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星 占 い 警 告 # 0 1
「危ないっ…!!」
同級生らしい生徒の焦りと悲痛を帯びた声が、達哉の耳にどこか遠く響く。
その声に振り返ろうとした直後、焼けつくような痛みが達哉の身体を襲った―――。
大きく開けられたカーテンからのぞく日の光に、達哉は眩しそうに目を細める。
己を照らす光へ鬱陶しそうに目を伏せた後、達哉はのそりと、まるで猫のような仕草で起き上がった。
手にしたグレーのデジタル時計は、寸分の狂いもなく七時を示している。
遠い高校に通っているわけでもなく、かといって朝練を行うような部活に所属しているわけでもない
達哉にとっては、決して遅くない、むしろ早いとすらいえる時間であった。
おまけに七姉妹学園では、バイクでの登校も禁止されていない。
達哉が遅刻する可能性は、限りなくゼロに近いものだったが。
しかしはっきりと、達哉はその端正な顔に、不快の表情を浮かべた。
一通り身支度を整えた達哉は、淡々とした足取りで階段を下り、リビングへと向かう。
ドアを開けるのを、一瞬躊躇った。ガラス越しに、達哉の実兄、克哉の姿が見えたからだ。
くつろぐその様子からは、克哉が既に朝食を済ませている事がうかがえる。
コーヒーを楽しむ兄の姿は、達哉の目から見ても、嫌味なほど様になっていた。
…ただしそのコーヒーが、砂糖二本入りの激甘コーヒーでなかったらの話だが。
それにしても、今日は随分とゆっくりしている。休みなのだろうか。
刑事という職業柄、いつも忙しいはずの克哉が家にいる事に対し、まだいたのか、と露骨に
顔を顰めながら達哉は口を開いた。
「…カーテンが、開いてた。また勝手に人の部屋に入ったのか?」
やや低い声で、達哉がそう問えば。
「お前がなかなか起きてこないから、僕が気を利かせてやったんだろう。何を怒っているんだ?達哉。」
心外だ、と言わんばかりの態度を見せる克哉は、達哉がなぜ怒っているのか分かっていない。
そんな克哉を見、達哉はそっと嘆息した。部屋には入るな、と何度言っても、この兄には通じないらしい。
…心なしか、頭痛のしてきた達哉だった。
付き合っていられない、と早々に会話を打ち切った達哉だったが、そこでふと、兄の見ているテレビ番組に違和感を覚えた。
これまでに朝食を終えた克哉が見る番組といえば、堅いイメージのある、
政府だの世界情勢だのといったバリバリのニュース番組である。ところが、今克哉が見ている番組は報道だけでなく、流行りの服やアーティスト、アイドルなどの芸能関連も
情報として扱っている、どちらかといえば若者向けの番組であった。
一体何があったんだ、と不審そうな視線を向ける達哉に気付いたのか、克哉が咳払いをしつつ言う。
「…たまには、こういった番組も悪くないかと思ってな」
達哉の怪訝そうな視線を受け止めた克哉の目元は、わずかに赤くなっている。
何とも分かりづらい変化だったが、その克哉の表情で、達哉確信した。
刑事としての腕はずば抜けているだろうが、芸能関係にははっきりいって疎い兄である。
大方、同僚とアイドルや女優の話にでもなった時に『○○も知らないのか』などとからかわれたに違いない。
刑事とて人間だ。たまには、殺伐とした事件の話ばかりでなく、そういった『華やか』な世界の話をしたくなる時もあるだろう。
が、この疎い兄は、その『華やかな話』についていけなかったのだ。だから、珍しくもこういった番組を見て、勉強しているに違いない。
達哉の推理としてはこんな所だが…相変わらず、妙なところで素直な兄であった。
一通り報道を終えた番組も終わりに近づき、恒例の星占いへと突入した。
テレビの女性アナウンサーが、華やかな声で占いの結果を読み上げていく。
一位は蠍座のあなたです、というアナウンサーの朝から元気な(朝だからこそ元気な声を出しているのかもしれないが)声を
聞きながら、達哉は香ばしいトーストを口に運ぶ。
蠍座、と聞いて、達哉は頭の片隅でぼんやりと思った。…蠍座は、栄吉の星座だ。
栄吉の事を考えた達哉の顔からは、自然、笑みが零れ落ちる。
それは時間にしてほんの一瞬の事だったが、常に無表情、もしくは不機嫌な弟の表情しか見ていない
克哉が見たら、どうしたんだと驚くような笑顔だった。
食事をしていたので画面は見ていなかったのだが、獅子座はどうも最下位だったらしい。
声に僅かな落胆の色を滲ませてアナウンサーが言うには、
『今日の最下位は、獅子座のあなた。対人関係にヒビが入り、何を言ってもあらぬ誤解を受けてしまいそう。
無神経な行動や発言には充分気をつけて。事故や落し物にも要注意。そんな獅子座さんのラッキーカラーは、青です。』
との事である。達哉としては結果などどうでも良かったのだが、これに慌てたのは克哉だ。
大丈夫か、気をつけていくんだぞという母親のような克哉の声を遮って、達哉は逃げるように家を出る。
バイクを運転しつつ、達哉はふいに、自分の星座が蠍座に次ぐ第二位だと密かに喜んでいた克哉の事を思い出す。
……やはり、妙なところで素直な兄だった。
2008/02/16(...2006/03/09)
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