二三羽ーー十二三羽

泉鏡花


 引越ひつこしをするごとに、「すゞめうしたらう。」もう八十いくつで、みゝとほかつた。ーーそのみゝぢつますやうにして、をうつとりとそらながめて、火桶ひをけにちよこんとちひさくて、「すゞめうしたらうの。」引越ひつこしをするごとに、祖母そぼつぶやいたことをおぼえてる。「祖母おばあさん、一しよしてますよ。」てづツぽに氣安きやすめをふと、「おゝ、うかの。」と目皺めじわふかく、ほく/\とうなづいた。
 のなくなつた祖母そぼは、いつもほとけ御飯ごはんのこりだの、あらひながしのお飯粒まんまつぶを、小窓こまどせて、すゞめ可愛かはいがつてたのである。

 わたしたちの一かうのないことはーーはれてすゞめのものがたりーーそらで嵐雪らんせつつてても、今朝けささへづつた、とこゝろめるほどではなかつた。が、すくなからず愛惜あいじやくねんしやうじたのは、おなじ麹町かうぢまちだが、土手どて番町ぼんちやうすまつたころであつた。はるふかく、やがて梅雨つゆちかかつた。‥‥‥にはかき老樹らうじゆが一かぶ遣放やりぱなしに手入ていれをしないから、まはり雜草ざつさうえた飛石とびいしうへを、ちよこ/\とよりは、ふよ/\とすゞめが一はねひろげながら歩行あるいてた。家内かないがつか/\と跣足はだしりた。いけずなをんなで、たしか小雀こすゞめみとめたらしい。チチチチ、チユ、チユツ、すぐにてのひらなかはひつた。「引掴ひつゝかんぢや 不可いけない、そつと/\。」これうぐひす か、かなりやだと、傳統でんとうてきにも世間せけんていにも、それ鳥籠とりかごをと、うちにはないからひにところだけれど、對手あひてが、のりをめるしろもので、おやすあつかはれつけてるのだから、臺所だいどころ目笊めざるみなみえんせた。ーーところで、生捉いけどつてかごれると、一時ひとゝきたないうちに、すぐに薩摩さつまいもつゝついたり、かきつたりする、目白鳥めじろのやうにはや人馴ひとなれをするのではない。すゞめ容易たやすにつかぬと、祖母そぼにもいてつてたから、のまだくさにふらついて、べもしない、ひよわなものを、ゑさしてはらない。ーーきつ親雀おやすゞめはう。それには、えんでは可恐こはがるだらう。‥‥‥で、もとの飛石とびいしうへなほした。
 母鳥はゝどりぐにびついた。もう先刻さつきから庭樹にはきあひだを 、けたゝましくきながら、彼方あつちび、此方こつちび、飛騒とびさわいでゐたのであるから。

 障子しやうじけたまゝでのぞいてるのに、可愛かはいさには、邪険じやけん人間にんげんたいする恐怖きようふわすれて、目笊めざる周圍しうゐを二三じやく、はらはらくるくるとまはつてぶ。ツゝとざるはしれたり、さついてよこんだり、びながらうへ舞立まひたつたり。のたびに、ざるなか仔雀こすゞめのあこがれやぅとつたらない。あのこゑがキイときこえるばかりすがつて、引切ひつきれさうに胸毛むなげふるはす。かぬはねうづにしてきつかうとするのは、おつかさんが、はしざるに、その‥‥‥ツゝとれては、ツイとときである。

 ると、ちひさなを、むしらしいを、おやくちばしくはへてるのである。ざるなかには、乳離ちばなれをせぬ嬰兒あかんぼだ。のつくやぅに泣立なきたてるのは道理だうりである。ところざるくゞらして、くちからくちくゝめるのはーー人間にんげんはうでも計略けいりやくだつたのだからーーいとも容易やさしい。
 だのに、せながらさけばせつゝ退いて飛廻とびまはるのは、あまり利口りこうでない人間にんげんにも的確てきかくかいせられた。「あかちやんや、あかちやんや、うま/\をあげませう、其處そこておいで。」とふのである。ひとふうじられた、うして、自分じぶんざるけられよう? おやうして、自分じぶんざるけられよう? おもひうだらう。

 わたしたちは、しみ/゛\、いとしく可愛かはいつたのである。
 いしも、折箱をりばこふた撥飛はねとばして、ざるけた。「御免ごめんよ。」「御免ごめんなさいよ。」と、すゞめはうより、此方こつちかほ見合みおはせて、悄氣しよげつゝ座敷さしき引込ひつこんだ。
 少々せう/\きまりわるくつて、しばらく、背戸せどかほさなかつた。

 には下駄げたそろへてあるほどの所帶しよたいではない。玄關げんくわん下駄げた引抓ひつゝまんで、晩方ばんがた背戸たせどて、かきこずゑの一つぼしながら、「あのすゞめうしたらう。」ありたけの飛石とびいしーーとつても五つばかりーーをそゞろわたると、けた窪地くぼちで、すぐうへしのぶこけりうひげ石垣いしがきがける、片隅かたすみ山吹やまぶきがあつて、こんもりした躑躅つゝじならんでうわつてて、かきどなりのが、ちら/\とくほどに二三りん咲殘さきのこつた‥‥‥そのしげつたの、かげふかくはないひくえだに、すゞめが一、たよりなげに宿やどつてた。まさ前刻さつきちがひない。‥‥‥樣子やうすが、つちからわづか二しやくばかり。これよりうへへはてないので、こゝまでれて女親おふくろが、わりなうあづけてつたものらしい‥‥‥あへあづけてつたとひたい。惡戯いたづらびたわたしたちのこゝろんだ親雀おやすゞめやさしさよ。‥‥‥そのおやたちのねぐら何處いずこ‥‥‥この嬰兒あかちやんはさびしさうだ。

