「田舎」
あてなるもの
 長い冬の間、遊び相手は祖母とテレビだけだった。テレビは、幼い私を雪深い田舎から雪の無い都会へ連れ出してくれた。フリルのブラウスにスカート。エナメルの靴。テレビの中の女の子は、ズボンも長靴もはかない。扁桃腺が弱い私は、何枚も重ね着させられ、ズボンをはかされていた。どこへ行くにも寒いし、雪は積もっているし。大人になったら都会に行って、かわいいお洋服を着て、毎日お出掛けしようと決めていた。雪は冬の生活そのもであり、つまらない田舎の象徴だった。
 春が近づくと、屋根雪が消えるのも待たずに外で遊んだ。雪さえなければ遊び相手には困らない。瓦の欠片を石で丁寧に潰して出来た薄い橙色の粉を頬紅に見立てたり、五月まで残る日陰の雪を型抜きし、ふきのとうと山茶花の花びらを飾ったケーキを作ったり、ホタルブクロを逆さにし、膨らんだドレスに見立ててお人形ごっこをしたり。雪の無い季節の間中、終わる事の無い広い庭の草むしりを黙々としている祖母に見守られ、私は空想の世界で遊んだ。季節が何度も巡り、友達も遊びも変わりながらそれなりに楽しく過ごしたが、刺激の無い毎日にはうんざりだった。
 高校三年の冬、祖母が死んだ。朝から体が起こせないと言う祖母が心配で、幼い頃と同じ様に手を繋ぎ、その日は私が添い寝をした。最後だと分かっていたのか、何度も聞かせてくれた昔話をもう一度した後、祖母が言った。
「大学はやっぱり都会に行くがけ」
「うん。こんな雪降る田舎、嫌やもん」
「どうしても行くがけ。心配や。心配やけど、そやけど、あんたは、富山の女やさかいね」
私の手を握ったまま、金魚の様に三つ大きく息を吐いて、祖母は静かに死んだ。
 私は大阪の大学を選んだ。特急一本。たった三時間しか離れていない大阪は、熱気に溢れる人と建物と消えることの無い明かりの中に、バイトして買い物して都会を知っている振りをしている私をすぐに溶け込ませた。水のまずさにも慣れた夏には、彼も出来た。引っかけ橋で知り合った彼は、ミナミの遊び場と、大人の遊びを教えてくれた。キスもしてこない男友達しかいなかった私は、高揚感を与えてくれる彼に夢中になった。ビル風が冷たくなった頃、私は最高の刺激をもらった。
 初めて一緒に入った思い出のカフェに彼を呼び出した私は、不安と期待を口にした。
「マジけ。気つけとけ言うてたんに。かなんな。どっかで金作ってくるし、はよ堕さな」
この返事を想像していた。二人とも学生だし、お金作ってくるって誠実だと思った。なのに、用意していた台詞が出てこない。無言で店を出ると、雪が薄っすらと歩道を覆っていた。なんだ大阪にも雪は降るのかと、今更ながら気付く。人が雪に足をとられている。これ位の雪で都会の人は歩けんがやねと薄笑いしながら、雪なんかないかの様にヒールでバランスを取りながら歩く私は、お腹にそっと囁く。
「転ばんよ。わたしは、富山の女やさかいね」
著作権について
 
 
□名無しさんからの批評 (2004/01/11 15:51) フォント
発想
構成
表現
総合
いいですね。雪のしっとりとした雰囲気が全編に出ていて、素敵です。
二段落目がちょっとたるんでいる気もしますが、後半のテンポの良さは素晴らしいです。
おばあちゃんとわたしの二人っきりの理由が匂わされると、よかったかなと思いました。謎のままでもいいですが。
□名無しさんからの批評 (2004/01/11 19:14) フォント
発想
構成
表現
総合
うまい小説、と思わせました。
個人的にですが、だからといって面白いか、といわれると微妙です。話し全体として、山もオチもきちんとありますが、面白みに欠けています。一発インパクトの有る何かがほしいです。
□名無しさんからの批評 (2004/01/11 23:49) フォント
発想
構成
表現
総合
 女性の強さと、それを支えている故郷の経験が見事に表現されていると思います。十分に小説と言えるレベル。嫉妬ものですな。
□名無しさんからの批評 (2004/01/14 13:59) フォント
発想
構成
表現
総合
良いですね。あなたの文章はいつも結末がとても良いと思います。
内容としては、これはもう少し長い文章で読んでみたい物語だな、という気がしないでもありません。この字数では仕方ないのでしょうが、物語の上っ面だけをなぞった感じがあります。
一つの場面を丁寧に書いてみたものを読んでみたいです。次回に期待。
□名無しさんからの批評 (2004/01/14 20:19) フォント
発想
構成
表現
総合
楽しみました。1200字の限界に挑むって感じですね。評をする前に見習いたい事が多い作品です。次回も楽しみにしています。
□名無しさんからの批評 (2004/01/15 02:04) フォント
発想
構成
表現
総合
密度の高い作品ですね。作風もほぼ完成されてると思います。恐縮な言葉ですがどんどん腕を磨いて、立派な書き手になって欲しいと思ってます。

