「幸福、百八十円。」
たまご
「家を出たら、是非一度食べてみたかったものがあるんです。目白通りを向こうに少し行ったところに、ベーカリーがありましたね。そこに行ってみませんか」
 新婚旅行から帰ってきた翌日の朝、綾子さんは突然そんなことを言い出した。

 上司から勧められるままに見合いをして知り合った綾子さんは、とてもかわいらしく、おっとりと従順そうでありながら、なかなかしっかりとした思慮深い女性だった。公家の流れを汲む某名家と遠縁にあたるらしく、どこか気品も感じられる。そしてなにより地元では有名な資産家であり、我が社の重要な取引先のお嬢さんである。
 打算がないと言えば嘘になるが、まったく断わる理由がなく、奇跡的に先方も俺を気に入ってくださった。で、結婚したわけである。
「パンが食べたいの?」
「ええ、サンドウィッチを」
「もしかして、サンドウィッチを食べたことがないのかい?」
「いいえ。でも、違うんです。私の家で料理人に作らせたものには、あのような具材が入っていません」
 なんと。いったい、どんな具材なのだ。
「高校生の頃、男子部の方々が美味しそうに頬張っているのを、よく見かけたのです。何かの揚げ物のようですが、おかしな色をしていて、甘いような酸っぱいような、不思議と心惹かれるような匂いがしました。料理人に作ってもらおうと思って頼んでも、出てくるのはいつもカツレツのサンドばかり。あの具材は、お肉ではないと思うのですが……」
 肉以外の揚げ物? となると魚か何かのフライか。いやしかし、魚のフライを挟んだサンドウィッチを食べる高校生なんてそうそう見かけない。いったい、何だ。
 綾子さんの話に惑わされているうちに、俺たちはベーカリーに到着した。ベーカリーというよりは、地元の人が一家でやっているような、庶民的なパン屋である。
 中に入るなり綾子さんはキョロキョロと店内を見渡し、サンドウィッチのコーナーを見つけると、一目散に駆けよった。そして、
「あった、これだわ!」
 と声をあげた。それを見せられて、俺は笑った。人工的なピンク色の、身体に悪そうなハムカツを挟んだサンドウィッチ、百八十円。
 そうか、これだったのか。言われてみれば、俺の高校でも皆、購買で先を争うように買って食ったものだ。
 それを二パックと、缶コーヒーを買い、近くの公園で食べることにした。こわごわと一口食べて、綾子さんは言う。
「おいしい!」
 新緑の下、ソースと脂の交ざった懐かしい匂いが漂う。満面の笑みでハムカツサンドを食べる彼女の横顔に俺は、この人と結婚したのは正解だなと改めて感じ始めていた。
著作権について
 
 
□名無しさんからの批評 (2007/05/15 09:22) フォント
発想
構成
表現
総合
綾子さんの語りや背景が良くわかるいいエピソードにはなっていると思う
ただラストのこの人と結婚したのは正解だな、はちょっと違和感がある。
打算的な結婚といえるだけに結婚という言葉に打算の感じが残るというか
打算抜きのいい感情を示したいのだと思うから結婚や正解という言葉でないほうがしっくりきたかなと思います
□名無しさんからの批評 (2007/05/18 12:03) フォント
発想
構成
表現
総合
男の方が書かれた文章なんだろうなと思いました。良く出てきますよね…こう言うアニマ的女性像。
最後の「感じ始めていた」という文体が素敵だと思います。
□名無しさんからの批評 (2007/05/27 15:40) フォント
発想
構成
表現
総合
ハムカツのことを言ってるんだなというのは中盤で読めてしまうし、オチがハムカツを食べて美味しかったでは弱い。公家に連なる名家という設定にも無理やり感が残る。
それと結婚相手が、男の自分から見てもあまりにも男にとって都合よすぎるというか、いかにも「お人形さん」的女性で萎えた。

ただ、ハムカツというアイテムはすごく良いなと思います。
□名無しさんからの批評 (2007/05/28 22:07) フォント
発想
構成
表現
総合
かわいいがすぎるこの手のリアリティーのない女は、ある種男にとって理想なのか、?
無理のない自然な女の人に見せるには、ちょっと書き込みが足らないかも。
ただし、「俺」の一人称だから、この「俺」がそう感じているだけ、と捉えればいいのだが、それにしたらこの男に今度は共感できない。
ちょっとバランスが悪いか。
□名無しさんからの批評 (2007/06/02 07:33) フォント
発想
構成
表現
総合
最後までマックのハンバーガーを勘違いしているんだと思ってしまいました。フィレオフィッシュ。

登場人物に魅力はありますが、ところどころ文章に違和感を感じる部分があった。
もう少し推敲が必要か。
□名無しさんからの批評 (2007/06/03 05:23) フォント
発想
構成
表現
総合
綾子さんのおっとりした魅力が伝わってきました。結末の「この人と結婚したのは正解だなと改めて感じ始めていた」がやや重苦しくてくどい感じなので、綾子さんの人柄のようにもっと爽やかに終わらせて余韻を楽しませて欲しかったと思いました。


←目次へ
2style.net