 土手どてまつへは夜鷹よたかる。築土つくどもりでは木兎づくく。‥‥‥をりから宵月よひづきころであつた。親雀おやすゞめは、可恐おそろしいものゝれないやうに、るたけ、くらなかかくしたにちがひない。もとより藁屑わらくづ綿片わたぎれもあるのではないが、薄月うすづきすともなしに、ぼつと、その仔雀こすゞめつて、かすみのやうなこもつて、つゝんでまるあかるかつたのは、おやなさけ朧氣おぼろげならず、輪光りんくわうあらはしたかげであらう。「一寸ちよつと。」「なにさ。」手招てまねきをして、「なよ。」家内かない呼出よびだして、兩方りやうはうから、そつと、かほ差寄さしよせると、じつとしたのが、かすか黄色きいろくちばしかたむけた。このやはらか胸毛むなげいろは、さしのぞいたものゝえりよりもしらかつた。

 ふかしはなに家業かげふのやうだから、そのはやがてくるまで、野良のらねこ注意ちういした。彼奴きやつ後足あとあしてばとゞく、ひくえだに、あづかつたからである。

 朝寢あさねはしたし、ものにまぎれた。ひるにはに、くまなき五ぐわつひかりびて、黄金わうごんごとく、ぎんごとく、飛石とびいしうへから、かきみき躑躅つゝじ山吹やまぶき上下うへしたを、二縦横じうわうんでつてる。ひら/\、ちら/\とはねかゞやいて、三ずん、五すん、一しやく、二しやく草樹くさきかげびるとゝもに、親雀おやすゞめがつれてならふ、つばさは、次第しだいに、次第しだいに、うへへ、うへへ、自由じいうかるつて、花垣はながきたけるのが、四五たびれるとるうちに、がけをなぞへに、上町うはまちしげりのなかんでえなくつた。

 眞綿まわためたやうな、あのつばさが、すみやかぶのにれるか。かんじつゝ、わたしたちはかずにながめた。
 あとで、臺所だいどころからかけて、女中ぢよちう部屋べや北窓きたまど小窓こまど小縁こえんに、つたり、たり、出入ではひりするのは、五六、八九、どれが、そのおやの二だかはまぎれてれない。
ーー二三、五六、十、十二三。こゝですゞめたちのかずつた次手ついでに、それ/゛\のみちの、學者がくしやがたまでもない、一寸ちよつとわけりの御人ごじんうかゞひたいことがある。

 べつでない。すゞめの一家族かぞくは、おなじ場所ばしよではあま澤山たくさんにはえないものなのであらうから? 御存ごぞんじのとほり、稻塚いなづか稻田いなだ粟黍あはきびみのときは、平家へいけ大軍たいぐんはしらした水鳥みづとりほどの羽音はおとてゝ、畷行なはてゆき、畔行あぜゆくものをおどろかす、夥多おびたゞしい群團むれす。鳴子なるこ引板ひきいたも、なかばーーこれがためのそなへだとおもふ。むかしのものがたりにも、年月としつきあひだには、おなじ背戸せどに、まごむらがはずだし、だい椋鳥むくどりねぐらけてたゝかときの、すゞめ軍勢ぐんぜいおもひたい。よしそれはべつとして、長年ながねんあひだには、もうちつ家族かぞくさかえようとおもふのに、十ねんじつふが、實際じつさい、ーーその土手どて番町ばんちやうを、やがて、いまのいへしてから十四五ねんになる。ーーあのときすゞめ親子おやこなさけに、いとしさをつて以來いらい申出まをしでるほどの、さしたる馳走ちそうでもないけれど、お飯粒まんまつぶ少々せう/\く毎日まいにちかさずいてく。たとへば旅行りよかうをするときでも、‥‥‥「用心ようじん」と、「雀君すゞめくんたのむよ」‥‥‥だけは、留守るすつてくくらゐだが、さて、何年なんねんにも、一寸ちよつとて二、五六總勢そうぜいすぐつて十二三よりかずえない。長者ちやうじやでもないくせに、たはら扶持ふちをしないからだと、はれゝばそれまでだけれど、なにわたしだつて、もう十羽殖ぱふえたぐらゐは、それだけ馳走ちそうすつもりでるのに。

 なにも、すゞめかこつけて身代しんしやうびない愚痴ぐちふのではない。また‥‥‥べつすゞめかずおほことばかりをのぞむのではないのであるが、はるに、あきに、げんえて五六づゝはおやれてえるのがわかつてるから、いつもおなじほどのかずなのは、何處どこつて、うするのだらうとおもふからである。
 が、うも樣子やうすが、仔雀こすゞめが一だちの出來できるのをつて、その小兒こどもだけを宿やどのこして、親雀おやすゞめねぐらをかへるらしくおもはれる。

 あの、仔雀こすゞめが、チイ/\と、ありツたけくちばしあかけて、クリスマスにもらつたマントのやうに小羽こばねうごかし、胸毛むなげをふよ/\とゆるがせて、仰向あをむいて強請ねだると、あいよ、とつた顔色かほつきで、チチッ、チチッと幾度いくたびもお飯粒まんまつぶくちばし からふくめてる。‥‥‥べても強請ねだる。ふくめつゝ、あとねだりをするのを機掛きつかけに、一つぶくはへて、おつかさんはへいうへーー(椿つばき枝下えだしたこゝにおまんまいてある)ーー其處そこから、うら露地ろぢつて、むかうのかはら 屋根やねへフツとぶ。とあとから仔雀こすゞめがふはりとすがる。これで、はねらすらしい。また一くみは、おなじくふくんで、親雀おやすゞめが、せまにはを、手水てうづばちたかさぐらゐに舞上まひあがると、そのむねのあたりへ附着くつゝくやうに仔雀こすゞめ飛上とびあがる。けないで、ひつゝ、びつゝ、庭中にはぢう翔廻かけまはりなどもする、矢張やつぱはねらすらしい。舞踏ぶたふが一ときに三くみも四くみもはじまることがある。はな掻亂かきみだし、はぎはならしてくるふ。‥‥‥かはいゝのにがないから、はるあきも一しよだが、はれ遊戯あそびだ。もうちつと、綺麗きれい窓掛まどかけ絨毯じうたんかざつてもりたいが、にはせまいから、はねとゝもにりこぼれる風情ふぜいはな澤山たくさんない。かへつてはねについてるか、くちばし からおとすか、ゑないすみれむらさき が一本咲もとさいたり、たであからめる。

