泉鏡花


 三重子みへこ
可愛かはい三重子みへこ可愛かはい三重子みへこ。」
 は、わたしいまんでります町内ちやうないのーー少々せう/\あひだはありますがーー斜向すぢかひのうちで、おぎい、おぎいとうまれました。

 煙草たばこ専賣局せんばいきよくのお勤人つとめにんの・・・・・たしか五ぢよで、末兒すゑつこでございました。

 三十四五につて、まだふものゝない家内かないは、小買こがひものゝ出入ではひり錢湯せんたうなどでかねおつかさんと見知みしりごしだつたものでございますから、今度こんど嬰兒あかんぽ出來できると、一そうしたしくつて、のお大事だいじ掌中しやうちうのーーたまにしてはちつおほぎますけれども、なにたまおほきくつてもさら差支さしつかへはありませんーーそれを、遠慮ゑんりよなしに拝借はいしやくして、それこそたまのやうに、大事だいじいたりかゝへたり、頬邊ほつペためたりしました。

 ところが、これは・・・・・密事みそかごとつてもい、わたしには内證ないしよだつたのでございます。・・・・・じつ少々せう/\小兒ちひさいのあるかたには、申上兼まをしあげかねますが、わたしは、小兒こども大嫌だいきらひだーーあへはゞかところはない、わたし小兒こども大嫌だいきらひ‥‥‥

ーーとつて、はなしを、圭吉けいきちさんとともだちがわたしはなした。

 よくそれつてるので、細君さいくん一寸ちよつとくに、圭吉けいきちそと留守るすとき見計みはからつたさうである。其處そこで、主人しゆじん餘所よそからかへると、自分じぷんいへ軒下のきしたに、戸外おんもとかふものを嬰兒あかんぼせながら細君さいくんさびしさうに、うれしさうに、つきすゑ勘定かんぢやうの、みそかはあるからんとつたやうな、不思議ふしぎやさしいかほをしてつてるのを屡々しば/\た。

 たゞ嬰兒あかんぼ戸外おんもなるものをせるより、小母ばあちやんは、自分じぷん嬰兒あかんぼかほにばかり見惚みとれてるから、蜻蛉とんぼても、てふんでも、そんなことはおかまひなし。嬰兒あかんぼかほ時々とき/゛\頬邊ほつぺた押附おしつけては伏目ふしめつて俯向うつむいてるので、圭吉けいきち町内ちやうない大銀杏おほいてふしたあたりをかへつてても、うつかりしてて、一寸ちよつとがつかないこと毎々まい/\であつた。

「おや、おかへんなさい。」
 と一寸ちよつとてれて、のふちへ上氣じやうきをしながら、すた/\斜向すぢむかうへ驅出かけだしてかへしにく。
あつかつたでせう。お着換きかへなさいな。」
何處どこの‥‥‥‥‥。」
 がきゝゝだいとところを、亭主ていしゆ少々せう/\うすのろとるから、いまゝでいて細君さいくんに、いさゝの・・・・・敬意けいゝへうして、
何處どこだい?」
駒井こまゐさんの嬰兒あかちやんです。」
何時いつうまれたんだね。」
先月せんげつよ。・・・・・あまいおちゝの、たまらないにほひがしますよ。一寸ちよいとわたしむねところいで御覽ごらんなさい。」
「いや、暑中しよちうにつき、御免ごめんかうむる。」
 と、つたばかり。

 べつ叱言こゞとないから、次第しだい細君さいくん大膽だいたんつて、れいの、圭吉けいきちかへつてくるのを、かどつて、ると、
「そら、小父ぢいちやんがかへつてたよ。」
 と落着おちついたもので、抱直だきなほして、そつ嬰兒あかんぼかほけて、
一寸ちよいと御覽ごらんなさいな。」
「うゝ。」
可愛かはいいでせう。」
「うゝ。」

 軒並のきならびの近所きんじよ手前てまへだい一、嬰兒あかんぽの、うへをんな其上そのうへをとこなどが、まはりをんだりねたりしてところで、いやとはへない。で、うんとあやふやにふと、細君さいくんつて、

「よく御覽ごらんなさいよ、わらひますからさ。」
「そりやわらふだらうさ。」
 とのまゝ引退ひきさがる。・・・・・が、一人ひとりちやいでも、其處そこ嬰兒あかんぼいて細君さいくんばないやうにつた。






