マルメロに目鼻のつく話

泉鏡花


 わたし知己しりあひに、にいさんはある美術びじゆつ學校がくかう教授けうじゆで、弟君おとうとくん陸軍りくゞん中尉ちうゐなのがある。中尉ちうゐがまことに不可思議ふかしぎ事實じゞつだとつて、いつもよくはなしをする。・・・・・

 幾度いくどいてるので、順序じゆんじよ大概たいがいきまつてるから、お取次とりつぎ出來できる。ところけん三・・・・・いぬゐけん三、それにもおよぶまいけれども音讀おんどくではいくらもおなじいのがあるからまをしてく。中尉ちうゐはなしをするのに、なかむすめを、いつでもきつしら百合ゆりたとへる。けれども純白じゆんぱくなのではない、鹿子かのこのあるので、むすめいろしろく、きめこまかに、ふつくりしてあまかをつたとふのである。歌人うたよみ詩人しゞんだと、なんとか斬新ざんしんしなさだめもあらう。妙齢めうれいむすめ百合ゆりはなではあまりついとほりだが、軍人ぐんじん見立みたてだからまあ其處そこらかもれない。

 をり中尉ちうゐふ。ーー

「で、百合ゆりはなは、丁度ちやうど唯今たゞいま申上まをしあげますおはなしおこころに、あるやしきにはにーーべつ花壇くわだんまうけもなしにーーくさなかにすつきりと莖長くきながく一りんおほきくいてたのをました。がうしてもむすめにそつくりながしてらないのです。いし燈籠どうろうがありました。を、まだない絲薄いとすゝきがすら/\つゝんだなかに、すこ俯向うつむいていたのは、おほき結綿ゆひわたつた姿すがたそのまゝです。うヘあかおびをしめさしたら寸分すんぶんちがはないとつていくらゐです。

 立派りつぱやしきで、には背戸せど小兒こども一廻ひとまはりするには草臥くたびれるほどひろうございました。むかし、三千石取ごくどり武士さむらひまつたやしきださうで、ぼくがうまれました町内ちやうない氏神うぢがみやしろおくに、もり生垣いけがきつゝまれてべつに一くわくつてたのですが、のおはなころは、だい××師團しだんばう少將せうしやう住居すまひだつたんです。ぼく軍籍ぐんせききましたころ閣下かくか豫備よびつてられて、今頃いまごろうされたかわかりません。
 なにしろ多年たねんちますから。

 閣下かくかにもをとこがあつて、それあそともだちだつたものですから、時々とき/゛\奥庭おくにはまではひりました。

 うです・・・・・百合ゆりはなは、奥庭おくにはいてたのです。むかつて廻縁まはりえんたかいのがあつて、それに五六だんひろきざはしがついてました。朱塗しゆぬりです。

 小兒こどもあらいから、やしきでは警戒けいかいして、不斷ふだん奥庭おくにはへははひれないのに、とき拍子ひやうしか、ごむまりのやうに發奮はずんだものなんです。

 ぼくうちなぞ、職人しよくにん町家ちやうかには、地方ゐなかでもあまにははありません。瓦鉢かはらばち松葉まつば牡丹ぼたんかけ摺鉢すりばちゑたおに百合ゆりの、あの眞紅まつかなのさへつちからえたのを直接ぢかるのはめづらしいんですから、いし燈籠どうろうすゝきをあしらつたなかに、のすらりとしたしろいのがいたかたちくさ双紙ざうしか、錦繪にしきゑ景色けしきのまゝにるやうで、不思議ふしぎおもつたくらゐでした。

 とききざはしこしけて、白髪しらが總髪そうはつのおぢいさんが一人ひとりました。

 餘程よほど高齢かうれいです。海綿かいめんにしきのしをてたやうな、少々せう/\かくばつた黄色きいろかほがぶく/\してる。なつでもしろ足袋たび穿いてーーときあきでしたがーー〓色このしろいろ薄光うすびかりのある綿わたいたおさすりをて、いつも羽織はおりなしで、一すんすんづゝふやうに摺足すりあしをします。結付ゆひつけ草履ざうりで、門内もんないから神社じんじや境内けいだいやしきまはりを生垣いけがきとすれ/\に、撞木しゆもくづゑ兩手りやうていて一づゝよた/\と歩行あるいてるのをあそび 夥間なかまはよく見掛みかけました。

 うかすると、なりで、前町まへまちまでもるのですが、小兒こどもたちからると、年齢としふより、あま時代じだいちがひとせゐかたちのためか、ちかくにても、づツとはなれたところつた老人らうじんらしくて、歩行あるくのが、みちはううごいて、づゝとつてるやうで、そこか、はかあなからでも、ぽつとあらはれたと樣子やうすです。が、少將せうしやう隱居いんきよふためにがあつてくらゐそなはつたゞけに、くもからりてるやうにおもはれて、なんとなくたふとおもはれるにつけても、小兒こどもたちには可恐こはかつたのです。

ーー老人らうじん本間ほんま隱居ゐんきよ少將せうしやう 閣下かくか父上ちゝうへなんですが、晝間ひるまさびしいときやしろなかや、黄昏たそがれまちで、ふと薄蒼うすあをものをた、眞白ましろ總髪そうはつると、おとく・・・・・天狗てんぐかりかたちあらはしたかとおもふばかりだつたのです。

 いつも苦切にがりきつたしぶかほして、なにるともなしに、薄目うすめにらんでて、ほとんくちいたのをみゝにしたものはありますまい。

 餘程よほど機嫌きげんのいゝときでせう。うかすると、おとがひいて、しやくるやうにして、居合ゐあはせた小兒こどもぶと、可恐こはいけれど、通力つうりき引寄ひきよせられるやうで、戰々おつかな兢々びつくりそばちかづかないわけにはきません。ーーくと、すきれのしたお絹衣かいこの、ハテナあれはしろぢやあないかと、おも綿わたのすくたもとから、しひを五つばかり、つらにつめえたやうなで、だるさうに、うぽたりとゆびひらいて、ちひさなおとしてくれます。

 やしき背戸せどにあるしひ大木たいぼくで、あいつをゆすつたらと、小兒こどもたちは富士ふじやまぼどにおもふ、ひろつてくれるでせうが、こればかりはなんとなくうす氣味きみわるくつてべられなかつたものなんです。

・・・・・ときに、吃驚びつくりしたやうに、百合ゆりはなちました。いろくろいからぼく蟋蟀こほろぎ、一しよるおやしきぼつちやんは、づんぐりしてところがおけらだ。ーー建具たてぐ鐵公てつこうは、すばしつこいところ飛蝗ばつただらう。次手ついでうちあには、ひよろで生白なまじろいから露蟲すいつちよかなどゝおもつてると、正面しやうめんきざはしに、ふはりとこしけて、ゑつけたやうな隱居いんきよが、れい薄目うすめでじろりとると、鼠色ねずみいろくちびるをぶる/\とうごかして頸窪ぼんのくぼ白髪しらがつて、かほよこけてあごでしやくつた。

彼方あつちけ・・・・・」
 と、ふのです。

 一しよつたのが、まごぼつちやんだからつよい。ともだちが駈出かけださないから、ぼくると、しゆ撞木しゆもくづゑで、とん/\と、飛石とびいしたヽきました。

「はゝア ー 」
 とともだちが突如いきなりかゞむと、めうかたち揉手もみてをしながら、
「ねえ/\、ねえーー」
 と後退あとじさりをして、のまゝ連立つれだつて背戸せどはう飛出とびだ拍子ひやうしぼつちやんはぺろりと、したして、
法眼ほふげんめ、ちえツーー」
 とつた。

 咄嗟さそくには、なんことだかわからなかつたのですが、をりからやしき背戸せどおほ竹藪たけやぶごしに、ーーはるかふえぜた囃子はやしおときこえたので、あゝと合點がてんつたんです。