 ところで、なんのなかでも、おやあまいもの、はずるくあまツたれるもので。‥‥‥あの胸毛むなげしろいのが、ると、そのうちに立派りつぱ自分じぶんひろへるやうになる。ましたつらで、コツンなどゝ高慢かうまんべてる。いたづらものが、二三おやいてんでて、チユツチユツチユツとつゝきあひ喧嘩けんくわさへる。なま意氣いきにもかゝはらず、親雀おやすゞめがスーツとしかるやうなかほをすると、喧嘩けんくわくちばし も、なま意氣いきはねも、たちまちぐにや/\につて、チイチイ、赤坊あかんぼごゑあまつたれて、うま/\頂戴ちやうだいと、くち張開はりひらいて胸毛むなげをふは/\として待構まちかまへる。チチツ、チチツ、一人ひとりでおべなとつてもかない。頬邊ほつぺたよこつてもかない。で、チイ/\チイ‥‥‥おなかがいたの。‥‥‥おゝ、よち/\、とつた工合ぐあひに、おや馬鹿ばかが、すぐにのろくつて、お飯粒まんまつぶしろところをーー贅澤ぜいたく奴等やつらで、うちのはひき割麥わりぜるのだが餘程よほどはらがすかないとむぎはうへははしをつけぬ。此奴等こいつらおほ地震ぢしんときよわつたぞーーついばんで、はしで、くちへ、押込おしこ揉込もみこむやうにするのが、およたまらないとつたかたちで、頬摺ほゝずりをするやうにえる。

 しからず、おや苦勞くらうける。 ‥‥‥ そのくせ他愛たわいのないもので、陽氣やうきがよくて、おなかがくちいと、うと/\とつて居睡ゐねむりをする。 ‥‥‥ さあ/\ひときり露臺みはらしようか、で、へいうへから、そろつてものほしたとおおもひなさい。のほか/\と一めんあたなかに、こゑはしやぎ、かげをどる。

 すてきに物干ものほしにぎやか だから、そつつて、すみ本箱ほんばこよこ二階にかいうら肱掛ひぢかけまどから、まぶしいをぱちくりとつてのぞくと、はしらからも、横木よこぎからも、あたまうへ小廂こびさしからも、あたゝかかげかし、はねひからして、一ときに。パツとげた。 ーー ぶのははやい、裏邸うらやしきおほ枇杷びはまでさしわたし五十けんばかりをまたゝもない。ーー(枇杷びはが、馴染なじみの一家族かぞくねぐらなので、前通まへどほりの五ほんばかりのさくら (有島ありしま) にも一むれつてるのであるが、そのくみわたしうちへはないらしい、持場もちばちがふとえる)ーー ときに、女中ぢよちうがいけぞんざいに、取込とりことき引外ひきはづしたまゝの掛棹かけざをが、斜違はすかひにちてた。硝子ガラス一重ひとへすぐはなさきに、一可愛かはいいのがまつ正面しやうめんに、ぽかんとまつてのこつてる。ーーどうかして、座敷ざしき飛込とびこんで戸惑とまどひするのをつかまへると、てのひらあばれるから、のくらゐ、しみ/゛\とすゞめかほことはない。ふつくりとも、ほつかりとも、ほそへ一つづゝ日光につくわう吸込すいこむんで、おゝ、おまへさんはあめ出來できるのではないかい、とひたいほど、とろんとして、ねむつてる。道理だうりこそ、ひとと、はし打撞ぶつかりさうなのにおどろきもしない、とるうちに、ふまへてとまつたちひさなあしがひよいと片脚かたあし幾度いくどしたはなれてすべりかゝると、そのときはビクリと居直ゐなほる。‥‥‥わづらつてうごけないか、怪我けがをしてないかな。 ‥‥‥


 以前いぜん、あしかけ四ねんばかり、相州さうしう逗子づしすまつたとき (三太郎たらう) とづけて目白鳥めじろた。
 櫻山さくらやまうまれたのを、をとりでつたひともらつたのであつた。が、何處どこおぼえたらう、ひよ駒鳥こまどり、あのへんにはよく頬白ほゝじろなんでもさへづる‥‥‥ほうほけきよ、ほけきよ、ほけきよ、あきらかにうぐひすこゑいた。目白鳥めじろとしては駄鳥だてううかはらないが、わたしにはだいの、ご祕藏ひざうーー長屋ながや破軒やぶれのきに、みづませて、いもつたのだから、わらつてわざと(ご)のをつけておくーーまたよくれて、殿樣とのさまたかゑたかくで、てのひらいて、それとせると、パツとんでむし退治たいぢた。また、ふゆのわびしさに、紅椿べにつばきはな炬燵こたつせて、かごけると、はなかぶつて、みつひつゝくちばしまつ黄色きいろにして、かけ蒲團ぶとんうへ押廻おしまはつた。三味線みせんいてかせると、きそつてのき高囀たかさへづりする。さびしいきやくはなしをしすと障子しやうじそとけまじときしきる。可愛かはいいもので。‥‥‥可愛かはいいにつけて、だんじてかごにはくまい。秋雨あきさめのしよぼ/\とるさみしい無事ぶじなやうにとねがまをして、岩殿いはとのでら觀音くわんおんやまはなしたときは、わづらつて家内かない二人ふたり悄然せうぜんとして、ツイーツイーとこずゑひく坂下さかさがりにつたつてしたこゑいて、ほろりとして、一人ひとりそでらしてかへつた。が、ーー目白鳥めじろことで。‥‥‥(さむかぜだよ、ちよぼ一風いちかぜは、しはりごはりといてる)と田越たごえむらばん若衆わかいしうが、泣聲なきごゑてる、大根だいこんえる、富士ふじおろし、西北風ならひはげしい夕碁ゆふぐれに、いそがしいのと、さむいのに、むかうみずに、がたりと、かどをしめたいきほひ で、のきつた鳥龍とりかごをぐわたり、バタンと撥返はねかへした。アツとおもふと、なか目白鳥めじろは、ばたきもせず、横木よこぎころげて、落葉おちばはさまつたやぅにちてちゞんでる。「しまつた、‥‥‥三太郎たらうをまはした。」「まあ、大變たいへんね。」とたすきがけのまゝ庖丁はうちやうを、して、目白鳥めじろてのひらつてゑたをんなに一ぱいなみだめて、「うしませう。」ときだ。こゝろみ手水てうづばちみづ柄杓ひしやくつてしづくにして、つゆにして、目白鳥めじろくちばしけてふくまして、えりをあけて、はだにつけてあたゝめて、しばらくすると、ひく/\とうごした。あゝたすかりました、利益りやくと、岩殿いはとのかたかごひらいて、なかれると、あはれや、横木よこぎへつかまりない。おつこちるのが可恐こはいのか、すみの、すみの、せまところちひさつた。あくるにちは、と、ご惱氣なうけつたかたちで、摺餌すりゑくちばしのあとを、ほんのすぢはどつけたばかり。たゞ完全くわんぜん蘇生よみがへつた。

