「鉛筆削り」
本多溶子
 ――サク、シュッ。サク、シュッ。
 尚子は今、明日に備えて鉛筆を削っている。
「とにかく楽しんでください。それが、デッサン上達のコツですよ」
 先生はそう言って、見学に立ち寄った尚子に、まずは鉛筆の削り方を教えた。
「鉛筆は、カッターナイフで削ります。機械で削るとすぐに先が丸くなるので、微妙な線を表現できません。自分の手で、自分が描きやすいように鉛筆の先を好みの形に整えるところから、デッサンは始まるんです」
 ――サク、シュッ。サク、シュッ。
 鉛筆の匂いが、尚子の鼻をくすぐる。
 小学生の頃、尚子は手でレバーをくるくる回す削り機を使っていた。電動には及ばないが、カッターナイフに比べれば文明的だ。
 通っていた小学校で『シャーペン禁止令』が出ていたので、尚子は小学校卒業までずっと鉛筆派だった。中学に入って以来もっぱらシャーペン派になったが、尚子は鉛筆も嫌いではなかった。
 例えば沢山の宿題をこなしたとき、鉛筆はすっかり先が丸くなるのが良かった。ノートに線の太い文字が連なると、尚子は自分の努力を認めても良いような気になったものだ。
 何か習い事でもしようかと思ったとき、たまたま目についたデッサン教室のチラシが、自分に今そんなことを思い出させているのが可笑しくて、尚子はふっと笑った。
 ――サク、シュッ。サク、シュッ。
 それにしても、カッターナイフで鉛筆を削るのは意外と難しい。先生がやって見せてくれたときのような丸い削りカスが出ないし、芯を細くしようと悪戦苦闘するうちに、鉛筆はどんどん短くなってしまう。
 薄く削ればカスはきちんと丸まるが、芯がうまく現れない。厚さを気にせず削ると芯はすぐに顔を出すが、不格好になる。それを調整しているうちに、また鉛筆は短くなる。
 尚子の脇の下あたりに、じわりと汗が滲み始める。
 ――サク、シュッ。サク、シュッ。
「どうして資料をコピーするだけでそんなに時間がかかるんだ? 君は要領が悪いクセに、くだらないことに拘りすぎだよ」
 先日の上司の言葉が頭を過ぎる。
 ――サク、シュッ。サク、シュッ。
「いつまで高校の頃の失恋を引きずり続ける気? 一人の人を想い続けるのも大切だけど、それじゃ尚子、幸せになれないよ」
 友達の呆れた口調が耳の奥をかすめる。
 ――サク、シュッ。サク、シュッ。
 一度も線を描くことのないまま、ただ削られて五センチほどになってしまった鉛筆が、六本、七本、床に転がっている。一ダースも買った鉛筆が、もう残り少ないことに、尚子はまだ気づかない。
「仕方ないじゃない、不器用なんだから」
 小さく独り言ちてから、尚子はまた真新しい鉛筆を箱から出し、黙々と削り続けた。
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□名無しさんからの批評 (2005/02/16 09:35) フォント
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構成
表現
総合
鉛筆を削るという単純な作業の中に、不器用な自分の性質を掘り下げて思考する様子が、先の見えない彼女の人生を現しているようで、上手だと思いました。「デッサン」「一度も線を引くことのない鉛筆」「削りカス」。中途で入ってくる主人公の過去の記憶。色々な先という可能性を、幾重にも読み取れるようなニュアンスが達者で、文学的です。解りやすくて読みやすく読み手を考えてくれる優しい感じが好きです。
いいですね。いいですよ。
□匿名さんからの批評 (2005/02/16 17:51) フォント
発想
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総合
うまいようでいて、実はあんまりうまくないと感じました。「手クセ」って感じがします。これぐらいはいつでも書ける人なんでしょう、きっと。地はうまい感じがします。

自分が感じた点をいくつか。

まず、主題。主人公は、「上達」したいのか?
しかし最後には「仕方ないじゃない、不器用なんだから」とも言い放っている。そこから、どうしてデッサン教室に通いはじめたのか(たまたま、だってのは知ってますが)、それが知れない。なので、色々なことが上手じゃない主人公がいったいどうしたいのか、それが分からない。うーん、許されたいの?デッサンが気楽なものならば、それも当てはまりますが。
そして、それについての解決法の提示。先生のはじめのセリフで「自分が引きたい線を引くためには、心を込めて丁寧に鉛筆を削ることです」などのように喋らせ、人生を上手く生きるための助走、思慮深い穏やかな時間の重要性を、先生を品のいいおばあちゃんにするなどして、示す。そんな方法はどうか?

主人公のこと。
尚子は不器用だけどかわいい子?それが分からない。話じたいが主人公のパーソナリティに依るところが大きいので重要です。「出来ないことに対して開き直る子」には共感できません。「生きる速度がゆっくりな不器用な子、でも、がんばる」だったら共感を呼びます。そこを考えてあげると尚子の細かい所作が変わると思います。

表現の工夫、について。
当たり前の表現が多いです。主人公の悩み、仕事風景や恋愛事情がいわゆる「普通」なので、せめて表現は魅力的にする工夫が欲しいです。特に気になったのは擬音の工夫。「サクッ、シュ」では当たり前すぎる。ここをもっとあり得ない音、「ギショ、ギスギス」とか、心情や心象をフィードバックする音にするだけで随分違うと思います。削り音がこれだけ頻出するのだから、尚子の心情の変化で音に変化をつけて。そして最後にとても耳障りのいい、心地好い音をもってきて、尚子のこれからを暗示するテクニックが欲しいです。

タイトルにも工夫が欲しいです。これでは、「人生」というタイトルでただ生きてるだけ、みたいです。「人生」だって「○○の生涯」だとか言うだけで随分変わるのでは?