 しづめて、づゝととほところのやうですが、大藪おほやぶのうらが、すぐに樂屋がくやつてる、芝居しばゐがあつて、當時たうじをんな 俳優やくしやの一かゝつてたのです。

 小遣こづかひねだりの立見たちみなにかで、ぼく菊畑きくばたけとかふのから、つゞいて、忠信たゞのぶきつねつゞみつたうつくしいしづか立姿たちすがたなどをつてました。

 以上いじやうが、いつもことについてかた中尉ちうゐ前置まへおきである。
 これからがおはなし。ーー






 却説さて中尉ちうゐけんくんはなしは、順序じゆんじよとして、何時いつふるぼけた黒板くろいたべいうら木戸きどけた木札きふだからはじまるのであるが、これを怪談くわいだんだとすると、さしづめ幽靈いうれい鬼火おにびかたちだとつてもい、めうひねつた、ぎざ/\のあるこぼくをけづゝたおもてへ、 

   (今日けふはべり、
   御方おんかたさまたち、おなぐさみ。)

 と、へんにべた/\とふとせんと、ほそばうしたゝめたのを打釘をれくぎけてある。・・・・・場所ばしよは、神社じんじや廣前ひろまへを、廻廊くわいらうについて折曲をれまがると、一ぱう少將せうしやう本間ほんまかきで、突當つきあたりにみや本殿ほんでんさくへだてた山椿やまつばき銀杏いてふしげつた土塀どべいまへ地主ぢしゆじんほこらがある。其處そこからほそせまい・・・・・何處どこくにでもおなじやうなをつけてぶ・・・・・暗闇くらがりざかりると、きたない、くらい、人家じんかうらから、町中まちなか貫流くわんりうする大川おほかはるのであるが、人通ひとどほりはめつたにない。・・・・・心得こゝろえないものがれば、さかとははずあなのやうながけである。

 がけの一ぱうが、おなじ少將せいしやう 矢張やつぱ外圍そとがこひひの生垣いけがきで、片側かたがは書札かきふだかゝつてるのは、前町まへまちなかの、とある小路こうぢをぐるりと一廻ひとまはりしたところ入口いりぐちもんのある、れたおほ古邸ふるやしきにはから、こゝへ抜裏ぬけうら木戸きどであつた。

 生垣いけがきには木槿むくげいて、はな秋晴あきばれ日中につちうにも、つゆみだれてうつくしい。

 地主ぢしゆじんほこらと、木戸きどと三ぱう向合むきあつた本間ほんまかきの、一うねりしてさかまがらうとするかどに、餘所よそではだれ見掛みかけない、めづらしいおほきなのが一かぶある。榲〓まるめろーーで、つたゝめに、かき其處そこふくらんではちきれるばかり、つち根笹ねざゝ薄暗うすぐらところにこんもりとしげつて、したがらあふみきなかばに、しろしぼり朱鷺ときいろ木槿むくげさかり今頃いまごろは、林檎りんごて、やゝ楕圓だゑんけいの、薄蒼うすあをい、ちひさなうりほどもあるが、えだに、つらなみのつて、陰氣いんきなじと/\としたあたりは、ちかづくと澁甘しぶあまく、そして酸味さんみのあるにほひが、ぷんしたゝるばかりである。

 したに、あをびかりのする、お絹衣かいこで、天狗てんぐ化身けしん・・・・・いや本間ほんま隱居いんきよが、白髪しらがしろく、あか撞木しゆもくづゑ兩手りやうてをのせて、こしゑて、薄目うすめめて、あごのぞくやうに、うら木戸きど掛札かけふだぢつつてた。

しかられやしないかなあ。」
 けん三がさゝやくと、
なんともねえよ。」
 と鐵公てつこう承合うけあつた。

 けん三は、いたづら夥間なかま建具たてぐ鐵公てつこう二人ふたりで、小兒こどもには、ねんに一書入かきいれどきの、榲〓まるめろひろひにて、すばやいてつは、二顆ふたつぶ。ぶらんと鍵裂かぎざきのあるたもと一顆ひとつぶ一顆ひとつぶきずのないのをひろつたが、けん三はちてやぶれたりくづれたりしたなかをごつ/\えらむうちに、隱居いんきよ朦朧もうろうとしてあらはれたので、ほこらはう遠慮ゑんりよして、白髪しらが何處どこへかえなくるのをつたのであつた。

 が、ぢつつてうごかない。

 さかしたから、ぽくぽく/\・・・・・黒土くろつちさかに、はずまない靴音くつおとがすると、のぼつてたのは巡査おまはりさん、ーーかたごと人通ひとどほりまれした薄暗うすぐらさ、盗賊ぬすびと午睡ひるねでもしさうな場所ばしよゆゑ見廻みまはりにたのであらう。

 佩劍はいけん遣放やりツぱなしに、兩腕りやううでこまねいて、薄眠うすねむさうに、ぽくりとのぼつてはなさきへ、あか撞木しゆもくづゑみちつて、ぬいとたので、ぎよつとしたてい仰向あをむいた。鼻下びかひげのあるかほに、海綿かいめんしわけないで、隱居いんきよつゑは、くだん懸札かけふだ眞直まつすぐした、が、ぶる/\とうごく。・・・・・・・・・・ 






 巡査じゆんさ立停たちどまつた。
 せまさかうへを、直角ちよつかくつてぶる/\してつゑである。

 掻潛かいくゞるか、引拂ひつぱらふかしなければ、たちまひげをゴツンで、とほれはしないから。
なんで・・・・・ありますか。」
 巡査じゆんさ一寸ちよつと擧手きよしゆれいほどこした。界隈かいわい受持うけもち警官けいくわんで、小兒こどもたちも見知みしりごしであるから、少將閣下せうしやうかくか父君ちゝぎみであるため、地方ちはうこと敬意けいいへうしたものであらう。

「はあ、なんでありますか、・・・・・はあ、ふだ。」
  とけん垂直すゐちよくに、懸札かけふだつと、隱居ゐんきよつゑ垂直すゐちよくりた。で、ぶる/\と薄黒うすぐろくちびるうごかす。小兒こどもにも、つゑして、懸札かけふだ意味いみ隱居いんきよなじつたとられる。

「はあ、はゝあ・・・・・今日こんにちーー今日けふはか、今日けふはべり・・・・・ふん。」 むしるやうにひげひねつて。

「・・・・・御方おんかたさまたちおなぐさみ、と、・・・・・ふん、はゝあ、はて、・・・・・いや、本職ほんしよく唯今たゞいまはじめて氣付きづいたです。が、なんなる廣告くわうこく何等なんら意味いみでありますかな。ーーはべりーーな。むゝ、男子だんしですが、女子ぢよし言句もんくのやうでもあるですて。へんです、不可解ふかかいですわい、はあゝ・・・・・いや、注意ちういしやします。」

 とまたれいおよところを、つゑふたゝびぶるりとす。

「は、一おうしらべるです。・・・・・たゞちに取檢とりしらべんけりやりません。ーーきますかな、しかし、此處こゝくかな。」
 と一退さがつて、づいと板塀いたべい見廻みまはした、が、すでに木戸きどけると、ぎし/\ときしんでいた。

 爾時そのときかたち可笑をかしかつた。半身はんしんにはんで、洋服やうふくこしけんくつ爪立つまだつてそとた。巡査じゆんさは、ぐつと入身いりみなかうかゞつたものであらう。やがて一またぎしてはひつたのである。
 隱居ゐんきよ心持こゝろもち うなづいた。

 けん三は、ちよろりと地主ぢしゆじんほこらうらからかほしてのぞいたが、もう一いきおくに、銀杏いてふ落葉おちばをがさこそと鐵公てつこうひそんでる。興行こうぎやう ちう芝居しばゐかぶれに、いけずなおもてを、辨慶ぺんけいだか、忠信たゞのぶだか、いろなすつて隈取くまどつてたもの。

