかはまち

 ふたツ、しのべ、となぞけたやうな、廂暗ひさしくら門深かどふかき、みがき格子がうし磨硝子すりがらす軒燈けんとうがちらちらと彼方あなた此方こなた松葉まつばうた色紙しきしかげ。」ーー
 かれ蒲團ふとん色紙しきした。






自動車タキシーがする/\と行過ゆきすぎて、がツ/\とんで、一つぐい、と小戻こもどりをしてまると、かみひくめてひらきるのが、くもはなれてりるやうで、「あ、此處こゝだんな。」と、はるおぼろ玉芝たましばを、まゆほんのりとあふいだが、「一寸ちよつとつておくれやす。」とつゞいてなかからみゝ木菟みゝづくかほめながら、よひから三寸下ずんさがつたやうな格子戸かうしどをガラリとける後姿うしろすがたが、座敷ざしきがなくてことわられうか。で、覺束おぼつかなさの瀬踏せぶみだけれども、綺麗ぎれいもんはまつて、さすがは藝者それしやの、一寸ちよつと横町よこちやう湯歸ゆがへりめいて、いろつぽいのが頼母たのもしかつた、・・・・・トばかりあると、一度消どきえた跫音あしおとがばた/\とひゞいて引返ひきかへしてて、「さあ、うぞ。」とひつたりまどせるかほに、ほこりだらけなのをさはらせまいと外套ぐわいたうそでかこつてポイとて、・・・・・「お世話せわさま」で、まつうちに、ぼツと濡色ぬれいろうつる、なんとか(だんご)といた掛茶屋かけちやゝめいたものを、明日あすちやまう、とゆつくりしたこゝろつた、可懷なつかしく傍見わきみをしながら、「白動車屋じどうしやゝはん、一寸ちよつとつて、」と言棄いひすてたをんなと、・・・・・てよ、格子かうしはひつた敷石しきいし露地ろぢかとおもふほどふかかつたので、大阪おほさかとまりで、炬燵こたついたのをおもす。ーー

   おまへそでわたしそで、・・・・・

 トンと地唄ぢうた合方あひかたで、カタ/\とはひるとすべつた、いやむねそらしていすべつた。「あれあぶないと。」留南木とめき衣紋えもん突支つゝかひぼうなめらかないしみづつてきよめてあるので、田舎ゐなかもの/\と、低聲こゞゑつぶやいて、發機はずみ摺合すりあつた片頬かたほゝそむけて見返みかへつたときに、入口いりぐちつた、まだあたらしい裝鹽もりしほが、裝鹽もりしほりながら、まつはあり、なきさなみ、とふとたびこゝろもよほすトタンに、ぽつりとしろく、三せき碁石ごいしならんだやうにえたんだ。

「はてな ・・・・・」
ーーとおもふと、アツと込上こみあげる、むねおさへて、ふすま突伏つゝぷしさうにすると、けないでつた卷莨まきたばこが、ポロリとちた、が、せつなさのあま我知われしらず手先てさき藻掻もがいたとおぼしく、きめがほぐれて、ほろ/\とけて、ちて、しろ薄紅梅うすこうばい掛蒲團かけぶとん小枝こえだかゝつたのが、一寸ちよつとむすび玉章たまづさ風情ふぜいがあると、精々せい/゛\もの綺麗ぎれい持替もちかへて、むねかさうとしても、炬燵こたつごしにホツとつ、なまめかしい香水かうすゐかをりさへ、くならけ、とくすりくやうで、アツとまた嘔上こみあげる。・・・・・

 こゝろてんじて、ほかうつさうと、種々いろ/\よひからのこと辿たどるうちに、ハタと碁石ごいし折衝ぶつゝかると、ゲツと、それが、胸先むなさきつかへたのである。

「・・・・・・・・・すだれのやうにくろつた、あめくだけてしろんで、障子しやうじたゝいてばら/\と、まくらつて、みだかゝつたのも、まじつた碁石ごいし。・・・・・」
 と、うゝ、とくち一杯いつぱいつばきを、やつと嚥下のみおろして、ほついきした。

馬鹿ばかな、なにつたまぎれにだつて、碁石ごいしはらはひりさうなわけはない。・・・・・が、しかしへんだ。あれから廊下らうかとほつて、・・・・・」
 と木菟みゝづくひとりで、そつ胸尖むなさきでさげ、でさげ、
とほると、其處そこへ、はじめて人柄ひとがら圓髷まるまげつた女中ぢよちう突當つきあたりへむかひにて、「おいでやす・・・・・うぞこれへ。」とあらたまるから、自然しぜん此方こつちも、「はい、はい。」と慇懃いんぎんとほつて、見事みごと手水てうづばちだ、あゝ、うめだ、おもひつきな石燈籠いしどうろうだと、にはまへにした奥座敷おくざしきつぎで、もそりと外套ぐわいたうぎながら座敷ざしきると、整然ちやんと、を二緞子どんすつたやうにしとねまうけをして一つはさんで、なかいて、桐火桶きりびをけつゐる、行届ゆきとゞいたものだつた。

 脊筋せすぢを、ゆすつて、衣紋えもんとほして、とこ背負しよつて、天井てんじやうはゞからづところへ、なみ片帆かたほの三ツもん薄色うすいろ羽織はおりつて、はるながらきやうあめつめたさに、ちつ蒼味あをみびたいろしろ中肉ちうにくなのが、一寸ちよつとおくれはらひながら、着崩きくづれた片褄かたつまながくはら/\と百合ゆりのほのめくのが、みだれた白脛しらはぎまぎつて蘆繪あしゑ風情ふぜいは。・・・・・」





 
う、の、新婚しんこん旅行りよかうにしては兩方りやうはうくだぎる。・・・・・芝居しばゐからかへつた女房にようばうのやうでもあり病上やみあがりを見舞みまはれためかけさまもあり、いや、荷物にもつくつてつたところは、とまりにいた落人おちうどていもある。・・・・・

 とおもへば、かすみさんゑがいたやうな、障子しやうじせて、黒檀こくたん唐机たうづくゑゑて、蒔繪まきえ硯箱すゞりばこかざつた。いづれもしなものゝ、づツしりと落着おちついたのをれば、一假寢かりね心地こゝちはせず、御殿ごてんおく反魂香はんごんかういたなかへ、高尾たかをけてたともえる。

 すこやつれて、金紗きんしや縮緬ちりめんとび模樣もやうしぼりのてふ萎々へな/\つて、胸高むねたかおびさがりに淺黄あさぎ扱帶しごきの、あをみづのやうに浮世うきよのぞいたさまは、はだしろさを湧出わきいづる清水しみづのやうで悚然ぞつとさせた。・・・・・
 さむいとへば、きやうおとにも底冷そこびえのするところへ、あまりに片付かたづいて掃除さうぢとゞいて、ふすま障子しやうじ透通すきとほりさうなのは、夜氣やきみてつめたかつた。わるふのではない、はしらさへ天井てんじやうさへたまきざんだやうなのだ。

 うなりや野郎やらうたま輿こしだ。
 ふはりと緞子どんすへ、度胸どきようゑたが、半分はんぶんいたやうなこししづめると、をんなが、すわつた蒲團ふとんすこし、すべつて、「おつかれだすやろ。」となゝめいたから、此方こちら會釋ゑしやくをして、「苦勞ごくらうさま。」は一寸ちよつとめうかたちだつたが、「ものしづか行届ゆきとゞいたうちですね。しかし、さむい。」とかたちゞめて、ひとなまめかしいひざうへ蔽被おつかぶさるやうに、火鉢ひばち噛着かじりついたところへ、女中ぢよちうちやれる、出來合できあひ殿樣とのさまそではらつて居直ゐなほつたと。・・・・・「大阪おほさかからおでやしたか。」「ちがひますさ、奈良ならから。」「えらい、いゝところだんな、おたのしみで。そやけどさむうおましたやろ。二月堂ぐわつだうさんのお水取みづとりがホンみましたばかりやよつて。」・・・・・

 成程なるほど奈良ならでも旅籠はたごで、つたし、大阪おほさかいたばかりで梅田うめだ停車場ステイシヨンからつた車夫くろまやつたが、一年中ねんぢうさむときださうで、どつちもきびしかつた。が、今夜こんやきやうは一しほで。・・・・・胴震どうぶるひをするばかり。と此女このひとむねすやうにれて、「御酒おさけはやうな。」「はい/\、おさかなは。」其處そこで、すきやきかもあつらへへた。

 かもうまかつた。・・・・・てよ、空腹すきはら熱燗あつかんで、じわ/\とところを、したくばかり、ホツとつて、あれが、なにむねつかへたとはおもはれない。・・・・・ほか海鼠なまこ、と一しほ若狭わかさがれひ・・・・・焜爐こんろ赫々かつ/\とするから、火鉢ひばちは一つむかうへおひまで、ひとも、氣疲きづかれやら、なにやらたてつけた四五はい遣取やりとりに微醉ほろゑひつて、一つの火鉢ひばち凭掛よりかゝつて、襟脚えりあし白々しろ/゛\のぞかれるかたあはすばかりにして、あの若狭わかさがれひを、綺麗事きれいごとに、なんひなへでもそなへさうに、こまかゆびひれはなしてサツとむしつてくれたつけ。・・・・・
 かれひ中毒あた理由わけい。
 が、はてな、あのときの、蘆繪あしゑは、碁石ごいしつたのまゝであつたらうか。」
 かれはけだるさうに、かたすくめてくびつた。 

「・・・・・黒石くろいしだ。・・・・・が、一たい此處こゝうちで、碁石ごいしたのは、あのかれひむしつてくれたさきだつたらうかあとだつたらうか、トうだ、さきだ。
 四五はい立續たてつゞさかづきを、焜爐こんろ火鉢ひばちはしいて。女中ぢよちう立違たちちがつてなかつた。煙草たばこらうと、手捜てさぐりで、火鉢ひばち附根つけねで、ひとたもとさはつたとき、コトツとゆびあたつたものがある。大袈裟おほげさだが、うでない。・・・・・ヒヤリとゆびれさうにつめたくツて、こほり缺片かけらのやうにこたへたから、一おとしたのを、又拾またひろつてつまんだのが、あの碁石ごいしだつた。

 仔細しさいあつて、蘆繪あしゑが一せきくろ碁石ごいしつてるのをつてたから、「たもとからたんだね。」「あ、眞個ほんに。」と、ひとが、てのひら一寸ちよつとて、ゆびすべらしたとおもふと、たもとぢや、つい、又溢またこぼす、つくゑうへでも大業おほげふだし、だつたやら、くのつて、うしろきにのばして、障子しやうじさんへ、「五ツめ」とわすれないお禁厭まじなひだらう、一人ひとりつてせたときか、・・・・・」






蘆繪あしゑが、べつけもしないで、障子しやうじごしに、氣付きづいたさうで、「あゝ、ちんのやうな、いゝ離亭はなれがありまんな。」とかつて、ぢつのぞいてたつけ。
 其處そこどころぢやなかつた。此方こつちはいまので煙草たばこつて、けて、くちびるつてるとはないてプンとくさい。ぬかのやうな、あぶらのやうな、なまぐさいやうな、なんともへられぬ臭氣にほひがした。さけ煙草たばこにあるものゝ、あんな惡臭あくしうはなつのはない。・・・・・ゆびだ。

 いま碁石ごいしひろつたゆびだが、それにしては、へんだ、希有けうだ、とおもつたばかり、なん穿鑿せんさくをするひまもない。・・・・・一度其どそ臭氣しうきいだばかりで、あゝ、可厭いやだとおもふと、今食いまたべたばかりの、かもにははねえ、かれひにはひれいて、胸間きようかんおもところで、ピチ/\、バタ/\とまはる。アツとおさへてひぢいてよこつたが、さはみゝつめたいぼど、何故なぜか一悚然ぞつとした。ーー

 いや、まだうへに、以前いぜんからむねつかへてたものがある。
 きやうはひつたのはよるだつけ。四何分なんぷんかの汽車きしや奈良ならたうとして、猿澤さるさはいけのほとりの勝手屋かつてやとか旅籠はたごて、障子しやうじやぶれのぺら/\とかぜうごくのが、しろしたすやうな、ふるぼけた白晝はくちうくるわけて、町通まちどほりを導者だうじやづれにまじつて、古道具ふるだうぐぐやみせ人形にんぎやう西行さいぎやうにも、荼屋はちやゝめい喜撰きせんにも、紅屋べにや看板かんばん小町こまちにも、きたしやうのものにふやうながしながら、蘆繪あしゑ二人ふたりづれで、ぶら/\と歩行あるいて。・・・・・」

ーーかぜつめたく、すなはさら/\といた、が、それも黄色きいろまくしぼつて、ふるみやこ面影おもかげとほりがゝりにのぞかせた。奈良ならまち風情ふぜいおもうかべると、こみかへむねも、やゝしづまつた。が、まだ煙草たばこ元氣げんきしに頽然ぐたりとして、それでもそむけてかほを、蘆繪あしゑ寢姿ねすがたなほした。

「あゝ、此處こゝひとは、其處そこ百合ゆりつま水際みづぎはつて、外套ぐわいたうならんで歩行あるいた。可懷なつかしい・・・・・ときは、ぶりにも、こんな、むか/\する可厭いや心地こゝちがしようとはおもはなかつた。
 のちだ。・・・・・しか自分じぶん發議ほつぎで、町端まちはづれの一ぜんめしはひつて、輕石かるいしのやうな玉子たまごやきつて、それむねつかへたのは。・・・・・あゝ・・・・・彼處あすこで、ひと碁石ごいしくろを一せきひろつた。・・・・・

 あま暢氣のんきで、停車場ステイシヨンくと、あゝ/\あれがと汽車きしやが、むく/\とけむりいておほきくびつて、埒外らちそとところーー怠屈たいくつ引返ひつかへしてまちはひると、「さむいわ、お一口ひとくち。」とすゝめたんだ。いまがいままで、猿澤さまさはいけのほとりで、炬燵こたつ屏風びやうぶみながら、の三味線みせんで、・・・・・梅川うめがは風俗ふうぞく人目ひとめつをつゝね・・・・・なんとかして忠兵衞ちうべゑが、とふのをとろけさうにつていたところ。「何屋なにやがつくと億劫おつくふです。昨日きのふ、」(とうだ、昨日きのふ晝過ひるす大佛殿だいぶつでんをはじめ、東大寺とうだいじ興福寺こうふくじ巡禮じゆんれいをしたときだ。)ーー「二月堂ぐわつだうわき繪馬ゑまだうはひつて、燒豆腐やきどうふがんもどき、ならびに蒟蒻こんにやくたぬき煮込にこみの皿盛さらもりで、かまからひついた熱燗あつかんりましたね、あれはうまかつた。さけかつた。あゝつたみせがありますなら。」「眞個ほんにおいしうござんしたな。」となにが、ひとうまからう。

