33話:ジャクリーンといっしょ

残業もなしにすぐに帰れるのはいい。


東方司令部にいた頃は、東部全ての治安の維持に忙しい職場だった。
けれどセントラルではとりあえず平穏な日々を過ごしている。


表面上は。


本日は午後から非番。ホークアイもフュリー曹長も休み。ファルマンは入院中。ブレダは別件。



は…


「はぁい!ハボックしょーいっ」


にこやかな笑顔でが目の前に突然現れ、ハボックは飛びのいた。
悪戯心芽生えるエドワードの笑顔に似ている、と何故かハボックは思う。


「お前、仕事は?」
「具合が悪いって早退ですよー女の子には特権があるからねー」
「…で。俺に何の用…」


言いかけてハボックは口を閉じ、まじまじとを見つめ直す。
職場から帰る時は大抵軍服を脱ぐ。通勤の衣服に決まりなどないが、おしゃれ重視というよりどう考えても動きやすさが勝る。


「だめだ」
「えー!まだ何も言ってないのにー!!」
「だーめーだー!」


聞くまでもない、これからハボックが向かう現場…旧セントラル市街地へ連れて行けというのだろう。
セントラルに来て一ヶ月。
自分の近辺の地理はあるが、旧市街地などどうあっても赴かない場所だ。
道がわからない。


「お前な、少しは大佐の気持ちとか考えてやれよ…!」
「考えてます、どうすればいいか。でも私が今してる事は…」

「ハボック少尉」


何処か落ち着いた声色に、ハボックがギクリとする。
にっこりと笑顔を作るとは優しい声で続けた。

何か嫌な予感がして、ハボックの額に汗が滲む。


「もしかして…、じゃない。、少佐…?」
「あら、察しがいいじゃない少尉。時々忘れるんだけど私、少佐なんだよね」
「…………お前、俺に権力使う気か?」
「使えるものは何でも使わないと。節約人生長かったんだから」


明るく笑ってみせる、そんなにため息をつくと。


「yes,ma'am.」


敬礼だけはビシッと決めて。
悪戯好きな妹を見守る兄のような眼をハボックは見せた。






バリーが留置所を襲撃して三日。

『ロス少尉、ヒューズ准将を殺害と断定』はすぐに報道されたのに、ロスの死は世間に知られていない。

留置所襲撃犯もいまだ見つからず捜査は難航。
皆がそれぞれの任務につく中、の仕事はいつも通り。

書類、書類、書類。


皆が命を懸けてロイのために動く中、自分だけ何故書類なのか。
こんな安全地帯で、いつも通りに振舞えというロイの真意など、嫌に成る程わかる。




「ここでは俺をジャクリーンと呼べ。実名はとにかく使うな」
「ジャクリーン?え、じゃぁ私は?」
「自分で付けろ」
「うーん魅惑の女・峰不二子は使えないし…あ!オスカルがいい!」
「ラスカル?」
「オスカル!」


そんなベタなボケはいりません。
名残惜しげに煙草を揉み消すと、ハボックは覆面を被った。


「私、顔出してていいの?」
「接近戦は俺の仕事だ。だが…用心に越した事はないな」


パンと両手を合わせると、側の石から面を作る。
それを顔にはめると、ハボックが呆けた顔でを見つめ返す。


「何だ…その間抜けなお面は」
「え?面といえばアンパンマンでしょ?『水で濡れて力が出ない〜』とかいうの」
「何だそりゃ。大佐の物真似か?」


愛と勇気だけが友達……さ?