「それ、た。」
 みゝはやこと

大人たいじん、はゝ。」
 と巡査じゆんさは、隱居いんきよめんして、あさわらつて、
すみやか相分あひわかりました。仔細しさいありません。これはーー承知しようちでもありませうが、前町まへまちかど旅店りよてんいとなります、宮本みやもとですな、宮本みやもと主人しゆじんがですな。豫々かね/゛\活花いけばなちやなどをたしなみますが、自宅じたく手狭てぜまでありますので、當家たうけおいて、にはめんしました一しつ借受かりうけて、時々じゝ出張しゆつちやうをするのださうであります。ーーかまけて、ちやんとひかへてつてゞす。ーーはあ、で、同好どうかうのものは遠慮ゑんりよなく、きたつてなぐさみ、ともにたのしむやうにと風流ふうりうともまねく、これ口上こうじやうださうであります。」

 そんなことか、それなら巡査おまはりさんよりぼくはうがよくつてる、とけん三は小耳こみゝてながら、おもつた。

 宮本みやもとつて、せいひくい、ひたひ兩際りやうぎは禿込ばげこんだ、演劇しばゐでする落塊おちぶれた浪人らうにんのやうな小父をぢさんだ。

 旅館りよくわんつても、ほんの素人しろうと旅籠はたごで、女中ぢよちう一人ひとりいてあるわけではない。町内ちやうないわかいものゝ、それも大勢おほぜいではないが、四五にんあつまる、發句ほつくてんをしたり、いまつた活花いけばなだのちやだの、ほどきをするーーあになども時々とき/゛\出掛でかける。
 小父をぢさんがこゝへて、ちやとかをつてるのだ。

「は。」
 巡査じゆんさ吃驚びつくりしたやうに、懸札かけふだ文字もじた。  隱居いんきよまたしても唐突だしぬけつゑ突出つきだしたのである。

「はゝあ、ーーはべり、ーーいや、女子ぢよし言句もんくらしいてんいては、ですな・・・・・べつ立入たちいつて訊正きゝたゞしもしなかつたですがーーむすめりますわい、宮本みやもとの、はあ。むすめと一しよにと主人しゆじんうてつたですからして、矢張やはちやるのでせうな。ために、口上こうじやうのうちに女性によしやうふくんでるかにもかんがへられます。はあ、で、大人たいじんには、何等なんら不審ふしんてんーーはゝあ、了解れうかい相成あひなりましたか。・・・・・大人たいじんも、如何いかゞです、徒然とぜんをりからとおなぐさみ。」
 と木戸きどをしめざまひかけて、

「しかし奇抜きばつですな、たれ一寸ちよつとこれはきますまい、御方おんかたさまたち、おなぐさみ、ーー」
 とふだ隱居いんきよ等分とうぶんながら、

御免ごめん。」と會釋ゑしやくで、まへけて、反身そりみ境内けいだいへ、けんさやひかつてく。

・・・・・鐵公てつこう二人ふたりは、言合いひあはせたやうに、ほこらかげからひよいとた。

 ことありさうに、物議ぶつぎおこして、巡査じゆんさ故々わざ/\にははひつてしらべたほどの懸札かけふだである。小兒こどもつてはつていたものめづらしさの好奇すきごゝろくちでははぬがおなおもひで、まてしばしもなにもない。

「や、これだいこれだい。」
 と鐵公てつこうふだまへで、二ばかり躍上をどりあがつた。攀上よぢのぼりさうないきほひで、
けんちやん、めるかい。」
めらい。」

 今日けふうちんだとき、ふとつたは、ふだよこのふしあなで、縱裂たてさけ横破よこやぶれも透間すきまへい矢鱈やたらにあるが、の一ばんちひさいのに、水晶すゐしやうのやうなが一つ。

「あゝ、音羽おとはちやんだ。」
 と即座そくざおもつたーーいま風説うはさ宮本みやもとむすめである。

今日けふはーーうちーーにりだい。・・・・・つぎへんだぜ。」
 と鐵公てつこうねながら、背後うしろ天狗てんぐるのもわすれた。・・・・・縦噛たてかじ榲〓まるめろに、みしとてゝ、下齒したは引掻ひつかいて、ふツとあをかは噴散ふきちらしたとおもふと、
「わツ。」とつて、怪飛けしとんだ。
 隱居いんきよつゑが、出尻でつちりをぴしりと一つ見舞みまつたのである。

いてえ! いたいや。」
 きかない鐵公てつこう遁足にげあしひねざま隱居ゐんきよ齒向はむいた。隈取くまどつた異樣いやう獅囓しかみづら硝子ビイドロ覗機關のぞきくづれたやうに、くしや/\んで、

「ヘツ、からつたんぢやあござんせんや、ひろつたんで、ヘツ、ひろつたんでございますよ、いてえなあ。」

 またゴツン。

いてえツ! ひどいや、ひどいなあ。」

 強情がうじやうやつで、なか/\げぬ。きながらだんだをむのをて、隱居ゐんきよくちびるは一きはくらつて、撞木しゆもくづゑ振被ふりかぶつた。

 振上ふりあげながら、振向ふりむいてけん三のはうをじろりとた。  とげるにも、つゑしたくゞらなければらない。ーーけん三は泣出なきだした。

 ぎきいと木戸きどくと、あか蹴出けだしがちよこりとた。
御免ごめんなさいましよ。」
 とやさしこゑ

 結綿ゆひわた島田しまだおほきなのをゆら/\と、しろ片手かたてかざすやうにつゑめた。が、片袖かたそでつゝむばかりかばつたのはけん三のはうであるから、隱居いんきよつゑさがりしなに、鐵公てつこうあたまかすつた。
「きやツ。」とさけぶと、くる/\とつてげた。

 かゝとつて裙長すそながく、素足すあしには下駄げた穿いた、音羽おとはちやんのめうなまめいた風俗ふうぞく下目しためながらふるへてけん三が、そでなかからそつかほ島田しまだた。

 ときである。四邊あたり森然しん榲〓まるめろ滿ちつゝ、あかおびした姿すがたを、百合ゆりはなのまゝとおもつたのは。

「さ、らつしやい。」
 背中せなかでゝ、すやうにしてくれた。
 駈出かけだところを、背後うしろから、
「お兄樣にいさんに、よろしく・・・・・ね。」

 たゞ榲〓まるめろした垣根かきねについて、一ぱう奥殿おくでん玉垣たまがきとき、ーーおみや神主かんぬしたか廻廊くわいらうきたはしところに、欄干らんかんづれに伸上のびあがつて、くらがりざか差覗さしのぞいてるのにがついた。

 うれしや・・・・・氏神うぢがみのおもりやくは、小兒こども泣聲なきごゑ憂慮おもんばかつて、ーー






 ーーお兄樣にいさんによろしく・・・・・ねーー
乾吉けんきちふんです。」
 と中尉ちうゐは、いつも此處こゝ一寸ちよつとあらためてふのであるが。ーー

 あにに、ことづけをいたのもはじめてゞであるし、またどれほどな知己しりあひだかわからなかつた。たゞあに音羽おとはちやんについてけん三のつてるのは、ーーおなとし梅雨つゆ時分じぶんであつた。陰鬱いんうつな、しかしあめ晴間はれまを、黄昏たそがれに、夫婦ふうふづれらしいやつれたたびのものが二人ふたり辿たどつてたのが、けん三のうちの、仕事しごと格子かうしつて、宮本みやもと、とまを旅店りよてんは、とつて、そろつて菅笠すげがさげていたことがある。