 經驗けいけんがある。
 みづでもましてりたいと、障子しやうじけると、おとに、怪我けがどころか、わんばくに、しかもふたつばかりまはつてんだ。仔雀こすゞめは、うとり/\と居陸ゐねむりをしてたのであつた。‥‥‥にくくない。 

 もつともなか/\の惡戯いたづらもので、逗子づしの三太郎たらう‥‥‥目白鳥めじろーーがおちやだからすゞめくち眞似まねをした所爲せゐでもあるまいが、日向ひなたえんしてひとないときは、かごのまはりがすゞめどもの足跡あしあとだらけ。秋晴あきばれ或日あるひ裏庭うらには茅茸かやぶき小屋ごや風呂ふろひさしへ、むかうへ櫻山さくらやませてけてくと、午少ひるすこまへの、いゝ天氣てんきで、しづかをりから、すゞめが一、‥‥‥ちやう目白鳥めじろうへ廂合ひあはひ樋竹とひだけなかへすぽりとはひつて、ちよつとくろあたまだけして、うへからかご覗込のぞきこむ。はしちひさな芋蟲いもむしひとくはへ、あつちいて、こつちいて、ひよい/\とせびらかすと、かごなかのは、戀人こひゞとから玉章たまづさはどにしがつて駈上かけあが飛上とびあがつてらうとすると、ひよいとかほよこにして、また、ちよい/\とせびらかす。いや、いけずなお轉婆おてんばで。‥‥‥ところがはずみにかゝつてつた拍子ひやうしに、その芋蟲いもむしをポタリとかごへ、おとしたから可笑をかしい。目白鳥めじろまして、ペロリと退治たいぢた。吃驚びつくり仰天ぎやうてんしたかほをしたが、ぽんととひくち突出つきだされたやうにんだもの。

 瓢箪へうたん宿やど山雀やまがら、とうたがある。すゞめとひなかがすきらしい。五六、また、七八よこにずらりとならんで、かほしてるのがつねである。

 或殿あるとの領分りやうぶん 巡囘めぐり途中とちうきくいた百姓家しやうや床凡しやうぎゑると、背戸せどばたけうめえだに、おほき瓢箪へうたんつるしてある。梅見うめみ時節じせつでない。
「これよ、‥‥‥あの、瓢箪へうたんなにいたすのぢやな。」
 その農家のうか親仁おやぢが、
「へい/\、山雀やまがら宿やどにござります。」
「あゝ、風情ふぜいなものぢやの。」

 のう狂言きやうげん小舞こまひうたひに、
   いたいけしたるものあり。張子はりこかほや、ねり稚兒ちご。しゆくしやむすびに、さゝむすび、やましなむすびに風車かざぐるま瓢箪へうたん宿やど山雀やまがら胡桃くるみにふける友鳥ともどり‥‥‥ 

「いまはじめて相分あひわかつた。ーー些少ちとぢやがれうらせよう。」

 小春こはるうらゝかはなしがある。 
 御前こぜんのおにとまつた、うたひのまゝの山雀やまがらは、瓢箪へうたん宿やどとする。此方人等こちとらすゞめは、棟割むねわり長屋ながやで、樋竹とひだけあひ借家じやくやだ。
 はらくと、電信でんしんはりがねに一ずらりとて、ぽち/\ぽちと中空なかぞらたかじゆんならぶ。なかでも音頭おんどとりが、電柱でんちう頂邊てつぺんに一羽留はとまつて、チイとく。これを合圖あひづに、一どきにチイと鳴出なきだす。ーーへい枇杷びはあひだあたつて。で御飯ごはんをくれろと、催促さいそくをするのである。
 わたしすなは取次とりついで、「催促やつてるよ、/\。」
「せはしないのね。‥‥‥うるさいよ。」
 などとひながら、茶碗ちやわんよそつて、をんなたちは露地ろぢまはる。これのうへおくれると、勇悍ゆうかんなのが一押寄おしよせる。うまつたいきほひ で、小庭こには縁側えんがは飛上とびあがつて、ちよん、ちよん、ちよん/\と、すゞめあるきにひらきけて臺所だいどころはひつて、おへつゝひまへまはるかとおもふと、うへ引窓ひきまどへパツとぶ。

