「久里浜まで」
中野リカコ
 ただいま夜の十時四十分。家ではそろそろ私の帰りが遅いと騒ぎ始めた頃だ。
 三分後にこの駅を出る久里浜行きの電車で、私はこの街を出る。なんで久里浜かと言うと、乗り換えなしで行ける一番遠い駅だから。
 出発を待つ車内は結構空いていた。斜め向かいに単語帳をめくる高校生、右のほうに疲れた顔で早速寝てるオジサン、左側には会社の悪口で盛りあがるお酒くさいOL二人組みがいるくらい。いずれにしてもこの電車に乗っている人たちは、みんなすごく退屈そう。
 私は、私の人生をあんなふうに退屈にしないために、家出するのだ。
 受験シーズンが近づくにつれ、両親が望む私の未来に輝きが見出せなくなった。具体的にいうと、私が行きたい中学と両親が受けろという中学が食い違ったのだ。
 私が行きたいのは、自由な校風で生徒全員が生き生きしてる学校。両親が勧めるのは、歴史ある伝統校。これは偏差値とか進学率とかのデータじゃ計れない人生観の違いなのに、受験料や学費を払うのは親だから黙って従えと怒られる。私の人生を親が金で買うって、絶対おかしいと思うんだけど。
 思い出してムカッときはじめたとき、一人の女の人が電車に乗り込んできた。真っ赤な髪の毛で、パンクみたいな服を着た大学生くらいの人だ。席はたくさん空いているのになぜか私の隣に座り、わざとらしく私を舐めまわすように見てから、お姉さんは言った。
「おじょうちゃん、どこまで行くのぉ?」
 わたしは目を合わせないで答えた。
「久里浜まで」
「はぁ? こんな時間に?」
 視界の隅で感じるお姉さんの眼が自信に満ちているように見えて、「ほっといて」の一言が言えない。私がうつむくと、お姉さんはさらににじり寄ってくる。
「わ、もしかして家出でもする気? あははは、若いねぇ。青いねぇ。かっわいい〜」
 いくら若くて青くても、バカにされてることぐらい、わかる。私はお姉さんから離れようと腰を上げた。
「あのさ、久里浜までどのくらい時間かかるか知ってる? 真夜中に到着したら帰る電車もないけど、あんた野宿とかできるわけ?」
 ドキッとした。なるべく遠くへ行きたかっただけで、私は久里浜がどんな街でどれほど遠いのかも知らない。通帳は持ってきたし、お金さえあればなんとかなると思ったけれど、考えてみたらそんなに甘いわけがない。
 ホームに発車のメロディが流れ始める。私の顔色を見たお姉さんは、優しく笑った。
「おうちに帰りな」
 追い出されるように電車から降りる。直後にドアは閉まり、久里浜行きの電車は走りだした。私は久里浜まで行けなかった。
 ただ、あのお姉さんだけはあの電車の中で退屈そうな顔をしてなかった。それだけが、私にとって救いのように思えた。
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□名無しさんからの批評 (2007/10/07 00:55) フォント
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主人公の心の変化をもうちょっと丁寧に書いて欲しかったです。最後が少し物足りないような…。
□名無しさんからの批評 (2007/10/08 12:27) フォント
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悪くないと思います。
主人公の世界の狭さも等身大な感じが出ていていいとは思います。
でもちょっと先のことを考えなさすぎかも。
その出来事であっさり降りてしまうのはちょっと説得力に欠けるね。
□名無しさんからの批評 (2007/10/11 22:10) フォント
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小学六年生らしさにやや欠いているかしら。もう少し露骨にキャラクターを設定すれば、ぐっと魅力が出ると思いました。
おそらく、千葉から横須賀線直通の総武線久里浜行き最終に乗ろうとしているということがこの文面から読み取れるので、もしかしたら取材をなさったかもしれませんが、取材をしていたのでしたら、もっと人を、退屈そうな顔をしている人ももっと「退屈そう」に書いてほしかったです。
人を魅力的に書ければ、お姉さんの台詞に電車を降りてしまうくらいの後押しがあったことも説得できたかと思えます。
誰か一人でもいいので(それこそ退屈そうな人でもいい)、生き生きとかけていたらこの作品は絶対よいものになると思います。
□名無しさんからの批評 (2007/10/13 17:32) フォント
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誰でも一度は経験する青臭い、苦い思い出。良く表現されていたと思います。ただ、お姉さんと私のやり取りをもう少し丁寧にするとリアリティーが出たのではないでしょうか。
□名無しさんからの批評 (2007/10/20 06:11) フォント
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幼い頃は自分の世界が狭く、この主人公のような感情を抱いたり無鉄砲な行動に走ったりするものだ。一方歳を取り人生経験を重ねると、このお姉さんのように大きな立場から若い人を見詰める事ができるようになる。その両方の立場が上手く書けているので感情移入しやすい。惜しむらくは小学6年生にしては文体や感情表現が大人び過ぎている点で、やや矛盾を感じる。かと言って高校受験を控えた中3にすると逆に久里浜までの家出の設定が幼くなり過ぎてしまうので難しい所。三人称を使うのも1つの手かもしれない。
□名無しさんからの批評 (2007/10/20 23:28) フォント
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良かったです。
取り立ててどう、という話では無かったのだが、すっきり最後まで読めた。
赤い髪の女のキャラが話の中で効果を出している。
□名無しさんからの批評 (2007/10/26 16:33) フォント
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芽生え始めた反抗期という感じが文体から感じさせる幼さと相まって、良い味だしてます。
残念なのは、ただ「痛いところを突かれて萎縮した」で終わってしまったところ。最後の一文から、心境が変化した理由には様々な要素が絡み合っているのだろうとは窺えるものの、それ以上のものは読み取れなかった。もう少し、文章の端々に心の揺れを滲ませても良いのでは?


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