「BLUE」
ミホ
「わ、ママ。すっごい、部屋広い!」
 ホテルの部屋に入ると、明里はますますはしゃいだ。飛行機を降りてからずっとこの調子だ。確かに頬を撫でる風や特有の熱さを持つ陽射し、レイを準備して迎えてくれた現地スタッフには、大人だって浮かれそうになる。
 カーテンを開けば、窓ごしに大きな空と光る海。明里は「テレビで観た風景と同じ!」などと叫んでバルコニーに出た。
 同じ、だ。十三年前の風景も。
 部屋番号は忘れてしまったけれど、たぶん似たような角度から、私はこんな青を観た。

 明里がショッピングセンターの福引でハワイペア旅行を当てたのは、二ヶ月前だった。
 娘と二人で海外旅行。そりゃ、いつかはしたいと夢見ていた。けれど、棚ボタの幸運なんてタイミングが悪いものだ。娘に学校を休ませ、夫に留守番をさせる私は、母としても妻としても間違っていると思う。
 でも、当選したと渡されたパンフレットを見て、行くしかないと思った。なにしろこのツアーで泊まるのは、十三年前に新婚旅行で泊まったワイキキのホテルだったのだ。
 十三年前、夫が言った言葉を、今でもはっきりと覚えている。ちょうどこんなバルコニーで、熱いキスを何度もした後だった。
「十年ぐらいしたら、また二人で来よう」
 きっともう、とうに忘れられている約束。

「パパも連れてきてあげればよかったねー」
 眩しさに目を細めながら、明里が言う。私は罪悪感に目を伏せて、投げやりに答えた。
「仕方ないでしょ。パパは仕事が忙しいの」
 嘘。仕事が忙しいのは事実にしても、私は初めから夫を誘わなかった。明里と一緒に行くから留守番よろしくと、一方的に伝えただけだ。夫の断わる言葉を聞きたくなかった。
 と、明里は突然身を乗り出して言った。
「ママ見て! ほら、結婚式やってるよ」
 見ると、輝く芝の上でガーデンウェディングが行われていた。日本人カップルのようだ。
「あたし、ハワイで結婚式したいなあ」
 うっとりと明里が言う。色気は足りないが、この頃少し女っぽく、生意気になった。考えてみれば、あと四年で結婚できる年齢だ。改めて、十三年という時間を思う。
 子育てに追われた私の毎日。会社に縛られた夫の毎日。私たちはすれ違っていたのだろうか。ただひたすら、同じ未来を見て走り続けていただけではないだろうか。

「――パパも連れてきてあげればよかった」
 私が呟いた頃には、明里はもう結婚行進曲を口ずさみながら、部屋でベッドにダイブしている。まだまだ子供だ。明里が私たちをハワイに連れていってくれる日は、遠い。
 でも、いつかこの子が本当に大人になるとき、私も彼とまたここで笑えるなら、今からまた十年でも、その日を待てる気がした。
著作権について
 
 
□緑の5本指さんからの批評 (2005/06/18 01:37) フォント
発想
構成
表現
総合
最後の段落で夫を「彼」と表現したところが何気なくて良かった。
□名無しさんからの批評 (2005/06/19 01:29) フォント
発想
構成
表現
総合
女性も男性も結婚して子どもが生まれてそれに対して必死になっていると、自分たちの大事な事が見えにくくなるんですよね。それを子どもの言葉で再確認したり。でも何かを継続するって結局こういう事なんだなって「待てる気がした」の最後の一言で全てが明るく照らされるのがすがすがしく感じられました。ってこれは批評じゃなくて感想かなあ。でもまあ、心で思ったのを正直に書いた方がいいものね。素直に読んだもん勝ち(笑)
□匿名者さんからの批評 (2005/06/20 22:11) フォント
発想
構成
表現
総合
なんというか、そうですか。という感じでした。
中盤でお父さんの言葉が何か入ってた方が良かったと思います。
お父さんの心境を最後に持ってきたら自分的には良かったかも。
□名無しさんからの批評 (2005/06/24 20:49) フォント
発想
構成
表現
総合
 いいなぁ。うまいと思った。3枚という枠にはみでずにまとまっていて、読んで安心します。
□名無しさんからの批評 (2005/06/25 19:57) フォント
発想
構成
表現
総合
なんだかんだ言ってそれほど仲が悪くないんじゃないかなあと思いました。
独白がほとんど言い訳みたいに見えました。
自分にとってはあまりノれない話でした。
□名無しさんからの批評 (2005/06/30 21:38) フォント
発想
構成
表現
総合
表現でこそ可もなく不可もなく。話自体特に悪い。という点もないが、いいと思えるところもない。しいて言えば確かに最後の夫を彼。という表現はイイかな。と。
特に面白いと感じませんでした。ひねりも感じられませんでしたし。もったいないなぁ。
□名無しさんからの批評 (2005/07/02 11:17) フォント
発想
構成
表現
総合
いいですねえ。ほんのりと。うんうん。イイ感じです。
日常を描くのって、難しいんですよね。ううむ。見習わせていただきます。
□名無しさんからの批評 (2005/07/04 13:29) フォント
発想
構成
表現
総合
もっと最初のほうから、「母親が過去に訪れたことがある」ことを匂わせてもよかったのではないでしょうか。
母親の心の変化があまりにも唐突すぎる気がします。ハワイ特有のスコールだとかテーマでもある「島」に関するなにかだとか、変わるきっかけになる事柄があったら、もっとすんなり受け入れられたと思いました。
「同じ未来を見て〜」の文は、とてもやさしくていいですね。心に残りました。
□名無しさんからの批評 (2005/07/13 22:04) フォント
発想
構成
表現
総合
「私たちはすれ違っていたのだろうか。ただひたすら、同じ未来を見て走り続けていただけではないだろうか。」
この一文にズキューンと来た。淡々としすぎているような気もするが、これだけで充分作品たり得ていると思う。大切なことを思い出させてくれてありがとう。
←目次へ
2style.net