* 最終章  一人前の魔法使い*
「アリス……あなたまで血迷ったのかしら」

アノスは馬鹿にするかのように 嘲笑う。

「そう……気づかないのね あなたも鈍感になったのかしら」

「あぁ!? 何をいっているの……鈍感ってあたしを侮辱するのもいい加減になさいよ」

鎌を落とし 小刻みに体が震えだす。

「アハハハ……あたしもそろそろ自我を失いそうで怖いわ
 やっぱり早川家の血を吸収したせいかしら」

アノスは怪しく笑い 口元からはよだれがたれ 目が据わり始めていた。

この現象……修斗の時と同じだ 自我を失いまるで獣と化したあのように……。

「血が私を拒んでいるのかしら……フフフ……アハッ もう駄目ぇ」

さらに呂律もまわらなくなり 目が右往左往している。

次の瞬間 アノスは何ももたず突っ込んできた だが目はじっと何かを睨んでいるようにも感じる。

「早川龍……コロス!」

だが龍は 驚きはしない 逆に口元が笑っていた。

「かかったな!」

「今です!」

アリスの声と同時に 3人は杖を重ね合わせ呪文を唱える。

「アシエル・ネブラ!」

「……何 何なの!?」

アノスの足元それどころか フロア全体が輝きだす。

地面のくぼみにまるで液体のように次々と流れ込む光。

「まさか あの時地面に術を当てていたのは……糞が」

アノスは手から鎌を生み出し 地面に浮かびあがった光を消そうと攻撃をするが

一向に消える気配がない。変に嫌な汗が額に現れる。

「大丈夫よ……私は精霊よ 人間ごときに倒される心配なんてないのよ!」

自分を必死に落ち着かせようと 胸に手を当てる。

「あまり人間をなめないほうがいいわよ アノス」

突然姿を現したアリスはアノスの足元に指差した。

「何よ……」

「よく御覧なさい」

足元を見ると 少しぼやけているように伺える。

霧っぽいがなんだか雲っぽくも見える。

「ハハッ これがどうかしたわけ? あとさぁ……精霊が隙を見せてもいいの?」

アノスは素早く後ろに回りこむ。

アリスの首元には鎌が突きつけられていた。

「これで形成逆転かしらぁ 精霊同士では殺すことはできないけど十分な人質だわ
 ほらぁ ガキ共! 早くしないと大切な大切なアリスが傷ついちゃうよ」

先ほどとはうってかわって上機嫌なアノス 自然と笑みがこぼれる。

よだれがポタポタと流れ ハァハァと肩で息をしていた。

「アノス私はここよ?」

アノスの後ろから声がする。 振り返るとそこにはアリスがニコリと笑っていた。

どうなっているんだ! 現にアリスはここにいる 何故後ろにもアリスが!?