 成程なるほど成程なるほど莞爾につこりする‥‥‥  莞爾につこりが、こしらへたり、けたり出來てきるやうなものではない。

 或時あるとき、おなじ門口かどぐちで、つい釣込つりこまれて、まるかほ覗込のぞきこんで、つぼみひらいたやうに、顔中かほぢうみゝまで花瓣はなびらえて莞爾につこりとされてからはふとうかすると、いや、うかするどころでない。うにも、莞爾につこりたくる。ようとおもへば細君さいくんかせていて、
今日こんちは。」

 對手あひて嬰兒あかんぼだし、ひやうはないから、今日こんちは  ーーー

結構けつこうなお天氣てんきですな。」
 などゝふと、莞爾につこりする。
 細君さいくんも、莞爾につこりしながら、
なんとかおひなさいよ、馬鹿々々ばか/\しいわ。」
「いや、かまはない。ーー今日こんにちは。・・・・・失禮しつれい。」  それ、また莞爾につこりする。ーーうもわるくない、なんともへない。

 其處そこで、長雨ながあめあきなどは、晩飯ばんめしむと、圭吉けいきちはうから、催促さいそく目配めくばせにおよんで、
「おい、りてないか、・・・・・れいのを。」
 れいのを、とふやうでは、毎度まいどことえる。

嬰兒あかんぼですか。」
勿論もちろんさ、いろをんな。」
たかもれません。・・・・・それにまだ臺所だいどころ片附かたづけなくちやあ。」
かまふもんか、たらおこすべし。」
くとこまりますもの。」
いよ、ひどくくやうだつたら、恐縮きようしゆくだが、おかあさんお附添つきそひことねがはうぢやないか。饂飩うどんでも御馳走ごちそうしようよ。」
「では、一寸ちよつと。」

 とおんにはせたものゝ、内々々ない/\わるくはないのだから、障子しやうじ格子戸かうしど開放あけツぱなしにしてく。と、開放あけツぱなし見透みすかしに差覗さしのぞいてところへ、なにどころではない。細君さいくんたかい/\とかたちかれて、・・・・・うおなかさゝうで、牛乳ぎうにうびんなしに、護謨ごむ吸口すひくちばかり、ちゆう/\とひながら、おほきをぱつちりとみはつてる・・・・・ひとみたいすれば、つみむくいわすれられる。懺悔ざんげ出來できよう。嬰兒あかんぼときばかりは、人間にんげんみなきようつくしいほし化身けしんうなづかれる。

「はい、お待兼まちかね。」
「やあ! たな。」
 細君さいくんが、つゝかひぼうに、きた置物おきもののやうにゑるかほへ、遠慮ゑんりよかほおしつけて、
「ばあ・・・・・と、ほゝう、わらつたーー莞爾々々にこ/\する。」

うそばつかり、くち護謨ごむはひつてわらへませんとさ。ねえ、ばうや。」
「いや、御覽ごらんはな御覽ごらん、むゝ、護謨ごむわらふよ、護謨ごむわらふよ。はゝゝ。」

 とうれしさうにわらふと、ーーかんじたか、ぽとりと護謨ごむ吸口すひくちおとして、當歳たうさい三重子みへこはいまうまれたやうに莞爾につこりした。
 圭吉けいきち細君さいくんあはせた。

 おもはずほろりとして、
かうか。」
「おきなさいな、しつかりと。」
 とこれすここゑくもつて、
「しつかりとくんですよ、うでないと嬰兒あかんぼ可恐こはがりますとさ。」
し、心得こゝろえたーー  さあ、い。」
大變たいへんさわぎだわね。」
だまつておいで。ーーくな、いかい。・・・・・かれると評判ひやうばんわるくなる。・・・・・いやあ、たぞ。ーーこれは餘程よつぽどやはらかい・・・・・」
「まあ、小父ぢいちやん、おしつこをされると不可いけませんよ。」

 と其處そこへ、束髪そくはつつた、やせぎすな、はだ襦袢じゆばんえりしろ母親はゝおやねんのため牛乳ぎうにうびん持參ぢさんで。

「これはらつしやい、なにかまひません。」
「でもお氣味きみわるいでせう、おきらひでいらつしやいますさうですから。」
  圭吉けいきちおでこでて、
「いや、うも・・・・・」






