「あけられたはこ」
小鳥遊苗
 少女の紡ぐ唄は世界を見遥かす。
 だから少女は、ずっとその塔の中に居た。
 少女から零れ落ちる言の葉を一つ足りとも漏らさぬよう、年の離れた兄がそう定めた。
 兄は世界を統べる者。少女は世界を語る者。
 鉄格子の嵌った、丸く切り取られた窓は、少女が唯一世界を知るための扉である。
 少女はその窓に顔を寄せて唄う。この国の、緩やかな未来の歴史を。
 少女の部屋の脇に設えられた、唄追いの老婦が、ペンを滑らせて唄を書き留める。

 四季は幾度も繰り返されたが、この年は、少女が物心ついてから初めての、極寒の冬となった。
 少女が古びた鉄塔の部屋の中、凍え震えながら唄を紡いでいた、その日。
 はらり、窓の外を白いものが舞った。
「……あれは、なに」
 唄を止めて、少女はひとりごちた。唄が中途で止むことなど今まではなかったので、隣室の老婦は驚き、反射的に雪で御座いますと答える。
 雪、と不思議そうに繰り返し、少女は視線を雪片に止める。微かに降り始めていた雪片が鉄格子に張り付いた途端、しゅと刹那に雪片が消え、鉄の格子が僅かに湿った。
「格子が溶けたわ」
 驚く少女に、隣室の老婦は声だけで応えた。
「いえ、それは雪のほうが溶けたので御座いますよ。鉄の格子は溶けませぬ。くれぐれも不穏なことは考えなさいますな」
「……ええ」
 頷いた少女は、それでも唄い続けること無く、外を少しでも多く見ようと、寒さに慣れぬ指で格子を握りしめ、外を見つめた。先の老婦の思いがけぬ言葉に、自分がどれ程今失望したのかを思い知る。
(もしもこの格子が溶けるのならば……)
 寒さに痛む指先に気がついて離した頃にはもう、感覚が無くなるほど冷え切っていた。部屋に戻ろうとしたとき、格子から吹き込んできた雪片が、はらり部屋に降りて少女の指先に落ち、先と同じように溶けた。
「あ……」
 こんなに冷え切った自分の指先でも雪は溶ける。
 知らぬ世界を垣間見た少女は息を飲む。
(こんなに冷え切ったわたしの指でも、雪というものは溶けるのだわ)
 知らず唇から唄が洩れる。温度あるものは生きるもの、温度あるものは内に秘める熱を持つもの……。
 少女は己の内側の熱を知った。この身にはまだ希望というものが残っているのだと。
(いつか)
 少女は指先を見つめながら、決心する。
(いつかここから)
 少女のパンドラの箱が今、ひとひらの雪片によって開かれていた。
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□名無しさんからの批評 (2004/01/11 11:52) フォント
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大した事がかけなくてすみません。
ただ私の好きな感じの文章だったので批評させていただきました。