 職人しよくにんたちは、仕事しごとましてかへつたあとで、をりから居合ゐあはせたあに丁寧ていねいをしへたことふまでもない。

 ばんあかりしたで、晩食ばんしよくのあとを、孔明こうめいうの關羽くわんううのと、ちゝと三國誌ごくしなにはなしをしてると、あめつゞきのあとの薄寒うすさむよるで、しとみおろした、そとへ、横町よこちやう山寄やまよつじはうから、コト/\と、ひく跫音あしおとのきつたひにちかづいて、けん三のみせまへたとおもふと、はたとんでそれなりえたやうに寂寞ひつそりする。

 かほげたあにが、なんおもつたかフイと諸脛もはぎつて、トン/\と二かいあがつた。
 めううすさみしいがして、すみ見廻みまはされたくらゐである。

ーーあとで、けん三が二かいあがると、あにつくゑ頬杖ほゝづゑをついてたが、

けん三、いま戸外おもてつたのをてゝせようか。」
「うむ。」
宮本みやもと音羽おとはさんだよ。ーー用事ようじは、祖母おばあさんに、おこめりにたんだ、きつとだぜ・・・・・わかをとこちやあきまりわるくつてはひれないんだ、可哀かはいさうにな。」
 とつてほろりとした。
 とほりであつた。

 うーつは、ついちかころ、おたがひ貧乏びんばふぐらしでも、宮本みやもと風流人ふうりうじんだから、二十六月待つきまちをする。

「まだ陽氣やうきはやいんでございますが、すゝきのありますところを、御存ごぞんじではないでせうか、一寸ちよつと御伺おうかゞひに。」
 とみせ音羽おとはちやんが使つかた。

 うつくしいので、職人しよくにんたちは、
「よう。」
 る。・・・・・
 
立野たてのはらだとあります。・・・・・とほいから、ぼくつてげませう。」
 とあにつた。

「いゝえ、それは、あの、わたくしがまゐりますけれど、ちゝからまをしましたとほり、おいでをおまをしますわ。」
「よう。」
 とまた職人しよくにんそろつてる。・・・・・

 音羽おとはのやうにかほめて、カタ/\と駈出かけだしたが、ばんあに月待つきまちまねかれてつて、けん三の時分じぶん、まだかへらなかつた。

 明方あけがたいきほひよく、けん三を搖起ゆりおこして、
「おい、つきはなしをしてるよ。きろよ、きろよ。」
 とゆすつて、いたり、小突こづいたり、みゝつまんだり。

寢坊ねばうめ。」とあは/\わらつた。
 きるもんか、そんな時分じぶん

 あくるーー宮本みやもとおもてかいから正面しやうめんだとふ、春日かすがやま臥龍ぐわりうざんみねわかるゝところへ、きらりと鍬形くはがたごとかゞやいてのぼるとつたふる。ーーの二十六月待つきまち景色けしきかうとすると、わすれたやうに、ぼんやりしてた。

ーーそれだけであつた。






 「けんちやん。」
 此處こゝ榲〓まるめろのあるところとは反對あちこちかはの、すぐに前町まへまち片側かたがはの、つゞいたのき背戸々々せど/\える。氏神うぢがみみやえん片隅かたすみに、ちひさな胡坐あぐらかいた鐵公てつこうが、こゑひそめて、ものありげに。

けんちやん、おまへなんだなあ、此間このあひだあれだなあ、本間ほんまさんのぼつちやんのにはあそびにつて、大藪おほやぶなかなんだかたつてつてたぜ。ーー眞個まつたくか。」
藪玉やぶだまよ・・・・・おほき蜘蛛くもか。」
 とうつかりして、もなくつた。

馬鹿ばかつてら。」
 と鐵公てつこうひくはな仰向あをむけて、日向ひなたつてうそぶいて、
藪玉やぶだま蜘蛛くもなんります。そんなものをきますか。へツ、そら、眞紅まつかなんだか綺麗きれいなものがあつたとか、たとかツてつたぢやあねえかよ。」

「あゝ、それはね、やぶなかぢやあないよ。」
「では何處どこだい。」

「うむ、やぶなかやぶなかだけれども、づゝとおくはひつたがけのね、ふかみぞのちよろ/\みづながれてるところたんだ。ーー綺麗きれいなものだつた。眞紅まつかでね、うへにきら/\と金色きんいろかゝつてひかつてるんだ。一寸ちよつとたゞけだよ。ぼくたちはね、妖怪ばけもの退治たいぢ眞似まねをしにはひつたんだから、やあ、ござんなれツて、つて、ぼつちやんが假聲こわいろ使つかつて、つてた半弓はんきうをはなした。あたつてね、すぐにかくれたけれど、追掛おひかけてると恐怖こはいからつて遁出にげだしたんだよ。あゝ。」

きみ!・・・・・」
 と鐵公てつこう猪首ゐくびをすくめて、一そう低聲こゞゑで、
なんだとおもふ。」
「なにを。」
「その、あか煌々きら/\して綺麗きれいなものをよ。」
本間ほんまさんのうちの、ぬしですよ。」

 いまつたが、蜻蛉とんぼつりにも面影おもかげつ、境内けいだい百日紅さるすべりいろより、生垣いけがきへだてたそば背戸せど咲殘さきのこる。夾竹桃けふちくたうはなにしてなほかつたのをおもひながらけん三につた。

「五百年經ねんたつた赤蛙あかがへるだつてふけれど、ちがふ・・・・・僕内ぼくんちのはばけ緋鯉ひごひだつてぼつちやんがつてた。」
「へ、うそだい。」

「ぢやあ、ぼつちやんにでもだれにでもいてるさ。・・・・・ぬしはるんだよ。何處どこうちにも、かにだの、かめだの、ねずみだの、蜘蛛くもだの。」

「そりや、そりやるさ、ぬしはますさ。僕内ぼくんちのなんざへびだけれどもよ。・・・・・おまへたのはうぢやあねえや。」
「だつて、ぼつちやん・・・・・」

「そのな・・・・・ぼつちやんだつてらねえんだ、らねえで、ぬしだとおもつてるんだけれど、ちがふ。・・・・・おい、つてかせようか、だれにもふなよ。」
 と鳶肩とびかたをして、また低聲こゞゑで、

「それはな。おびか、そでか、腰卷こしまきか、なんでもをんなものなんだ。」
 と横撫よこなでのあるそで引張ひつぱり、ひざ小僧こぞう小刻こきざみたゝいて饒舌しやべる。

 けん三はまへに、ぱつにじかゝつたやうにみはつた。

ーーおもへば、大藪おほやぶをもれて、一幅ひとはゞくさがくれにみづうつつて、にじいろにもたのであつた。






「へつ、其處そこで、をんなだれだとおもひます。」
 鐵公てつこうは、てのひらかゝへたあご突出つきだしてつた。

俳優やくしやですぜ、わかをんな 俳優やくしやですぜ、ーーおまへ、あの、水溜みづたまり小屋こや義經よしつね芝居しばゐで、うつくしいしづか 御前ごぜんたらう、たかい。」
 それはた。

「あのをんなころされたんです。」
 なにふやら、あまりことけん三はたゞだまつてくと、

芝居しばゐはうぢやあ、何處どこかへな、して行方ゆくへれないつてことつてるんです。そら、いりあまりなかつたらう。そんなときはよくげるのがあるつてよ。ーー一人ひとりなんとかつて俳優やくしや二人ふたりげたんだつて、はううでもかまはないけれど、あのしづか 御前ごぜんをしたのがなくつちやあ、おまへなほこといりがないぜ。だから病氣びやうきやすんでるつて誤魔化ごまかしてたけれど、それでも、たうとうやすんでしまつた。だもんだから一はな、とやつてものにつてうすることも出來できないでるんだとよ。それでもあれだ、靜御前しづかごぜんげたんだとおもつてるんだ。ーーぼくとこ芝居しばゐのすぐまへだらう、樂屋がくやにもつたものがあつて、よくつてるんだ。それが、おまへ眞個ほんたうは、ところで、おまへころされたんです。たれころしたとおもひます。へつ、わかりますまい。」