「さても・・・・・酸漿ほゝづきむすめ生捉いけどらうかねーー一寸ちよつとつて、うばつてないか。」
 晩飯ばんめしさいのおあてがひ、一がふ手酌てじやくますと、とつちりものにつて、ごろんと肘枕ひぢまくらをするか、出來できがいゝと、とほりの雜誌ざつしみせでものぞきにかうかと圭吉けいきちが、きまつて、こんなこと毎晩まいばんのやうにふ。‥‥‥

 いろ同士どうしふかるほど、ぐさが段々だん/\いけ粗雜ぞんざいに、言葉ことば邪慳じやけんるとかく。‥‥‥
 生捉いけどつたり、うばつたりは、く、く、ゑるなどゝふよりも、意味いみおいては、どんなにやはらかだかれないのである。

「コン畜生ちきしやう。」・・・・・は、にくときしやくときばかりふのぢやない。

 ところで、三重子みへこだが、はじめはなつのことゆゑ、白地しろぢ中形ちうがたなにたつけ。淺黄あさぎでも、しぼりでも、鹿でも、そんなことはおかまひない。嬰兒あかんぼ嬰兒あかんぼとばかりんでたものであつたか、節秋せつあきるにしたかつて、もみぢより、はぎよりさきに、くれなゐいろめて、ひとつみのものが無地むぢたう縮緬ちりめんとかはつて、かぶつた帽子ばうし眞赤まつかつた。ーー其處そこ酸漿ほゝづきむすめである。

 酸漿ほゝづきむすめあひだしばらつゞいた。馴染なじむにつけ、したしむにつけ、なによりも可愛かはいいにつけ、は、いろ/\にかはる。・・・・・みいちやん、みいばう當前あたりまへ。みいこうんだり、みのじと酒落しやれたり、木菟みゝづくとはずんでしかられたり、やがて呼馴よびなれて、とほつたのが、またいはく (みんみい。) である。

 みんみい。・・・・・うも一ばんいゝ、だい一これが嬰兒あかんぼかほつきにも、身體からだ具合ぐあひにも、樣子やうすあひにも、それから時々とき/゛\こゑにも、よく當嵌あてはまる。やがて、かあちやん、つゞいて小母ばあちやん、したがつてこひねがはくは小父ぢいちやんともんでおくれーー初音はつねにもるであらうとおもつた。・・・・・みんみい。かんがへたが、これに相當さうたうした文字もじ一寸ちよつとおもあたらない。かなでくと、 (みゝ) に間違まちがひさうだから、少々せう/\氣取きどつたが、アルファペツトで内々ない/\こゝろみたことがある Mimmyーー

 Mimmy・・・・・餘所よそであつてたがい、こんなかたちならべようものなら、なづけたおやよりは、はうなぐられよう。

 みんみいは、毎晩まいばんりてるうちに、いゝ機嫌きげんでばかりはない。たまには、むづかることもあつたが、それも智慧ちゑねつだの、えかゝるときだので、蟲氣むしけもなく、次第しだいちゝのほかにあたりめをしやぶつたり、澤庵たくあん尻尾しつぽくはへたり・・・・・いや、新造しんぞつたらうらまれるだらうが、相違さうゐなく澤庵たくあん尻尾しつぽくはへたり。・・・・・またこれたり、いたりするものが、薄汚うすぎたないとも、外聞ぐわいぶんわるいともなんともはない ・・・・・

なに澤庵たくあんめてる、えらい。ーーやあ、するめをしやぶつてら、えらい!・・・・・」

 輕燒煎餅かるやきおとあいらしかつた。
いて御覽ごらんなさい。」
なんだい。」
 輕燒かるやきおとよ。」
・・・・・くちところで、うさぎからだみゝてゝ、ぢつくと、
成程なるほど。」
 カリ/\カリン、カリ/\カリンと、かす銀鈴ぎんれいるやうな微妙びめうおとがする。