「まぁいい。行くぞ」
「ロジャー!」




覆面男とアンパンマンが旧市街地へ乗り込む。
バリーが留置所を襲撃した事によって、軍内部に潜む敵ならこう考えるだろう。
バリー・ザ・チョッパーを始末せねば、と。

刺客は、必ずやって来る。それも時間を空けずに。
その敵より早く行動を起こしたのがロイだ。

ファルマンもこの作戦を知らない。
バリーという餌を求め、獲物が来る。それを釣り上げるのが今回の作戦だ。

ファルマンの住むアパートの隣の部屋。
防音もなっていないこの場所で会話は避けたいが、ハボックには話すべき事があるように思えてならなかった。


「なるべく声をあげるなよ」


部屋に明かりはなく、外からの死角に座る。食べ散らかした缶詰の後、通信機材。
部屋に入った途端、は、居場所のない子供のように膝を抱えて座る。面を外して。


「こんなとこにお前を連れてきたのバレたら俺殺されるかもな」


よっと、の向かい側に座る。
国家錬金術師が人間兵器として戦う姿は、無論戦場で見てきた。
だが、その姿とはあまりにも似合わない。

戦場に、この子は場違いなのだ。


「わかるだろう?大佐がお前をこういう場所に連れていきたくない理由」


軍倉庫にいけばここよりももっと多い数の銃弾や拳銃があるだろう。
全て今から使うものだ、飾りではない。


「それでも…私はここに来たわ」
。戦いなんかただの手段だ。お前は…」
「私は、自分だけが安全な場所で護られているのが嫌なの」


壁に寄りかかっていたハボックが少しに近づく。ちょいちょい、と指先を動かして。


「両手、出してみな」
「…こう?」


言われるままに両手を出すと、ハボックがの手首を掴む。
大した力ではないが、拘束される。


「これで、お前は錬金術が使えない」
「…うん、まぁ」
「俺は両手塞がれてもその危機から脱する術がある。お前はどうだ?」
「…蹴る、とか?」
「俺は痴漢か」


手首に痣など残らないように力を抜くと、の手を離す。
これが戦闘なら、こうはいかない。



「力がある奴が生きて、力がない奴が死ぬわけじゃない。人の生死の条件なんて、どこにもないもんだ」


戦場で名を馳せた人間が死ぬ事も、信頼していた仲間が死ぬ事もある。
誰もが明日生きている保障などない。


「その危険を冒して戦う俺達を放って、一人だけ安全が嫌、か。俺が大佐なら、同じ事しただろうけど」
「…………」
「男ってそういうもんだ、惚れた女に弱いんだよ」


ポンっとの頭に手を置く。


「こっちの意思なんかお構いなしじゃない…」
「お前が大佐の力になりたいっていうのと同じだ」
「…そっかな」
「人の好意には甘えとけ、今はな。今は大佐に従う方が正しい。お前は、強くなるんだろ?」


だから、国家錬金術師になったのだ。
軍曹では出来なかった事も少佐なら出来る。錬金術の研究も変わる。


「肩を並べたら…お前の無茶にも付き合うさ」
「…何年後の話になるのやら、ね」
「権力争いってのは長期戦みたいだからな。急ぐ事はないさ」


頭に乗せた手で、の頭をくしゃっと乱すと、覆面の下で笑ってみせる。
今はこんな言葉しか見つからない。
ただわかる事はロイとは決して対等ではない事。無茶をするにはまだ早すぎる。

その時、通信が入った。


『ジャクリーン、客が来ましたよ』


手にした拳銃のセフティ解除をすると、ハボック…ジャクリーンは返事をした。


「了解」









遠くで響く銃声を、ここで聞くだけでは何もしなかった。耐える事も覚えなくてはいけない。

感情に身を任せて一人で走ってはいけない。
あの人の力になるどころか、足を引っ張りかねないからだ。


物が破壊される音も遠のき、どうやら隣の乱闘は外へと行ってしまったらしい。 ハボックが戻ってくるまで…動いてはいけない。
動いては…


「うわぁお!!?」


突然もたれ掛かっていた壁側のガラスが割れ、室内に人影が乱入する。
危なかった…咄嗟に動かなかったらガラスを被った挙句、踏み潰されるところだった。

乱入者が室内に入った途端、異臭が鼻をつく。


「オラオラー!逃げ回ってんじゃねぇ!!」
「ギャーーー!出たー!」


乱入者の一人目はバリーだ。
正直会いたくはない人物第一号。

もう一人の乱入者は。


「何…この人…」
「おう、コイツぁ俺だ。俺の肉体だぜぇ…俺のもんだ…!」


腐敗臭を放つ肉体。
もはや朽ち果てるばかりだろう。
敵が仕掛けてきた獲物はバリーの肉体。随分と趣味の悪い。


「ん?」


人間のバリーの存在で見失いかけた違和感の正体に気付き、 は恐る恐る鎧に声をかけた。


「バリー…右腕…どうしたの…?」


違和感の正体は、バリーが左腕に刃を持っている事。
右肩から、空洞の鎧が覗いている。


「ん?ああ、もげた」
「も……モゲターーー!!?」


右腕一本なかろうが、バリーには何て事はない。
片腕しか使えないのは不便だが、今は目の前の獲物…バリー自身の肉を斬れればそれでいい。


「もげたってあの右手にはロス少尉の無実を証明する大事な証拠が!」
「どっかそこらに落ちてるだろうよ!邪魔すんな!お楽しみはよぉ〜これからだぜぇ!げはははは!!」


ダメだ、これ以上は怖くて近寄れない。
何の為にここに来たのかわからないではないか。

人間の体のバリーが割れた窓から再び逃走すると、 その後を追い鎧が愉快に笑い飛ばしながら窓の下に消える。


「…さ、探さなきゃ…!」


あちこちにゴミや瓦礫溢れるこの旧市街地に、大事な証拠品があるのだ。
今更…役に立つかはわからないが、それでもロス少尉の無実を証明できるかもしれないなら、見つけなければ。