自分じぶんでもおはたらき、むしるんだよ。」
 なにも、肯分きゝわけるのでもあるまいが、ことばしたに、はぎ小枝こえだを、はななかへすら/\、うへはさら/\‥‥‥あの撓々たよ/\としたほそえだへ、へいうへ椿つばきからトンとりると、りたなりにすつと、すべつて、一寸ちよつとうらあまして垂下たれさがる。すぐに、くるりとはらせて、葉裏はうらくゞつてひよいとぢると、また一が、おなじやうにへいうへからトンとりる。りると、すつとえだしなつて、ぶらさがるかとおもふと、飜然ひらりつたふ。また待兼まちかねてトンとりる。一かぶはぎを、五六で、ゆさ/\ゆすつて、さかりときはなもこぼさず、はしくはへたり、ねたり、横顔よこがほのぞいたり、くして、うらおもて、むしあさりつゝ、滑稽おどけてはずんで、ストンとちるかとすると、はねをひら/\とちうをどつて、小枝こえださきへひよいとる。
 水上みなかみさんがこれいて、莞爾につこりしてすゝめた。 
鞦韆ぶらんここしらへておんなさい。」
 やしきにはひろいから、ぐにこゝへがついた。わたしたちはおもひもらなかつた。いと杉箸すぎばしゆはへて、はぎえだつた。‥‥‥おもむき乘氣のりき饒舌しやべると、すゞめ興行こうぎやうをするやうだから見合みあはせる。が、鞦韆ぶらんこつて、瓢箪へうたんぶつくりこ、なぞはなんでもない。ときとすると、へいうへに、いまむつまじく二ついばんでたとおもふ。その一が、忽然こつねんとして姿すがたかくす。びもしないのに、おや/\と人間にんげんにもかくれるのを、‥‥‥さがすと、いまへい笠木かさぎの、すぐうらへ、あたま揉込もみこむやうにしてたて附着くつゝいてるのである。あしがゝりもないのにたくみなもので。ーーうすると、見失みうしなつたともの一が、怪訝けゞん樣子やうすで、チゝとき/\、其處そこらをのぞくが、その笠木かさぎ一寸ちよつとした出張でつばりののどに、あたま附着くつゝいてるのだから、どつちをのぞいても、うへからではかない。チチツ、チチツと少時しばらくさがして、パツと枇杷びはんでかへると、そのあとで、そつあたま半分はんぶんしてきよろ/\とながら、うれしさうに、はねゆすつてあとからさつんでく。‥‥‥おもふに、ひとのするかくれんぼである。

 さて、うたわいもないことつてるうちにーー前刻さつきつたーーどもがそだつて、ひとりだち、ひとりあそびが出來できるやうにると、胸毛むなげしろいのばかりをのこして、親雀おやすゞめ何處どこぶのかなくる。かずしもせず、りもせず、おなじく十五六どまりで、そのうちには、になり、はなに、はなり、すゞめのどくろる。年々ねん/\二三をんなじなのである。

 ‥‥‥めうことは、いまつた、はぎまた椿つばき朝顔あさがほはな露草つゆくさなどは、えだにもつるにも馴染なじんでるらしい‥‥‥とふよりは、親雀おやすゞめからをしへられてるらしい。ーーが、見馴みなれぬものがすこしでもあると、可恐こはがつてちかづかぬ。一にちでも二でもとほくのはう退いてる。もつとも、ときには此方こつちから、わざとおいでの御免ごめんかうむことがある。物干ものほし蒲團ふとんときである。
 おぢやうさん、おぼつちやんたち、一そろつて、いゝ心持こゝろもちつて、ふつくりと、蒲團ふとん團欒だんらんこゝろみるのだからたまらない。ぼと/\と、あとが、ふんだらけ。これにはよわる。其處そこ工夫くふうをして、他所よそから頂戴ちやうだいしてたくはへてへうかはつてく。と枇杷びは宿やどすくまつて、うら屋根やねるのさへ、おつかなびつくり、(坊主ばうずびつくりてんかは) だから面白おもしろい。
 が、一夏ひとなつ縁日えんにちで、月見つきみそうつてて、はぎそばゑたことがある。夕月ゆふづきに、あのはなつゆにほはせてぱツとくと、いつも黄昏たそがれには、一時ひとゝきとまさわぐのに、ひそまりかへつて一羽いちはだつてんでない。はじめはあやしんだが、二め三めには心着こゝろづいた。意氣地いくぢなし、臆病おくびやう烏瓜からすうり夕顔ゆふがほなどはけても知己ちかづきだらうのに、はじめていた月見つきみさう黄色きいろはな可恐こはいらしい‥‥‥可哀かはいさうだから植替うゑかへようかと、ふうちに、四めの夕暮ゆふぐれごろから、つとた。なに一度いちどあぢをしめるととびついてつゆひかねぬ。

 まだある。土手どて番町ばんちやうことつたとき花垣はながきをなどゝ、少々せう/\調子てうしつたやうだけれど、まつたくにはいてた。土地とちではめづらしいから、引越ひつことき一枝ひとえだつててさしにしたのが、次第しだいたけたかく生立おひたちはしたが、ばかりしげつて、つぼみたない。ちやうど十年目ねんめに、一昨年さくねん卯月うづきすゑにはじめていた、それもへいたかした日當ひあたりのいゝ一枝ひとえだだけ眞白まつしろくと、あさからすゞめがバツタリ。意氣地いくぢなし。またちやうはなえだした御飯おまんまつてる。前年ぜんねん月見つきみさう心得こゝろえて、ときましてた。やがて一づゝそつた。たちまはなあそぶことはぎたはむるゝがごとしである。はなしろいのにさへおびえるのであるから、ゆきつたあさ臆病おくびやう おもふべしで、枇杷びはづかひたい、むかうの眞白まつしろをかうづもれて、こゑさへてないで可哀あはれである。

 椿つばきはらつても、飛石とびいしうへ掻分かきわけても、物干ものほしゆきけかゝつたところせてもかげせない。炎天えんてん日盛ひざかり電車でんしやみちには、げるやうなすなびて、蟷螂たうろうをのつたつよいのが普通ふつうだのに、これはどうしたものであらう。‥‥‥はじめ、こゝへ引越ひつこしたてに、一二年居ねんゐすゞめは、ゆきなんぞはおどろかなかつた。やまうさぎぶやうに、ゆきみのにして、吹雪ふゞきらしてけたものを ーー

 こゝでおもふ。、そのまご、二だいだいいたつて、次第しだいおくり、追續おひつきに、おなじ血筋ちすぢながら、いつか、黄色きいろはなしろはなゆきなどにたいする、親雀おやすゞめまをしふくめがえるのであらうとおもふ。

