「プロローグ」
山井麻耶
「どんな親御さんだろう、楽しみだな」
 父が微笑む横で、私も「そうね」と笑顔を返す。実際、私は楽しくて仕方ない。

 さあゲームの始まりです。と少年Aが世の中を震撼させた頃、私もまた十四歳で、人生のゲームが始まりつつあった。父が殆ど毎日朝帰りするようになったのだ。酒の匂いも、仕事疲れの顔も見せずに。
「お父さん、浮気してるんじゃない?」
 私の言葉に、母は崩れ落ちそうな笑顔を返すばかりだった。私の将来や自らの生活のために、気付かない振りが得策だと考えたのかもしれない。母がそう言う以上、私は地団駄を踏むことしかできなかった。
 事態が急展開するのは、修学旅行の夜。唐突に先生に呼び出され、告げられたのだ。
「すぐに帰る準備をしなさい。お母さんが……亡くなったそうだ」
 楽しみだった修学旅行を中断することが、ただただ悔しかった。だって、母は健康だったし危険な仕事もしていない。突然死んだと言われても、信じられるわけがなかった。だけど、母は本当に死んでいた。知らない駅のホームから電車に飛び込み、肉片となった。
 それから父は模範的な父に戻ったが、私にとってはもはや汚らわしい存在でしかなかった。私は家を出、母方の祖父母の家で暮らすことにした。そして十七になった夏の日、その家の箪笥の奥にひっそり隠された赤い封筒を偶然発見する。宛先には母の名と、命日直前の消印。気になって、思わず中を見た。
 あらゆる汚い言葉で母を侮辱する内容の手紙と、父と知らない女が裸で交わる写真が三枚。結合した性器の部分を見て、私は吐いた。
 気付かない振りをするのと、自分の目で見たものをなかったことにするのは、全く違う。母を殺したのは、この手紙だったのだ。
 この日から私のゲームは動き出す。まず探偵を使って、趣味悪い手紙を送ってきた女を調べた。資金作りに身体を売った。汚らわしい男の娘らしいやり方だと自分でも思った。
 女は母が死んだ駅近くでのうのうと生きていた。そこで死んだのは、母なりのあてつけだったろうに。また、女にも夫と息子がいることが判った。何も知らず呑気に大学生をやっている息子と、ごく自然に知り合ったふりをして、甘く誘惑した。ちょろい男だった。
 私にベタ惚れとなった息子は、僕の親に会って欲しいと私にプロポーズした。かの女は人ひとり死に追いやったことなどすっかり忘れ、私がかつての情夫の娘だとも気付かず、良き母ぶった顔で私をいたく歓迎した。

 とんとんと話が進み、今日、私たちは結納を交わす。無責任な放任主義を掲げる両家の親は、ここでようやく初顔合わせとなる。
 二人がどんな顔をするか、想像するだけで愉快だ。母に代わり一生を賭けてこの人たちを追いつめるゲーム。本編が今、始まる。
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名無しさんからの批評 (2007/12/07 16:06) フォント
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たしかにプロローグですが、これだけでも十分読み応えがありました。ただ説明が少し多いのでもう少し説明とわからせないような工夫はできなかったものかと。
また表現も陳腐(悪い言葉ですいません)と思えるような箇所がいくつかあったのでそこが課題なのではないでしょうか。
かかしさんからの批評 (2007/12/12 01:39) フォント
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主人公の女性が、父が浮気したことで自殺した母に代わり、浮気相手や父を追いつめていこうとする話、と読みました。
「プロローグ」という題名で、あたかも、これから大きな物語が始まる導入部のように感じさせますが、「プロローグ」という題名の完結した物語、として読みました。
主人公の考えた、父と浮気相手を会わせる発想は、上手だと思います。だからこそ、そこに至るなかで、読者の胸をひっつかむようなエピソードがほしいです。主人公と母、そして父との関係を描くうえで、主人公の心の底や、母への思いが、きっちりと浮かび上がってくれば、物語にうねりが生じると思います。そうなれば、少年Aや、ゲームの始まりといった言葉に頼る必要もないでしょう。
デカダンス小説に感じたので、読者が嫌悪に震えるようなエピソード、あるいは主人公の心の底を、もっと見たいと思いました。
名無しさんからの批評 (2007/12/12 12:46) フォント
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 題材が題材というせいもありますが、物語の力に引きずられながら最後まで読みました。

 読み進めていく上で、ジェットコースターのように次々新しい事実が出てくるので、ラストまで期待を維持して、なおかつ期待を裏切られず読了できました。

 説明調の文体と、少し過剰な修飾を使った表現(悪い言い方で陳腐な表現?)が、私はマッチしていたと思います。
説明調の硬い文章だけでも、過剰な修飾の言葉だけでも、読んでいて置いてきぼり感があります。
そこをバランス良く考えられていたと思います。

 これは賛否両論だと思うのですが、個人的には「少年A」の明確な記載はいらなかったんじゃないか、と感じました。
実際の事件を小説内に取り込むにはリスクを伴います。
物語なら良くても、実際の事件を扱われると不快感を得る人もいるでしょうし、時間が経つと事件を知らない人が増えて、何の暗示か分からない、という事もあると思います。