ついさっきまで「動いてはいけない」と何度も念じていた自分を追い払い、はボロアパートの扉を開けた。


ここで待っていても何も始まらない。
これ以上状況が悪くなる事などないのだから、動くべきだ。

…とにかく少尉以外には見つかってはならないな。
大佐の耳に、ここへ来た事を知られてはマズイ。




「はっ…はっ…!くそっ!何なんだアイツ!!」


こんなはずではなかった。


ナンバー六六の隠れ家を見つけるだけで、しかも自分は見張りに来ただけなのに。
見ず知らずの面をつけた人間に追われている。

姿を何度変えても、隙のない攻撃でもう三回殺された。
何故、姿を変えても自分だとわかるのか、エンヴィーには理解出来なかった。
まるで、自分に何か目印でもつけられているかのようで。


「ちくしょう!何かいい方法は…!」


エンヴィーの足が止まった。
まだ面の人間は追いついては来ないが、確実に自分を追っているだろう。

何度変身しても正体を見破るのはアイツだけだ。ならば、その対戦相手は自分である必要などない。


アパートから出てきたを見ながら、エンヴィーは冷笑すると、その姿をロイ・マスタングへと変化させていった。






!!!!」


突然名前を呼ばれ、全身で驚きを隠せないままビクビクと振り返る。
一番今呼ばれてほしくない声だった気がする。


「ひ、人違いです…私の名はオスカル…!」
「冗談はいい!、無事かっ!?」


何でロイがこんな所にいるのか。もし中尉達の作戦が失敗しても敵の目から逃れられるようにと、 ロイはここへは来ない約束だったのに。何かあったのだろうか。


「どうしたんですか大佐…」
「説明してる暇はない、私と…!」


エンヴィーの…ロイの言葉は続かなかった。



「…大佐?」


グラリとロイの体のバランスが崩れると俯けに倒れこむ。その背中には、クナイが刺さっていた。


「た…いさ…?」


青い軍服がみるみる赤黒く染まっていく。
心臓に近い位置でこの出血。

何が起こっているのか、目の前の状況が何を意味しているのかさえ考えられないまま、はロイの周りに出来る血溜まりを呆然と見つめ返した。


「何に姿を変えても同じことダ…!」


ロイが走ってきた方角から現れた仮面の者。
留置所の帰りで一度会った、確かシンの国の人間だ。


「女…離れロ。トドメを刺してやル…!」


ドゥンッ


微動だにしない仮面の人間の背後にあるコンクリートの壁にヒビが入る。
弾丸が一発埋め込まれた為だ。

…人を殺しかけたあの日の夜。
もう銃を握る事は出来ないかもしれないとさえ思った。
殺される恐怖ではなく、殺す恐怖がある事を初めて知ったあの日。

射殺命令に背いてでも…私には人を殺す事は出来ない。
確かにあの瞬間はそう思ったのだけれど。


「……ろしてやる…っ」


それはただの勘違いだったのだ。


「殺してやる!よくも…大佐…!」



銃を構えて怒鳴るの足元で、もはや呼吸さえ危ういはずのロイが。
の言葉を聞き、口元を吊り上げた。


人を殺せない人など、いやしないのだ。
復讐心に駆り立てられるに、もはや冷静さなどあるわけがなかった。

- continue -

2004-10-03

バリーの右腕が途中で取れた事には何か裏があるに違いない…と勝手に予想しております(笑)
何もなかったら何の意味もないエピソードだなぁこれ…!
この東方司令部メンバーの役目決めシーンとか全然描かれてないので勝手な想像で書いてるんですが、 大丈夫かなぁ…

あ、今回もまたロイの出番が…!

いいの。ジャクリーンがいるからいいの…
黒覆面ジャクリーンがもうたまりません。これもうロイ夢じゃないやジャクリーン夢だ。
いいの愛だから。ロイへの愛は歪んでるのにハボの愛は何てストレート。

司令部に残ってロイとエリザベスのラブコールを聞きながら黙々と仕事するってのも考えたんですが。
ジャクリーンが私を呼んで…!(ないから)
個人的感情とバリーの腕の為にこっちへ。

どうでもいいけど、あそこは旧市街かどうかは知りません(苦笑)
アニメに出てきた旧市街と似た感じだったんで…探せばダンテのいる教会とか…
何やらヒロインがロイとエンヴィー間違えて勘違いで人殺ししようとしてますが(笑)次回はちゃんとロイでますので!


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