 うそだとはおもつても、小耳こみゝてずにはられなかつた。

本間ほんま隱居いんきよよ。」
 とスカリとつて、きよろ/\と四邊あたり見廻みまはす。立派りつぱもんむかうにえる。

天狗てんぐだつてふがうぢやあねえ、天狗てんぐはおまへひとつかんでつたつて、またから引裂ひつさいてうへにぶらげたつて、わるいことをしたものにばつてるんだけれど、ぢゞいのはうぢやあねえ。綺麗きれいむすめばかりねらつてな、人身ひとみ御供ごくうるんだい、彼奴あいつあ、狒々ひゝだぜ。」
 とひたひしわきざみながら、 

「それでもつて、おまへ、あの、うつく俳優やくしやをよ、裸體はだかにしてつたんだ。ものを大藪おほやぶみぞ突込つゝこんでかくしたんだぜ、さうら、うだ。ーーそれからな、食餘くひあました死體したいをよ、其奴そいつをさうら、・・・・・」

 とかほる。饒舌しやべるのを發機はずみに、榲〓まるめろ、とおもつたとほり、

榲〓まるめろ根方ねかたつて、突込つゝこんでめたんです。・・・・・だから。一人ひとりでも、たれか、ひとが、あそこのそばくのを可厭いやがつてそれでもつてからに、廣告くわうこくふだ心配しんぱいしたり、つゑつたりひどことをしやがるんだ。・・・・・畜生ちくしやういたいぜ、狒々ひゝめ。」
 と獅噛しかみぬんをベソにして、

ぼくいたことなんかねえんだけれども、いたかつたぜ、畜生ちくしやう! 矢張やつぱり、くひやがるまへに、しづか 御前ごぜんねえさんを、あのつゑつて半殺はんごろしにしやがつたにちげえねえんだ。」

 馬鹿ばかことをと、おもひながらけん三は身震みぶるひした。

「それで、なくつてよ、・・・・・たれだまつてはれるものか。きつつたぜ、はだかにしてなんだい、白壁しらかべにちよろ/\つてをんな 俳優やくしやをよ。」

 一も二もなにもない。撞木しゆもくづゑくらはされた遺恨ゐこんに、不斷ふだんから亂暴らんばうものゝくせに、ーーへびうちのぬしだと公言こうげんするほど執念しふねんふか對手あひてであるから、こともあらうに隱居いんきよ殺人犯ひとごろしにして放題はうだい相違さうゐないとは、小兒こどもごゝろにも合點がてんがいつた。

 がてよ、ーーうそふにもほどがある、とあまりにのあくどいのに悚毛おぞけてたが、いまの (白壁しらかべにちよろ/\) でよくわかつた。ーー鐵公てつこうばかりの作意さくいではない。かね聞囓きゝかじつたいろ/\の談話だんわ綯交なひまぜにしたのである。

ーー社務しやむしよに、見習みならひ神官かんぬしで、渾名あだなを (女郎ぢよらう) とつた、しよな/\したわかをとこた。めんむかつては、まさか女郎ぢよらうともへないから、上臈じやうらふさんとふと、はーいと嬌態しなをする。・・・・・社務しやむしよに、見習みならひ神官かんぬしで、渾名あだなを (女郎ぢよらう) とつた、しよな/\したわかをとこた。めんむかつては、まさか女郎ぢよらうともへないから、上臈じやうらふさんとふと、はーいと嬌態しなをする。・・・・・ごろ京阪地かみがたで、新派しんぱ俳優やくしやつた、とく。・・・・・

 神官かんぬし女郎ぢよらうが、實際じつさいはなしずきで、よく廊下らうか前町まへまち小兒こどもたちをあつめては身振みぶり假聲こわいろまじりでさま/゛\のものがたりをしたものである。だいは、俊徳しゆんとく まる、三しやう 大夫だいふ。そんなものよりしや修行しゆぎやう武勇ぶゆうだんだい得意とくいで、一條ひとくさりなかには大抵たいていうつくしいむすめ山賊さんぞくにとらはれるか、人身ひとみ御供ごくうあが場面ばめんがあるーーむすめが、あるひ迫害はくがいあるひは、凌辱りようじよくかうむらうとして、あはやとふのが白壁しらかべにちよろ/\。 で、えると意味いみではない、きぬけて、手足しゆそく亂點らんてんはだ縮緬ぢりめんみだれてから形容けいようである。トタンに會心くわいしん英雄えいゆうあらはれる。ーー

 鐵公てつこうのは、横啣よこぐはへとははずともれよう。

「ぢやあ、それぢやあ、其處そこたれつよひとつてたすけるんぢやあないか。」
 鐵公てつこうはまくりに、おど眞似まねして、 「馬鹿ばか、そりやむかしはなしだい、眞個ほんたうことうまくゆくものか、馬鹿ばかつてら。」

「では、何故なぜ警察けいさつだまつてますか。」
「あれ! わかつてらい、らねえからさ。でも、こんなことはうつかり饒舌しやべれねえよ。少將せうしやう 閣下かくか隱居いんきよことだからな。」

うすりや、ころされたひと可哀かはいさうだなあ。」

「だからよ、それだから、内證ないしようでおまへかしてるんだ。ーーおまへとこでもうだし、おまへだつて、あの、宮本みやもと小父をぢさんをつてるぢやあないか、あの、小父をぢさんは、おまへなんだとおもふ。・・・・・えゝ、警察けいさつつとめてるんぢやあないけれど、探偵たんていだぜ、探偵たんてい下働したばたらきだぜ。ーーだからな、そつつてよ、うにかしてよ、しづか 御前ごぜん敵討かたきうちをしてらうぢやあねえか。」

可厭いやだい。」とけん三は立處たちどころあたまつた。

「いツつけぐちをするやつは、ころしたものよりはわるいや。そ、それだし、そんなことつたつて證據しようこなにもないぢやあないか。」
證據しようこばはり、へん、よしてくれ。」
 と〓喙然きやくぜんとして、鐵公てつこうあやし假聲こわいろで、打棄うつちやるやうにつた。

「あの、ぢゞいが二も三芝居しばゐはひつてことぼくだつてつてるぜ。ーーたもとしひかじつてな、・・・・・樂屋がくやうらは、風呂ふろも一しよに、おまへがけ一つで、すぐに本間ほんま大藪おほやぶぢやあねえか、さびし日暮ひぐれがたよ。・・・・・故郷こきやうでもこひしかつたらう、長旅ながたびをんな 俳優やくしやだから、つゞみつたまゝで、ふらりとところを、むかうのやぶに、あのぢゞいがあのかたちで、うすぼんやりと、神樣かみさまだか、だか知らねえつてて、ぬうと撞木しゆもくづえしてまねいたとよ。・・・・・爾時そのときな、ぢゞいがな、片方かたつぽに、おなづゞみだとか、袱紗ふくさつゝんだものとかつてたつて、たものがあるんだ、僕内ぼくんち職人しよくにんうちによ。

 たものがあつて、ふけれど、あの、しひぢゞいめ、ぼく榲〓まるめろだらうとおもふぜ。其奴そいつ狒々ひゝ通力つうりきで、しづか 御前ごぜんに、玉子たまごほどの寶珠ほうしゆたま眞珠しんじゆかなんかにえたかもれねえ。ぼうつてさそはれてつたところを、それ、おほ竹藪たけやぶ引込ひきこんでな、白壁しらかべのちよろ/\だぜ。」