「今のままがいい」っていうのも、まぁ、分かるといえば分かります。なんだか、ここまでがまるで無用のようですけど。
ただ、個人的にはそういう「凝らなさ」が楽しめない、というだけです。
□名無しさんからの批評 (2005/02/18 12:35) フォント
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「サク、シュッ。」の繰り返しは、それをやりながら考えていると同時に、文章の流れをうまく整える働きがあっていいと思います。
いいと思うのですが、この言葉自体にもう一ひねり欲しかったです。
せっかく効果的に使うんですから、ありきたりな表現じゃつまらないですよ。
本多さんらしい擬音語、擬態語があれば、この作品がぎゅっとしまる気がします。
自分で鉛筆削って、その音や動作に「ことば」を与えるってのは、やると楽しいですよ。
□名無しさんからの批評 (2005/02/19 23:51) フォント
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総合
 ――サク、シュッ。サク、シュッ。
この擬音が繰り返されているのですが、この擬音が陳腐に感じたので、即表現を芽にしてしまいました。いくども繰り返すのなら、もう少し凝って欲しかったです。
この擬音のように、話しも単調で、深みが欲しかった。
たぶん、このテの話しは共感を得てこそだと思うのですが、無機質すぎて、際どい。
□名無しさんからの批評 (2005/02/20 14:58) フォント
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総合
評価のバランスが悪いように見られるかもしれませんが……。
はっきり言って既視感のある作品で、読後に強い印象を受けることは、まずありません。
ただ、陳腐にも感じられる構成を使ってしっかり一本書き上げられる力というのは、それはそれで大切なことだと思います。
例えば作家としてプロを目指すということであれば、この作品とはまた別にオリジナリティーを追求しなければなりませんが(プロが全員そういう力を兼ね備えているかというとそうでもない気もしますが、まあ、イメージとして)、まったくの趣味として、あるいは実用的な文章作成スキルとしては、こういうこなれた感じの文章を作ることは高く評価してよいのではないかと思います。
作者の方がどういった文章力を求めておられるかはわかりませんが、個人的には今回の作品の中では一番よくできていると思いました。独創性とか記憶に残る表現とかが必ずしも求められるわけではないでしょうから。
□名無しさんからの批評 (2005/02/24 16:15) フォント
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「一気に読みきりました」

僕は、この長さくらいの作品なら、一気に読みきることができるか?というのは、とても重要な要素だと思います。
またこのくらいの長さの文では
、あまり話を広げすぎないことも大切な要素だと考えます。
そういう意味でこの文章の構成力は「実」といってもいいのではないのでしょうか?
□辛口侍。さんからの批評 (2005/02/27 14:45) フォント
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「小学校卒業までずっと鉛筆を使っていた」の方がすっきりする。禁止令があって、その頃は対立する「派」は存在しないのだから。「派」をわざわざもってきて、文章の流れを悪くしているような感じがした。きっとそういう言葉を使っていたのだと思うけど。

「何か習い事でも〜」で始まる段落の一文は、文章的に理解しづらい。「思ったとき」と「自分に今」がぶつかっているからだと思う。あと主語がコロコロ変わるところ。省略されているけど、最初は「私が」、そして「教室のチラシが」、次に「思い出させているのが」。

また、そもそも尚子がどういう状況にいるのか、判別が難しい。最初はてっきり、教室にいるのかと思った。でも「明日に備えて」で自宅の部屋にいるってことなのかな? でもこれだけじゃわからないと思う。明日、その教室にモデルがきて特別な写生をする日なのかと思ってしまうし。実際私はそうやって読んでいた。
□名無しさんからの批評 (2005/03/01 04:00) フォント
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少しドラマ性に欠けるかな、とも思いましたがこれはこれで。
文章も内容も洗練されてるなあと感じました。
デッサン教室のチラシ〜の部分が出てくるのが遅いせいかちょっとそこで詰まってしまいましたが。
□名無しさんからの批評 (2005/03/06 14:13) フォント
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うまいとは思いますが。読者としての私は、小説に少なからず「エンターテイメント性」と求めてしまいます(人それぞれなので、あまり気にしないでください)。
コレには残念ながらそれがありませんでした。話もうまいし、リズムもあるし、文章も良くかけているだけに、どうしてもそこを求めたくなってしまいました。
ところで、デッサンの鉛筆って「芯を細く」しますかね? 私がデッサンしていたときは、先生に「芯を細くしないで」といわれましたが……。だからこそ手で削ったんですけど……ねぇ?
□名無しさんからの批評 (2005/03/14 11:00) フォント
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上手い、と思わせる文章ですね。読みやすいし、纏まっているし、わかりやすい。ただ、最後の「仕方ないじゃない」の台詞で主人公が非常に嫌な奴に見えてしまいました。不器用なことに無自覚だったらもうすこしかわいい奴に見えたかなあ、と個人的には思いました。いい悪いは別ですけど。
□名無しさんからの批評 (2005/03/15 00:19) フォント
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上手くまとめられていて、お上手です。何を言えば少し地味、なところでしょうか。淡々としていて良い雰囲気なのですが、もう少し華があるエピソードを入れても良いかも知れません。
基本的な話の筋立ての力はおありかと思います。欲を言えば「基本」からはみ出した「味」が出てくるととってもステキなんですが。難しい課題ですね、それは。
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