 泰西たいせい諸國しよこくにて、その公園こうゑんむらがすゞめは、パンにれて、ひとてのひら にも帽子ばうしにもあそぶとく。
 何故なぜに、わが背戸せどすゞめは、見馴みなれないはないろをさへおそるゝのであらう。はななればこそ、ちつとでもかはつた人間にんげんかほには、渠等かれらおほいなる用心ようじんをしなければならない。不意ふいつぶてあたこと幾度いくたびぞ。おもひもらぬ蜜柑みかんかはなししんの、雨落あまおち鉢前はちまへぶのは數々しば/\である。

 牛乳ちゝ露地ろぢはひればおどろき、酒屋さかや小僧こぞうが「今日こんちは」をさけべばげ、大工だいくたとればすくみ、屋根やねればひそみ、疊屋たゝみやてもりつかない。

 いつかは、なにかの新聞しんぶんで、東海とうかいだう何某なにがしすゞめうちの老手らうしゆである。並木なみきづたひに御油ごゆから赤坂あかさかまであひだに、すゞめものやく一千をくだらないとふのを戰慄せんりつした。

 空氣くうきじうつて、日曜にちえうあさ、こゝの露地ろぢぐちつ、狩獵しゆれふふくわか紳士しんしたちは、失禮しつれいながら、いぬころしにえる。
 去年きよねんくれにも、鄰家りんか少年せうねん空氣くうきじうもとたかさゝげて歩行あるいた。鄰家りんか少年せいねんではふせがたい。おつかひものは、たゞ煎餅せんべいふくろだけれども、すゞめのために、うちの小母をばさんが折入をりいつてたのんだ。
 おやたちがわらつて、
「おたくすゞめねらへば、じう没収ぼつしうすると約條やくでうずみです。」

 かつて、北越ほくゑつ倶利伽羅くりから汽車きしやとほつたときたうげえき屋根やねに、くるまのとゞろくにもおどろかず、すゞめ日光につくわうよくしつゝ、屋根やね自在じざいに、とひ宿やど出入ではひりするのをて、たに咲殘さきのこつた撫子なでしこにも、火牛くわぎう修羅しゆらちまたわすれた。ーー戰場せんぢやうわすれたのがいのではない、わすれさせたのがすゞめなのである。

 モウバツサンが普佛ふふつ戰爭せんさう題材だいざいにした一ぺんみだしは、「巴里パリー包圍はうゐされてゑつゝもだえてる。屋根やねうへすゞめすくなくなり、下水げすゐごみすくくなつた。」とふのではなかつたか。

 ゆきときはーー見馴みなれぬはなの、それとはちがつて、天地てんちつゝゆきであるから、もしこれおそれたとると、すゞめのためには、おほ地震ぢしん以上いじやう天變てんぺんである。東京とうきやうのははやえるからいものの、五つもるのにはうするだらう。半歳はんさいゆきもるゝくにもある。

 或時あるときも、またゆきのために一にちかたちせないから、‥‥‥眞個ほんたうことだがあんじてると、つぎあさことである。ツイーー とさびしさうにいて、目白鳥めじろたゞゆきかついで、くれなゐいた一りん寒椿かんつばきはなて、ちら/\とはねしろくしながらえだくゞつた。

 炬燵こたつからると、しばらくすると、すゞめが一、パツとて、おなじえだに、はな上下うへしたを、一しよまはつた。つゞいて三一齊いつとき皆來みなきた。御飯おまんまはすぐくちばししたにある。パツパ、チイ/\もろきほひに歡喜くわんきこゑげて、をどりながら、びながら、ついばむと、今度こんど目白鳥めじろなかまじつた。すゞめ 同志どうしは、突合つゝきあつて、さきあらそつてくるつても、その目白鳥めじろにはおとなしくやさしかつた。そして目白鳥めじろは、しさうに、不思議ふしぎさうに、すゞめいひながめてた。

 わたし何故なぜなみだぐんだ。
 やさしい目白鳥めじろは、はなみつめぐまれよう。ーーおやのないすゞめは、うつくしくあいらしい小鳥ことりに、をしへられ、みちびかれて、ゆき不安ふあんわすれたのである。
 それにつけても、親雀おやすゞめ何處どこく。 ーー


ーー去年きよねんぐわつすゑであつた。‥‥‥あまあついので、かへつて、うも、おゝあついでめげては不可いけない。小兒こどもときは、目盛ひざかり蜻蛤とんぼつたと、炎天えんてんつかるで、そのまゝ日盛ひざかり散歩さんぽした。

 その次手ついでに、‥‥‥なんとなく、其處等そこいら屋敷やしきまち垣根かきねさがして (ごん/\ごま) がたかつたのである。からして小兒こどもい。ーーわたし大好だいすきだ。スヾメノヱンドウ、スヾメウリ、スヾメノヒエ、ひめ百合ゆり姫萩ひめはぎひめ紫苑しをん姫菊ひめぎくらふたけたとなへたいして、スヾメののつく一れつ雜草ざつさうなかに、のごん/\ごまを、わたしはひそかに「スヾメの蝋燭らふそく」としようして、内々ない/\贔屓ひいきる。

 けて、孟蘭うらぼんのそのつきは、墓詣はかまうで田舎ゐなかみちてらつゞきの草垣くさがきに、線香せんかう片手かたてに、のスヾメの蝋燭らうそく、ごん/\ごまをんだ思出おもひで可懷なつかしさがある。

 しかくせ卑怯ひけふにも片陰かたかげひろひ/\ちひさなやしろ境内けいだいだの、心當こゝろあたりやしき垣根かきねのぞいたが、前年ぜんねん生垣いけがき煉瓦れんぐわにかはつたのがおほい。ーー清水しみづだにおくまで掃除さうぢとゞく。ーー梅雨つゆころは、闇黒くらがりつきかげがさしたほど、彼方あつち此方こつちいた紫陽花あぢさゐも、の二三ねんこつちすくない。ーー荷車にぐるまのあとにはぐんでも、自動じどうしやわだちしたにはえまいから、いまは車前草おんばこさへぐにはようたつてはない。