 あきくれだの、故郷こきやうだの、長旅ながたびをんなだの、つゞみつたの、鷄卵たまごほどの寶珠ほうしゆだの、眞珠しんじゆだの、ぶら/\とさそはれたのと、いづれもお女郎ぢよらう神官かんぬしはなしなか織交おりまぜてあつたのを、絲口いとぐちもつけずに引出ひきだしたものらしい。建具たてぐ職人しよくにんなかたものがあるとふ。それにしても、中僧ちうぞう小僧こぞうぐらゐなところは、いづれも町内ちやうないわかいなかまで、お女郎ぢよらうはなしのきゝなかまじつてたから。

 しかし、なんにしてもむごたらしくていてられぬ。よけてげるやうにきざはしつと、秋空あきぞらさつと一ぢんかりわたつたーーあゝ、あのなかに、行方ゆくへれないしづかまじつてびはしないか。

 砧打きぬたうつとひゞいたのは、榲〓まるめろおとかもれない。






 はわすれたが、うら木戸きどにはれい懸札かけふだたから、世間せけんなみうしたもよほしを、つきさいーーこれのち心着こゝろづいたことではあるがーーそれだとつぎしう中頃なかごろであらう。・・・・・暮方くれがた、そのときは、けんたゞ一人ひとりであつた。

 如何いかさびし場所ばしよでも、あなくらがりざかの、そこらず、降口おりぐちところまでは行馴ゆきなれた境内けいだい地續ぢつゞきだし、土地とち守護しゆごかみはおはす。うちとき、ちやんとおび結目むすびめたゝいてもらつてある。・・・・・鐵公てつこうつた、榲〓まるめろに、亡骸なきがらめたなどは、何處どこいても不氣味ぶきみことおなじだけれども、てんからうそだとおもふから可恐おそろしくはない。

 いまがごろごろの・・・・・あゝ、はしる・・・・・榲〓まるめろらないで我慢がまん出來できるか。ーーひるからも二三うかゞつたが蝸牛かたつむりだつてつとはや歩行あるく・・・・・何時いつおなじやうな垣根かきねに、白髪しらがつゑすがつてつてた。・・・・・過般このあひだにこりてそばへもかれないので、廻廊くわいらうからのぞいては引込ひつこみ、引込ひつこみ、うして時間じかんうつしたのである。

 あたかない。生垣いけがききりさわやかれて、木槿むくげはなさへ、ほつとしたやうにつゆひ、つゆらす、つゆりつゝかぜもなかつた。

 榲〓まるめろは、いまみきまでもぷんかをる。つよかをりつゝまれたやうに、したつと、さながらけん三は、木精こだまあたふるものゝごとく、こずゑからトーンと手鞠てまりのやうな一顆ひとつちかゝるはずみにくうゑがいてトーンとひゞいて、それ地主ぢしゆじんほこら屋根やねちた。が、ころん/\と二つばかりむねを、すべつて、ぽたりと其處そこへ、う一いきつちころがりさうな、かはら出端でつばなで一まつた。

 銀杏いてふ落葉おちば散敷ちりしいたうへに、なるぼんつて、水々みづ/\としたいろ浮上うきあがらせたかたちは、落碎おちくだけたものゝたぐひでない。

 其處そこ小兒こどもで、眞下ましたつて、ひろげて仰向あをむいてつた。

 また不思議ふしぎに、ことんとうごいて、スツとちたが、けるちひさくて、取外とりはづすと、すべつてれてしたちた。

 じゆくしたおほき果實このみは、とき一處ひとゝころ小指こゆびしたやうなきずがついた。・・・・・それうれしさうに、兩手りやうてひろつてつたが、莞爾にこ/\しながら板塀いたべい節穴ふしあなつて、また莞爾につこりした。

 音羽おとはが一つ、其處そこのぞいてところである。榲〓まるめろのいまのちひさなくぼみが、きざんだやうである。

 が、なにおもはず、てると、おなかたちに、其處そこまたえて、行儀ぎやうぎよく二つならんだ。

 あんぐりとまたつた。が、今度こんどは、したむまで吃驚びつくりした・・・・・其處そこくちおなじにえたのである。

 地主ぢしゆじん銀杏いてふのはづれを、ふる土塀どべい大椿おほつばきうへから、葉越はごし半輪はんりん薄月うすづきが、スツとうつすと、蒼白あをじろ中高なかだかかほが一めんけん三のてのひらつた。

 あのとき神主かんぬし姿すがたえぬと、きやつとさけんだまゝ、投飛なげとばしてげたであらう。

 廻廊くわいらうはしへ、玉垣たまがきうへ乘出のりだすばかり、烏帽子ゑぼしたかてゝ此方こなた差覗さしのぞいてたのが、ときしやくばして、う、そのけん三をさしまねく。・・・・・過般いつかおな神官かんぬしで、これ當社たうしや宮司ぐうじである、が、夕拜せきはいのまゝの服裝なりだとえて、紋紗もんしや裝束しやうぞくをつけたのに、つきみて、木槿むくげがきはなかげが、淡紅ときも、しろも、ともにしぼりつてほんのりとうつる。・・・・・

 ほゝせて、澁色しぶいろした、おもて痘痕あばたはあるが、打上うちあがつた姿すがたなのが、しづかしやくつて、裝束しやうぞくそでとともに卷込まきこむがごとくぢつとまねく。けん三は引寄ひきよせらるゝごとくちよろ/\とつてく。

 く・・・・・のうちに、くもんでしづからだに、裝束しやうぞくこしは、次第しだいさがりにひくつて、欄干らんかんそでをふはりと折掛をりかける。
 ところへ、あまおちのみぞえて、いしだゝみへあがると、旗竿はたざをまへからかほした。

これへ・・・・・」
 と、しやがれたこゑしてとき宮司ぐうじしやくをさめて、して、
にあるものを。・・・・・榲〓まるめろか。ーー」

 ものをもはず、をのみながら差出さしだすのを、ぢつとり、ころんと持直もちなほして、兩手りやうてゑて、なゝめ向直むきなほつて歌膝うたひざてたときは、榲〓まるめろかほが一そうはつきりと蒼白あをじろく、ぽつと、やゝ仰向あをむけにいた。

翌日あすませ、童子わらんべ褒美はうびらせまする。」

 聞棄きゝずてに、いしだたみをすた/\と小走こばしりした。が、かど欄干らんかんしたに、一寸ちよつとがくれて、少時しばらくして、なにか、不思議ふしぎさに、そつのぞくと、一隈ひとくま薄暗うすぐらつた廊下らうかのはづれに、むかうむきの宮司ぐうじなる榲〓まるめろは、面影おもかげつて、黒髪くろかみながく、かげのやうなしろむねも、はらも、柔軟やんはりとひざうへに、をんないたやうにえた。

 あゝ、けん三ののあとの、くちを、うつむけにつて、宮司ぐうじは、ぴた/\ぴた/\とつた。






 氏神うぢがみみや神官かんぬし、ーーけて、かむり束帶そくたいした姿すがたは、不斷ふだんから普通たゞ人間にんげんではない。法衣ころもむらさき袈裟けさばうさんより、もつとたふといものゝやうに小兒こどもにはおもはれる。神主かんぬしが、
褒美はうびらせまする。」ーー
 だい一それ、くちのきゝかたからしてぼんでない。

 時間じかん約束やくそくはなかつたけれど、なんとなく、自然しぜん規則おきてがあるやうで、昨日きのふほゞおな時分じぶんやしろくと、祭日さいじつ、三ふのではないから、いし御手洗みたらし噴上ふきあげみづおとえて、境内けいだい寂寞せきばくとして、時々とき/゛\るばかり、拜殿はいでんにはひとかげもない。