 いひなり次第しだいに、ばつあはせて、彼處等あすこいら餅屋もちやだ、飯屋めしやだ、とのぞいて歩行あるいて、「兩名りやうめいさま、もしもし。」なんか、旅籠はたごのきつた、古風こふう矢立やたてこしにさしたこん前垂まへだれがけ宿引やどひき呼懸よびかけられるのを振切ふりきりながら「さゝうですぜ。」「は。」とはひつたのが、煮込にこみのおでん、赤飯せきはんぼんづけで、みせ暖簾のれんつた。が、眞暗まつくら土間どまけて、おつとこんなものがある、椅子いす卓子テエブルつまづきながら、ほんの腰掛こしかけ薄暗うすぐら中座敷なかざしきめいたところとほると、たゝみがじと/\してきたな縁側えんがはに、おかはがえる。・・・・・

 奇特きとく卓子チヤブだいいたが、けると、むら/\とほこりつ。いやよわつたつけな、はなした赤燗あかたゞれにつた七つばかりの小女こむすめが、ゆびをアングリとくはへて、ベソをいたやうに、かまちでじろ/\と此方こちらると、五歳いつゝくらゐな次男坊じなんばうが、あたまから、向足むかうあしまでどく/\な一つで.糠味噌ぬかみそをけから引出ひきだしたどぶづけ茄子なすけたやうに土間どまねる。・・・・・」






たばかりで、むねが一ぱいつた。が、あつらへきに女房にようばうの、前掛まへかけ煮染にしめたやうで、禿げたこん鯉口こひぐち垢光あかびかりにひかやつの、くろえたつめそつながら、とにかくさけを、とつて、あとひとどくな。なんだか悄氣しよげていで、かまちまでつて元氣げんき懷手ふところで半襟はんえりくはへてきながら、土間どまくらすみのぞいてたつけが。

 此方こちら見向みむくと、さびしい笑顔ゑがほ莞爾につこりして、一寸ちよつとかぶりつて、さしあし見得みえかへつてさかなたが、ぶり此目魚ひらめみなどろ/\、煮込にこみかたなし、きたなくつて、申譯まをしわけ玉子たまごやきあつらへた。とつて、あの小女こをんなはゞつたく引曲ひきまげて、よち/\とはこんでぜんうへ銚子てうしつて、大形おほがたけた猪口ちよくへ、濕氣しつけばらひ、としやくをしようと、そでれたとき、カチリと卓子チヤブだいうへころがつたのが、・・・・・碁石ごいしだつた。ころげたとき天井てんじやうからねずみのふん、とギヨツとしたよ。・・・・・

 あゝ、とひろつて、「わたしたもとからだんな。」「うらしいね。」と、中庭なかには薄明うすあかりかしてると、碁石ごいし彩色さいしきがしてある、とをんなつたが、うでない。くろ質緻きめへ、縦横じうわうほそかすりるやうに、あをいのだの、薄蒼うすあをいのだの、黄色きいろだの、しろまじつて、微細こまか晃々きら/\ひかつたのは、黄金きんしやうためすのに、うやつて、碁石ごいしくろ磨込すりこんでことだ、とく。・・・・・それちがひない。が、をんなたもとからすへつた・・・・・あの、出處でどころだ。
ーー出處でどころいて、あのとき話合はなしあつた。が、これそれまで旗籠屋はたごやのに相違さうゐないので、・・・・・」

ーーと次第しだいは、ーー
 肝心かんじんところだ。・・・・・翠帳すゐちやう紅閏こうけい玉芝たましばの一しつで、蘆繪あしゑふすまならべながら、ひとりで、むね嘔氣わるがつて、のツつ、ツつしてをとこ思出おもひで辿たどるのなんぞにまかしてけない、やがて、金彩きんさい藍粉らんぷんの一まい黒石くろいしか、燦爛さんらんたる惡龍あくりう毒蛇どくじやうろこか、ともうたがふべき、不思議ふしぎことおこつたのであるから、こゝは作者さくしや引取ひきとつてはなすとしよう。

 前日ぜんじつ所々しよ/\見物けんふつをして、春日かすがさま鹿しかは、今日こんにちは、とお辭儀じぎをして煎餅せんべいべるし、おのぼり木菟みゝづくはおいでやす、で、繪馬堂ゑまだう煮込にこみかじる、とつたあとで、ばんとまりを、菊水きくすゐか、ホテルか、と案内者あんないしや蘆繪あしゑつたけれど、スリツパで廊下らうかをいすべるのは、土地とち相應そぐはない。ぜんにおひら中壺なかつぼのついてむかし本陣ほんぢんとでもつたやうな旅籠はたごやを、木菟みゝづく証文ちうもんで。組合くみあひはたてた車夫しやふくと、それぢやあうたにもあるとほり、「奈良なら旅籠はたごになさいませ。」で、かぢ相國寺さうごくじめぐらしたのち芝生しばふ鹿しか掻伏かきふころ猿澤さるさはいけみぎは一廻ひとめぐり、蘆吹あしふかぜかつたが、入相いりあいかねなみつ。廣野ひろのなか打撒ぶちまけたやうな、あからさまなあのいけは、ふかくもくらくもないけれど、たゞひとはうへ、のごとくかたむいてサラ/\とうごくとつた。がさくららしい、木菟みゝづくがチラついたに相違さうゐない。

 さくらなか錦川にしきがはも、春淺はるあさければ、小石こいしほそやなぎ石橋いしばしわたつたかどへ、ガラ/\とくるまを二だい曳込ひきこんだ。
これが、名代なだい奈良なら旅籠はたごやて。」
三輪みわ茶屋ちやゝと一しよに、うたにありますやろ。」
 と掛合かけあひ車夫しやふる。 
成程なるほど。」
 と鍵形かぎなり通庭とほりにはに、むかし遺物ゐぶつのまゝな、八けんしたつて、木菟みゝづくはきよろんとして、
おほきほとけぢやによつて大佛だいぶつと、・・・・・ 先刻さつき、四こくにの觀光くわんくわうだんに、ばうさんがぼうつてをしへるのをおぼえてました。奈良なら旅籠はたごだから、奈良なら旅籠はたご。」
「へゝゝゝゝ。」
「ほゝゝ。」
 出迎でむかへた番頭ばんとう女中ぢよちうわらなかから、蘆繪あしゑが、友染いうぜん萌黄もえぎしろでゝ、
はやく、おあがりや。」
 とそでをぐいといて、トン/\と二かいあがる、だん途中とちうで、かたひねつて、わらひながら木菟みゝづくつた。






 欄干らんかんごし・・・・・、二かいあがらないまへから、えた。うへの、横手よこておほ廣間ひろまに、煙草盆たばこぼんくばつてずらりと三十ばかりせきつて、まだ一にん人影ひとかげえないが、蒲團ぶとんならべてある。 
「まあ。」
なににぎやかでいぢやありませんか。」
 さだめし、人數にんず團體客だんたいきやく泊込とまりこ待設まちまうけであらうとおもひながら、おとなしい小娘こむすめみちびかれて廊下らうかしたかゝると、取着とつゝきくだんおほ廣間ひろまとはかべ背中せなかあはせにらうとおもふ十五疊敷でふじきくらゐな座敷ざしきに、おなじく十五六人分にんぶん蒲團ぶとんならんで、此處こゝには、座取ざどりかずおなじやうに、ぜんならんで、しかさらわんはちのものまで丁寧ていねいそろつてながら、・・・・・ おなじくだれない、とばかりでとほけしなにおもはず差覗さしのぞく、トタンにかほそむけた、が、艶々つや/\圓髷まるまげつた、姿すがたほつそりした大屋おほどこ新姐しんぞか、それとも豪商がうしやうなどのめかけか、とおも人柄ひとがら何處どこなまめかしいのが、床柱とこばしら背後うしろにして、火鉢ひばち悄乎しよんぼりさびしさうに端然きちんすわつた。そむけたので薄明うすぐらうち横顔よこがほたばかりで、案内あんないされた。ーー あひだ一室ひとまいた、座敷ざしきみちびかれてはひつた、が、一寸ちよつとめうおもつた。
 まちうけの、大連たいれんむなしいのはことだけれど、ぜんならんで、をんなたゞ一人ひとり受取うけとれない。

 たゞ一人ひとりさびしさうにえた、とおもふと、かれて、さつと陽氣やうき障子しやうじごしに、すぐまへなる猿澤さるさはいけみづ吸込すひこまれたやうに、一齊いつときくらく、座敷ざしきつめたく、引攫ひつさらはれたかと、悚然ぞつとした。が、それもつか、ふつくりと、たびそで袖近そでちかく、蘆繪あしゑ姿すがたてふ模樣もやう浮織うきおりところへ、おほきな臺十能だいじふのうで、小娘こむすめが、かつはこんでたので、もゝしろあかと一しよひらいて、敷流しきながした中古ちうぶる絨氈じうたんも、紫雲英げんげかせ、はるる。
 で、れた眞鍮しんちう獅噛しがみ火鉢ひばちを、座勝手ざがつてかうとすると、いや、おもことかなへごとし。で、ビクともうごかぬ。・・・・・逢魔あふまときで、たぬき附着くつゝけたのではけつしてない、旅籠はたご老舗しにせ身上しんしやうかるんずべからざる重量めかたである。

 其處そこで、隣室りんしつたゝいてたが)のふすま寄過よりすぎた、が、蒲團ふとん其處そこいて二人座ふたりざくと、襖際ふすまぎはなんとかいた横額よこがくしたに、碁笥ごけ整然きちんかざつて碁盤ごばんがあつた。
 ハテ、これかざつてきさうなとこは、とれば、山水さんすゐ大幅たいふくはやがて黄昏たそがれまぎれつゝ、おきものは青銅せいどうくるひ獅子じゝどう平盤ひらばんにそなれをけたほかに、床柱とこばしらかけ活花はないけに、紅白こうはく牡丹ぼたん大輪たいりん造花ざうくわ面白おもしろい。 

炬燵こたつがよござんせうな、あの、ねえちやん、お炬燵こたを、うぞ。・・・・・」
 と次手ついで酒肴さけさかないそがせた蘆繪あしゑが、見物けんぶつゞかれに、うつかりしてた木菟みゝづく顔構かほがまへえないのを怠屈たいくつゆゑ、とそんなことまでんだが、
如何いかゞ。」とふに、チリ/\とむしのやうないしおと。 
本碁ほんご、・・・・・」
星目せいもくきますから、うぞ。」と、ならべるのを、あわててめて、
串戯じやうだんぢやない。・・・・・わたしてれば、おまへさんを口説くどきます。」
「まあ、あんなことばツかり。」と、てのひらかる碁笥ごけふたく。
五目ごもく、なら。」
うしやはる?」
まくらを、ーー」
「あの、まくらを。」
おどろいちや不可いけません、けるんぢやあない、とりかへるんです。おまへさんがけたら括枕くゝりまくらわたしけたら船底ふなぞこまくら、つまりけたはうが、まくら取替とりかへてるんです。」
「おほゝゝ、おいでやす、さあ。」
面白おもしろし、・・・・・」







 木菟みゝづくしんみりとしたこゑで、
蘆繪あしゑさん。」
「はい。」
「おまへさんがけば、むかし奥州あうしうえびす話柄ことがらかとおもはうが、下總國しもふさのくに成東なるとうところ温泉をんせんがある。東京とうきやうから道程みちちかし、それに手輕てがるだもんだから、五にんづれともだち同志どうし暑中しよちう休暇きうかあそびにつたことがあります。・・・・・面白おもしろづくにむわふわで、勘定かんぢやうりなくつて、みんな心當こゝろあたりへ無心むしんして呼金よびがねるのをあひだ始末しまつだから、帳場ちやうばたいして、おほ廣間ひろまには陣取ぢんどつても、心持こゝろもち行燈あんどん部屋べやです。・・・・・一人前にんまへかつをのさしで五ごにんがして、なか後生ごしやうだから、一がふ、もうたつた一がふと、徳利とくり仕切しきりをしてせて女中ぢよちう強請ゆす境遇きやうぐうさ、さけるとみんな咽喉のどどぜうのやうにキユウとる、いや、おはなしらないんだ。  晝寢ひるね眠氣ねむけざましに、五もくをしませうよ、と馴染なじみ女中ぢよちうたから、わたし對手あひてるとね、姐御あねご々々/\わたしたちでつた年増としまがね、銚子てうし酒屋さかや許嫁いひなづけるのをきらつて、こんなしだらにつてるが、あゝ、彼處あすこ縁着えんづいてればかつた、あんなかたくびつたけさけませられる。くびつたけは可訝をかしいが、ゆび徳利とくりくぎるからです、其奴そいつをしんみりとはれたときは、おもはずうつくしいなみだた。
 うして、まあ、何年なんねんぶりかで碁盤ごばんむかつて思出おもひだすんですが、あひだから、ふんだんのなださけで、奈良なら旅籠はたご封手あひてが、みなみ藝妓げいしやぢやあ職過しよくすぎますよ。」

んだこと。」
 とすのをおさへて、
眞個まつたくさ、それもこれも、皆友みなともだちのなさけです。」
「あの、征矢そやさんは。」と蘆繪あしゑふ。
 征矢そやともだちのなのである。
「・・・・・湯治場たうぢば徳利とくりしきんなはつた、ときのお一人ひとりだつか。」
うして、征矢そや大家たいけわか旦那だんなだよ。しかしなかよしでね、一昨年さくねんから會社くわいしや都合つがふ大阪おほさかつとめてる。今度こんど旅行りよかう上方かみがた見物けんぶつとはふものゝ、・・・・・たゞあのひとひにたのが、ぢやうなんだ、・・・・・ところ生憎あいにく會社くわいしや急用きふよう土佐とさまでかなけりやらなかつたもんだから、四五にちしてかへるまでを、下宿げしゆくの二にかい放込はふりこんできもしないで、おまへさんのそであづけられた。・・・・・天下てんか太平たいくい鳳凰ほうわうはねつゝまれてるとおもひます。」