そんなはずはない……実体化もあるこっちのアリスが本物に決まっている。

そうよ 後ろにいるアリスが残像で あたしを騙そうとしている。

「フフフ 知ってるわよ どうせまやかしなんでしょう? あんたわね!」

鎌を後ろに向けて放つと アノスの言うとおり アリスは空気と化した。

「アハハハハ 無駄だったわねぇ……やっぱりあたしは天才だわぁ」

「それはどうかしら」

なんともう一人のアリスが岩に変化したのだ。

そしてまた一人 また一人とアリスが増殖していく。

耳元で何重にもアノスを呼ぶ声がする。

「私はここよ ホラァ」

アノスの思考回路が狂いだす。 何もかもがアリスに見えてくる。

もっていた鎌でさえもアリスに見え出した。

「イ……イヤ!」

鎌を放り投げ その場にうずくまるアノス。

手の爪が伸び 体中から毛が伸びだす。

これはまやかしでもなんでもなかった。 現におきていることだ。

「ハハッ……ハァハァ」

頭を掻き毟り 自分の体を傷つけていくアノス。

赤い液体が地面に付着していく。

「ウゲエエアアアアア!」

完全に獣と化したアノスは そこらじゅうを走り回り偽者のアノスを一瞬にして消し去った。

地面の呪文を消え 3人とアリスの姿が見えた。

「早く……アノスを」

龍はホリジストの書を取り出し 最後のページを開いた。

アノスは本能的に龍の懐に飛びつき本を奪おうとする。

「エレミネイト!」

本は空中に浮き パラパラとページがはためき 見たこともない呪文の帯がアノスを取り巻いた。

「グルル……」

アノスの体は帯に吸収され 帯はホリジストの中に戻っていった。

本は閉じられ 龍の手元に戻ってくる。

中身を開けると 黒い石が埋め込まれ そこには龍にも読めない字で埋め尽くされていた。

「よくやりました ついに……アノスを滅ぼすことができました」

「でもこの石は……」

「これはアノスです……しかし石となった異常は何もすることができません
 もう復活することはないでしょう」

それを聞いて 3人は力が抜けたようにその場に座り込む。

「では私はこれで……」

「ありがとう アリス…」

「お礼を言うのは私の方です では……」

アリスは消えていった 3精霊もそれぞれの契約者のところに戻り 塔の中は静かになった。

「戻ろ……みんなが待ってる」

「うん!」

「ジャラール!」




3人は魔法学校に戻ると 空は雲ひとつなく晴天に変わっていた。

入り口には校長先生らが出迎え 3人は泣きじゃくりわめいた。

一気に感情が噴出しのだろう。 校長先生はしばらくそのままにしておいた。

しかし 戻ってからが大変だった。

今回の事件の重要関係者は魔法警察に呼び出され 尋問。

精神鑑定やらで大忙し。

ホリジストは国が持っていき 地中奥深くに本自体を封印したようだ。

魔法界のニュースはもう そのことばっかり。

龍達はみんなからの質問攻め 追い掛け回されるほどだ。

どうしようもなく 龍は学校の屋上に出向いた。

するとそこには 里奈や早苗がいた。

「やっぱり 龍もきたのね」

「だね」

「いや……なんかもうすごくてさ」

「まぁね……あたしたちなんか勝手に英雄扱いされてるしね」

3人はため息をつき 空をじっと眺めていた。

入学してから 怒涛の毎日だった。

普通の時間なんてなかったような気がする。

「ねぇ……健一のお墓いかない?」

ふと早苗が言葉をこぼした。

無言で2人は頷き 古の森の近くに向かった。

「花はこれでいいかな?」

里奈がそっと桜を二人に渡す。

「何処でこんなものを?」

「さっき人間界から取り寄せたの……」

「そう……ありがとう」

健一の墓には花がたくさん手向けられ 墓石の傍には学校の校章が置かれていた。

「健一君はもう次の春を迎えることができないから せめて……」

里奈の涙が桜の花びらに落ちる。

「喜んでくれるかな?」

「喜ぶに決まってじゃない! ね!?」

「うん」

里奈は静かに墓石に桜を置いた。

早苗 龍も後に続いていった。

「いこっか……そろそろ終業式じゃなかったけ」

「そうだね……龍君?」

龍は俯いて 腕で涙を拭っていた。

「龍君……」

「戻りましょう……里奈」

二人は龍には何も言わず 学校に戻っていった。

こうすることが友達としての役割なのではないかと思ったからである。

一人 残された龍は しゃがんで墓石に手を置いていた。

「健一……」

唾を飲み込み 心を落ち着かせ 龍は力強く立ち上がった。

それを後押しするように どこからともなく追い風が吹く。

なんだか健一の雰囲気がした 応援してくれている気がした。

「よし!」

力強く一歩一歩進んでいく龍 そこには昔あった気弱な姿はなかった。



学校では今回のことにより 早めに終業式を迎えた。

校長先生の話のあとでは なくなった生徒達への黙祷もあり 静かに行われた。

「では 半年後またここに元気に戻ってくることをお祈りしている」

という言葉で締めくくられた。

終業式が終わった途端 生徒達はぞろぞろと駅やバス停に向かっていく。

龍達はバス停に向かうと そこにはカイスが手を振っていた。

「おーい お前達!」

3人がかけよると カイスは包帯を取り龍に渡した。

「え?」

「いや…俺まだ色々とやることがあって 龍とは一緒に帰れないんだ
 だからさ……なんていうのかな 忘れないように うーん寂しくならないように物を残すというか」

