地動説が絶対なのか?

【はじめに】

 天動説を信じている小学生がかなりいる!新聞記事を見たPTAは

これは由々しき事態である!

・・・と驚いたようです。でも私が思うに・・・

ビックリしている大人たちこそが、本当に分かっているの?

 結論から先に言います!『天動説』・『地動説』どちらが正しいか?答は・・・

どっちも正解!!

 

 このページでは、『天動説』と『地動説』の違いを考えていきたいと思います。
天動説が全部間違っていて、地動説が現代科学では正解!っていう考え方が多くの大人は信じているようですが、これは間違いです!小学生の頭をどうのこうの言っている暇があるなら、自分の知識も磨いてほしいものです。

 

【天動説】

 では、天動説とは何でしょう?簡単には、読んで字のごとく!天が動く考え方です。
 左図のように、

地球を中心に他の天体が動いている!

ってことです。これは2世紀頃の天文学者クラウディオス・プトレマイオス(右絵)が著書『アルマゲスト』で唱えた説です。16世紀までこの説は真実として、扱われてきました。実に1400年間です。

 左図を見てください。当時、信じられていた惑星が地球を中心に回っています。しかし、天王星・海王星・冥王星は書いてありません。これは、この3つは後(16世紀以降)に発見されたことを示しています。
  また、惑星以外の星は遠距離過ぎて肉眼では変化に気付かなかったので、恒星天として壁のように描かれています。

 ちなみに、プトレマイオスは占星術の古典『テトラビブロス』を書いたことでも有名ですね。星占いの起源はここら辺なのでしょうか?(正確には、「当時の占い」と「今日の占い」では意味合いが大きく違いますが・・・)

 

【天動説の限界?】

 科学が進歩していくうちに、天文観測の技術も進歩していきました。そうしたら、天動説では説明しにくい状態になっていきました。その代表格が、

火星の逆行運動

です。地動説の図を見てください。地球を中心に他の惑星と太陽が回っていますね。それが、地球から火星を観測すると、ある日逆に進むことがわかりました。これを説明しないと、地動説が壊れてしまう!と当時の天文学者は考えました。その結果・・・

 プトレマイオス的数式

と言われるくらいの、難しい数式で解く羽目になりました。(現在も「あまりにも難し過ぎること」を、皮肉を込めて「プトレマイオス的」と言いますね。)
  これにより誕生したのが、プトレマイオス型周転円説です。

 ここからが今回の肝です!!

 

【プトレマイオス型周転円説】

 左図を見てください。『E』が地球です。『M』が火星です。
  地球の周りを、火星が回っている・・・まさに天動説ですね。この図を使って、火星の逆行運動を説明していきます。

 火星の逆行を説明するためには、このような複雑な図形が必要でした。

1.地球を中心として『従円』を描く。
2.『従円』の円周上を中心とした『周転円』を描く。
3.『周転円』の円周上に火星を置く。

 こうすることによって、火星の逆行が説明できるのである。どうよ?ちょっと難しいけど、できなくはないでしょ?

 でも14世紀頃、大航海時代を迎えて船の位置を知るために天文が大きく発展したのに伴いました。そのとき、星々の複雑な運動を説明するのには、さらに複雑な理論が必要になります。当時は当然コンピューターはありません。この複雑な計算は難しいですね。

 ここに限界があったのです!!
  それに代わって登場したのが『地動説』です。

 

 

【地動説】

ニコラス・コペルニクス(右絵)によって、唱えられたのが「地動説」です。天動説にとは違って、

太陽を中心として地球が動いている!

(左図)というものです。これは現在では一般的な考え方ですね。

  1543年にコペルニクスが「天球の回転について」という本で発表しました。
  本当は、コペルニクスが「0」から作ったものではなく、古代ギリシアの天文学者アリスタルコスの「太陽中心説」を元に、16世紀の科学にあてはめて書かれたものでした。
  天動説が正しい!と言っているキリスト教会の弾劾(もちろん見つかったら、異端者として死刑!)を恐れたコペルニクスは、著書に名前を書きませんでした。しかも、

地球が動いているというのは単に惑星の運行を説明するための手だてで、
実際に地球が動いているという事を主張するものではない

と断り書きまで入れるくらいでした。(本当は、出版に協力したオジアンダー牧師が勝手に書き加えたそうです。)いかに<s>異端者の烙印が怖いか</s>革新的な説かがうかがえますね。

 

【地動説の証明】

 地動説は、ガリレオ・ガリレイによって望遠鏡が発明された後に証明されました。(つまり、コペルニクスは、肉眼で星を観測していた。)

 ティコ・ブラーエの丹念な天体観測と、ヨハネス・ケプラー(右絵)の情報分析力が合わさった・・・

ケプラーの三法則

によって、後押しされ地動説が合理的であることが証明されました。止めは、ガリレオ・ガリレイの発明したガリレオ式望遠鏡を用いた天体観測が本格化しました。地動説を唱えたガリレオに対して、キリスト教の一番偉い法王が、宗教裁判にかけました。そのときにガリレオは

それでも地球は回っている!!

と言って、火あぶりを甘んじて受けようとしました。(刑が執行される前に、ガリレオは謹慎生活中に病死している。)

 そして奇跡の年とされる1642年、ガリレオが病死したのと同じ年に、イギリスの田舎でアイザック・ニュートンが誕生しています。ニュートンが45歳の時に発表した『プリンキピア』の万有引力で、「ケプラーの三法則」が証明され地動説が確固たるものになりました。

 

【まとめ】

 最終的に地動説の説明のようになってしまったのですが、周転円説で十分に惑星の運動が説明できます。しかも、現在では計算機の発達でプトレマイオス的計算が簡単にできます。つまり・・・、

地動説でも別にいいのです!!
ただ、ちょっとだけ計算が複雑で難しいだけのことです。

 ちなみに天動説でも地動説でも、ニュートンによっても火星の運動は完全に説明がつかず、理論値と観測値に開きがあります。ほぼ完全に証明されたのは、20世紀にアルベルト・アインシュタインの相対性理論の発表まで遅れます。

 異端者として、地動説を唱えたガリレオは1992年にヨハネパウロ2世によって、異端者のレッテルを解除されました。実に350年の時を経て、やっと許されました。

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