「幕間の女王」
イシオ
 紅いビロードの向こう側。客席から遮断された舞台で、次の上演準備をする者がいる。
(もう少し上手側に移動するから手伝って)
(はーい……)
(そんな顔して! 今から練習の成果を発表するんだよ、テンション上げようよ!)
 今日まで楽しそうに大道具を作ってきた多佳子から目を逸らし、綾は口を尖らせた。

 抗議した綾に対し、顧問は「中学の部活動は勉強の一環よ」とだけ答えた。今でも綾はそれを理解しかねている。三年の部員全員が舞台に上がれるような便宜的配役に、一体どんなことを学べるのだろう。
 運動部なら、実力さえあれば一年でも試合に出られる。演劇にだって、勝敗はある。勝敗を決めない発表会でも、優劣は出る。プロの役者になろうと日々練習に励む綾をさしおいて、練習がいい加減でろくに声も出ない先輩が舞台に立つのは、やはり理不尽ではないだろうか。
 役をもらえなかった綾は、とても大道具の仕事に集中などできなかった。緞帳の裏でどんなに良い仕事をしても、客席から見えなければ存在しないも同然なのが、役者なのだ。

 ――今、この手を滑らせたら?
 多佳子と一緒にセットを移動している最中、不意に綾の心を邪な考えが過ぎった。
 薄いベニヤに素人が釘を打っただけのセットは容易く壊れ、それでも劇は始まる。実力のある役者は動じずに演じきるが、そうでない者も必ずいる。恥をかけば良いのだ。
 綾は、ふ、と指先から力を抜いた。
「あっ!」
 綾がわざとあげた声が響き、セットが板張りの床に叩きつけられた。皆が綾に注目し、特に指揮をとっていた部長は、キッと睨んだ。綾は得意の演技で、焦った様子を見せる。
「す、すみません。手が滑っちゃって……」
(バカッ!)
 部長は音のない声で怒鳴ると、綾を舞台袖まで連れていき、低い声で注意した。
「幕間になんて声出すの! 足音もうるさいし、あんた演劇やってる自覚あんの?」
「もちろんです。早く舞台に立てるように、毎日練習だって頑張ってます」
「裏方だって影を演じる役者なの。その程度の演技ができないなら、緞帳の下りた舞台にも立つ資格はないよ。ずっとここに居な」

 やがて、配置を終えて引き上げてきた多佳子が、呆然と立ちつくす綾に声をかけた。
「大丈夫、セットは無事だったよ」
 目眩に似た安堵。悔悛とともに、綾は役者を目指す自分にではなく、演劇そのものに初めて愛情を持った気がした。裏方や役者、舞台や観客が揃って初めて織りなされる芸術に。
 開演のベルが響き、緞帳が上がる。客席から見えない場所で、綾は影を演じ始める。
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□匿名さんからの批評 (2005/01/16 21:43) フォント
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やっぱり、人だなぁ。
ピアノ演奏において「最後は音色のいい人の勝ち」とか言うけれど、小説は「人の描けてる人の勝ち」なんでしょう。文章作法とかテクスト論とか、そりゃ大事だろうけど。

綾も多佳子も部長も、どんな少女なのかが目に浮かびます。それぞれどんな髪型をしてどんな表情を浮かべているか、どんな風に指定のジャージを着こなしているか。それが。特徴をいちいち細かく羅列する必要はなくて、それで事足りている。
この分量で素晴らしいと思います。このキャラクター達に一冊付き合ったらかなり満足感が得れる気がしました。

正直なところ話の展開じたいは真っ当過ぎるというか簡単に事が運びすぎるとは思いますが、そういうこともどうでもいい気がしますね。おそらく、一冊の本として読むときには真っ当なだけじゃない十分に練られた展開が準備されているだろうと予測できるだけに。
□名無しさんからの批評 (2005/01/17 12:10) フォント
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 表現的なものは、とても優れていて、場を描くのも、人物も、正しく読み手に伝わります。
 
□名無しさんからの批評 (2005/01/17 13:08) フォント
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ちょっと道徳くさい感じがするのですが、見事に無駄のない文章ですね。凝縮感も感じるのですが、ちゃんと背景が見えてくる感じです。
内容も、さらりとしているようで実は深い気がします。これって小説にもあてはまるよな〜と、考えさせられました。書いている自分が好きなだけという自己満足で書いている人と、発表する場所や読者のことを考えて書いている人って、やはり違いますよね。
作者さんにそこまでの意図があるかは解りませんが…
□名無しさんからの批評 (2005/01/18 01:43) フォント
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いい話だとは思いました。が、一気に結末。大事な描写がなにか抜けている気もします。
□とくめいさんからの批評 (2005/01/21 00:29) フォント
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キレイですね。無駄がない。
ちょっとした事件もあって、飽きさせないですし。

これからも自分のお好きな作品を書き続けていっていただければと思います。
□名無しさんからの批評 (2005/01/22 15:29) フォント
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説教くさい話しだなぁ〜。
それにしてもさすが「中学の部活動」だけあって、中学生らしい発想の綾さんは良く書けていると思います。
ちなみにワタクシは「裏方専科」で演劇に携わったこともありましたが、影を演じているなんて思ったことなかったけどなぁ……。そもそも「舞台で演じる役者」だけでプロの役者になろうってところが、すごく中学生チックでいい感じです(笑)。
□辛口侍。さんからの批評 (2005/01/23 01:08) フォント
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入りの視点が客席からのものと気づかず、誤読した。それに気づけばすぐ絵が浮かぶのだが。最初は紅いビロードをステージに敷いてあるものかと思い、遮断された舞台とは、舞台裏のことかと。

登場人物はできるだけ、一緒に出さない方がいいと思う(一文に二人の名前を入れて同時に出さないってことね)。やっぱり初めて読む人には区別がつかないし、ややこしい。多佳子、綾、どちらが主人公なのかもわからない。
□名は無いさんからの批評 (2005/01/25 04:20) フォント
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キャラクターではなく人間が生きている作品でした。面白い作品には絶対に必要な事ではないかと。最後は少し道徳的な流れになったように感じましたが、それはまあ分量的に仕方の無いこと。最初のシーンで少し視点がぶれ主人公が誰か解からず混乱しかけましたが、大したことなく修正できたのでよかったと思います。
□名無しさんからの批評 (2005/01/27 07:48) フォント
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登場人物の精神活動に魅力を感じる良い作品だと思った。
内容も言いたいこともハッキリ現れていて詠みやすい。
□匿名者さんからの批評 (2005/02/05 01:09) フォント
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ん? と最後まで読んで思った。
疑問。何がどうなったんだろう。
わざとやった事なのにあとで、目眩にも似た安堵を漏らすんですか?
中盤と後半が噛み合ってない感じがするんですが。
1行開けてる所で完全に話が分断されているような印象を受けました。
話の持って生き方がオチと噛み合ってない。
□名無しさんからの批評 (2005/02/09 13:19) フォント
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最後があっけなかった。中盤でアレだけ自信過剰なところを見せたのだから最後で反省するのはちとおかしいような気も・・。けど良い話でまとまりが良く読んでいて気持ちよかったです。
□名無しさんからの批評 (2005/02/12 13:01) フォント
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綾が果てしなく嫌な奴に見えるのはやっぱり「人間が描けている」からなのだろうと思います。読みやすいし、まとまっているし、頭に入ってきやすい。でも、私にとってはそれだけでした。
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