へるぷ(HELP!)ひらがな歌詞
あのアタゴオルが映画化!
これは記念に何か花火とか火薬石を ………
オフィシャルサイトの「予告編 & 壁紙」から、伝説的なヒデヨシ君の踊りが見れます。(右クリックから「リンクを別ウインドで開く」にすると、プレーヤーで大きく見れるようです。)
へるっ あにっさんばあで
へるっ なちゅ すえに ばあぁで
へるっ ゆのあ にっさむわん ああぉ
A うぇないわず やんぐそうまっち やんぐざんつ でえ えぇ
あねば にぃでぃ えに ばです へるっぴん えに うぇい
あっな じぃ でぃず あごな
のっ そう せい あっしょう おぉ
なわふぁん ちぇぃじゃ まいん
のっぷん なふざ どおぉ
B へる み いふゅ きゃなふぃる だあぁん
あなっ どうう ぷりし えしゅ びい らあぁん
へるみぎ ま ふぃ ばっこんざ ぐらあぁん
うおんちゅ ぷりーず ぷりーず へる み。
C あんなぅま らいぷ ちぇぃんじど お そ めに うえ えぇ
まい いんでぃぺんど しす ばにい しんざ へいず
ばえ ぶり なう あんぜぁ ふぃるそ いんすぃ きょお おぉ
あのざらい にどゅらい
ねば だん びふぉ
B→A→B
へる みぃ へる みぃ いぃ うぅ ………
私の同僚氏が家庭内でこれを歌った所、
「うわぁ、お父さん、英語も出来るんだあ。」
と、感心されたそうです。《-笑-》 ぜひ原曲と、お聞きくらべ下さい。
ちなみに右の写真は、
著者、ますむらひろし先生は、著書『アタゴオル物語』シリーズで、主人公のヒデヨシ君にビートルズナンバーを、平仮名で絶唱させます。『アタゴオル玉手箱』シリーズに散見される『ビートルズ曲当てクイズ』などは、爆笑ものです。
「そうか、ドゥを平仮名にすると、『どぅ』に成るのか ……… 」
そう感心して、くつくつ笑いながら、平仮名の字面が何故か、ビートルズの歌詞にやけにしっくりするのを不思議に思い、今更ながら、あの作品世界には、ただただ感服。
これは今年(06年)のブームでダ・ヴィンチを考えさせられた時に思ったのですが、
「我々が天才を尊敬するのは、彼らが優れているからだけでは決してなくて、彼らが見事に我々の足許を支えてくれているからだなあ。」と、つくづく。
ますむら作品で一番有名なのは、『銀河鉄道の夜』を猫のキャラクターでアニメ映画化したものでしょう。「それなら見た覚えがある。」と言われるかも知れませんね。
エッセイの『天風こう五爻の謎』でちょっと紹介したのですが、山折哲雄先生が
「賢治作品のカギは『風』」 出
と述べておられるのですが、それに対して、
「猫ではないか?」
と答えた小学生がいたと、河合隼雄先生が『猫だましい』で紹介し、 出 しかも、
「実は私もそう思っていた。」
と述懐しておられるのです。映像化された賢治的世界のキャラクターが猫である事は、実に自然に感じられます。
(ちなみに『天風こう五爻の謎』に書いたのですが、陰陽五行論では「風と猫」は巽と兌、女と娘で、非常に近いものとして扱っています。)
そしてこれも河合先生オリジナルの名言と思いますが、
「化け猫はいるが、化け犬はいない。」 《-爆笑-》
のも、関係があるかも知れませんね。
ますむら先生は、確かに現代の作家とは言い難いと思いますが、日本十大漫画家にもランキングされており、もはや誰にも書けないような作品を、実にしばしば打ち出します。
昔話、童謡、賢治的幻想世界、すべてが生きて動いている、しかもどれにも似ていないアタゴオル・シリーズは、私の中では『ドラえもん』や『キャンディキャンディ』と並んで、
『子供に読ませたい漫画』の五指には入ります。
(おっさんも嬉しそうに読んでおります。)
アタゴオルを「癒し系」と呼ぶのには、実に違和感を覚えますが、あれこそ「正真の癒し系」でもあります。とすると本当の癒しとは、「意識の正常化」であるな。久しぶりに、お家に帰る事なのだなと、しみじみ。それは多分、もともとは一番よく知っている事 ……… 自分のたましいを、思い出す事だからです。
あのシリーズをフランスあたりに持っていったら、バカ受けするんじゃないかと、私は思うのです。
ヨネザアド大陸アタゴオルは、米沢の愛宕から思いついた名前だそうですが、東北出身の作家と言えば、賢治はもとより、芭蕉、一茶、啄木、茂吉、……… 私でも名前くらいは知っている、フルネームで呼ぶ必要さえない巨匠が、目白押しです。彼らに共通するのは、
イメージを音で表現する、不思議な感覚。
小さなものにこそ震える、静寂な大気のような感受性。
個性そのもののような自然観 ………
そしてそれらを土台にした、巨大な作品世界。これがファンを魅了してやみません。
アタゴオルは「似たもののない世界」と、しばしばファンや評論家の方々から表現されますが、東北の作家は全部、そうですね。
漫画家では、たとえば矢口高雄先生にも、似た人なんかおりません。
最近でも、とりのなん子先生と言う素晴らしい書き手が現われ、著作『とりぱん』では、すでに第10話目で、足下の虫と、自分と、雲とを対比させた作品を発表され、これはますむらワールドにも迫るものと、私の腰を抜かしました。いや、ああ言うのが東北ワールドなのかも知れません。
面白くなって来て「子規の出身地はどこかな?」と思って調べると、愛媛県です。愛媛県にはほか、虚子 、草田男と、やはり私でも、名前くらいは知っている人がいます。
また、青色発光ダイオードで有名な中村修二教授も、愛媛県です。
あれは、ぴかぴか光る愛媛みかんに対抗して作られたに違いないと思います。
きれいなんですよね、愛媛県は。
やはり人は、その土地に似るのではないかと、思わざるを得ません。
考えたら東北人って、昔は火炎土器焼いてたんでしょ?
ゴッホを地でやってるような、ものですね。
それにあの、膨大な昔話や伝承群。しかも、グリムやイソップのような天才の個人が作ったものではない ……… 民間、市井の伝承。それが、世界のどの文化圏の、どの古典に対しても ……… 多くの人々の言葉を借りれば ……… 「独特の生彩を放って」います。この点、文学の領域を半歩こえたような世界の凄みは、アチラの世界と薄絹一枚へだてて、一番近い場所かも知れません。
日本人の原種かとも思います。啄木の写真の、はちきれんばかりの大脳半球を見れば、どうかしたら宇宙人ではないかとも。《-笑-》
啄木の享年が27と聞いた時には、あまりの残念さにショックでしたが、彼にとっては人生など、27年で充分だったのかも知れません。少なくとも私が270年生きたって、あんなものは書けない。(笑) モーツァルトの35年にも、迫りますよ。
東北には私にとって、本当に「ゾッ」っとするものがあります。真剣に、恐い。
さて、へるぷ平仮名歌詞の経緯はと言うと、ワープロ時代に『易経数え歌』三卦分以上の労力を費やし、作成しました。(これ、作るの案外難しいんです。)
酒場等で印刷したものを配布するも、広く普及するには至らず。(当たり前だっ。)
最近、その頃の紙片が発掘され、しかも『アタゴオルは猫の森』映画化!
「こりゃもう、出すぞー。」と言う訳で、イェイ、タコ。イカ略。
今宵、アタゴオル、ビートルズファンの皆様方に、慎み敬って献上し奉る ………
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