ばらと王さま
※『読み物.net』さま「春の短編特集 2008」参加作品を改稿したものです。
ある晴れた春の日のことです。王さまはばら園を訪問し、散策されていました。
赤、白、黄色……と、美しく咲き誇ったばらが目を楽しませてくれる中、お礼とばかりにばらたちへと賛美の言葉を贈られます。
「きみの赤はサラマンドラの炎のごとく鮮やかだ」
「きみの白い花弁は、まるで雪の結晶を織り込んだシルクのよう」
「きみの黄色はあの天高く輝く太陽を思わせる」
しかし、幾千本の姉妹に覆い隠されている小さなばらを見つけたとき、王さまは黙りこくってしまいました。彼女は日の当たりが悪いのか葉がしおれて茎も細く、花びらに至っては薄汚い茶が混じった桃色で、褒めるべき点が一つもなかったからです。
王さまは困ったように、そのばらへと話しかけられました。
「やあ、きみ。元気がないね。上では姉妹のばらたちが美しく花を染めているというのに、なぜこんな暗い場所にひとりポツンと咲いているんだい」
すると、ばらが精いっぱい花びらを向けて答えます。
「お姉さまがたの迷惑になると思って、こうして下でじっとしているのです。綺麗な花の中にこんな小さなみすぼらしいのが見えたら、がっかりするでしょう? だから身を隠して、切り取られる日を待っているよう、言いつけられたのですよ」
朝露に濡れた花びらは光る粒で飾られ、寂しそうに輝いています。
王さまはその露を手にそっとのせて、笑顔を向けられました。
「きみのような心優しいばらがそんな目に合うのはかわいそうだ。どら、私がばら園の主に頼んできみをもらってあげよう」
このようにして、王さまはばらをお城へ連れ帰ったのでした。
お城に連れられたあと、鉢に植えられたばらは王さまの自室の机の上で暮らすようになりました。
王さまは職務をおえると、毎晩やさしく彼女に語りかけられながら、水を注がれます。
「今日は一日中はれていたね。少し元気になったように見えるよ」
「王さまのおかげです。おかげさまで今もかろうじて咲くことができます」
王さまの愛情を一身に受けたためにばらは見る見るうちに元気になりました。みずみずしい薄桃の花びらは可憐かつ艶やか。まっすぐに伸びた茎もしゃきりと力強さを備え、国でもっとも美しいと言われるにふさわしい姿であります。
それでも、ばらが王さまへの恩を忘れることは決してありませんでした。
さらに月日が経ち、ばらの鉢に変化が訪れました。
新しい姉妹が芽吹いてきたのです。王さまはこれを見て困ったように眉をお寄せになりました。
「きみを助けようと思ってのことだったのに、これじゃ元の木阿弥だ」
「いいえ。王さまがわたしに優しくして下さったから、この子たちが生まれたのですわ」
弾む声で応える彼女は、王さまが花弁をなぞると身を震わせ、幸せそうに微笑みます。
しかし、王さまは気が気ではございませんでした。彼が愛されたのは自分が助けたばら、ただ一人だったのですから。それゆえ、だんだんと芽吹く姉妹たちを邪魔に思って鋏を持ち出すと、ばらが眠っている隙にすべて取り払ってしまわれたのです。
目覚めたばらはまず驚きの声をあげました。
「わたしの姉妹はどこへ行ってしまったの?」
「きみの負担になると思ってね。可哀そうだがすべて切ってやったよ」
「何ですって!」
ばらの花弁から、朝露がはらりと落ちます。
「この仕打ちはあんまりです。せっかく、あなたのために芽をつけたというのに」
「私にはきみ以外いらなかったのだよ。だから今後も一輪だけ咲いていればいいのだ」
そのようにおっしゃる王さまに、ばらはいつになく激しい口調で返しました。
「そんなことはできません……わたしもいつかは枯れてしまいます。だから、あなたが来年再来年もかなしくないよう新しい姉妹をつくっていたのですよ。どうしてわかって下さらないのですか?」
その日から、王さまが何を言われても、ばらは返事をかえさなくなりました。
やがてばらは寿命がやってくると、あのみすぼらしい姿をさらすことになります。
王さまは必死に語りかけられましたが、ばらは最後の瞬間まで黙ったまま、その身を地へ落としました。
その鉢にばらが咲くことは二度とありませんでした。