「ね、三太郎たらう (飼鳥かひどり目白鳥めじろ) と四子よんこ (同上どうじやう) で、逗子づしさびしい晩方ばんがた、もうかせるとき、二かほ附着つきつけてちひさなこゑなにひ/\したでせう。・・・・・そつくりですよ。」
 と細君さいくんほそうして打傾うちかたむく‥‥‥  以來いらい外出そとでのかへりには、圭吉けいきちたもときつ輕燒かるやきしのんでた。
 つゞいて玩弄品おもちやつてかへることをおぼえたのである。

御免ごめんーーおもちやをくださいませんか。」
らつしやい、どんなのがうございます。」
 おもちや女房にようばう世辭せじのいゝことをはじめてつた。小兒こどもをあつかひつけて所爲せゐであらう。・・・・・方々はう/゛\こゝろみたが、どのみせ世辭せじい。小僧こぞうまで何時いつ笑顔ゑがほる。こゝをかんがへるに、高利貸かうりがしちがつて、君子くんしえらぶべき商賣しやうばいは、おもちや花屋はなやであらうもれない。

「どんなのがいでせうかね。」
 と、大人おとなにもてさうなものばかりいて、一かう見當けんたうわからない。・・・・・
「つい、いてなかつたものだから。」
 と、うつかり饒舌しやペつて一寸ちよつとてれた。きまりのわるおもひをすると、そらさない女房にようばうが、なんだかうれしさうに和笑にこりとして、
ぼつちやまですか、おぢやうちやんですか。旦那だんな、おいくつぐらゐ。」
をんなですよ、まだ嬰兒あかんぼなんです。」
「まあ、お可愛かはいらしい。」

 これも、うつかりつた、が、善意ぜんい解釋かいしやくをしないまでも、けつしてから世辭せじでないことは、おのづからきやくこゝろ感應かんおうする・・・・・圭吉けいきちは、むね嬰兒あかんぼかたちのないのが、あぢないやうであつた。






 爾時そのときは、おもちや女房にようばう見立みたてゝもらつて、セルロイドせいのがら/\をつてかへつたが、
「おい、た、みんみい。」
 と、がら/\とると、莞爾々々にこ/\つて、いつおぼえたかちひさなす。ーー小母をばちやんのよろこびやうがまたうして、主人しゆじん半襟はんえりを一かけつてかへつたやうなものではないト・・・・・ たとへいてはたものゝ、參考さんかうのため小母をばちやんにいてると、半襟はんえりどころか爪楊枝つまやうじ袋土産ふくろみやげつてれいはないのだとふ。

 眞個ほんたうださうである。が、そんなことうでもいゝ、とにかく、それ以上いじやうよろこんだに相違さうゐない。

「まあ、みんみい、いゝことね。」
 其處そこで、此方こつちつて、がら/\のたまの、はじめの二つが三つにり、五つにり、七つ十ウで。獨笑ひとりゑみしてたもとしのばせ、出先でさきからかへ町内ちやうないの、もう横町よこちやうあたりから、そでをがさ/\としがまへをして、るからんと、かど乾物屋かんぶつや。・・・・・語呂ごろはつきぎるけれど、實際じつさいかど乾物屋かんぶつやがある。かどから、そつ見込みこむと、はたしておほ銀杏いてふそらおほうて、町内ちやうない其處そこばかりはかげ深山みやまめくしたに、かあさんか、小母をばちやんにかれて、なんとりやら、こずゑからおとした天人てんにんたまごつたかたちかれてる。

 ト此方こつちは、がら/\をみゝから次第しだいに、あたまうへ振上ふりあげて、をかしな三んでると、目敏めざと見着みつけて、
「あゝあゝ。」とふーー近頃ちかごろではなにふ。と、つて、うれしがつて、いさんで、いたものゝむねから乘出のりださうと、揺上ゆりあがそでとりはね羽撃はたゝくやうで、くれなゐはねしたからえた風情ふぜいの、ちひさなを、ふつとばす。

 かるい。・・・・・ふはりといてるやうにえる。

 で、のがら/\を、るにしろ、るにしろ、突出つきだしたり、こぶしをたゞうごかしたりするのではない。ひよいと、おもちやをりにあひだに、ひとりでにほそゆびがしな/\とうごいて、うごきながらりにる。ると、小指こゆびペにさしもみなしなつて、やはらかに、しな/\とるから、しなひがおのづから、たまつたはつて、コロン、コロロン、コロロンとしをらしくやさしくひゞく。・・・・・うして/\、盲目めくら師匠ししやうに三ねんならつた、餘計よけいな (お) ののつくことのやうなものではない。