 こゝで、いさゝ覺束おぼつかなかつたが、うかとおもひながら、よこれると、やま鹿しか一頭ひとつたゝずんだかたちに、廊下らうかはし神主かんぬしつてた。

 待兼まちかねたやうに、またしやくまねいて、近々ちか/゛\せて、幾干いくららん、かねをくれたが、けん三はだんじてらなかつた。

 ひてもよこつむりでゝ、
「よいぞ。・・・・・べつ褒美はうびらせます。・・・・・また、榲〓まるめろをな。」

 けん三は合點々々がつてん/\しながら、
おつこちてるのでもいの?」
くるしうない、くるしうない。ぢやが、泥土どろつちよごらばな、御手洗みたらしあらうてくれませい。」

 うまいこといた。これからは此方こつちうせう。

 が、またをりよく、五ツ六ツ落重おちかさなつてたので、なかから清潔きれいらしいのをひろつて、矢張やつぱり、節穴ふしあな音羽おとはがありさうながして、莞爾にこ/\わらひながら、をんなのするまりくやうにしていそいで欄干らんかんつてくと、さゝげる榲〓まるめろを、う、そでぐるみしやくをあげてかざすやうにしてめてたが、

昨日きのふのやうに、童子わらんべくちをつけてよこしませ。」
 と、のり調子てうしつた。

 三處みところのあとをつけたのを、るとわれながらかほる。 れいごと掻込かいこんで、抱取だきとつて、
ねや、童子わらんべ明日あすませ、よいぢや。」
 と、とんとなゝめ歌膝うたひざつた。  ちよろりとかくれて、そつると、いや、またびた/\とめる、ふ・・・・・  今度こんど氣味きみなより、可笑をかしいのであつた。


にいさんーー」
 おなじことが四五たびあつてから、榲〓まるめろ一顆ひとつつてかへつて、あにせて、はなしをした。・・・・・同斷おんなじ齒形はがたをつけたのを、たもとからゴツンとおとすと、たゝみうへへ、一つはずんで、仰向あをむけに丁度ちやうどかほた。が、でつけたあとがびて、一さうくろく、くちびる澁色しぶいろして、燈火ともしびあからんでえたのである。
 あにつくゑもたれて、かたむいて、だまつてぢつた。

けん三、串戲じやうだんに、此奴こいつつてつて、えのき法印はふいんいてないか。」
 とつて、見料けんれうわたした。

 おもしろい!
 えのき法印ほふいんは、としはまだ/\三十にはるまい。よこぶとりのづんぐりしたのが、かみながく、元結もとゆひむすんで切下きりさげにしたをとこで、あきなかばをぎたとふのに、まだ浴衣ゆかたる。薄汚うすぎたなえりのかゝつた襦袢じゆばんかさねて、まち表通おもてどほりを、下町したまちところ榎坂えのきざかふのがあつてさかうへ大榎おほえのきが一かぶある。したに、すがつて、四本柱ほんばしらいた屋根やねいた、蟲籠むしかごごと切子きりこ燈籠どうろう小屋こやる。手品てじなつかひで、卜者うらなひしやで、でろれんをかたたび藝人げいにんである。

 田舎ゐなかまはりの寄席よせおちこぼれだともふし、もとは俳優やくしやだともふ。かつ劇場しばゐごや興行こうぎやうして、一人氣にんきのあつたぜん世界せかい周遊しういう奇術師きじゆつし放流はうりうさいテレメンの弟子でしで一脱走だつそうしてのこつたのだともふ。夏場なつば露店よみせたのが、とやにいて巣立すだちもらず、ねぐらるが、夜番よばん名儀めいぎ町内ちやうないでも大目おほめく。

 たけ欄干てすりに、蜜柑みかんばこだいかざり、ふる新聞しんぶんいたうへへ、ひとつ紙裂くわんぜよりにてはふひとつ茶碗ちやわんさかさにしてみづのこぼれぬはふひとつ鼻息はないきにて蝋燭らふそくしたりともしたりするでんなどゝ繪入ゑいりいた比羅びらがみひろげたうへへ、どんぶりみづたゝへて、一まいかしたたけうへへ、まつすぐはなけたのを看板かんばん眞中まんなかふさのついた法螺ほらかひわきゑて、一ぱう筮竹ぜいちく算木さんぎがある。

ーーえのき法印ほふいん
 それにうらなはせうとふのである。
・・・・・おもしろい・・・・・

 けん三が榲〓まるめろつて、一はしりにつたときは、角店かどみせあかりをたよりにえのき月影つきかげかんてらの、ともさず、身體からだ一つやつはひ蜜柑みかんばこ背後うしろに、よごれた後幕うしろまくつたところへ、仰向あをむけにつて、いたづらにながくしたかみをひらきながら、ふかしいもかじつてた。

「うらなひをください。」
「おいでやす。」
 とかる返事へんじも、たれあやしまない馴染なじみ法印ほふいん

「ひや。」
 と滑稽とぼけたかほをして、
なにまんね。」
の・・・・・うへだつて。」
 と、ふくりとく。

「ほう。榲〓まるめろやな。」
 と等分とうぶんけん三のかほた。

「こりや、これ、金時きんとき女郎ぢよらうを一しよくちよせにせるでんや。だれのてんがうやらんが、天眼てんがんつうをもつててこまそか。うらなひよりは人相にんさうやて。」

 と太枠ふとわくむし目金めがねると、片手かたていそがしくおいもひさしをたもとれて、ーー榲〓まるめろうへ鹿爪しかつめらしくつきあかりでてらした。
 あゝ朦朧もうろうとして、かほ蒼白あをじろい。

 法印ほふいんは二三かたげてめてたが、蜜柑みかんばこ乘掛のりかゝつてかほせて、ふん/\ふん/\とをかぎつゝ、其處そこひとらぬさまに、むし目金めがねをバタリとおとすと、ひたともたれて、片膝かたひざをぐいとて、膝頭ひざがしらかたおとして、ぐたりとつて、まへのめりにのめりざまに、榲〓まるめろをペろ/\とめたのである。

なにをしてるの。」
 呆氣あつけられたけん三のを、かるたゝいたのを、振向ふりむくと音羽おとはちやん。

 さかつじつてるから、宮本みやもと角家かどいへかすと、えるくらゐなところちかい。

 かひものにでもたらしい、えりのかゝつたものに、いろ模樣もやうのある前垂まへだれがけで、姿すがたはううれしかつた。

 と、ひすてにさかりてかうとすると、法印ほふいんがべとりしたかほげて、
「あゝ、うまい、音羽おとははん。」
「・・・・・・・・・・ 」
「あんたをべてまんね。」
 とつた。

可厭いや!」
 とたゝきつけるやうにつて、かたまでくねらし、カタ/\さかす。こま下駄げたおとえに、さつつるきりのやうに薄赤うすあかえのきびながら、くさめないで、けん三は、とぼんとしたが。
ーーしてると、神官かんぬし音羽おとはさんをたべるのかもれないーー

けんちやん。」
 とするどいばかり、とほつたこゑ音羽おとはさんがぶから、さか中途ちうとんでくと、した小流こながれける、石垣いしがききはに、みづおとさそふかして、そでふるはしてちつけて、ソとつて、

「お兄樣あにさんに、なんにもはないで頂戴ちやうだいよ。」

 えのき法印ほふいんが、あはれとも、さびしいとも、嫌味いやみとも、たとへやうのないふしで、
「ーー今日けふはべり、
   御方おんかたさまたち、おなぐさみーー」

「くやしい。」
 ころして、沁入しみいるばかり、そでなみだの、かふにはら/\とかゝるのを、引入ひきいれられて泣出なきだしさうに、なみだれたゆびむと、何故なぜ榲〓まるめろにほひがした。