「ま、こんなそでを。」
 と俯向うつむいて、たもととき碁石ごいしおとして、
えたい、かくれたい、みのですわ。」

「おまへさんのとほり、いたあしは、成程なるほど鳳凰ほうわうみのかもれない。・・・・・しかし・・・・・なにしろ不思議ふしぎ知己ちかづきだね。」
次手ついでつてかう、かれ蘆繪あしゑり、て、おぼえたのは、先日せんじつ東京とうきやうつた神戸かうべゆき最大さいだい急行きふかう夜汽車よぎしやなかであつた。・・・・・木菟みゝづくは、わしやら、たかやら、とんびやら、びらしやらとした孔雀くじやくやら、 蝙蝠かうもり紛込まぎれこんだ夜半よは暴風雨あらしなかを、もそ/\と食堂しよくだうはひつたのは、それは眞夜中まよなかの二時頃じごろで、豊橋とよはしのあたりであつたとふ。・・・・・だれない、正面しやうめんに(禁喫煙きんきつえん。)の掲示けいじいて、給仕きふじが四にんかたまつて、饒舌しやべりながら、くせ煙草たばこきつしてた。濱松はまゝつおとした、煮燒にやきしたものはなに出來できない。・・・・・はあるからかんはつけようと、ふから、さけたのんでところへ、一人ひとりスツとはひつてたのが、蘆繪あしゑ

ーーとも無論むろんらず、寢臺車しんだいしやはうから、目覺めざましく容子ようすのいゝのが、とおもふと、一人ひとり給仕きふじなん間違まちがへたか、ツカ/\とみちびいて、「これへ。」とすくふやうにをんなうでおろしてをしへたのが、木菟みゝづくたひとつ卓子テイブル差向さしむかひの椅子いすである。おつとりとさからはないで、「おゆるし。」とか、「御免ごめんやす。」とかつて、すなほに其處そこけようとする途端とたんに、背後うしろから夥間なかま二人ふたりこゑあはせて、「ちがふ/\。」と氣立けたたましくつた。






吃驚びっくりしたらしく、「ア此方こちらへ。」と、退くにれて、なんにもはず、嬌態しな會釋ゑしやくして、片側かたかは椅子いすへ、其處そこで、背後うしろきに優容しとやかこしけた。
 見惚みとれて、さけむうちに、其方そちらへは、あつらへらしい、紅茶こうちやと、みづ菓子ぐわしとがた。が、すぐにをんなが、素湯さゆを一ぱい、とたのんで、やがてつてたので、皓齒しらはつてくすりんだ。・・・・・むと、そのまゝ勘定かんぢやうすまして、なんにもべたくはなかつたさうで、蜜柑みかんふたつだけ、きぬ手巾はんかち一寸ちよつとつゝんだのをげると、椅子いすつて。とつたなりで猶豫ためらつたが、振向ふりむいて、振向ふりむいて艶麗あでやか目禮もくれいした。
 硝子杯コツプいて、會釋ゑしやくかへすと、スツとつまさばいてた。 

南地なんちだ。」
蘆繪あしゑさんだ。」
 と、がや/\と給仕きふじふのがきこえたとおもふと、一人ひとり飛出とびだして、をんな卓子テイブルいた林檎りんご芭蕉實バナゝさらごとチロリとるのをて、三にんが六ぽんヌツと白服しろふくうで突出つきだすと、ひよいとさら天窓あたませてゆびでペロリといたが、林檎りんごより眞赤まつかえた。
 其處そこで、ひとがらもおぼえたのであるが。

「しかしね、蘆繪あしゑさん。」
 碁盤ごばんもたれて又話またはなす。 
大阪おほさか思出おもひでに、おまへさんにはせてしいとつて、素面しらふで、征矢そや口説くどいたときは、きまりがわるくつて冷汗ひやあせたよ。征矢そやわたしより、づツとわかいんだからおさつしなさい。勘當中かんだうちうあづけられてる叔父をぢむかつてヤケにあそばせろ、とふよりか餘程よほどよわつた。負惜まけをしみをふんぢやないが、征矢そや旅行りよかうをするところにさへ衝突ぶつからないで、二人ふたりあそんでられたんだと、そんな野心やしんおこらなかつたかもれない。とまあ、してくけれど、ひろ大阪おほさかがいたゞ一人ひとりひと便たよりにした征矢そやが、退引のつぴきらないしやようで、しかよる汽船きせんで、神戸かうべから土佐とさたなけりやらないとふんぢやないか。

 おまへさんと食堂しよくだうで一しよだつた。あの汽車きしや梅田うめだいたのは畫前ひるまへ時頃じころだつけ。・・・・・さむかつたね、じつふと、停車場ステイシヨンときなんぞは、只友たゞともだちのかほようばツかりで、ひとところさうなおまへさんの姿すがたを、改札かいさつからみそなはさうなんぞの野心やしんはなかつた。
 が、周圍まはりかつにぎやかにるにつけて、きふ心寂こゝろさびしくつたのも、むしらせだとかふんだらうね。・・・・・留守るすか、それとも一晩ひとばんどまり旅行りよかうでもしてやしないか、とめう征矢そやてくれさうもないがしてらない。マゝよ、なかつたら、つぎ汽車きしや東京とうきやう引返ひきかへさうくらゐに覺悟かくごをしたほど、たれにもおんにはせないけれど、わたし一人ひとりたび心細こゝろぼそい。

 毎日まいにちつとめてるのはれてたから、くるまで、會社くわいしやこゝろざした。寢不足ねぶそくはしてるし、汽車きしや辨當べんたうしたれるし、さむさはさむし、兩側りやうがは看板かんばんならんで通拔とほりぬける向風むかひかぜ面色つらつきは、ものほし吹曝ふきさらされるやうで、ガタ/\ふるへるくらゐだつた。さむいなあ。車夫くるまやと、おもはずふと、「いで、奈良ならのお水取みづとりやさかいな。」とつたがね、わけらないけれど、朝湯あさゆ風説うはさよりつめたいよ。

 道修どしようまち會社くわいしやへついたときは、石壇いしだんに、車夫くるまやたせた。征矢そやなかつたら、すぐに停車場ステイシヨン引返ひきかへさうとおもつてね。給仕きふじ名刺めいしして、一寸ちよつとて、で、事務室じむしつはうはひつて半分はんぶん洋服やうふくしろいのを見送みおくりながら、まだへるかへないかと、あやぶんだ、が、給仕きふじが、むかうでお辭儀じぎをした、かたしまつた背後うしろむきで、卓子テイブルむかつてなにか、かきものをしてるらしいをとこがある。背後うしろ姿すがたときは、こゝにけたのがる、とおもつたほど可懷なつかしかつた、征矢そやなんです。」
「まあ、かつたわ。」と、わかつてことながら、蘆繪あしゑほつ安心あんしんいきく。





十一


みぎむかつて、。ペンをつたあがる、と名刺めいし受取うけとつたつけ、すつきりした片頬かたほゝえたが、る/\心持聳こゝろもちそびえたかたは、春日山かすがやま若草山わかくさやまの十ウぐらゐ、うでこらへてせさうに、ちからる。・・・・・あゝおほきな會社くわいしや背負せおつてつ、はしらだ、さすがは頼母たのもしいとおもつた、が、うぢやあかつた。わたし不意ふい重荷おもにかゝつたのを、しんこらへた、我慢がまんしたのが姿勢すがたつてあらはれたんです。

 ペンをいて、づいとつと、はかま向直むきなほつた、が、引緊ひきしまつたかほでずツとた、・・・・・トかほあはせて此方こつちたましひむかうへられた、うつろなこゑで、やあ、とつて、だらしなくニヤリとると、やあと、かすかめじりわらひかげで、荷物にもつは、とつて、わたしうちぐらゐ片手かたて引立ひきたてさうな確乎しつかりした片腕かたうで差出さしだ加減かげんで、つか/\と玄關げんくわんいしりる。こればかり、なにもない、と風車のかざぐろまやうな信玄しんげんぶくろつてせるのを、ぐい、とつて、應接室おうせつしつだらう、なかはひる、とあわてゝ、わたし賃錢ちんせんわたしたつけ。つてたひと車夫くるまや老犬おやぢが、「ひなされたなあ、鹽梅あんばいや。」と髯斑ひげまだらくちうれしさうに和笑にやりとしたのをても、どんなにわたしうれしさうだつたかゞれるでせう。・・・・・
 信玄しんげんぶくろ卓子テエブルうへへハタといて、「こまつてしまひました。わたし今夜こんや土佐とさたなければならな いんですよ。」とさわやかこゑつたとき、ものにどうぜぬ征矢そやの、凛々りゝしいまぶたさついろたん ぢやありませんか。

 わたしおもはずむねせまつた。 「これ十分じふぶんだ。」
 と信玄しんげんぶくろひざつてつた。ーー
 信玄しんげんぶくろを、征矢そやまた引立ひつたつて卓子テエブルうへへトンといて、「うにかします、一寸ちよいと失禮しつれい。」「あゝ、心配しんぱいしちや不可いけません、」とふうちにえなくつた。ぎたことを、(何故なぜ電報でんぱう打合うちあはせてくれない。)なぞと愚痴ぐちふやうなをとこぢやあない。かこまれたしろならてきやぶつてるのみだ。此方こつち勇氣ゆうき引立ひきたてられて、つたばかりでかへるのをなんともおもひはしなかつたが、それでもね、なめらかな大理石だいりせきゆか砂利じやりむやうにいたかつたのは事實じゞつなんですーー。 おつと三々さん/\りますね。」
 木菟みゝづくは、けて一せきパチリとれた。

給仕きふじ馳走ちそうぶりに、ドン/\いてくれる瓦斯がす暖爐ストオブさむいやうなるうち、たせましたね。 

 時間じかんくとわたし身體からだよりおもいくらゐな、倫敦ロンドン仕込じこみおほ外套ぐわいたう引抱ひきかゝへてはひつてて、「殘念ざんねんです、八ぱう電話でんわけました、重役ぢうやくとも熟議じゆくぎをしましたが、是非ぜひがありません。」とおもてたゞしてつた、「しかしきつうにかします。」・・・・・「とんでもない、うにかするなんて。」「いや土佐とさつのはうにも仕方しかたがありません。が、なんとでもして四日間かかんかへつてるまで引留ひきとめます。」・・・・・なんにもはせず、「とにかく戸外おもてませう。して食事しよくじを。・・・・・」

 これから歩行あるしたが、わたしは、幾重いくへにも、征矢そや心配しんぱいをしないやうに、そして、畫飯おひるを一しよべて、汽車ぎしやかへるのがけつして愉快ゆくわいことぢやあない、かへつて酒落しやれてるから、とつても酒落しやれなんざ大嫌だいきらひ征矢そやがだから、洒落しやれにしないで、心配しんぱいをしてくれる。・・・・・から、其處そこでおまへさんのことつた。ーー

 つた、が、きまりがわるかつた。わたし立停たちどまつて、電信でんしんばしら小楯こだてつたんですがね、何處どこだか方角はうがくなにわからなかつたけれど、あとくと、毎日まいにち新聞しんぶんよこまがつたところだつたさうで、まつ晝間ぴるまです。
 のつけに藝妓げいしやひたいとも、さすがに言出いひだせないから、「御飯ごはん何處どこべるんです、」も、とぼけてませう。

 征矢そやなんかないから、「それかんがへてるんですがね、今新いましん金麩羅きんぷらがあつて、一寸ちよつとうまくもあるし、濱側はまがは景色けしきかはつてますから其處そこにしよう、とおもつてもましたが、入込いれごみですからーーちつとでも落着おちついて、はなしをしたいのには。・・・・・矢張やはり近處きんじよですから鶴家つるやふのにしようとおもひます。が、なんですか、註文ちうもんがおありですか。」ーーはれたのにはすくなからずよわりましたよ。」





十二


行詰ゆきづまりながら、「其處そこ藝妓げいしやべますか」サ、うですきうしたものでしたな。「さあ、べませうが、はうべつ算段さんだんがしてありますから。」で、よわつた ・・・・・ 牛屋ぎうや割前わりまへのあとが、おい、おたがひ羽織はおりがうぜ、ひもつてことさ、くらゐはうで古疵ふるきずおぼえのある強兵つはものだけれども、素面しらふで、まつ畫聞ぴるまで、まちかど電信でんしんばしらで、あまつさ風立かぜだつてヒユウとさむさがみる、汽車きしや外套ぐわいたうしわだらけで、くぼんだ信玄しんげんぶくろ紐長ひもながにぶらりとげて、日向ひなたでまぶしくツて、すなぼこりではなをしがめて、トやつたところ征矢そやはうが、づツと年下としゝたて、たかいんだから、かたちもつかなけりやつぼはまらず。こゝで口説くどくのは、奥同者おくどうしや本願寺ほんぐわんじをがんで、あの屋根やね歩行あるいてたいとふやうなものでね、「じつは、」とすと胴震どうぶるひをして、あせなみだが一しよる。

 いや、笑事わらひごとぢやあない。
 ・・・・・だから、蘆繪あしゑふのをせてください、そして一しよばんまでめば、大阪おほさか思置おもひおことちかつてなし、きみは、神戸かうべへ、わたし東京とうきやうへ、擦違すれちがひにーーと事實じゞつ決心けつしんをした證據しようこは、對手あひてのあのおほききつながらだんじたのでわかります。
ーーひととほりまさね、つじ突立つツたつてるんだから。ーー
 馬鹿ばかも、くらゐると超越てうゑつつてね、ひとうへ通越とほりこして、ひと眞面目まじめ心配しんぱいをさせます。」
 と、かれ獨言ひとりごとつて歎息たんそくした。

のおのぼりにたいして、吹曝ふきさらしのつじちながら、征矢そや苦笑にがわらひもしないで、眞面目まじめ心配しんぱいして、・・・・・らない藝妓げいしやだ、それだし會社くわいしや便宜べんぎじやう曾根崎そねざきはうには萬事ばんじうけたまはらせる茶屋ちやゝもあるが、南地なんち宴會えんくわいつてるばかり。・・・・・なにしろ、今朝けさしよ汽車きしや大阪おほさかかへつたをんなが、つい、おいそれのふか覺束おぼつかない。しかし、きた仲居なかゐ元老げんらうかぶのきゝものがある、うでふろはせてませう、と鶴家つるや食事しよくじをしたあとを、きたの、あの百川もゝかは出掛でかけたんです。」