 ときに一せつがある。ある女形をんながた俳優やくしやいたが、白粉おしろいるにしても、ふしくれつたふとゆびを、華奢きやしや白魚しらをのやうに觀客けんぶつうつさうとするのは、一寸ちよつと火箸ひばしけるにも、袖口そでくちから火箸ひばしるまでに、手首てくび一所いつしよに五ほんゆびをちら/\とつて、しなはしながらつてく。・・・・・成程なるほど、しをらしく、やさしくえよう。嬰兒あかんぼはおのづからわざを、てんからさづかつてるのである。

 たゞぶりばかりではない。やがてようやひ/\が出來できるとる、とき裾捌もすそさばきの鮮麗あざやかさをください。・・・・・借家しやくやたゝみきたなくても座敷ざしきたてよこに、すら/\すら/\とうつくしく雌波めなみたせるすそへ、鬱金うこんふせ水際みづぎはてゝ、ボンと小褄こづまねて、すら/\と洲濱すはまもすそはこんでく。・・・・・足首あしくびおろかゝとせぬ。綺麗きれいさは、みぎは千鳥ちどりやなぎつばめおもはせる。家業かげふもすそ藝妓げいしやでも、みつちりをどたしなみがないと、いまどきそんな裾捌もすそさばきの出來できるのはないさうである。

 これはしかし、可愛かはいいみんみいばかりではない。嬰兒あかんぼ何處どこはて裏長屋うらながや山家やまがおくのもおなじである。

 ぜんむかうへ、トンとあし投出なげださせて、片手かたて小母をばちやんが背中せなかおさへると、蝶脚ちやぶだいのふちへちやうおほきだけがえて、はなくちもかくれてる。

唯今ただいま、おさかな。」
 と、晩酌ばんしやくのおあてがひに澤山たくさんもない、鮎並あゆなめか、きすのいゝところむしつて、一どくちれて、小骨こぼねのありなしをためすのだが、うまいところふまいとするから、奥齒おくばをよけて、前齒まへばさぐつて、したのさきでちひさくまとめて、かるはしつて、もう一おしたぢをつけて、
「あい、おとゝ。」

 なんと、割目わりまへ軍鷄鍋しやもなべつゝかしたら、はしさきが千ぼん變化へんくわする寶藏院はうざいゐん達人たつじんが、こゝでは入身いりみ小太刀こだちかはる。‥‥‥

 ところで、みんみいは、つてて、すこ伸上のびあがるやうにして、仰向あをむいて、・・・・・仰向あをむざま一寸ちよつとよこかたむいてうける。のちに、自由じいうたち歩行あるきの出來できるやうにつてから、よろしく機嫌きげんのほどを見計みはからつて。

「みんみい、おつぺ。」
 と頬邊ほつぺた押附おしつけておくれとふと、縁側えんがはなどであそんでるのがちよろ/\とけてて、もう、たゝみでふぐらゐさきから、やわかたぐるみゝむねしなへて、トあしうかして、すつとて、なゝめきつくやうな姿すがたで。
 
 ぢつ眞綿まわたのやうなまる頬邊ほつぺたを、小父をぢちやんのひげ押附おつゝけるのが矢張やつぱりーーぜんむこうでくちけるのとおなじしぐさでーー仰向あをむくやうにして、仰向あをむざま莞爾につこりかほかたむける。

 とおもふと・・・・・
すゞめちやん。すうちやん。」
 と、勿論もちろんもうくちけるーーすぐにえんはうんでく。

「みんみい、おつペ。」
「うむ・・・・・」
 これは御機嫌ごきげんじやうで。

「みんみい、おつペ。」
 だまつて合點々々がつてん/\をする。それは御機嫌ごきげんちうで。そんなときうなづくばかり、ものさしなんぞ振廻ふりまはして、小母ばあちやんのつくろひものゝ邪魔じやまをしててなか/\うしてつてない。