 で、何處どこでも、あの、珊瑚さんご木乃伊みいらにしたやうな、ごん/\ごまは見當みあたらなかつた。ーーないものねだりで、ほしい、歩行あるくうちにあせながした。

 場所ばしよふまい。が、むかうにもりえて、しげつたさかがある。‥‥‥わたしおぼえてからも、むかし道中だうちう茶屋ちやゝ旅籠はたごのやうな、中庭なかには行拔ゆきぬけに、土間どまこしけさせる天麩羅てんぷら茶漬ちやづけみせがあつた。ーーそのさかりかゝる片側かたがはに、さかなりに落込おちこんだ空溝からみぞひろいのがあつて、みちには破朽やぶれくちたさくつてある。空溝からみぞへだてた、むぐらのまゝ斜違はすかひにおり藪垣やぶがきを、むかううらからつて、しげつて、またたとへば、瑪瑙めなうきざんだ、さゝがにのやうなスヾメの蝋燭らふそくつかつた。

 つかまへてさゝへて、乘出のりだしても、みぞへだてられてとゞかなかつた。
 ステツキ掻寄かきよせようとするが、すべる。ーーがさ/\とつてると、した枝折しをりからーーこんなところ出入でいりぐちがあつたかとおもふーー葎戸むぐらどとびらけて、圓々まる/\ふとつた、でつぶりもの仰向あをむいてた。きびらのあらひざらし、漆紋うるしもんげたのをたが、ふとつておほきいから、手足てあしはらもぬつと露出むきでて、ちやん/\をはおつたやうにえる、たくましい肥大でつぶりものがら似合にあはず、おだやかな、柔和にうわこゑして、 「なにか、おとしものでもなされたか、ひろつてあげませうかな。」
 とつた。四十ぐらゐの年配ねんぱいである。

 わたしは一おう挨拶あいさつをして、わけをはなければらなかつた。
「はゝあ、ごん/\ごま、‥‥‥お藥用やくようか、なに禁厭まじなひにでもなりますので? 」
 とにかく路傍みちばただし、ほこりがしてる。うら崖境がけざかひには、清淨きれいなのが澤山たくさんあるから、休息きうそくかた/\。で、ものゝひぶりとひとのいゝ顔色かほつきが、かせなければ、遠慮ゑんりよもさせなかつた。
ちやう午睡ひるねどき徒然とぜんります。」

 みちびかるゝまゝ、折戸をりどはひると、そんなにひろいとふではないが、谷間たにまの一軒家けんやつたかたちで、三ぽう高臺たかだいもりはやしつゝまれた、ゆつくりしたれたにはで、むかうに座敷ざしきの、えんすゞしく、油蝉あぶらぜみなか閑寂しづかえた。わたし一寸ちよつと其處そこけて、會釋ゑしやくますつもりだつたが、古疊ふるだゝみあつくるしい、せめてのおもてなしと、たけのづんどきり花活はないけつて、には出直でなほすと臺所だいどころまへあたり、井戸ゐどがあつて、はね釣瓶つるべの、釣瓶つるべが、虚空こくうんでさるのやうにねてた。かたはら青芒あをすゝき一叢ひとむら生茂おひしげり、桔梗きゝやう早咲はやざきはなが二三りん、たゞ初々うひ/\しくいたのを、つぼみ一枝ひとえだ、三すぢばかり青芒あをすゝき取添とりそへて、竹筒たけづゝして、のつしりとしたこしつきで、井戸ゐどからはね釣瓶つるべでざぶりと汲上くみあげ、片手かたて水差みづさしんで、桔梗きゝやうそゝいで、むねはだかりにげたところは、はらまでだらけだつたが、とこゑて、まるで、えだぶりを一寸ちよつとめたかたちは、悠揚いうやうとして、そしてかる手際てぎはで、きちんときまつた。掛物かけものなにえぬ。が、たゞその桔梗ききやうの一りんむらさきほしらすやうにすわつたのである。待遇たいぐうのために、わたしは、えん座敷ざしきすゝまなければならなかつた。 

麁茶そちやひとけんじませう。何事なにごと御覽ごらんとほりのわび住居ずまひで。‥‥‥あの、ちや道具だうぐを、これへな。」
 とふと、つぎのーーがけくさのすぐのぞくーーたけ簀子たけすのこ濡縁ぬれえんに、むかうむきに端居はしゐして‥‥‥いまわたしはひつたとき、一ていねいに、お時誼じぎをしたまゝ、うしろ姿すがたで、ちらりとあかちひさなもの、年紀としごろで勿論もちろん手玉てだまではない、糠袋ぬかぶくろなんぞせつせとつてた。‥‥‥島田髷しまだ艶々つや/\しい、きやしやな、色白いろじろをんなつて手傳てつだつて、ーー肥大でつぶりもの二人ふたりして、やがて昆爐こんろ縁側えんがはへ。‥‥‥たきつけをれて、すみいで、土瓶どびんけて、茶盆ちやぼんならべて、それから、扇子あふぎではた/\と昆爐こんろ火口ひぐちあふぎはじめた。 

「あれに澤山たくさんございます、あの、しげりましたところに。」
たきでもちさうながけですーーこんな町中まちなかに、あらうとはおもはれません。閑靜かんせいじつ結構けつこうです。きりいたやうにえますのは。」
烏瓜からすうりでございます。下闇したやみくらがりでありますから、日中につちうから、一ぱいきます。ーーあすこは、いくらでも、ごん/\ごまがございますでな。貴方あなたなんとかおつしやいましたな、スヾメの蝋燭らふそく。」

 これよりして、わたしは、ちやえるふもの、およそへんしるしたすゞめ可愛かはいさをこゝはなしたのである。時々とき/゛\微笑ほゝゑんでは振向ふりむいてく。むすめか、わかつまか、あるひおもひもの か。うつくしいをんなさまに、ひとつはうか/\さそはれて、發奮はずんだことふまでもない。

 さて幾度いくどか、ちやをかへた。 
「これを御縁ごえんに。」
勿論もちろんかさねまして、頃日このころに。ーーでは、失禮しつれい。」
「あゝ、しばらく。‥‥‥これは、貴方あなた、おめしものが。」
‥‥‥心着こゝろづくと、おめしものも氣恥きはづかしい、浴衣ゆかただが、うしろのぬひめが、しかも、したゝかほころびてたのである。