「お身體からだも、貴方あなた、それにづかれもおましたやろ。・・・・・藝妓げいこはん大勢おほぜいなかで、つておしまひなさいました。おさけはな滿開まんかいごろにな。征矢そやさんがずツとつて、わたし一人ひとり別室べつしつへおびやして、あの、りんとしたおこゑでな、「蘆繪あしゑさん、」とあらたまつて、「ぼく土佐とさからかへるまで、あんじやう引請ひきうけてください。」とおはかまうおつきなすつて、あのかほをおやしたばツかりで、わたし身體からだをもわすれてしまひました。はづかしいことですけれど、内證ないしよはな、世話せわつてりますひとと、るわ、くわの悶着もんちやくがあつて、うへ相談さうだんに、東京とうきやう芳町よしちやう待合まちあひをしてます、あねもとへ、相談さうだんつてかへつたばかりのところでした。けれどもな・・・・・あゝ、心易こゝろやすうてひました、貴方あなた、まだ心配しんぱいなさいますな。あの、凛々りゝしいかたが、わたしのやうな、こんなものに、貴方あなたたのむと、ひざたゞしておひなすつた、こゝろざしで、二十五のとしで、殿方とのがたがはじめてわかつて、があけたやう におもひますわ。」
 とわすれたやうに、碁盤ごばんはし頬杖ほゝづゑしつゝ、無意識むいしきらしく一せきくろをカチンといだ。 

「ま、びたことをおやす。うつかり/\おはなししてて、 ・・・・・何處どこまでも、 ・・・・・」
 心付こゝろづくと、いしは、しろくろをづる/\と、はゞすんくらゐにつながつて、ばんうへをずるりとつて、れかゝるいろつめたかゞやいたのが、うろこ小蛇こへびまがつたのである。とふのものち心付こゝろづいたので、ときなんともおもはなかつたさうであるが、艷々つや/\ばんひかつて、・・・・・又何またなんとなく其處そこ人影ひとかげしたやうにおもつたので、ふとげると、ふすま細目ほそめに、かげのやうにつて、蒼白あをじろ瓜實うりざねがほで、ほゝ片手かたてへながら、やゝ打傾うちかたむきつゝ差覗さしのぞく、天井てんじやうめて、黒髪くろかみ黄昏たそがれいろつた圓髷まるまげをんながある。ーー

片手かたてほゝをばさゝへた手首てくびに、市松いちまつらしい友染いうぜん縮緬ちりめんうら淺黄あさぎつめたからんで、すごいやうな、盤面ばんめんいしかげか、ひとみおほきく、すらりとたかい。





十三


 木菟みゝづく一目ひとめて、一しつ大勢おほぜいぜんならべて、たゞ一人ひとりさびしく先刻さつき婦人をんなおもつた。
「おたのしみどすな。」
 と、爾時そのときつた。 
如何いかゞです、貴女あなたも。」と、ついつて、ばんけて一ひざひらいた。 
御免ごめんやす。」
 と、すつとはひる。・・・・・
蘆繪あしゑさん、おねがひなさい。・・・・・貴女あなた此方こちら本當ほんたうのがてるんですから。いや、敗軍はいぐん々々/\!」
 と陽氣やうき饒舌しやべつて、げるやうに、もう出來できてるおき炬燵ごたつへすぼりとはひつたのは、けたのでもなんでもかつた。木菟みゝづくは、不意ふいかほしたのが、征矢そやならば、とおもふと、きふさびしくつて、一人ひとりで、ものをおもひたかつたのである。

 うみえる。
 なみつ。
 みづいろふすまうつつた。
 猿澤さるさわいけ面影おもかげつのであらう。
 かすみなかを、供奉ぐぶして鳳輦ほうれんのきしるのは、晝視ひるみ繪馬ゑまだうがく土佐とさまぼろしである。萌葱もえぎ筆彩ひつさい黄金きん剛毛はけ
 荒海あらうみふね甲板かんぱんに、すつくと一人ひとり外套ぐわいたうくろ姿すがたは、征矢そやかげ朝日あさひがさし、夕日ゆふひうつる。
 あやしくうつくしきとりの、くちばしせつして、かすかさゝやごとをんな二人ふたりこゑき、ばん花園はなぞのて、そで花咲はなさき、てふたはむるゝのをつゝ、かれあぶつて、うと/\した。・・・・・

「あ、失禮しつれい頭痛づゝうがして、ま、こんなこと。」
 と、こゑうつゝいて、ふとわれかへつたとき蘆繪あしえが、金口きんぐちをんな煙管ぎせるを、すひつけて、トけたにつれて圓髷まるまげ婦人ふじんが、生際はえぎはつめてひたひゆはへたむらさき煙管きせるづゝくのをた。透通すきとほるばかりしろかほの、蒼褪あをざめたのもひとつはいろうつるのであらう。市松いちまつ襦袢じゆばん淺黄あさぎがまたチラリとつた。

「やあ、ましたか。」
 ぜんあかく、銚子てうしくろし、猪口ちよくあゐ蘆繪あしゑともしびあかかつた。
きやくかへりましたか。」
「は、つよかただすな。」
は、・・・・・:」
「まだ、さしかけでしたけれど、・・・・・何處どこかはつた。えんうて、わツとむかうの座敷ざしき大勢おほぜいさわごゑがしますとな、よううて、すぐに、かくれるやうにおかへりでした。」
つれたんだね。」
 と木菟みゝづくは、其處そこ給仕きふじひかへた小娘こむすめかひつてつた。

 小娘こむすめやさしいほつそりと仰向あをむくやうにして、
「あの、御寮人ごれうにんはんどしたら、おつれだれやはりまへん。」
澤山たくさんぜんならんでたぢやあないか。」
大勢おはぜいはんは團體だんたいかたどす。」
いやひとつの座敷ざしきにも。」
「へ、あれどしたら、御寮人ごれうにんはんが、影膳かげぜんゑはつたのだんね。」
影膳かげぜんを。」と蘆繪あしゑくと、
「へい、影膳かげぜんうても、旦那だんなはんのお留守るすのやないのどす・・・・・こゝろざしほとけはんやらな、おともだちのぶんやら、きとらはるにも、なはつたのにも、こゝろおもふお方々かた/゛\皆供みなそなへるんやはゝりましてな、・・・・・」
馴染なじみきやくかい。」
「へい。」
「ぢや、奈良なら見物けんぶつぢやあないのだね。」
きやうのおかたやさうどしてな・・・・・見物けんぶつやおまへん、毎月まいつきづゝ生駒いこまはんへおまゐりやすな、途中とちうにおりやしては、一ぺん々々/\かずふやしてな、おぜんそろへはりまんのどす。」

 生駒いこまは、おとく、ばつ利生りしやう驗顯あらたかに、すごおそろしき聖天しやうでん御山おやまである。御堂みだうこもつて、をんなの、捌髪さばきがみ蝋燭ろふそくゆはへてほのほもやし、をとこの、てのひらあぶらたゝへて燈心とうしんともしながら難行なんぎやうをするのもあり、一足いつそくだちととなふるのは、ふもとより絶頂ぜつちやうまでを一足ひとあし歩行あるいてはつちひざまづき、つて一してはさかひざまづきする。御堂みだうまでは三ばんあひだ一眠ひとねむりもせず、一休ひとやすみもせず、茶屋ちやゝをとこ都度つど々々/\はこ湯水ゆみづを、合掌がつしやうかず、よりしてくちけて、息繼いきつぎ/\砂利じやりいしに、だらけにつてぎやうするをとこをんなかずおほいとふ。・・・・・

 なんとなく、蘆繪あしゑかほ見合みあはされたとき廊下らうかにぎやかな跫音あしおとして、ふすまけて三にん色々いろ/\あらはれたのは、木菟みゝづく退屈たいくつをさせまいこゝろづかひで、蘆繪あしゑはからつた土地とち藝妓げいしやであつた。
 木菟みゝづく醉潰ゑひつぶれたゝめ、きやう御寮人ごれうにんふのにいて、蘆繪あしゑともなにはなさなかつた。あくるあさおそかつた。はひつたあとを又酒またさけで、隙間すきまらさぬ六まい屏風びやうぶ
 炬燵こたつ蘆繪あしゑかし褞袍どてらで、爪彈つまびきの、
  忠兵術ちうべゑが、

 旅店りよてんつては、こゝろざひとぜんゑて、一人ひとりきやう御寮人ごれうにんより、二人ふたりはうあやしい、くるしまぎれの鼻唄はなうたで、毒藥どくやくでも心中しんぢうだとおもつたらう。・・・・・手代てだい番頭ばんとうのソツとぬきあしはひつては、十でふすみかこつた屏風びやうぶうらで、しやがんで立聽たちぎゝをしたのは事實じゞつである。

 もやゝかたむころこゞりのけたやうにつて炬燵こたつ娑婆しやばかほで、欄干らんかんごし猿澤さるさはいけみづかれながら、興福寺こうふくじ鐘樓しやうろう屋根やねとまつたからすともらず、外套ぐわいたうとコオトでならんでつた。
 昨日きのふ座敷ざしきは、團體だんたいがたも、御寮人ごれうにんぶんも、いたやうになんにもなかつた。

 さて、停車場ステイシヨンおくれて、引返ひきかへしてはひつた一膳飯ぜんめしはなしきやう清水きよみづふもと松原まつばらなかなる、玉芝たましば蘆繪あしゑつゝ、ゆめうなされてさました。夜中よなか木菟みゝづくむねうちもどる。





十四


うだ・・・・・」
 木菟みゝづくみだれたなまめかしい、がなやましいねやうちで、
碁石ごいしひろつて、蘆繪あしゑたもとれたとき一寸ちよつとあごおさへるやうにして、四五まい懷中ふところにあつた繪葉書ゑはがき見付みつけた。猿澤さるさはいけのほとりの旅籠はたごで、東京とうきやう誰彼たれかれすつもりで、わたしいたのを、途中とちう郵便いうびんばこれてらうとあづかつたものだつけ・・・・・「あ、うつかわすれました。うしませう。」と、なにかまひはしないものを、うせこれから停車場ステイシヨンせばい、と此方こつちたないで、土間どま捜足さぐりあし草履ざうり引掛ひつかける、とすみ板前いたまへた一ぜんめしの女房にようばうが、「もし郵便いうびんばこみぎどなりの小路こうぢかどだつせ。」「おほきに。」と、コオトのすそをしつとりと、しかし急足いそぎあし暖簾のれんけてスツとる。あとへ茄子なす溝漬どぶづけが、ばちやんとおとのするやうにねてく。

 此方こちら手酌てじやく注足つぎたして、一くちつてると、ひどいさけで、したさきから、いきなり腦天なうてんへピンとる。さすがの意地いぢきたな銚子てうしにらんで溜息ためいきいたところへ。
 其處そこつてたんだ。玉子たまごやきを、女房にようばうよごれた上被うはつぱりの、あの諸手もろてでガチヤリとさら卓子臺ちやぶだいうへいて、「おつれ南地みなみ藝妓げいこはんだんな。」と上目うはめづかひをしてつた。「わかりますか、無論むろんわたしたびのものだが。」「えゝ、そりや風體ふうが、ものをひますさかい、・・・・・旦那だんなはん、およろこびなさらんとなりまへん。」「なにをえ。」「なにやかて、南地みなみ藝妓げいこはんが、こないにつとめやはることうたら、ほんたうてもありまへん。・・・・・そら、貴客あんたよこのものをたてにもしやはりまへんえな、ツンとしてくびゑはつて、」とゑたかほを、俄然がぜんくづして、「えへゝ、」わらつて、ずた/\とひき退さがる。・・・・・此奴こいつ茶代ちやだい奮發はずませるとは、おもつたものゝ、南地みなみ藝妓げいこはたらぶり成程なるほどと、あのときうなづかれて、りや、狐色きつねいろ玉子たまごやきそれとてもこゝろづくし、あだにはしまい、とイラメをけないばかりに、渦卷うづまきいてうすつたのを、ト一くちまゐると、ガサ/\とくちぱいつて、うやら硫黄いわうでもむやうなのをぐツとんだ。が、そればかりなら、うまでむねにはつかへなかつたらう。・・・・・小兒こどもにゴムまりつてたせて、ときかへつて蘆繪あしゑが、すゝなか玉子たまごやき氣懸きがゝりさうにのぞいて、「あ、つてましたな。」とふと、そつつて、「およしやすや、これは。・・・・・筋向すちむかうの玩具屋おもちやゝみせから一寸ちよつと振向ふりむいてたらな、女房おかみさんが庖丁はうちやうを あの前垂まへだれで、・・・・・」

 わたしはぎよツとした、いま其處そこすわつたあとが、じと/\れてはゐなからうかとおもふやうな汚腐よごれくさつた前垂まへだれで。・・・・・「べた/\いてるのがえましたから。・・・・・先刻さつきさかなきましたとき土間どま庖丁はうちやうちてましたよつて、・・・・・使つかはれてはこまる、とおもうて、玉子たまごやきらんと、と、うてあつらへましたものを。」とまゆひそめたときは、此方こつち咽喉のど引替ひつかゝつて、此奴こいつがごくり/\と、蟲唾むしづとゝもにをさしてりてく。

 へば心配しんぱいけようと、のまゝだまつたが、へん心持こゝろもちで、くちけない。あんなときさけだが、サそれめないのだからよわつた。・・・・・元氣げんきがないと、蘆繪あしゑ悄氣しよげて、つめた瀬戸物せともの火鉢ひばち兩方りやうはうから押被おつかぶさつてたのは惨憺さんたんたるものだ。

 が、時間じかんる、・・・・・ぐにる、・・・・・汽車きしやる。ならんでける。驛々えき/\名所めいしよで、暫時しばらくまぎれてたのだつたが。
ーーてよ、かもかれひ所爲せゐではない。・・・・・よひこゝ玉芝うち奥座敷おくざしきで、・・・・・あゝつて、」

 思出おもひだげて、そら見當けんたうをつけようとする、グイとくち吐上つきあげるのを、アツとまた俯向うつむいて 木菟みゝづくおさへて、
「・・・・・あゝつて、とうだ。碁石ごいしひろふと、たちまち、はれない臭氣しうきがして、すわつてられないで、むねそつよこかした・・・・・碁石ごいしにほわけはない。
 たしかに、かの碁石ごいしと一しよに、一膳飯ぜんめし玉子たまごやき缺片かけら生返いきかへつて、くさつたにほひがプンとたんだ・・・・・うだ。」