□名無しさんからの批評 (2004/01/11 16:04) フォント
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冷え切った指でも雪は溶ける、というのは秀逸な感じです。とてもいい。
ファンタジーは好きなので、興味深く読みました。短い中で、解りやすく少女の境遇が表されてるなと、思いました。もうすこし唄がどんなものなのか解るくだりがあると、少女の重要性だとかが良く伝わったかもしれませんが。
最後のパンドラの箱、は少々くどい気もします。開かれて、最後に残ったものが希望なのですし。
□名無しさんからの批評 (2004/01/11 16:11) フォント
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雪が箱を開けるきっかけ、という展開がうまいと思わせました。それが「パンドラの箱」ってのはちょっとくどいですけど。
ファンタジーの序章でうまくきれいにまとまっていますし、この先の話が気になるってところでおさまっているのがまたうまいです。
どうしてもファンタジーとしてはありがち過ぎるのが気になりますが。
□名無しさんからの批評 (2004/01/11 21:41) フォント
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 「神話」とするには重さが足らないかな。なのでファンタジー小説の一挿話ですかね。ファンタジーって一歩間違うと逃げ道になる気がします。例えば、この話の場合でも「世界を見遥かす」となんで「塔の中」に閉じ込められちゃうの? 雪も知らない女の子がどう世界を唄うの? とかいう疑問も「そう決まっているから」って調子で逃げれちゃうんですよね。そういう疑問を納得させてファンタジーを描くとなると難しいんですけど、できたらかっこいいですよね。といった理由で「蕾」にさせていただきました。
 表現が「花」なのは「こんなに冷え切った自分の指先でも雪は溶ける」という一文に引っ張られて評価があがったということで。
□名無しさんからの批評 (2004/01/11 22:42) フォント
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ファンタジックな雰囲気を作り出すのが上手いな、と感じました。すごくいい話だな、と思います。
ただ、「パンドラの箱が開かれた」って事は、この後何か悲劇が起こるのかな、と。「希望」を意味するのなら、パンドラの箱はもう開かれている事になるし・・・。
私の知識&理解力不足でしょうか。だとしたらすみません。
□名無しさんからの批評 (2004/01/14 14:52) フォント
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発想も表現もおそらく及第点というレベルだと思います(偉そうなこと言ってすみません)。「こんなに冷え切った自分の指先でも雪は溶ける。」はとても秀逸な一文だと思います。
ただ、何か足りない気がするんです。読者に感動を与えうる決定的な要素みたいなものが……。上手く言えなくてすみません。
□名無しさんからの批評 (2004/01/14 16:01) フォント
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惜しいのは『少女のパンドラの箱』という表現でしょうか。
世界観を最後の一行でギリシャ神話の世界にもって行かれた私はどうすれば?という感じ。
塔に閉じ込められたという設定、雪、この二つの要素で恐らく英国圏の雰囲気(フィッシュアンドチップスなし)で読み進めていったもので、あっけらかんとしたギリシャ神話の世界に登場するパンドラの引用がもったいないという事かも。
□名無しさんからの批評 (2004/01/15 00:30) フォント
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お手柔らかにお願いします。
ファンタジーストーリーのプロローグという感じでした。既にご指摘されてますが、「パンドラの箱が開く」型の話はありがちなのでハッとする所はありませんでした。
□名無しさんからの批評 (2004/01/15 00:38) フォント
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↑です。感想だけ書いた地点で誤って送信してしまいました。すみません。

まず序盤の「少女」が若干多いです。「彼女」に置き換えるなり代名詞の活用をして欲しかったです。それから当方の希望になってしまうのかな?これも序盤の話ですが、改行が多いのも気になりました。改行しなくても一段落でいったほうが良いのではと思う点があるのです。
□名無しさんからの批評 (2004/01/15 23:42) フォント
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う〜ん。ファンタジックぅ〜。
なんだかこれから冒険が始まりそうな内容ですね。
□名は無いさんからの批評 (2004/01/16 01:07) フォント
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ファンタジーは大好きなのですが、やはりしっかりと作りこんでいないと破綻をきたしてします部分が多くなります。世界を0から想像できるわけですから、やはり説得力というものが足りないと皆に読んでもらうのは難しいかと。失礼、今のは自戒であります。

物語の最初、改行が多すぎる気がします。私には効果があるようには思いませんでした。過去の部分と現在の説明をさっと済ませてしまうのには良いかもしれませんが、でしたらもっと絞れるような気もします。
□名無しさんからの批評 (2004/01/17 18:23) フォント
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静かさがいいです。
「くれぐれも不穏なことは考え・・・」は少し気になりました。少女自信は不穏だと感じてないと思ったので、そこで「不穏」と言われてしまっていいのかなー、と。
□nobodyさんからの批評 (2004/01/20 12:57) フォント
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典型的なファンタジーの世界ですねぇ。