「ありがとう でも俺は寂しくないよ だからさ……早苗にあげてくれない?」

「な…何いってんのよ! あたしだって寂しくな……」

龍は強引にも包帯を早苗のカバンに押し込んだ。

「しょ…しょうがないから 受け取ってあげるわよ」

頬を赤らめながら早苗はバックのチャックを慌てて閉める。

「どうした? 早苗…顔赤いぞ」

カイスはおでことおでこでくっつけて 体温を感じ取る。

早苗はさらに顔を赤らめ 頭から湯気がでているようにも見えた。

「熱はないみたいだな……体調には気をつけろよ」

「分かってるわよ! もう!」

そっぽを向き 早苗は先にバスへと乗り込んでしまった。

カイスは首をかしげて何故 怒っているのかわからない様子だった。

「そろそろ出発らしいから……じゃあね カイス」

「お おう!」

「またね! カイス君」

「二人とも元気でな 早苗にもよろしくいっておいてくれ」

「了解!」

バスは出発し カイスはずっと手を振ってくれていた。

里奈と龍もカイスが見えなくなるまで 手を振り続けた。

早苗は少し寂しそうだった。 ひそかに手には包帯が握られていた。

「なんか色々ありすぎて……疲れちゃったかな」

元気の無い早苗はぼーっとバスの窓から景色を眺めていた。

「また人間界で学校生活か……気がめいっちゃうね」

「うん……人間界では魔法使用禁止だからね でも私は楽しみだよ
 だって平穏な毎日をおくれるじゃない」

里奈はニコリと笑い 二人にお菓子を配る。

「元気出して……ね?」

「あ…あたしは元気いっぱいよ! ホラ!」

もらったお菓子を豪快にくちに放り込む早苗。

「み…水!」

「あーあ」

3人の笑い声がバス内に響く。

「ふぅ……久しぶりに思いっきり笑っちゃった」

早苗はティッシュで口を拭きながら言った。

バスは止まり 次々と生徒が降りていく。 早苗はバス停名を見て立ち上がった。

「さてと……じゃあ あたしはここで」

「うん 早苗またね!」

「たまには連絡ちょうだいよね はい!」

早苗はメールアドレスを二人に渡し 背を向けながら手を振っていた。

「じゃ!」

早苗はバスを降りていった。 このバス停で降りた人は8割近く バス内は数人しか残っていなかった。

「なんか一気に減っちゃったね」

「うん そうだね」

途切れる会話 夕焼けを見ながら二人は物思いにふけっていた。

そしてバスは龍達のところで再び止まった。

一緒にバスを降り 里奈につられて小さなボロ小屋に入った。

「ここからだね」

「ああ」

龍は行くときにカイスにパンチを食らわされ 記憶がなかった。

ここから来たのかと納得し 小屋をじろじろと見渡す。

「えーとここだったかな」

里奈がドアを開くと 胡桃駅のホームが透けて見えた。

「じゃーいくよ!」

強引に手を引っ張られ 飛び込んでいく里奈そして龍。

今度は特に何もなく 普通にホームに降り立った。

二人は駅を出て帰り道がてら話をしていた。

「知ってた? まだ人間界は1週間しか経ってないんだよ」

「えぇ!? それってどういうこと?」

「時間のズレっていうか……人間界と魔法界とでは時間の流れが違うらしいの」

「へぇ…だからか 全然変わってないなって思ったんだよね」

すっかり時刻は夜をまわり 空には月が輝いていた。

里奈と龍が家に着くと いきなり里奈は龍の頬にキスをした。



なんの意図でそうしたのか 龍は分からなかった。

それよりもビックリしていた。

「なっ里奈……」

「エヘヘ……私を救ってくれたお礼」

「じゃっ…また明日ね! 寝坊しないようにね!」

そそくさと家の中に入ってしまった里奈 顔を赤らめながら龍も家のドアを開けた。

「おかえり!」

母がぎゅっと龍を抱きしめる。

龍もそれに答えるかのように抱き返した。

「ただいま」

「さっき修斗のお墓にいってきたの……」

「兄貴の……墓」

「場所教えておくかわ 後日いってあげて」

「うん」

龍は用意された豪勢な料理をたらふく食った。

あんなつらい出来事があったのにもかかわらず食欲だけはあるらしい。

「そういえば思ったことがあるんだけど」

「何?」

「あの紫のカードって 母さんが仕組んだの? あとアリスストーンって」

「はいはい……その話はまた今度ね それよりも早くお風呂はいって寝ないと…
 明日は普通に学校にいってもらうからね」

「ゲゲッ」

龍は急いでお風呂に入り 湯上りに自分の部屋へと行く。

電気もつけずにベッドで横たわる。

色々なことを考えていたが 睡魔には勝てず そのまま寝てしまった。

次の朝 外から声がする。

「龍君! 遅刻しちゃうよ!」

「……里奈? ってあ!」

毛布を引っぺがし 急いで制服に着替え ドタバタと階段を下りる。

「なんで母さん起こしてくれなかったの!」

「気の迷いかしら ウフフ」

「あーもー」

そこらへんにあった菓子パンを持ち出し 口に咥えながら勢いよくドアを開ける。

朝の日差しがなんとも眩しい。

「遅いよ!」

「ごめんごめん」

二人は一緒に学校に向かって歩き出す。

またいつもの生活に戻ったのだ。

でも前とは違ったことがある。

それは 一人前の魔法使いになったことだった。



気弱な魔法使い -−timid a wizard−- 

完 2007/8/26
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