十五


清涼劑きつけにもらうそでで、あたまきさうに擦寄すりよつて、うかしたか、と狼狽うろたへてるほどいてくれる。・・・・・いや、なんでもないが、すこ寒氣さむけがする、とまぎらかしたとき・・・・・世辭せじのつもりか玉芝たましば女中ぢよちうが、あらたまつた挨拶あいさつをした。「貴女あんたはんな、うち女房おかみはんがお目通めどほりせんなりまへんのどすが、少々せう/\加減かげんわるうて、引籠ひきこもつてりますよつてに。」「ういたしまして、それは不可いけませんね、餘程よほどわるいのですか。」と蘆繪あしゑくと、「ほん、ぶら/\してどす、氣鬱きうつたやうに、陽氣やうきわるうおすよつて。・・・・・旦那だんなはんすこしおやすみしたらうです。」で、次手ついで病人びやうにんのお夥間なかまいり可厭いやだつたが、なに氣鬱きうつしやうふんなら、一寸ちよつと附合つきあつてもいやうな心持こゝろもちがしたので、「それではねがひませうか、」とふと、・・・・・「氣分きぶんなほつたところまたあがりやす。それうおすな。」と二人ふたりともにくちそろへた。「ながうおすさかい御緩ごゆつくり、」と、女中ぢよちう支度したくをしにつたあとでも、此方こつちどくなほどだまつてた。
 嘔氣むかついてたまらない。

 ところで、あのときにも、一うと/\したつけか、二かいあがるのにかとおも蘆繪あしゑ姿すがたに、かれて、・・・・・だん中途ちうとで、しろかほやさしいで、振返ふりかへつたのをおぼえてる。 ・・・・・
 いま、此處こゝかほだ。」
 とおもふと、なにやら今更いまさららしく、がものゝやうながして、ツときの人形にんぎやうでもるらしく、しきり可愛かはいく、可懷なつかしくなつて、かたをぐたり、とそつおもあたま捻向ねぢむけると、睫毛まつげばかりが、ひそ/\とさゝやくやうな、かすか寢息ねいきかせて、みだれたむねしろ陽炎かげろふ風情ふぜいがある。
 
とこはひつても、總毛そうけさむさに、あし炬燵こたつに、・・・・・しがみついて、むねを十文字もんじ確乎しかおさへてたふれた。かたからせなかをさすつてくれた。が、ゆめにした蝶々てふ/\のやうに、うふは/\とえると、それからんで、なやましくせつない、此方こつちむねくろい、てふつてぶら/\した。・・・・・南地みなみ藝妓げいこにこんな介抱かいはう。・・・・・一膳飯ぜんめし女房にようばう言葉ことばにつけても、と思出おもひだすと、玉子たまごやき硫黄ゆわう臭氣にほひくちびるんでへるうちに、びつしより身體からだぢう粘々ねば/\としたあせながれると、それ幾干いくらむねひらけて、すう/\と呼吸こきふらくると、あゝ、あれから一寢入ねいりか。ーー

ーーしかし、夢中むちうにも、寢苦ねぐるしさは、あめおと障子しやうじたゝいて、ばら/\と飛込とびこむのが、かほあしみだれかゝつて。
 まるで、碁石ごいしつて、擲付はふつけられたやうだ。」
 とおもへば、あらたまたもや堪難たへがた臭氣しうきはなく、はら碁石ごいしかたまつてごとく、つまんだだけでも、あの可厭いやだつた、なんともはれない臭氣くさみが、なうみて、どろ/\とみゝまでながれる。
かう。」>
 木菟みゝづくは、こしおとしたが、かたいきして居直ゐなほつた。

よひからも、なによりだ、くにかぎるとおもひながら、つれ憂慮きづかひにしたんだ。ことわつても醫師いしさわぎをするにきまつてゐる、とどくでもあり、面倒めんだうだし、體裁ていさいわるし、無理むりこらへた。・・・・・ちやうる。ひまに。・・・・・五臟ござうかみなにがためにおれおこした。けとふのだ。もどせとをしへる。それだのに、いままで、なにをし、なにおもつて、なんだい馬鹿ばかな。」

 嘲笑あざわらふやうな、われながら木菟みゝづく氣味きみわるあをかほして、ひぢで一まくらたふれながら、枕頭まくらもと時計とけいのぞくと、ぶる/\とみやくひゞくばかりセコンドをきざんで、あたかも二である。
 ほとん言合いひあはせたやうに丑滿うしみつかねきこえた。
 
知恩院ちおんゐんか。」ーー
みゝますと、雨戸あまどごしまつこずゑを、なみち/\、はるか鴨川かもがはつたひ、ちか東山ひがしやまめぐ氣勢けはひして、おと餘波よは蘆繪あしゑ黒髪くろかみのほつれにひゞく、・・・・・
 心付こゝろづけば、かぜあめまぼろしなりしか、それとく、何時いつにかんだらしい。雨戸あまどにそよとのこゑもない。おび締直しめなほして、づツとつて、ふら/\とる、トタンに、ぐわツと胸許むなもと嘔上こみあげる。





十六


「えゝ、我慢がまんしろ。」
 とおもはず、こゑて、ぢつむねおさへながら、木菟みゝづくふすまけて蹌踉ひよろ/\つぎへやると、ぢいん、といたいぼどあたまさむい。で、はる友染いうぜんすばかりくもなゐねや見棄みすてたとはなく、えんなるをんなはなねむかすみなかから、きふ坊主ばうずにされて追出おひだされたかたちがあつた。

 向合むかひあつて、ふすまめたべつに一座敷ざしきがあつて、たての六でふらしいつぎよこつて、階子はしごだんがある。拭込ふきこんでつやたのが、襖越ふすまごしの電燈でんとうで、薄白うすじろしもいたかとえるのを、捜足さぐりあしつめたんで、胴震どうぶるひをしながら、片手かたてかべすがり/\、あなちるやうに、やがて、ひよろりとりると、した板敷いたじき。一ぱうかべで、一ぱうは(ーー其處そこから納戸なんど住居すまひかよふらしい。ーー) ふすまで、取着とつゝきにづらりと、まだ木目もくめ薄赤うすあかい、あたらしい雨戸あまどえる。
 
なんでも、あのへん、」
 何處どこかをけると、廁へかはやみちがあるはず、とよひ見覺みおぼえを辿たどつて、雨戸あまどについた廊下らうかへ、手繰たぐりおもひで、わく/\していそいでた。が、薄明うすあかりても、きさうな箇處かしよい。てつけもこまか犇々ひし/\しまつてる。
 稍忙やゝせいて、みまはすと、廊下らうかくぎつた突當つきあたりの硝子ガラスはまつた一まい扉戸ひらきどがあつた。
彼處あすこだ。」

 ひらきまへに、室咲むろざき紅梅こうばいの、かすかいろのこした、ふるく、桃色もゝいろぜてからびついていたのがある。四邊あたり武藏野むさしのだと、たきゞ折添をりそへよう。・・・・・ところがらとて、めいをば歌屑うたくづとでもひさうな、とよひにちらりと見覺みおぼえの、・・・・・それ/゛\剥製はくせい うぐひす一寸ちよつとえだとまらせた、これがあるからには、二人ふたりかも座敷ざしき相違さうゐない。
 
此處こゝかはや見當けんたうを。」
 で、なりおほきい、鉢植はちうゑと、摺々すれ/゛\けようとして、のぞくと、なかつゞいてえんる、が障子しやうじつた座敷ざしきまへに、上草履スリツパつゐに二そくそろへて二足脱そくぬいであつた。
「あ!」
 と木菟みゝづくはぎよつとした。

ーーまるゝ方々かた/\御察おさつしがねがひたい。ーー
 これおもへば、階子はしご上口あがりぐちに、自分じぶんたちの使つかつたほかにも、う二足脱そくぬいでつたやうでもあるし、りたところ襖際ふすまぎはにも、つゐならんでがする。・・・・・えうするに、玉芝たましばは、うか/\と木菟みゝづくなんぞが、一人ひとりとまるべきうちではなからう。僥倖さいはひ草履スリッパの一そくるとしても、なにいても眞夜中まよなかいま時分じぶん滅多めつた歩行あるくべき廊下らうかではない。
 
「・・・・・よわつた。」
 だい一、ねやたゝいて、用場ようばたづねようなどとはおもひもるまじきことである。
「さあ、よわつた。」
 これりよ、木菟みゝづく。四五年以前ねんいぜんに、一西石垣さいせき旅館りよくわん某樓なにがしろう宿やどつた夜半よなかにも、おなじことで、座敷ざしき々々/\つゐうは草履ざうりに、八はちごと引包ひツつゝまれて、七てんたうしたおぼえがある。ーー

 あの、すや/\寢入ねいつたものを、三疲勞つかれもともに、つみむくいわすれてるのを、封丈つゐたけ襦袢じゆばんたゞ一重ひとへ衣服きものねばるまいし、扱帶しごきもせずばるまいし、それ搖起ゆりおこすくらゐなら、はじめからうぢやない。
 思切おもひきつておこしたところで、きたなおとかせたあとの、またこのひとこゝろづかひ、人騒ひとさわがせの夜更よふけおもへ。

 さむさはさむこほりびる、むねには硫黄ゆわう沸上わきあがる。みづも一せいに、ぐわち/\と身震みふるひしながら、なさけらうと、正面しやうめん雨戸あまどすがつて、やあ、ふしあなれ、とやぶつてもたさうに藻掻もがくうち、節穴ふしあながひよこ/\とうごいてたてならんで、になつたかとおもふばかり、ふと一まい細長ほそながかみつて、雨戸あまどしるした箇處ところがある。

 色消いろけしだが、あへいきと、鼻息はないきと、せつながりのなみだで、くもつたみひらいて、ぢつると、いつ文字もじ。・・・・・

   (巳、巳、巳、、)

、」
 うれしや、したに、サルが五箇いつゝ五箇いつゝのサルを、亂杭らんぐひさか茂木もぎ、しやにむにくと、カタリといた。 そとあめふくんださわやかまつにほひみどり伏籠ふせご留南奇とめきである。





十七


 其處そこ通縁かよひえんは、樹立こだちしげにはめんして、雨戸あまどふものゝまうけがない。深夜しんやに、開放あけつぱなしにつてて、をりからかねさそふ、かぜ音信おとづれもなかつた、が、夜氣やきひやゝかにおもてつて、かしらにはいしひ、むねにはつゝんでなやましいうちにも、こゝろたしかに、さわやかに、うやら火宅くわたく遁出のがれでたとがして、片側かたがはると、すり硝子がらすとざしたのが、ずらりとつゞいて、まつめた有明ありあけ電燈でんとうに、宛然さながら月影つきかげ風情ふぜいがある。

 突當つきあたりは眞暗まつくらで、あなのやうだが土間どまらしい。
 ぼツと、内側うちがはから薄紅うすべにの、硝子がらす浸出にじみだすのは、きやうをんなはだひたす、なめらかな湯殿ゆどのであらう。其處そこから斜違はすかひの庭前にはさきに、夜目よめにはしかわからぬけれど、がくれにえて、ほんのりと、しろ手拭てぬぐかゝつてる。手水てうづばち相違さうゐあらじ。
 うれしやかはやが、と、つか/\とくと、ものははたしてそれだつたが、あゝ、うは草履ざうりが、そと整然きちんと一そくいであつた。じつは、湯殿ゆどのまへにもうは草履ざうりえた、が、置忘おきわすれたのであらう、いま時分じぶんだれはひるものはい。いづれにしても、はうにしないでんだけれど、かはやまへのには、ハタとまた吐胸とむねいた。
 ことわるまでもない、たゞそく、が、一そくだとてらう。
 尾籠びろうながら、・・・・・我慢がまんらぬ。

 まへ眞暗まつくら土間どまいた。う、めう陰氣いんきで、しめつぽい樣子やうすが、客用きやくようにあらぬ、ぞくしも後架がうかうやらりもしさうながしたので、はしらつかまつて爪尖つまさきさぐりをると、には下駄げたやら、臺所だいどころ穿ばきやら、とにかく穿物はきものさはつたのを突掛つゝかけて、のめづるやうに土間どまりた。が、くらことは、はなつままれてもわからぬ。

 いや、不恰好ぶかつかうさは御察おさつしにまかせる。・・・・・木菟みゝづくは、わく/\した手搜てさぐりで、さががいきなり便器あさかほ打着ぶつかつても、もうかまはぬで、下駄げた引摺ひきずり/\はぢはねば、わけきこえぬ、ふん/\とぐ。が、一しやう懸命けんめいだと、くらうちに、なにりさうな、ものゝかたち朦朧もうろうとして、みな手水てうづばちえ、便器あさがほえる、だけならけれど同時どうじそれが、のこらず、澤庵たくあんをけえたり、おほきなべえたり、摺鉢すりばちえたり、うかとおもふと先刻さつき紅梅こうばい鉢植はちうゑつて、うぐひすがひよいととまつてたり、うは草履ざうりならんでたりする。・・・・・
 うつかり、こゝへ便ようものなら、うまだ、驢馬ろばだ、いぬだ、ばけものだ、いや狂人きやうじんだ。ける、と京洛きやうらくぢう騒動さうどしうる。
 が、堪難たへがたい。
 
よわつたな、これよわつた。」
 ついなさけないこゑして、其處そこ斷念あきらめて、半分はんぶんき/\、蹌踉ひよろ々々/\あともどると、うでもない。もしやあひだに、と空頼そらだのみにしたれい草履スリツパは、鼻緒はなをしやうじてぴたりとして、一寸ちよつとうごかずかはやまへをさまりかへつてる。
 木菟みゝづくえんあが元氣げんきせて、かまちはしらにがツくりした。
 ときであつた。

 ばツと鳥影とりかげすやうに、ひと氣勢けはひがしたので、かほげると、湯殿ゆどのまへに、背後うしろむきつた、半身はんしんをんな姿すがたがある。・・・・・餘程よほどしづかけて、其處そこたが、此方こつちくゐしいので夢中むちうだつたのか。・・・・・のついたとき其處そこに、しづくおともしなかつた湯殿ゆどのなかが、ときばかり、ざあとると、あたゝかつて、黒髮くろかみぷんかをつた。

 をんなは、ひも一筋ひとすちなしに、トぼつと全身ぜんしんきりを、やなぎわたるやうにからまつたが、ふくらみをこししめしたにくしまつたかたなぞへに、しなやかにおとしたに、濡色ぬれいろの、青白あをじろい、手拭てぬぐひをだらりとげた。ソ手拭てぬぐひはしだが、一つたわんで、うへへズル/\といて、によろりとして、とがつたのは鎌首かまくびで、長蟲ながむしである、へびである。