 が、ふなとふなら、あににはなにふまい。しかしながら、うたきこえる、しやくひげ、そゝるやうに、

「ーー今日けふはべり、
        御方おんかたさまたち、おなぐさみーー」






けんちやん、わたし榲〓まるめろせておくんなさいましな。」
 のちゆふべーーれたときけん三は音羽おとはかれて、不思議ふしぎところ歩行あるいた。

 夢路ゆめぢ辿たどるのでもなければ、くもむのでもない。が、町内ちやうないふか路地ろぢ突當つきあたりの、まだはひつたことのないやしきなかを、廣庭ひろにはけてとほるのである。
ーーちや出張でばりにりたとふ、黒塀くろべい木戸きどいへであることはすでにれよう。ーー

 音羽おとはふには、幾度いくたび榲〓まるめろしたつてたが、かほのあるとては自分じぶんでは一顆ひとつ見當みあたらない。で、けん三のからせてしいのだとふ。・・・・・いが、けん三を呼出よびだして、要求えうきうをするのに不思議ふしぎなことをいた。

けんちやん、もしか、そんな榲〓まるめろ神官かんぬしさんにせやしないの?・・・・・」

 けん三はピクリとした。仔細しさいらぬが、にかく、えのき法印ほふいんまへにころがしたときは、丁度ちやうど音羽おとは其處そこ通掛とほりかゝつたのであるから、なにか、かゝことがあらうもはかられぬ。けれども、神官かんぬしの、あの樣子やうすを、つてよう道理だうりがない。うして、とくと、

いゝえね、なんでもないんですが、あれから此方こつち毎晩まいばんのやうに、わたし法印ほふいんゆめるのよ。おなじやうにおみやかんぬしさんも、ーーそしてわたしをね、ひどいめにはせるの。」

 けん三は、らない、とつたが、きたくつた。ほども音羽おとはにかゝつたこととはおもはない。・・・・・褒美はうびだつて、いろ鉛筆えんぴつとノオトが一さつ

 でも、しを/\として、そでについてしたがつて、れたには通抜とほりぬけた。
 ト音羽おとはへいうちへひたとついて、そつ節穴ふしあなからそとのぞいた。
「あの、だ。」
 とおもふうち、しづかにギーツと木戸きどけた。

 まちさかも、裏返うらがへしに轉覆ひつくりかへしてるやうながして、ものめづらしさの小兒こどもごゝろに、しよげたなかから、さかうへづる。

そつとよう。」
 と音羽おとは低聲こごゑせいしたので、わるしづまつた、がて、おなじならば、贔屓ひいきぶんに、ねえさんには、ちてでなしに、いつかのやうに地主ぢしゆじん屋根やね一顆ひとつ、とぢつた。・・・・・が、つきときよりおほきくまるいばかりで、落葉おちばのほかにはかげばかり、なにもない。

 振返ふりかへると、音羽おとは引添ひきそつてるから、ふしあなのかはりにうらいてすゝきのぞいた。

つかれよ、いゝ榲〓まるめろ。」
 しやがんでさがすと、けん三のよりさきに、熊笹くまざさが、ざわ/\とうごく。・・・・・うごくのが、がさ/\とはげしくひゞいた。
 かきうちひと氣勢けはひ
 眞先まつさきおもふのは、白髪しらが總髪そうはつ。ヒヤリと退しさると、音羽おとは浮腰うきごしにひつたりと木戸きどについた。

音羽おとは。」
「・・・・・・・・・・ 」
音羽おとは。」
「あれ、父上おとつさん。」
おれだ。ーーしづかにしねえよ。」

 とふくまつたさびごゑして、木槿むくげがきを、ひくく、くら掻分かきわけながら、ふやうにぬつとたのは、おどろいた!・・・・・宮本みやもと小父をぢさんである。

 蜘蛛くもか、つちか、あせか、抜上ぬけあがつた角額かくびたひを、平手ひらてですつとよこでると、感慨かんがいこもつたふかいきほついて、
「あゝ・・・・・ひさしぶりで、音羽おとはうでせたぞ、・・・・・女俳優をんなやくしやころしたやつあ、わかつたよ。」
・・・・・・・・・・
「まあ。」
しか死骸しがいにある。」
「あゝ、父上おとつさん。」
おれむすめが、こんなことおびえてうする。いや、むごたらしくりやがつてな、内側うちがはのな。土手どてしたあなうづめたぜ。ーーなあに、探索たんさく苦心くしんもない。・・・・・えのき法印ほふいんめ、榲〓まるめろひろつて、目鼻めはながある。・・・・・にするなよ、音羽おとは。・・・・・おまへあぢがするとぬかすさうで、不埒ふらちやつだ。どんな 榲〓まるめろだかうへで、ひつらしてくれようと、めづらしくもねえしたで、ふとかぜくやうにかんがへた。

 榲〓まるめろかほがある。たゞそれだけのことなんだが、ひよつとうかんだ一にまかせて、無駄むだだとりつゝ、一寸ちよつともぐつて、よくさがすと、ぐにれたぜ。此奴こいつは、手柄てがらより因縁いんねんごとだよ。・・・・・輪廻りんねふのだ。」

「そして、父上おとつさんころしたのは。」
勿論もちろん隱居いんきよだ。」
「えゝ。」
白髪しらが狒々ひゝよ。」
「あの、そしてうするおつもりなんです。・・・・・」
れたことよ! 引締ひつくゝる。」
 とむねそらした。こしにひたりと、むかし十手じつてをそばめてた。

「しかし、おれ職分しよくぶんでねえ。・・・・・あゝしよくであつたらな、少將せうしやうおやだらうが、大將たいしやうだらうが、から踏込ふみこむのにな。」

 俯向うつむいてひたひで、
警察けいさつらせて、をんなかたきつてらうよ。」
 と、着流きながしのかたさみしく、うでんで喟然きぜんとする。

 音羽おとはがぢつと寄添よりそつて、
父上おとつさん女俳優をんなやくしやそかたは、あの隱居いんきよふことをいてころされたんでせうか。かないのでころされたんでせうか、ねえ。」

馬鹿ばかへーーれたことよ・・・・・柔順すなほ自由じいうつたものをころやつがあるものかな。」
父上おとつさん!」
「うむ。」
わたしや、わたしみませんが、かたうらやましい!・・・・・親子おやこ兄弟きやうだい・・・・・五にんのためと、あ、あきらめてはりますけれど、嬲殺なぶりごろしにされるより、どんなにつらいかれません。・・・・・をんなれて一しやうに、をとこ一人ひとりでございますものを。」
 
 としかけん三のつた。けん三はたゞふるへてた。

をとこ一人ひとりでござんすものを、ーー今日きようはべりーー御方おんかたさまたち、おなぐさみ。 -ー 」
 とこゑふるへて、はつといた。

 くうちに段々だん/\十手じつてげた。さきにつく、と父親ちゝおやはうつむいて、ハタと十手じつておとした。中腰ちうごし兩手りやうてげ、くやうにして、音羽おとは正體しやうたいもなくまかすのをしつゝ、榲〓まるめろあふかきせてたせたが、蒼白あをじろかほびんのおくれ沁入しみいつきくらくつゝんで、すつと姿すがたは、幽靈いうれいすこしもちがはぬ。

 はかひざまづくやうに、ひたとて、老朽らうきうせる岡引てふじやいた。・・・・・

ころされた婦人ふじん、あなたのれいにおわびをまをす。あゝ、むすめとほり、おれなぞに、ひとつみあばちからはない。・・・・・成程なるほどなぶりごろしはうましだ。・・・・・音羽おとは、おぬしもこらへてくれ。」


 えのき法印はふいんは、二ねんのちに、峨々がゞたる洋館やうくわんいとなんで、靈異れいいなる新薬しんやくひさぐ、媚薬ほれぐすりだと内々ない/\うはさする。葡萄牙ポルトガル傳方でんぱうとなへて、びん商標しやうへう人面にんめんゑがいた果實このみである。おこなはれることおびたゞしい。

 あに東京とうきやうげた。

ーーだい商館しやうくわん妻室さいしつ音羽おとはである。




               【完】







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