「こゝもとは茅屋あばらやでも、田舎ゐなかみちではありませんぢや。しり端折ばしをり‥‥‥んでもない。‥‥‥あゝ、あんた、一寸ちよつとつくろつておあげまをせ。」
「はい。」
 すぐに美人びじんが、はりは、まつげにこぼれて、えぬが、いとやさしく、皓齒しらはにスツとふくまれた。

「あなた‥‥‥」
「あゝ、これ、あかいとへるものかな。」
「あれーーおほゝゝ。」

 わたしがのつそりと突立つゝたつたすそへ、をんな背筋せすぢまつはつたやうにつて、みぎひだりに、かたくねると、勝手がつてわるく、しろゆびがちら/\みだれる。

恐縮きようしゆくです、なんともうも。」
う三にんふもの附着くつゝいたのでは、だいわし肥體づうたいぢや。おあつさがたまらんわい。衣服きものくをおぎなさつて。‥‥‥ささ、それがはやい。ーー遠慮ゑんりよがあつてはらぬーーが、おひさうな着替きかはなしぢや。‥‥‥これは、ひとつ、亭主ていしゆ素裸すはだか相成あひなりませう。それならばお心安こゝろやすい。」

 きびらをいで、すつぱりとはなした。畚褌もつこふんどし肥大でつぷり裸體はだかで、
「それ、貴方あなた。‥‥‥おぎなすつて。」
 とむくじやらのおほ胡坐あぐらく。
 呆氣あつけられてたちすくむと、
「おゝ、これ、あんた、あんたもものをぎなさい。みな裸體はだかぢや。うすればお客人きやくじん遠慮ゑんりよがなうる。‥‥‥はゝはゝゝ、それがなにより。さ、ぎなさい/\。」

 串戯じやうだんにしてもと、わたし吃驚びつくりして、ことばぬのに、をんなはすぐに幅狭はゞぜまおびいた。ひざ手繰たぐると、そで兩方りやうはう引落ひきおとして、ゆきけるやうに、するりとぐ。‥‥‥はだおほうたよりふつくりとにくいて、背筋せすぢをすんなりと、撫肩なでがたして、しろわきちゝのぞいた。それでも、ぎかけた浴衣ゆかたひざなかはさんだのを、おつ、とふと、あれ、とに、亭主ていしゆがずる/\といてつた。
「はゝゝは。」とわらひながら。 すでにして、朱鷺ときいろぬの一重ひとへである。

 わたしいだ。あせ垂々たら/\ちた。が、はゞかりながらふんどししろい。一りん桔梗きゝやうむらさきかげえて、をんなはうるほへるたまのやうであつた。
 そのいといて、はりをあやつつたのである。

 へると、おびをしめると、わたしむねるやうにして、まへのめりに木戸きどぐち駈出かけだした。挨拶あいさつましたが、咄嗟とつさのそのはやさに、でつぶりものをんなは、きもの引掛ひつかけるもなかつたらう‥‥‥あの裸體はだかのまゝ、井戸ゐどまへを、あをすゝきに、しろれて、ひと姿すがだあやしいてふて、すつとた。
 その光景くわうけいは、地獄ぢごくか、極樂ごくらくか、覺束おぼつかない。 

「あなた‥‥‥すゞめさんに、よろしく。」
 とをんな莞爾につこりしてつた。
 さか駈上かけあがつて、はつと呼吸いきいた。が、しばらく茫然ぼうぜんとしてたゝずんだ。ーー電車でんしやおとはあとさきにきこえながら、方角はうがくわからなかつた。直下ちよくか炎天えんてんさへくらむばかりだつたのである。

 ときにーーしたもりにつゝまれたたになかから、いつセイして、たからかにせうふえくもみねひゞいた。

 ‥‥‥はななかに、稽古けいこ弟子でしかへつたとつた。ーーあの主人しゆじんは、せうくのであるか。‥‥‥ういへば、あまりとへば見馴みなれない風俗ふうだから、をさへうたがふけれども、肥大でつぷりものは、はじめから、裸體はだかつてまで、烏帽子ゑぼしのやうなものをチヨンとあたまにのせてた。 


奇人きじんだ。」
「いや、‥‥‥崖下がけしたのあのたにには、魔窟まくつがあるとふ。‥‥‥‥その種々いろ/\意味いみで。‥‥‥なにしろ十ねんばかりまへには、暴風雨あらしがけくづれがあつて、大分だいぶひとんだところだから。」ーーと或友あるともだちはわたしつた。

 炎暑えんしよ極熱ごくねつのための疲勞つかれには、みめよき女房にようばうおもて赤馬あかうまかほえたとふ、むかし武士さむらひはなしがある。‥‥‥しもえだくやうに、あせーーがまぼろしゑがいたのかもれない。が、何故なぜか、わたしは、‥‥‥じつへば、すゞめ宿やどにともなはれたやぅなおもひがするのである。

 かさねてとおもふ、をかさねて一月ひとつきにたらず、九ぐわつじつのあのおほ地震ぢしんであつた。
すゞめたちは‥‥‥すゞめたちは‥‥‥」

 けて野宿のじゆくしつゝ、ほのほなかほのほの、小鳥ことりかたちを、夜半よなかかけてあんじたが、いへかへると、ころちたまゝそこみづのこして、南天なんてんに、ひゞもらずにのこつた手水てうづばちのふちに、一羽いちは、ちよんとつたつてて、かほて、チイといた。

 のちに、そつと、たにいへのぞきにつた。ちかづくとむねとゞろいた。が、たゞ燒原やけはらであつた。
 わたしゆめかともおもふ。いや、すゞめ宿やどがする。‥‥‥あの大漢おほをとこのまるがほに、口許くちもとのちよぼんとしたのをおもへ。胡粉ごふんいたやうなをんなはだの、どこか、あぎとしたあたりに、くろいあざはなかつたか、うつむいた島田髷しまだかげのやうに ーー

をかしなことは、そのときんでたごん/\ごまは、いつうしたかさだかにはおぼえないのに、秋雨あきさめくさえて、へいつたつてたのである。



              【完】


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