十八


「あ・・・・・」
ひだりにもまた一條ひとすぢ、ずらりとうねつて、コと鎌首かまくびてたのを、・・・・・にあるまじきことながら、あさましさは、あまりの思掛おもひがけなさと、目覺めざましさと、はだしろうるはしさとに、われにもあらず、只視とみつゝも、をんなつややかな圓髷まるまげ心付こゝろづくと、何故なぜ昨日きのふ暮方くれがたに、奈良なら旅籠はたごで、蘆繪あしゑつのをうつゝた、御寮人ごれうにんふのにた、とおもときうごくか、はだいろすぢ薄紅うすくれなゐさつえた。と同時どうじにてら/\と二條ふたすぢへびうろこひかつて、一つは碁石ごいしそろへてくろく、一は碁石ごいしつないでしろく、アレれる、をんなゆびほそながく、かるさうにつて、やはらかにつまんでしかかたよりして脊筋せすぢわきどうのまはり、こしふくらはぎにづツしりと蛇體じやたいつめた重量おもみかゝる、と、やゝこしひねつて、なゝめににはいたとおもふと、げたか、てたか、へびえるとひとしく、黒髮くろかみかげながもすそごとく、圓髷まるまげかたちおほいなるそでて、さつ眞綿まわた濡色ぬれいろをんな姿すがた隱蔽かくして、まつかげなびくかとすれば、湯殿ゆどのあかりがパツとえて、たちまえん其處そこ眞暗まつくらつた。

 カタンとひらきおと出入でいりぐち(巳巳巳巳巳)みみみみみであらう。
 ざわ/\ざわ/\とつて、そら庭木にはきひゞきはなしたへびは、つちつても、こずゑをばつたふまい、かぜたのであらう、手水てうづばち手拭てぬぐひは、暗中くらがりからしろかほのやうに此方こなたのぞいて、ひら/\と嘲笑あざわらつて、吹添ふきそかぜくろく、して、むら/\となまぐさはないた。

 電光いなびかり切目きれめごとく、フトわすれた、むねわるさを、きりゑぐるやうに思出おもひだすと、こらへられない。いま外聞ぐわいぶんはぢもない。
 からり、とける、と男用をとこようあを便器あさがほさかさつて、眞黒まつくろにしたゝかいた。玉子たまごやきしやうのまゝでくる/\とつてちた。木菟みゝづく兩手りやうて瀬戸せと煉瓦れんぐわかべすがつて、ぶる/\とふるへたのである。
「がツ/\がツ、げツい、げツい。」 時鳥ほとゝぎす五位ごゐさぎも一しよく。やがてはなくちも、くび手足てあしも一ちゞみに、木菟みゝづくまるつて、えん手水てうづばちまへしやがんでた。
 
なんだ、だれないぢやあないか。」
 はひつても、ても、うは草履ざうりもとのまゝで、かはやにはほかひと氣勢けはひかつたのである。

 やつひと心地ごこち
言語ごんご道斷だうだん夜中やちうにあんなことをするをんなだ、自分じふんはひるのに、横隣よこどなり便所へんじよへもひとちかづけないために、計略けいりやくわら人形にんぎやう・・・・・」
 とひとりで苦笑にかわらひしたが、またおもふには、
「いや/\、なかなに間違まちがへたつて、へび二條ふたすぢ兩手りやうてげて、裸體はだか玉芝たましば廊下らうか歩行あゐをんなのあらう道理だうりはない。あめ繁吹しぶき碁石ごいしつて、ばら/\身體からだ降懸ふりかゝつた氣分きぶん同一おなじで、むねにこだはつた不潔ふけつきたな消化せうくわぶつが、吐出はきだすのに先立さきだつてかりまぼろしあられたのだらう。

 それちがひない。・・・・・すると、魔法まはふ使つかひだ、仙人せんにんだ、すごいものをんでた。とてものことに、へびげてをんなだけむねのこれば い。」
 となか串戯じやうだんらしくおもふのも、やゝむねのすいたうれしさであつた。

 わら庵形いほりがた屋根やねんで、たけ水車みづぐるま仕掛しかけ、引出ひきだしにして手拭てぬぐひきれをくる/\ときぬたいてのきけたのを、くと、くる/\とまはとき、カチ/\カチリとなにやらおとがする。
 ねずみかじるのではない。
うぐひすそつくちばしすのかともおもへば、うつくしいをんなかすか齒軋はぎしりをするかともきこえて、聞澄きゝすましてもまないのである。
 カチ/\カチ/\と冴々さえ/゛\ほそひゞく。
いや!」
 かれ愕然がくぜんとした。
 はら碁石ごいしるのではないか。
馬鹿ばかことを。」





十九


 が、實際じつさいみゝみやくくつけて、ぢつ聽入きゝいつたほど、なんともれぬ其音そのおとは、いとからみつくやうで、木菟みゝづくはなれなかつた。
 けれども、可厭いやことでも、不快ふくわいおとでも、氣味きみわるおとでもなんでもないので、すごく、綺麗きれいで、ほそく、可愛かはいらしく、してさびしいのは、象牙ざうげづくりのひな拍子びやうしつやうで、傳説でんせつなかひめが、漂泊さすらひて四ツだけらすやうであつた。
 あま唐突たうとつ譬喩ひゆは、言葉ことば幽玄いうげん凄艶せいえんても、やぶからぼう人騒ひとさわがせをするやうで、聽人きゝておどろかすのである、・・・・・が眞個まつたく聞澄きゝすましたとき感情かんじやうは、譬喩たとへあやまらなかつた。

 ・・・・・きりはこから、眞綿まわたいてしたやうな、きやう祇園ぎをん舞妓まひこ二人ふたり眞暗まつくらしたつて、黒白こくびやく碁石ごいし一石ひとつづゝつて、たまきざんだ前齒まへばたゝいてた。・・・・・おとである。 ・・・・・
 おそらく、事實じゞつは、たんに、カチ/\、カチリと丑滿うしみつごろかすかなものゝ音響おんきやういたばかりで、ひなち、ひめが四ツたけらすと聽取きゝとつた荒唐くわうたう想像さう/゛\よりも、一そう讀者どくしやおどろかさう。
 雖然けれども實際じつさい衝撞ぶつかつた木菟みゝづく驚駭おどろきは、讀者どくしやいておどろかるゝくらゐなことではかつたさうである。

 で、づ、にしきあや友染いうぜんきんいとぎんいとたまかざり花簪はなかんざし京風きやうふうまげ、だらりむすび、振袖ふりそで笹色さゝいろべにれるとちら/\と眞紅しんくな、極彩ごくさいしき舞妓まひこごと暗夜やみにはに、かりたせていたゞきたい。
 場所ばしよにはである。が、飛石とびいしうへいし燈籠どうろうわきでもなく、まどうめえだをはら/\と宿やどしたはなれ座敷ざしき圓窓まるまどまへで、東山ひがしやまつゞきのつちうへである。

 ちやうど、木菟みゝづく土間どまりて、さぐつて歩行あるいた土間どまは、縁側えんがはからみぎはううねるので。舞妓まひこつたのは、反對はんたいには取着とりつきところで、はなれ座敷ざしきへは歩行ほかういたはししにには下駄げたつたあつらへの、梅松うめまつがくれの、くらみどりごと庭前にはさきである。
 其處そこ舞妓まひこが、そで友染いうぜんつゐ二人ふたりやみなかに、もやつゝまれてしろともされた、燈心とうしん土器かはらけを、はな刺繍ぬひとりある襟許えりもとさゝげて、片手かたてゑつゝ、くろく、しろく、べに笹色さゝいろくちびるを、前齒まへばを、碁石ごいしたゝいてた。

 木菟みゝづくは、框際かまちぎわの、はしらつかまつてたのである。
 ほのかにした、桃色もゝいろてふのやうな、燈心とうしんひとつはしるべで。 ・・・・・
 ・・・・・はじめ、木菟みゝづくは、ゆかしい、微妙びめうな、かすかおとに、打傾うちかたむき/\、つい二。とまつに、ちら/\とかゝつて、かるまつはるかすみ灯影ひかげに、おもはず、つか/\とにはのぞいて一目視めみた。
 光景くわいうけいおもへ。

 あまりのことに、はしらすがつて、半身はんしんを、まつ葉摺はずれに、ひやりとれながら、ぬいとす。 ・・・・・
 緋桃ひもゝ花片はなびらそよぐとばかり、るゝのは碁石ごいしたゝ前齒まへばのみ、水晶すゐしやうくろうるししたやうだつた二人ふたりさうの四ツのひとみが、昆蟲こんちうごとかゞやいて、ちらりとうごいたとおもふと同時どうじに、
なんや。」
怪體けつたいな。」
だれや。」
かん。」

 呼吸いきそろへて、いた、燈心とうしんがフツとえると、うすくなるも、かすもなく、パツと立處たちどころ姿すがたえた。くらがりのなかから、さつねらつて、つぶてんだ。
 ・・・・・つぶてんだ。





二十


 一個ひとつれて、はしらほとばしつてせた。が、一個ひとつはハタとつめたむし膚觸はだざはりして、ほゝつて、ヒヤリとえりちた。
「あツ。」
 と飛退とびすさつて、木菟みゝづく身悶みもだえをしながらむねさがした、あひだ不氣味ぶきみさとつてはない。飛込とびこんだものはへびくびで、掴出つかみだすものは守宮やもりであらうとおもふ、こほりのやうなあせながるゝ心地こゝちで、ウとにぎつて痙攣ひつゝりながら、ぶる/\と戰悚わなゝてのひらを、ともしびかすと、くろ碁石ごいしで。 ・・・・・

 唯見とみると、奈良ならの一膳飯ぜんめしたとどう一に、薄青うすあをいのと、くもつたきんにごつたぎん摺込すりこみの横縦よこたてしまがある。
 が、あやしんでしかみとめる餘裕ひまはない。なにとも異樣いやうな、惡腥わるなまぐさい、臭氣しうきふものは。・・・・・には振飛ふりとばすと、ざらりとくろうろこてゝ、あをはらひるがへして、ずる/\と。へびつてつてく、・・・・・とおもつた。一呼吸こきふへず、鉢前はちまへへのめつて、またしたゝかに、どろ/\といて/\吐出はきだした ・・・・・

 祇園ぎをん舞妓まひこて、風流ふうりうにも、碁石ごいしつてつぶてたれて、ために、したゝかにいたものはにはあるまい。沙汰さたかぎりである。
 いや、おはなしらぬ。
不思議ふしぎだ・・・・・が、皆食みなくつたものがけてたのだ。」

 えうするに、あま相應そぐはなぎる、美人びじんとさしむかひの旅行りよかうをしたゝめ、にもかないくひものなんぞに可恐おそろしく刺戟しげきをされた、神経しんけい衰弱すゐじやくぞくへば脾肝ひかんわづらひ。・・・・・これが小兒こどもだと、むし所爲せゐで、まゝ、とろ/\としたはるよひなど、うかした工合ぐあひで、一人ひとりさびしく縁側えんがはかまちなどにたゝずむことがあると、となり座敷ざしき白犬しろいぬがスツととほる。・・・・・おもけずうさぎんだり、可厭いやなのは、いたちかツウとつたり、うまがのそ/\とたり。地獄ぢごく畜生ちくしやうだうちたのかと可恐おそろしくもなれば、また世界せかいはなしなどいたあとだと、フツと駱駝らくだ歩行あるいたり、黒奴くろんぼつたり、あか頭巾タアバンたり、こうとり顋鬚あごひげながはやしてどぜうねらつたり。空虚くうきよな八疊敷でふじきがパツと沙漠さばくつて、心細こゝろぼそさに泣出なきだすかとおもふと、萌葱もえぎすだれれた蒔繪まきゑ長轅ながえ駕籠かごえて、官女くわんぢよ白衣びやくえはかまで、ちひさなきんかまぎん焜爐こんろむらさき袱紗ふくさまで調とゝのつた、荼箱ちやばこかついだやつこともして、仕丁しちやう臺傘だいがさ、五にん囃子ばやし笛鼓ふえつゞみが、曠野あらのみねかとおもとほくからはるかきこゆる合方あひかたれて、たゝみのへりのきよところをスツといてとほる、はゝ、ひな行列ぎやうれつ、と可懷なつかしさに、おのづからたまのやうなうつくしいなみだがはら/\とあふれるかとおもふと、繪本ゑほんとほりのねずみ嫁入よめいりが、スター/\と落着おちつきましてくのが、面白おもしろくつい莞爾につこりる。・・・・・母親はゝおや使つか劈刀はさみすゞがコロ/\とつてまはる。

 ・・・・・とおなわけで、たちまち六だうにはか天上てんじやうわしつばさ暴風あらしり、はとこゑ日和ひよりる・・・・・いづれもむし所爲せゐく、たゞ年長としたけたよこしまさに、へびげた白呈はくてい皓研こうけん年増としま碁石ごいしふくんだ綾羅りようら金繍きんしう少女をとめを、まぼろしたのに相違さうゐあるまい。
 
たしかうだ。・・・・・」
 あまね人體じんたい宿やどる、幻奇げんき怪玄くわいげん、五ざうかみ感謝かんしやせよ。
 えりあはすと、一しゆ敬虔けいけんなる心持こゝろもちで、あらためてきよめたく、水車すゐしや仕掛じかけ手拭てぬぐひが、くとさつさがつて、キリ/\と卷上まきあがるのが鎌首かまくびたのにことさらに一いふして、立直たちなほると心氣しんきさわやかに、寢亂ねみだ姿すがたも、しやんとつて、しづかえんひらきはひると、鉢相はちうゑ紅梅こうばいの、いろあたらしく咲出さきいでたやうにながめつゝ、階子段はしごだんを、落着おちついて、跫音あしおとかろく、いてあがるやうに、友染いうぜんかす立迷たちまよふ、蘆繪あしゑとおなじねやかへつた。

 ると・・・・・えんなまめかしい、炬燵こたつもつるゝ萌黄もえぎいと掻卷かいまき綴絲とぢいとのほろ/\とゆるんでけるやうな、めてゆる下草したくさにほひとゝもに、戸外おもてさつまつみどりはるあめ
 蘆繪あしゑむね露呈あらはに、かすみけてした風情ふぜいの、そでみだれたしろさ。





二十一


 こしけると、しとねいて、天井てんじやう矢張やつぱくらいが、しろくもつた心地こゝちなり
 しか添寝そひね半面はんめんは、あたゝかないけうかんだおもむきがある。
 う、ると、はな可愛かはいくちばしで、かみつた、鴛鴦をしどりでもかまはない、うねつた二のうでが、こうとりながくびで、くるりといて一つうねつた小蛇こへびくはへてようがしうはない。
 さはると、むく/\とうごいて、さつ羽二重はぶたへごしに、みやくそゝぎさうなかひなそつつて、・・・・・先方さき掻卷かいまきなかれた。
 