「みんみい、おつペ。」
「あかべろ、チヨン/\。」
 とあごし、トン/\と足踏あしぶみをする。わることだれかゞをしへたーーが、まだじらすうちははうで、面倒めんだうくさいと、だまつてスツとてコツンと出額おでこつけて、
「こいつ!」
 とに、ばた/\驅出かけだす。でも、かたれて、むねつてあしうかして、ふはりとる、嬌態しなしぐさにかはりはなかつた。

 圭吉けいきちは、かつ逗子づしだつたか、鎌倉かまくらだつたか、浪打際なみうちぎはで、双方さうはうからて、ふいと出合であつた西洋人せいやうじん男女だんぢよがあつて、をんなはうがツゝとつて接吻せつぷんをしたのが、丁度ちやうど、みんみいのおつペた。

 接吻せつぷんうなれば、藝事げいごとで、酒屋さかや小僧こぞうみづはかけない。‥

 至極しごく御機嫌ごきげんよろしいと、おつぺのあとが膝乘ひざのりの一げいつて、小父をぢちやんのむねへ、うしろきに背中せなかたせてボンとる。・・・・・

「すゞむしア」
「チンチロリン」
松蟲まつむしア」
「リン/\リン」
「すゞむしア」
「テンチロリン」
 と、おほわたがぶやうな、かすしろゆびさきで、鐵瓶てつびんふたのつまみを拍子ひやうしまはすと、くる/\とまはつてチンチロリン。

松蟲まつむしア」
「リン/\リン」
 と、今度こんどはつまみをねるやうに、うへからたゝく、リン/\リンとる。みんみいかれてうたす。

  (ねんねんよう、小兎こうさぎよ、

       うしておみゝがおながいの、
          かあちやんのぽん/\ときに。)

 うさぎのおなかへ、とろけんで、うたが、あのながみゝを、たま蓄音器ちくおんきにして、そこからうたふやうにきこえるのである。

  (しひかやたんとべて、
       そうれでおみゝがおながいのーー)

 なんとなくなみだぐまるゝ。よくとほる、こゑのいゝであつた。






うさぎさんはね、みんみい、かあちやんのぽん/\ときに、・・・・・ いかい、しひかや澤山たんとべて、それでおみゝがおながいんだね、おみゝながいんだよ。いかい。・・・・・ みんみいはね、蚕豆そらまめ堅豆かたまめどつさりべるから、それでおはなひくいんだぜ、わかつたかい。」

「うむ。」とつて、すましてる。・・・・・妙齡としごろつてはれたら、たちま生命いのちにもかゝはるだらうのに。・・・・・

「お低鼻びしやは、どれだい。」
「こゝ」と、はなちひさなゆびさき一寸ちよつとらす。

 が、なんともへない。なみだる。うもいゝ。ーーだいはなひくい、少々せう/\おでこところ可愛かはいい。つて、おな恰好かつかうで、ツンと鼻筋はなすぢとほつた他所よそると、いけ高慢かうまんしやくさはる。

 いや、しかし、堅豆かたまめには毎々まい/\よわらされたもので、ーー一人ひとりちが出來できるやうにつて、戸外おんもるので、羅紗らしやくつもあてがつてあるくせに、ねえさんのかつこだの、兄哥あにき薩摩さつま下駄げただの、きまつておほきいのを穿きたがるから、そり引摺ひきずるやうで、出來でき一人ひとり歩行あるき出來できない。ところで、おとうさんにかれて、ちうにぶらさがるやうに出掛でかけてる。さて、それが早朝さうてうで。・・・・・おとうさんは勉強家べんきやうかで、お役所やくしよつとはやい。はやいのにれられて、圭吉けいきち門口かどぐちまでると、おとうさんは安心あんしんをして、手放てばなして出勤しゆつきんする。

 もうめたと、どんな隙間すきまからでも、ちよろ/\とはひつてて、
小父ぢいちやん、おツき、小父ぢやちやん、おツき。」と枕頭まくらもとへちよんとすわる。  此方こつちくせの、宵張よひつぱり寝坊ねばうだから、二や三ではなか/\もつさまさない。

小父ぢいちやん、おツきしなさい。」とうちでもだれはれるさうで、聞覺きゝおぼえの叱言こゞと口移くちうつしで、はなをつまむ、ひたひでる、頭髪かみ引張ひつぱる。・・・・・まだきないと、ちよこ/\とつく。