成長を望む点は主に構成です。田舎の実家での日々を書いているニ段落が長過ぎるのではと引っ掛かりました。おそらく印象付けたいという意図があるのでしょうが、そこを幾分か削って祖母の死の場面描写に注ぐ等すると整うはずです。

発想につきましては、内容に意外性がそんなになかったという事です。田舎の出身者が都会に行って云々で田舎を顧みるのは微妙にある話でして・・・偉そうにごめんなさい。

次も期待してます。
□名は無いさんからの批評 (2004/01/16 00:43) フォント
発想
構成
表現
総合
よく出来ていると思います。細かなものに目を配らせた表現。水の不味さなどは納得させられました。

「私は大阪の大学を選んだ。」で始まる段落の「たった三時間しか離れていない大阪は(中略)すぐに溶け込ませた。」という一文は少し長いかなぁと思います。修飾語が多すぎるのが原因でしょう。
その他は特に不満はありません。読ませていただきました。
□名無しさんからの批評 (2004/01/16 04:47) フォント
発想
構成
表現
総合
サンダ(略
男の台詞が富山弁に聞こえるのは気のせい? 女と方言逆にしたのかな。
テーマも含まれていて良くまとめられてドラマ性もある秀逸な作品だと思いました。
□名無しさんからの批評 (2004/01/16 17:24) フォント
発想
構成
表現
総合
序盤が長すぎる。
「フリルのブラウスにスカート。エナメルの靴」等はベタベタな感じがする。
□名無しさんからの批評 (2004/01/16 17:24) フォント
発想
構成
表現
総合
序盤が長すぎる。
「フリルのブラウスにスカート。エナメルの靴」等はベタベタな感じがする。
□名無しさんからの批評 (2004/01/16 22:33) フォント
発想
構成
表現
総合
普段はファンタジーやSFばかり読んでいるので、小説にリアルさはあまり求めない私ですが、この話には素直に感心させられました。
ただ、当たり前の事を当たり前に書いた、という感じは否めませんが。それでもこの完成度なら、欠点とは言えないと思います。
□nobodyさんからの批評 (2004/01/20 12:55) フォント
発想
構成
表現
総合
上手いです。ラストが何回読んでもいいです。北国の女の芯の強さを感じますねぇ。

成長する女性の、田舎……もとい故郷に対する考え方の移り変わりが上手く捕らえられていると思いました。何もない田舎に嫌気が差し飛び出したはずなのに、やはり心の支えとなっているのは、祖母と過ごした故郷での生活だったんだと再認識する主人公。女性は強いですね。
唯の感想でしかなくて、申し訳ないです。
□匿名さんからの批評 (2004/01/24 21:37) フォント
発想
構成
表現
総合
とても味わい深い作品でした。富山の雪景色と、大阪の都会の喧騒の様子が、目に浮かぶようです。女の人独特の透き通った感性が、文章全体から伝わってきて、読後感がにうっすらと爽やかで、とても気持ちよくなりました。
来月もよい作品を楽しみにしてます。
□セツナビトさんからの批評 (2004/02/09 20:38) フォント
発想
構成
表現
総合
主人公の芯の強さとその根底にあるものがうまく表現されていて、綺麗にまとまっています。特にラストがいいです。強い。そして、描かれている情景がリアルに感じられるのもうまいと思いました。

しかしものすごく文章の目が詰まっている感じで、少々圧迫感を感じました。このままでも完成されていると思いますが、字数がもう少しあったらもっといい作品になったかもしれません。

全体的に描写が少なく、淡々と出来事が並べられているので、盛り上がりに欠けています。いつか一場面を徹底的に描写したお話を読んでみたいです。
□名無しさんからの批評 (2004/02/10 09:38) フォント
発想
構成
表現
総合
文章力も表現力も充分についている方だと思いました。

後半が主人公の感情なども含んだとても動きのあるシーンだったと思うので、前半をもう少し縮めてそちらに力を入れたほうが動きのある文章になったかなあというのが個人的な感想です。(批評というより感想ですみません)

でもラストの台詞とかがとても秀逸で、母性だとか決意だとかそういう芯の強さ、同時にひとりになった寂しさのようなものも伝わってきて、読ませ方としては最高だったと思いました。
←目次へ
2style.net