「犯罪・人生をゲームに例える」だけでも、知ってる人は十分モチーフを思い浮かべる事ができると思います。
本編に影響のないモチーフなので、わざわざリスクを背負うよりも、少し匂わせる位の方が良かったのでは? と感じました。

 ……とはいえ、私自身が主人公と全く同じ年代なので、この記載があった事で、より物語に感応してしまったのですが……(^ ^;)
この年代は、現在丁度結婚適齢期。
ゲームの始まりに対して丁度良い年齢ですね。
とってもリアルです。

 でも、世代の違う人が読んだ場合は、やっぱりリスクだと思います。
特に若い世代が読んだ時。
私の年代は、Aの他にもバスジャックとか、色々同年代の少年犯罪が多発した時代でした。
「なんか……世の中変……」と感じながら思春期を送ってきたリアルさが即連想されるけど、こういう感覚は、その時代を生きてこなかった若い世代には伝わらないと思う。
名無しさんからの批評 (2007/12/15 05:27) フォント
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この先どう話が展開するのだろう?と興味津々のまま読み進む事ができた。読者を作品に引きずり込むという意味では大成功を収めたといえる。
ただ3枚の中にあまりにも多くの要素が詰め込まれているので、それぞれの出来事が1行で済まされたりと、全体的に駆け足になっている印象は否めない。プロローグというよりは長い作品の梗概に思えた。削るべき所は削って膨らませるべき所を膨らませるというメリハリが利いていると良かった。
少年Aについては賛否両論だろう。こういう実際の事件を取り込むのはリスクがある。例えば現在でも10代の子供達はこの事件を知らないかもしれないし、もしこの作品が長く残って数十年後の人々に読まれた場合は「少年Aって何?」となるだろう。
リアリティの面では結納の時点で父も復讐相手の女性もお互いの苗字や住所に気付かないなんて有り得るだろうか?と思わなくもないが、それを差し引いても全体的に上手くまとまっていると思う。
nieさんからの批評 (2007/12/16 10:05) フォント
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 まず
>「どんな親御さんだろう、楽しみだな」
 父が微笑む横で、私も「そうね」と笑顔を返す。実際、私は楽しくて仕方ない。
 という冒頭に引きつけられました。その次の「少年A」の引用も、筆者の余裕を感じました(良い意味です)。
 それから、全体的に(ほとんど説明文で構成されているため)勢いがあって、とても読みやすいと思います。オチもいい。「プロローグ」というタイトル通り、この次が読みたくなります。
 だから、この短編だけで、となると、難しいですね。けれどもご自身で「プロローグ」と題している以上、テーマがそれだったわけですから、そのテーマ内でなら完成されていると思います。
生足さんからの批評 (2007/12/20 00:50) フォント
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筆力がありますね。陳腐で百遍繰り返されたような話なのに、どこか引きつけられます。
淡々とした語り口の主人公女性も、特に魅力を描かれていないにも関わらず魅力的に思えます。でも頭は悪そうなのでこの先思い通りに事が運ばない局面があるだろうとか、相手の大学生の息子も実は自分と同じように苦しむのだと気づいた時に大義と良心と戦う場面などが容易に想像されて、その補完で楽しく読めています。
……が。
それで、いいのかなぁ?

うーん……『プロローグ』。
ただ、これで一冊書かれても私は読まないと思います。いいのはここまでのような気がしてしまいます。気をもたせているだけ、というか。
現実の猟奇を準えてもノワールとしてはひどく軽薄で軽いし、結局ミステリにもサスペンス仕立てにもならなそう。なんだかんだ言って恋愛小説の変化球ぐらいしか落としどころがなさそうに感じるのも、また私のリアルな感想なのですなあ。
名無しさんからの批評 (2007/12/24 15:39) フォント
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確かに読み応えはありますね。物語に引き込まれます。
しかし、展開の都合と細部の設定に無理があり、安直に過ぎると感じてしまう。例えば「あらゆる汚い言葉で〜私は吐いた」のくだりだが、相手の情婦にも子供がいるのに、わざわざ自らリスクを冒してまでこのような事をする意味があるのか?
このような物語は展開がドラマチックであるだけに、細部にはある程度のリアリティーがあったほうがよいのではないでしょうか。
名無しさんからの批評 (2007/12/25 01:17) フォント
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思わず「成る程!」と膝を打ってしまいました。少年Aのくだりで一気に惹きつけられ、そのままの勢いで最後まで読んでしまいました。続きが気になる終わり方です。一つだけ気になったのですが、何故母宛の手紙が実家の箪笥に仕舞われていたのか?字数が制限されている以上仕方ないかもしれませんが、細かいところの矛盾がきになりました。
名無しさんからの批評 (2007/12/29 21:22) フォント
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話の展開はかなりでご都合主義的なところが見られたが、掌編ならではの切り方をした作品だと思いました。先は気になるけど、絶対あってはならない(笑)。そう思えた。
乱発できない作風なので、違う作品を読んでみたい。




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