>「格子が溶けたわ」
この一文はすごくいいと思いました。普通に生きていると、溶けたのは雪だという常識から離れられないので、すらりとこういう描写が盛り込めるのは素晴らしい。

全体的な雰囲気は好きですが、少女のパンドラの箱が開いたのが唐突な印象を受けました。少女が今まで生きてきた状況を考えると、きっかけが雪しかないのが弱い気がします。私の気のせいでしょうか。
パンドラの箱という比喩(?)が大袈裟過ぎると感じたせいかもしれません。
□名無しさんからの批評 (2004/02/05 10:49) フォント
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 これは私の意見に過ぎないのですけれども、小説の書き手の良し悪しをはかる目安のひとつに、状況説明が上手くできているかどうか、というものがあると思います。
 もちろん説明に失敗していてはどうしようも無いのですが、その説明がただの説明であっても、私は良くないと考えています。小説である以上、描写などでそれは為されるべきだと考えます。
 前置きが長くなりましたが、著者様の特徴のひとつとして、説明が上手い、ということが挙げられると思います。読者に与えられる情報は最低限になっていますが、短文ですらりと読むことができ、また、説明の文章自体が詩的です。説明が上手いというのは、大きなアドバンテージだと思います。

>こんなに冷え切ったわたしの指でも、雪というものは溶けるのだわ
この一文を生み出す発想が、優れていると私は思います。雪といえば寒さ、冷たさを連想させるものですが、その冷たさを以って、逆に生の熱を描く。へぇ、と素直に感心してしまったので、ここに書いておきます。

 最後に、「パンドラの箱」についてです。ここでは、「少女のこれからの混沌とした未来」の比喩、ぐらいの意味なのでしょうが、よく使われる言葉なので、詩的な文章にこだわる著者様にしては安易なように感じられました。
 また、パンドラの箱は、読み手が「パンドラの箱」という話のどこに重点を置くかで、意味合いも変わってきます。
 パンドラが開けてしまったという箱には、こんな説があることはご存知でしょうか。彼女が開けてしまった箱には災厄が詰まっており、最後に希望が残ったというのは実は誤りで、残ったのは「未来知」という災いだった、という話です。「未来知という災い」が箱に残ったので、人は未来を知らずに生きられるようになった。だから、人は希望を得ることができたという話……ん?微妙に著者様のお話とかぶる気がしますね。あ、もしかしてこれを踏まえられての表現でしたら、上記までの無礼をご容赦ください。
 それから無礼ついでと言ってはなんですが、一読すると、フィーリングで文章を書いておられるような印象を受けます。例えば、>緩やかな未来の歴史…とは、わかるようでよくわからない一文ですよね。
 詩的な表現はそのままに、言葉の意味も意識しながら書くと、文章はさらに洗練されるのではないか、と思います。私見ですが。

 長くなりましたが、批評は以上です。失礼します。
□セツナビトさんからの批評 (2004/02/09 19:40) フォント
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好きです、こういった世界。この少ない文字数の中でうまく世界観を確立できていると思います。何の違和感も無く物語に入り込めました。ただ四季があるというところでは「日本?」と少しつっこんでしまいましたが。

最初の「書き留める」までは意図的に詩のように書かれているのでしょうか。そうだとしたらとてもいい導入部だと思います。

ラストの「パンドラの箱」ですが、私は未来(それが幸福なものだろうと不幸なものだろうと全て)を知ってしまうという絶望が残る話だという印象を強く持っているので、ちょっと違和感があります。いや、一般には希望が残ると解釈されていることも知ってはいるのですが。それと、他の方が指摘されているとおり、最後にパンドラの箱を出すのはちょっと唐突に思いました。せっかく世界観を築いているのだから、その世界の中で締めて欲しかったです。

全体的に文章が流麗で、世界に浸ることが出来ました。言葉選びもうまい。「格子が溶けたわ」と「(こんなに冷え切ったわたしの指でも、〜」には思わずうなってしまいました。次回もこの調子でがんばってください。期待しています。
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