「かぜを、おひきでないよ。」
 と、うつかりふと、
「はアい。」
 とうつゝらしく、たましひうぐひす入交いれかはつたかとおもこゑで、かすか返事へんじをしたのが、不思議ふしぎに、前世ぜんせ約束やくそく戀人こひゞとのやうにきこえた。
 ほろりとするまで、なんとなくみて、ぢつこゑくうちに、いつのにか、なまめかしいなが襦袢じゆばんが、てふとび模樣もやう小袖こそでかはると、莞爾につこりわらつたかほかほ見合みあはせながら。丑滿うしみつ何處どこく。

 頬被ほツかぶをしないばかり、ほねのないそでそでを、れつもつれつ、雨戸あまどければ欄干らんかんごし扱帶しごきむすんだのもまつえだのこさずに、あさみどりこずゑをスツとわたつて、庭越にはごしにきやうまちた。
 律義りちぎことには、あめがしと/\とつてるので、かさをさす、相合あひあひがさ、が、番傘ばんがさで。これがまるくほんのりと暗夜やみいてくのが、だれるのやら判然はつきりえる。えつゝ、ふは/\と中有ちうゝとほる。

 蘆繪あしゑ草履ざうりで。
 何處どこりたか、木菟みゝづく足駄あしだ穿ばき
 ところで、かさ兩方りやうはう持添もちそへながら、
取替とりかへよう。」
いんですよ。」

 あれ、・・・・・何處どこくに言葉ことばだか、二人ふたり喋舌しやべつて、あしあしと、白々しら/゛\と、ちらりとやみに、穿物はきものとりかへる。・・・・・かゝとそらで、矢張やつぱ中有ぢうゝだが、場所ばしよが、とおもふと、かつまうでゝ見覺みおぼえのある、清水きよみづさか中途ちうとである。
 これ魔所ましよだとちごふちだと、眞葛まくずはらみちへかゝつて、行方ゆくへれずるのである。  あやつるものはおににせよ、にせよ、ところ清水きよみづおもふうちに、暗夜やみにはあを山門さんもんしたで、番傘はんがさがフツとえると。・・・・・
・・・・・かれあとらなかつた。・・・・・

 ほのあかりにみどりめた、薄紫うすむらさき春雨はるさめに、障子しやうじさへ細目ほそめけて、かすみながるゝには樹立こだちこずゑたいし、つとひとたけばかりの黒檀こくたんふち姿見すがたみ片膝かたひざてゝ、朱鷺ときいろしろ獨鈷どつこ博多はかた伊逹だてまき、ずるりと弱腰よわごし鳩尾みぞおちくびらし、なが襦袢じゆばんのまゝで、朝湯あさゆのあとのうす化粧げしやうを、いま仕澄しすましてトひぢたわゝ脇明わきあきゆきのやうにのぞかせながら、あぶらのやうな濡髮ぬれがみを、兩手りやうてくれなゐひるがへして撫付なでつけながら、
「ほゝゝ、貴方あなたはういろしろい。」
串戯じやうだんもんだ、おにわらひます。」
 と、うつかり背後うしろつた木菟みゝづくは、ついと八でふたゝみを、すべつた。

 羽二重はぶたへ蒲團ぶとん脇息けふそくつゐに、火桶ひをけには銀瓶ぎんびんたぎる。・・・・・座敷ざしきかはつた。二かい三間みまつゞきのなかが、うして蘆繪あしゑかたちづく姿見すがたみところで、むかうの六でふ昨夜ゆうべねやの、すみいたふすまかげから、よる調度てうどが、つてくづれた牡丹ぼたん花片はなびらごとく、あさあめを、ほのかにのぞく。

 さて、さすがに、二條ふたすぢへびと、をんなひたつた湯殿ゆどのへははひなかつたけれど、かたはら洗面せんめんぢやうに、・・・・・行届ゆきとゞいた、齒磨はみがきのコールゲート、石鹸せつけんのペイヤのたま使つかつて、口嗽くちそゝぎ、かほあらつた心持こゝろもちは、きよさわやかで、むねとゞこほつたものはなにもない。
 かつ其夕そのゆふべこそ、ちに待構まちかまへた征矢そやが、土佐とさからかへなのである。





二十二


 京阪地かみがたに、切込きりこみなべ、また、すいしやなべ、すいしよなべともとなふるのがある。たひえび切身きりみと一しよに、湯葉ゆば生麸なまふ水菜みづな菠薐草はうれんさうかぶるゐぜてうすいつゆで煮込にこむので、さかなし、野菜やさいうまし、つゆの加減かげん至極しごくい、うを切込きりこむから、一つのわかつたが、う一つのはうあきらかでない、いき座敷ざしき寸法すんぱふで、粹者すゐしやなべだとふのもある、が覺束おぼつかない。取合とりあはせたさかなかしらの、鳴門なるとだひ水晶すゐしやう見立みたてゝ、水晶すゐしやうなべ所説いはれこしらぎたり。あんずるに、水煮すゐしや意味いみで、水煮すゐしやなべならたいした相違さうゐささうである。
 これながら、小雨こさめつゝ、掃清はききよめたしん座敷ざしきで、蘆繪あしゑしやくで、白鶴はくつる熱燗あつかんとなると、昨夜ゆうべ怪異くわいゝは、きやう地圖ちづ色絲いろいと刺繍ぬひとりしたゆめぎない。
 木菟みゝづくなかわすれてた。

「あ。」蘆繪あしゑ思出おもひだしたやうに、欄干らんかんごしにはて、
いけまへの、あ、おちんだんな。」
 老梅らうばいえださしかはす、いろけてなかに、いしたゝんだ苔青こけあをう、萱屋かやゝづくりのいほりゑた。が、小窓こまど障子しやうじあめふかさとはなれた風情ふぜいであつた。
 
「四疊半でふはんら、酒落しやれたものだね。」
昨夜ゆうべ障子しやうじさん碁石ごいしきましたときてからな、あまうて、ゆめにまでたんだす。」
「・・・・・」
今朝けさきて、先刻さつきはひまへに、一寸ちよつと飛石とびいしづたひに、・・・・・れてもかまはんわ、・・・・・」
 と、しなやかにかたつて、
「いゝ工合ぐあひあめですよつて、羽織はおりひつかけたなりで、つてました・・・・・だんがおます。・・・・・をとこはんと二人ふたりこんなはなれ座敷ざしきやつたら、眞個ほんと浮世うきよ思置おもひおくことはない、とおもうて、横側よこがは障子しやうじ硝子ガラスからそつのぞいてましてん、おきやくめるかうやれん。こんな綺麗きれいうちですけどな、たゝみうへつもるほど、きつほこりだんね三疊敷でふじきや、たよりはちひさうおます。・・・・・そして何樣なにさままつつてありますわ。とこまへに、ふるい/\碁盤ごばんかざつて、碁笥ごけうへに、燈明とうみやう土器かはらけつゐいて、燈心とうしん二筋ふたすぢぼんやりといてました。」

 木菟みゝづくさかづきをパタといて、
「はあ、で、まつつたのは。」
何神なにがみさまれません、とこ眞黒まつくろ掛抽かけぢくがおましたけれど、くらうてわかりませんでした、寂々しん/\として、陰氣いんきでな、なにやらすごつたよつて、そつかへりましたえ。」
 と一寸ちよつとかほ陰氣いんきる。
 
「へい、おほきにおかまひもしまへんで。・・・・・」
 女中ぢよちうが、銚子てうしのおかはりをつてたので。
「やあ、お世話せわ。・・・・・ねえさん、眞個ほんたう閑靜かんせいで、心持こゝろもちのおうちだね。」
「へい、おほきに、・・・・・」
にはおくの、あのちんのやうなはなれ座敷ざしきは、にもけないやうなかたちだ、が、うだらう、・・・・・わたしがもしうまれかはつたら、蘆繪このひと二人ふたりで、彼處あすこめてもらへるだらうか。」
「ぢやら/\と、貴方あんたはん、何言なにいはるゝ。」
 と女中ぢよちうわらふと、蘆繪あしゑ流眄ながしめ莞爾につこりした。
 
「いや、串戯じやうだんではない。」
「ほんなら、いまからでもおしやす。」
「しかし、滅多めつたたれひとれないのぢやあないのかね、なにか、まつつてあるとふぢやないか。」
「はあ、巳樣みいさままつつておます。」
「みいさまとは?・・・・・」
巳樣みいさま。」
へびかい。」
 と突抜つきぬけけると、蘆繪あしゑそつたゝみたゝいて言葉ことばおさへて、注意ちういしながら、
う、巳樣みいさまがおまつりしてあるのだつか。」
うちのぬしはんやさうにおしてな。二ひきや。」
「えゝ!」
 木菟みゝづくつばさちゞめた。
ますか、時々とき/\其處等そこいらへ。」





二十三


「そないなこと、おまへん。」
 と女中ぢよちうかぶりつて、
もつともな、せんのうちは、ようにはあそびにやはつて、まつからまうてのぼらはつたり、のきから、よれ/\につて、二すぢさがらはつたりしたさうにおす。そやかて、ぬしはんやよつて、どないにもしやはらん。ちいとも可恐おそろしないさうにおすが。・・・・・五七ねんあとに、嵯峨さが法印ほふいんはんに、うちたのみやしてな。法印ほふいんはんが、あのおちんまつつて、ふうみやはつてからは、う、お姿すがた人目ひとめけなはらんさうにおしてな、へい、あて奉公ほうこうして四五ねんにもりますけど、眞夏まなつうても一かてをがんだことはおへん。」

成程なるほど祭込まつりこんだとわけなんだ。」
「へい、きやく商賣しやうばいやよつて、お客樣きやくさまによつては、お姿すがたきらはゝりますかたもおすやろえ。」
「お客樣きやくさまによらいでも、へび・・・・・へびけたはうぢやあ大變たいへんだ。」
貴方あんた巳樣みいさまけやはるもんどすかいな、そりやきつねたぬきはうでおますぜ。」
なにきつねたぬきやら。」
「ほんならたぬきしまひよか。」
 ときふ陽気やうき吻々々ほゝゝわらふ。
たぬきうれしい、ぶとるかい。」
貴方あなたもな、はなしだすが。・・・・・緋鯉ひごひのやうにたゝいて顏出かほだすのやおへんけれどな、彼處あつち高臺寺かうだいじもりにはますよつて・・・・・つい近間ちかままでは、ようたものがおすさうな。うちのおかみさんやて、十一二のころまでは、ひろ境内けいだいに、いとはんたちあそんでやはると、夕景ゆふけいにはな、フイ/\しと、かみ花替はなかんざしがなくるさうにおす。あ、あ、うてえまんが。・・・・・あくるあさつてことなら、おほきな/\すぎのまはりに、何本なんぼんも、何本なんぼんも、すく/\ゑたやうにならべてあるのえ。」

これ綺麗ぎれいだね。」
うかおもふと、おいけがおすがな、はるのとろ/\とした日中ひなかなんで、摘草つみぐさやかしゝてやとな、おいけのまはりへ、スツ/\と、だれ人影ひとかげもおへんに、あか日傘ひがさが、ばあとひらいて、七ツも八ツもくる/\とならびまつさ、あれ/\うて、少女いとはんたちがらうとしやはると、シユツ/\とゴム風船ふうせんのやうにちゞまつて、えてしまふえ。みんなたぬきはんの惡戲いたづらやさうにおす。」
面白おもしろい、おかゝりたいたぬきだなあ。」
 蘆繪あしゑが、
眞個ほんになあ。」
 つい、はなしに、うか/\とさかづきかさねて、とろ/\とるまでつた。
 
此處こゝのおかみさんが、十一二くらゐな時分じぶんと、・・・・・すると、いまはお幾才いくつくらゐだね。」
「は、てゝおやす。」
たぬきぢやあないよ。・・・・・一つたことのないひととしわかるもんですか。」
 と言掛いひかけて、何故なぜか、昨夜ゆうべ湯上ゆあがりのをんな後姿うしろすがた思出おもひだした。
 
「が、おち、病氣びやうきださうだけれど、萬端ばんたん行屆ゆきとゞいた、綺麗きれいごと容子ようすぢやあ、・・・・・う二十七八の美人びじんだね。」
「そんなおくちのうまいかた養子やうしにしたいさうにおす。・・・・・」
ーーあとれた。 ・・・・・(もしそれ事實じゞつだと、幻怪げんくわい深刻しんこくなる魔媚まび修法しゆほふつて、みづ/\とわかい。)
ーーが、五十才ごじふうへだとふ。ーー

 へびも、たぬきなんの、神將しんしやうだいにん征矢そやは、土佐とさおきくもんで、ばんには大阪おほさかくと、曾根崎そねざき石百いしもゝ落合おちあ手筈てはずつてる。
 汽車きしやは五時頃じごろので、きやうてばい。

 へびはなしまぎらすためか、なにか、それとも偶然ぐうぜんだつたか、すぎ花簪はなかんざしと、いけ陽炎かげろふ日傘ひがさは、たぬきこゑ京訛きやうなまりいた木菟みゝづくよろこばせた。
 朝酒あさざけぎたゑひしきりに、昨夜ゆうべ疲勞つかれ不足ぶそくで、小雨こさめる、あたゝかし、うぐひすく、かすみけむる。

「一べんおやすみやす、ーー」
 蘆繪あしゑに、
貴方あんたはんも。」
 と、女中ぢよちう言半ことばなかばにして、脇息けふそくをづいと、押遣おしやると、蒲團ぶとん肱枕ひぢまくら
 まつこずゑ高塀たかべいごし寺詣てらまうでの、わや/\と人聲ひとごゑを、・・・・・
「それ、たぬきが、たぬきが。」





二十四


「あゝ、ぐつすりた。」
 と、すこやかに半身はんしんおこす、ときた方向むきで、ちやう眞直まつすぐなかのーー姿見すがたみかざつたー其處そことほして、昨夜ゆうべねやるやうにつてたが。・・・・・
 あはひのやゝへだつた所爲せゐか、しと/\降暮ふりくらすあめゆゑか、其處そこ薄暗うすぐらかつた。肘掛ひぢかけまどところに、黒髮くろかみしろかほ欄干らんかんせままつのみどりにあをずんだきぬきたをんなが、さびしさうに一人ひとりぢつ此方こちらつゝすわつてるのを、まくらもたさまに、蘆繪あしゑた。
 をんなが、蒼白あをじろ横顔よこがほ見越みこして、此方こなた起上おきあがつたのを心付こゝろづいたらしく、うつくしくとほつたはなすちのあたりへ、しろげて、黒髮くろかみかげから、隱顯ちら/\まねく。
 