たな、むにや/\。」
 とふと、すぐにてのひらへ、蠶豆そらまめ堅豆かたまめを一ツおつつける。

いて。」
「むくのか。」
 とねむこすり/\、小口こぐちから尋常じんじやうきはじめて、ぱらりとかはれたとおもふと、やはらでちよろりと、引攫ひつさらつて、ボンとくち放込はふりこむ。いやはやいこと!・・・・・れてむかとおもふと。

いて。」がさ/\とならして、しろ油屋あぶらやさんのまへ衣兜かくしから一顆ひとつす、またくと、すぐ、
いて。」つめりたてのときなぞは、はア/\呼吸いきけるまで、ゆびさきいたる、煙草たばこめない。

「まだかい、みんみい。」
いて。」
かしこまつたよ、うも、此奴こいつひと仕事しごとだ。」
 と。くち叱言こゞとひながら、兩親りやうしんもあり、あねもあるのに、

 不器用ぶきようなのをおもひついた心意氣こゝろいきふものが尋常じんじやうではないと、うれしがつて、いたいなんぞくすぐつたい。

 そのうちに、だまつて一顆ひとつ蠶豆そらまめよりちひさなゆび小父をぢちやんのくちへ、かたやつ捻込ねぢこむと、自分じぶんもたんのうして、ごろんとよこころがつて、小母をばちやんと兩方りやうはうふすまいたなか仰向あをむけにストンとはひつて、ハンモツクのやうに身體からだゆすぶる。

 寝坊ねぼうけては小父をぢちやんをしの小母をばちやんがほそをして、
何處どこはひるのよ。」
みぞ
可厭いやだよ、みぞへなんかはひつては。」
 とすつとかゝへて引込ひきこむと、くツくとわらつて、はなも一しよないちゝ押着おしつけて、手足てあしねる。・・・・・

 嬰兒あかんぼねる・・・・・此方こつち大分たいぶ調子てうしつてはなしんだーーかんがへるとおぜんむこうへ、つゝかひばうで、やつゑられて、「さあ、おとゝ。」でちひさなくちところから、おつペつて、チンチロリン。小兎こうさぎうたつたのでは、西洋せいやうはなしではなけれどしろとりくはへてひなでないとうはかない。あひだひたいことは、もつとく澤山たくさんあるが、小鳥ことりのついでに一寸ちよつとはなさう‥‥‥

 ぼんくぼをすりたての、やはら頭髪かみでながら、
「みんみはだれ?」
小母ばあちやんの。」
う、何処どこうまれたの。」
銀杏いてふで。」

 うち眞向まむかうに、れいおほ銀杏いてふがあるところから・・・・・おやたちは基督教きりすとけう信者しんじやだが、しろこうとりことわざを、うまく換骨かんこつ脱胎だつたいして、いゝことをしへた。

銀杏いてふたれつてたの。」
木兎みゝづく。」
可厭いやだね、木菟みゝづく

 と小母をばちやんはふけれどーー成程なるほど銀杏いてふでは、折鶴をりづるつる可笑をかしい。ーーからすか、とびか、ふくろふか、椋鳥むくどりどこで。・・・・・すずめる、がちひぎる。其處そこおやたちは木兎みゝづくにしたのであらう。

結構けつこうです。」
 木兎みゝづく結構けつこう・・・・・木兎みゝづくでなうて、のくらゐよくわかる、みゝつた、ひるあきらかなおほきながあつたら、おにはかゝるまい。

 だい一、木兎みゝづく可厭いやだとふ、小母をばちやんがうだらう。

 つむりそつをのせて、
「みんみゝこれは。」とくと、
河童顱かばさら・・・・・」とめうに、ときかぎつて、すこししやがれごゑをしてふのはーーたれをしへた。

 小母をばちやんだらう。・・・・・なに? うでない。小父をぢちやんだつたか、恐縮きようしゆくうか/\。

 くせ小母をばちやんのはなしたのでは、一下町したまちかひものにいてつて、電車でんしやなかで、みんみが、うるさがつて、眞赤まつか帽子ばうしをむしや/\つてつたときなかぞりをおさへて、
「みんみゝこれは?」
河童顱かばさら。」
「まあ、なんですえ。」
 と隣席となり餘所よそむすめさんがいたので、
「もう一度いちどーーみんみゝこれは?」
河童顱かばさら。」
「まあ、河童かつぱさらなものですか、」
「うゝむ、河童顱かばさら。」

 電車でんしやなかどつわらつたーーとふではないか。小母をばちやんだらう、そんなことはせたのは。しかし、それいたとき圭吉けいきちうれしかつた。むすめさんをはじめ、わらつてくれたひとたちのとこへ、煎餅せんべいふくろでもつてれいまはりたいやうであつた。






 しかしてよ・・・・・煎餅せんべいをりどころか、番茶ばんちや御馳走ごちそうもしないでて、まるゝかたたちに、こんなことかせていのか。
 こゝに一せつがあるーーといつも圭吉けいきちふのである。

 およなかに、こと饒舌しやべやつくほど、退屈たいくつなものはない。日月じつげつあかるいとおなことで、たれ可愛かはいくないものはないから、饒舌しやべるには無理むりはない。しやくにもさはらなければ、氣障きざでもない。愚劣ぐれつだともおもはなければ、馬鹿ばかだともおもはない。が、たゞ退屈たいくつする。

 これをくくらゐなら、つまらない説教せつけうはうが、滑稽こつけいでまだしもましだ。藝者げいしや遊女おいらん惚氣のろけなどは結構けつこうである。自愡うぬぼれでさへ、場違ばちがひでもはなをつまめば我慢がまん出來できる。しん惚氣のろけいたつては、人生じんせいの一大事だいじつゝしんでうけたまはるべきものである。たゞ、惚氣のろけ退屈たいくつだ。容色きりやうめれば、欠伸あくびる。智慧ちゑをほめれば、うへなみだる。いはん將來しやうらい希望きばうをのべて、おほきくりましたら、と、なんねんにも一寸ちよつとはない、桃太郎もゝたらう衣通姫そとほりひめりさうなことふのをかされると、なみだうへにむしづがはしる。はげしきにいたるとなぐりたくる・・・・・

 方々かた/\は、退屈たいくつふものゝ苦痛くつう御存ごぞんじであらうか。

 たとへにくも烏辯をこがましいが、佛國フランス名作家めいさくか、メリメエの「えとるりあの花瓶はながめ」とだいする作品さくひんの一せつに、リシヤアルと士官しくわんが、フオスデイとところで、盗賊たうぞくころされるはなしがある。それはナポリへ旅行りよかう途中とちうで、道中だうちう物騒ぶつさうなるため、多人數たにんず連立つれだつてはずところを、マシニイとふ、天下てんか、マシニイほど退屈たいくつをとこはないとをとこが、一かうくははることにつたゝめ、のリシヤアルが退屈たいくつおそるゝあまり、ひとり仲間なかまけて、間道かんだうとほつたゝめである。ーーをかへてへば、マシニイは殺人犯さつじんはん仲間なかまである。・・・・・しかしリシヤアルは、おなころさるゝのに、容易たやすい一ぱうえらんだ・・・・・とふのである。退屈たいくつひところすーーころさるゝものは、自家じか防禦ばうぎよとして、あるひ對手あひてころさなければらない。

 げんに、圭吉けいきちつた、新婚しんこんやさしいわか夫人ふじんが、あまり毎夜まいよしうとのためにはながるたの相手あひてをさせらるゝために・・・・・いぢめられも、にくまれもしないのに、極度きよくど神經しんけい衰弱すゐじやくおこして、くるひさうにつたのがある。我儘わがまゝではない。退屈たいくつだつたのである。しうとふのが、またひとよしで、まけてもつても、いさゝ感激かんげきなくたゞすきであつたから、相手あひて退屈たいくつしたのである。

 しかし・・・・・こゝに、ものがたるのは、ではない、餘所よそである。よその可愛かはいさをかたるのは、我兒わがこふものゝかげたないさみしいものゝなぐさめである、ゆるさるべき惚氣のろけである。特權とくけんである。特權とくけんのあるために、いて退屈たいくつらしい人々ひと/\たいして、我兒わがこのないのを、感謝かんしやする。・・・・・  とつて、ことばせまつて、はら/\と落涙らくるゐした。

 のないわたしいた。
 圭吉けいきちは、ついまたおもしたのであらう。






                 【完】








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