「おゝ。」
 とつて、掻卷かいまきけた。木菟みゝづくは、今朝けさすでものを着替きかへて、こん博多はかた角帶かくおびめたまゝでたのであつた。が、彼方あち此方こち、二三まい障子しやうじ開放あけはなしてたのが、ぬくもりをきふ引攫ひつさらつて、肌寒はださむいので、ところに、そでだゝみにしてあつた、かすり羽織はおり引被ひつかけながら、ずツとなかまでた。が、おほひのしてない、姿見すがたみに、あきらかに等身とうしんかげが、たゝみ斜違はす足袋だびながらスツとうつつたのに、ふとまたゝられた。

 られたうちに、つい、其處そこに、つい、その手招てまねきしたひと姿すがたかげい。
 かくれたか、とのぞいた、がみまはしたが、押入おしいれなにもない、振返ふりかへつて、小戻こもどりをして、立状たちざまのぞくと、
なんだ。」

 蘆繪あしゑは、掻卷かいまきまくらならべて、おなじやうにたのである、べたりとれたやうなびんが、あの横顔よこがほやはらかにくぎつて、桃色もゝいろ小枕こまくらきれが、ほんのりとまぶたうつつて、睫毛まつげまでえる。
 あの、こんもりとしたはなどころか、その睫毛まつげさへほゝれたらう、とおもふと、・・・・・ぶる/\とふゐへた。
 れをいとつたのではだんじてない。
 かれは、うまれて以來いらい蘆繪あしゑ寢姿ねすがたばかり、艶々なま/\しいとも、ものすごいとも、不氣味ぶきみとも、可恐おそろしいとも、綺麗きれいだとも、れたとも、光澤うるほつたともおもふのをことがなかつたのである。

 とふのは、ひとしく薄寒うすさむかつたか、そでかたも、やがてかほなかばまで、ひた/\とにつけて、するりと横寢よこねの、脊筋せすぢをなぞへに、ふつくりとこしせん掻卷かいまいて、すつと爪尖つまさきそろへた、すそほそく、となり掻卷かいまきかくれたが、蘆繪あしゑつゝんだのははね蒲團ぶとんで、萌黄もえぎと、うす萌黄もえぎ光線ひかり工合ぐあひ姿すがたうすく、更紗さらさがた羽二重はぶたへに、樺色かばいろしゆあをぜた唐草からくさをちら/\いろどつたが、伏絲ふせいとで、する/\とよこ綴目とぢめをつけたのが、うねつて、なみつて、もつれて、きにいて、すべ/\としてなめらかな、・・・・・で、なんえよう、萌黄もえぎうす萌黄もえぎしまはだに、しゆと、あをうろこちりばめた、にしきまがへび一條ひとすぢ

 鼻白はなしろく、睫毛まつげく、髮黒かみくろく、まつたゝみ滿ちてやにかをなかに、あめに、しんと、寢鎭ねしづまつてるのである。
 木菟みゝづく立窘たちすくんだ。
「いや、しかしかまはない、・・・・・あのをんながものに。・・・・・此間このあひだからがたまよひにも、大阪おほさかをんなだ。・・・・・男振をとこぶりかまふまい、かねがなくツて、うして煩惱ぼんなういぬしたがはしよう、とつゝしんだ。紫首ししゆ錦體きんたい毒蛇どくじや征服せいふくするのぞみはない。が、まれて、ゑさつてけること出來できるだらう。・・・・・けよう、とろけよう、あのあをうねつたはらへ、・・・・・」
 ぶる/\とつて覗込のぞきこんだ。トタンに姿見すがたみうつかほれば、あゝ、おやんだ面影おもかげは、木菟みゝづくにはても、へびではない。
 
「えゝ! たしかに。・・・・・」
 おもはず、二のうでさすると、・・・・・こゝにゑた種痘しゆとうのあとは、うろこでない。
 きよい、をさない、あつなみだが、ほろ/\とながれて、を、六でふ退いた、連子れんじづくりの欄干らんかん
たれぞ、・・・・・此處こゝ今招いままねいたをんなは? ・・・・・





二十五


 ひとみを、にはおもそらしたかれは、また愕然がくぜんとしておどろいた。
 こゝにも不思議ふしぎなものをた。
 がくれの、ちんの、障子しやうじの、硝子ガラスごし眞青まつさををんな姿すがたうつる。・・・・・いや群青ぐんじやう緑青ろくしやういろ青銅せいどうかびいろだとはう、古樹ふるきみきくろずんだこけにもる。・・・・・

 かたえりむねおびうへあたりまで、端坐たんざして、半身はんしん梅松うめまつけて、硝子ガラスうつるのが、あをとも、みどりとも、縹色はなだいろともたとへむかたなく、そで衣紋えもんの、くまありとおもところは、緑青ろくしやうきざんで、左向ひだりむきに、なゝめな、さし俯向うつむいた、せた横顔よこがほあゐよりもあをく、島田しまだまげにや、とおもかみは、群青ぐんじやうたばねて、あはくはら/\と淺黄あさぎのおくれをみだしたのが、いろある影繪かげゑごとく、うすけむあめおく碧潭へきたんごとにはみどりそこに、うしろなるやまもりかげめて、鮮明あざやか見透みすいたのである。
 何秒なんびよう何分なんぷんか、はたそれ、幾干いくばくときぞ、またゝきもしないでみまもつたあひだをんなかげは、一條ひとすぢゆらぐともせぬ。

 はツとひとみはなとき黄昏たそがれきやう電燈でんとうは、ばつ濡色ぬれいろつてともれて、かげ中空なかぞらながしつゝ、にはまつにもちら/\とあをともれた。
 座敷ざしき障子しやうじは、さつむらさき
 あををんなの、ちんまどは、それよりもい、くらいばかりのむらさきである。
 
「うーむ。」
 とかすか坤吟うめくかとすれば、蘆繪あしゑは、まくらげて、あゐらししゆちりばめた、なめらかな、はね蒲團ぶとんのまゝ、かほげて此方こなた見越みこす。・・・・・

 木菟みゝづく手招てまねきした。
しまつた・・・・・」
 あゝ擧動ふるまひは、あやしをんなが、いましがたわれまねいたのにた、とむねつたが、遲矣おそい

「おゝさむい。」
 とゾクりとしたやうに、いろ薄白うすしろみつゝ、はね蒲團ぶとんのまゝつて、かたひきしめながら、ゆめつたやうに、とび模樣もやう蝶々てふ/\もすそ、ふら/\と此方こなたつゝ、
貴方あなた。」
 と、くづれるやうに、くツたりと寄添よりそふ。
蘆繪あしゑさん。」
「え。」
一寸ちよつと彼處あすこを・・・・・」
「あれ、」
 とーー一こゑ、すつくとつた。が、ちんまどるや、いなや、
「あ! 彼處あすこあてる。」
 とふかとおもふと、なんもない。たか欄干らんかんまたいでた、すそはなれた、たまるべきや。かみさかしまに、えだにもまらず、中有ちうゝちる、刹那せつなほとん意識いしきに、木菟みゝづくは、飛去とびさくもつかむがごとく、兩手りやうてはね蒲團ぶとん片裾かたすそしぼつてめた、が欄干らんかんに、ヅンとをんな重量おもみひゞく。
 蘆繪あしゑ生死いきしにちからめたこぶしで、くびるゝばかりかたつゝんだはね蒲團ぶとん片端かたはしを、襟許えりもと引締ひきしめながら、二間下けんしたなる車輪しやりんごと飛石とびいしそらはなれて、眞倒まつさかさまにずるりとさがつた。

 ぶる/\とわなゝく、うねる、波打なみうつ、とうではしびれ、える。・・・・・すくひぶにこゑぬ、あきらかに、松葉まつばかずさへ一まい々々/\かぞふるのである。のきにはかすみもあるものを、松葉まつばよ、つま縫留ぬひとめよ。・・・・・面影おもかげ蜘蛛くもからまれて、あやけた蓑蟲みのむしで、姿すがたくるしにしきくちなは
 もだえ、くるしみ、卷上まきあがり、卷下まきさがり、畝々うね/\と、びつ、ちゞみつ、はてはくる/\とはらかへして、あをうろこちゝもあらはに、しゆうろこはぎみだれつゝ、とおもふと、最後さいごかほに、莞爾につこり微笑ほゝゑんだが、肉身にくしんあぶらあかきぬにじんでうろことほすと、木菟みゝづくからもたきごとく、こほりかとおもあせながれた。

 ちからへず、くらんで、うむとふと、をとこ欄干らんかんうへへ、ずる/\とかれて、蘆繪あしゑかみは、火花ひばなをバツと飛石とびいしらして、みづさばくがごとくにみだれた。ちん燈明とうみやうがちらりとひかる。
 途端とたんわれかへつた。が、ハツとはじめてゆめめた、睫毛まつげちか蘆繪あしゑかほは、おもひなしか、おくれるゝばかりあせばんでしか蒼白あをじろい。

 小枕こまくら桃色もゝいろきれるさへ、したゝ血汐ちしほひとみやぶる。 ・・・・・ 木菟みゝづくあわたゞしくつと、づぎ姿見すがたみに、きたるおもてうつして、そつと六でふて、まど欄干らんかんからのぞくと、あの、ちん障子しやうじに、おなをんなが、おないろが、おな姿すがたが。
 あめ黄昏たそがれ電燈でんとすうまつこずゑながれた。





二十六


 こゝろしづめて、羽織はおりひもしかめると、木菟みゝづくは、一人ひとりそつと二かいりて、縁側えんがは出會であひがしらの、女中ぢよちうに、
一寸ちよつと、」
 とだけつて、玉芝たましば戸外おもてのがれてた。・・・・・おなへやで、おなことして、蘆繪あしゑおこして、おなこと繰返くりかへさねばならないことしんじて、おそあやぶんだからである。

 松原まつぱら茶店ちやみせやすんで、其處そこ自動車じどうしやあつらへて、それからむすび玉章ぶみ蘆繪あしゑんだ。勘定かんぢやう寓事ばんじよろしきやう。・・・・・委細ゐさいみちすがら、とのおもむきにて。

ーー自動車じどうしやで、無事ぶじかほ見合みあはせたとき
なんですか、不思議ふしぎな。」
 蘆繪あしゑつたのはこれである。
わたし可厭いやゆめました。・・・・・朝覗あさのぞいてた、あのおちんへ、きたうて/\又行またゆきいました。祇園ぎをん舞妓まひこはんが二人ふたり、・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
藝妓げいこはんもた。みな車座くるまざつて、碁石ごいしにつけてはあぶらめる、・・・・・碁笥ごけなかは、あぶらどしたえ。・・・・・とこ掛軸かけぢむかうて、をがんでたのが奈良ならつた御寮人ごれうにんはんどす。じろりとわたして、いゝ色艶いろつやや、艶豐むつちりしてうて、裸體はだかにしやはるとな、へびが二すぢ、・・・・・わたし手足てあしいてしめると、にくもたら/\としづくつて、碁笥ごけなかへ、・・・・・あツ!」
 とふ。・・・・・ときしも白動車じどうしやは、一ぱう鼠色ねずみいろ築地ついぢで、一ぱうあを練塀ねりべいながつゞく、べうとしたひとなき黄昏たそがひろ道路どうろはしつてたが、途端とたんに、路傍みちばたやなぎしたから、ふら/\とちう横状よこさま突切つゝきつた、あゐよりもあをい、先刻さつきをんなが、とおもふと、ギシツと痙攣つゐるがごとくるままつた。
 
つた。」
 と附添つきそひ助手じよしゆが、飜然ひらりまりのもんどりをつやうにはずんでりる。
「あ、ひといた。」
 蘆繪あしゑ弱々よわ/\つた、しろほゝを、ぐつたりと水菟みゝづくひざおとした。
 
うした。」
大丈夫だいぢやうぶ・・・・・なんだ、にもらん。」
 這縋はひすがつて車輪しやりん前後ぜんごのぞいた助手ぢよしゆが、すくと立直たちなほつて、しやんとると、くめ平内へいないごとく、しやち硬張こはばつていしつた運轉手うんてんしゆが、ぐい、と把手ハンドルゆびけるや、三げんばかり、ツゝツと乘戻のりもどして、凱旋がいせん將軍しやうぐん圓陣ゑんぢんいふするごとく、這個この大道だいだうに、すべらし、半輪はんりんつて一まはまはるかとすれば、しづか勾配こうばい廣々ひろ/゛\としたさかかゝつて、疾風しつぷうごとをどつてく。

 うれしさと、可哀かはいさと、ものやさしさと、心細こゝろぼそさに、ゆきうなじ抱上だきあげると、弱々なよ/\つた蘆繪あしゑほゝに、ツトくちびるてた、がつめたかつた。
 自動車じどうしや停車場ステイシヨンよりさきに、最寄もより醫師いし玄關げんくわんけねばらなかつた。
 征矢そやも、大阪おほさかからきやうなければらなかつた。た。が、ちからめるをんな如何いかんにせむ。
 蘆繪あしゑは一大阪おほさかかへるまで、持直もちなほしたけれども、またやがてなかしま病院びやうゐんなさけない姿すがた果敢はかなつた。
 木菟みゝづくひさしくわづらつた。

 不思議ふしぎことには、いままで悚立よだてたへびが、の、なんとなく、よくてらぬ。動物園どうぶつゑんのぞく、はな屋敷やしきつ、おほきく、のたうつほど、ほづら/\かれたさにへられないのを、淺間あさましがつて・・・・・

ーー内證ないしようはなしたーー

 かれにはいふまい。作者さくしやだけ、ひそか祇園ぎをん或人あるひとからいたのには、きやうなる、藝妓げいこ舞妓まひこにはかぎらない、内儀ないぎむすめたちのある祕密ひみつくみは、(場所ばしよはなかつたが、)蛇神じやしんしんずる。いろのます/\えんに、こび愈ゝいよ/\いんならむことをほつするのである。あの、あぶらめると、せたるもしろなめらかに、れたるもうるほふとく。黒石くろいしみがいた舞妓まひこは、えりかへの金主きんしゆもとめたので、白石しろいしいだのは、旦那だんな取替とりかへるのださうである。むし術者じゆつしやすごいやうなをんなで。毎月まいげつ生駒いこま聖天しやうてん參籠さんろうする。・・・・・碁石ごいしは、お百ぎやう數取かずとりもちゐるので、へびうろこ形象かたどるが、あやしく可恐おそろしき靈驗れいげんしめす。さて、あぶらは、いろよく、かほよく、にくよきをんな種々さま/゛\てだてもつのろつてしぼる。・・・・・かくて生命いのちゆるものありとか。奈良なら旅籠はたごぬしなき幾多いくた影膳かげぜんは、それがための供養くやうであつた。おいたりとふに、アノ艶婦えんぷ。・・・・・
ーー纐纈かうけつじやうの一いつしゆであらう。




               【完】









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