「仮想現実」
セツナビト
 白のTシャツ、ベージュの短パン、草履、古い民家の縁側。惜しい、この紙さえ赤ければ昔ドラマか映画で見た戦中の光景そっくりになるのに。そんなことをぼんやりと考えながら、俺は召集令状を眺めている。
『――政府が自衛隊の連合軍への参加を正式に発表した件について……』
 居間のテレビが、擦り切れるんじゃないかと思えるほどに使い回されている言葉を吐く。それを遠くに聞きながら畳を枕にひっくり返ると、空の青が目にしみた。
 確かに、戦闘機の扱いには自信があった。だからって、なにも向こうに行かせることはないだろう。そんなことを伝えるにはあまりにも薄っぺらすぎる令状を目の上に吊るしながら、俺は苦笑した。
 暖かい日差しに、目蓋が重くなってくる。うとうとしていると、玄関辺りで物音がした。廊下を駆ける音とともに現れたのは、有事法制に家を取られてここに来ている俺の甥っ子だった。敷居の上から俺を見下ろしている。俺は身を起こして座るよううながした。
「おじちゃん、戦争に行くって本当?」
 座りもせずに、やつが切り出した。だからおじちゃんはやめろって。俺はまだ若いんだぜ。そう返してやると、やつは畳をすべるようにして俺のそばに座り込んだ。
「本当なの?」
 身を乗り出してくる。ああ。テレビでやってるみたいに、悪い奴らをやっつけに行くんだ。ちょうど中継をやっているテレビを指差しながら言うと、やつはため息をついた。
「すごいねえ」
 顔に笑みが浮かぶ。そうか? と笑みを返してやる。やつは大きくうなずいた。
「うん、すごい。かっこいいよ。僕、応援してるからね! がんばってね!」
 おう。帰ったらたくさん話をしてやるから、楽しみに待ってろよ。笑いながら、俺はやつの頭をなでてやった。
 玄関から姉貴の声がした。近くの街に買い物に行くらしい。返事をすると、やつはじゃあねと言い残して駆けていった。
 俺は一人縁側に出た。腰掛けて空を見上げる。遠くから二人の楽しそうな声が聞こえてきた。ふっ、と俺は吹き出していた。
 ああ、平和だなあ、この国は。
 空は、どこまでも青く澄んでいた。

 ……炎上する機体の中で迫り来る地上を眺めながら、俺はその日のことを思い出していた。笑顔で俺を見送ってくれた甥っ子。きっと今頃、俺らの軍が敵国の基地を攻撃している映像に興奮し、都市を陥落させたニュースに喜んでくれていることだろう。
 ただ――
 炎で黒焦げになり、地面に叩きつけられてどれが頭か手足か分からなくなった俺を見ても、かっこいいと言ってくれるだろうか?
 それが、俺の最後の気がかりだった。
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□名無しさんからの批評 (2003/12/11 00:18) フォント
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自分の無知を晒すようで恥ずかしいのですが、

>有事法制に家を取られて

の意味がわかりませんでした。

文章力はかなりのものだとお見受けしました。
□ともぞうさんからの批評 (2003/12/11 01:23) フォント
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扱っているテーマも時事ネタであり、描写方法としては主人公の語りで淡々と進んでいる。
現実とテレビから流れてくる映像は、違うんだよということを切実に訴えかける内容だったと思います。完成度も高くて好きな作品です。
□名無しさんからの批評 (2003/12/11 21:17) フォント
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自衛隊イラク派遣の反対運動についての新聞記事を読んだ直後でした。タイムリーですね。
ただ、「炎上する機体の中で」とあまりにもあっさり書いてあるのが物足りなかったです。主人公は既に走馬灯状態なのかもしれないのですが、もう少しせっぱ詰まった感じがあるとぐっと良くなりそうです。その分、最初の三行は無くてもいいような気がします。
□む。さんからの批評 (2003/12/12 12:49) フォント
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時事ネタですね。タイトルがうまくマッチしていると思います。「有事法制に家を取られて」という下りも、リアリティがあっていいです。のんびりとした回想シーンが、ブラウン管の向こう側の戦争と現実との温度差をうまく表現できていると思います。
以下、主観的な感想になりますが、後半、現実の主人公の思考が美しすぎるのがちょっと気になります。前半が今の日本をうまく風刺しているのに、後半が美しすぎってのも……もっと主人公の人間らしさを前面に出して欲しかったと思います。もしくは、ラスト4行はなくてもいいかな、と。
□名無しさんからの批評 (2003/12/12 13:14) フォント
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うーん、「飛行機オタク」の読者です。飛行機のドライバーは落ちたら黒焦げで死ぬってのが、民間の絶対安全ジャンボジェットでも暗黙のご了解なので、ちと読者としては不満です。(オタクだなぁ私……)
 なので結末、黒焦げクビ取れ、人間肉ダンゴで結末を迎える主人公。この結末を最後のどんでん返しとするなら不要と思われるので、(なぜならドライバーの「普通」の出来事なので)そこを削除し、大半を占める家族の描写で、物語を締めくくるのもよいかと思います。
□名無しさんからの批評 (2003/12/12 13:48) フォント
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「影」がどのへんにからんでいるのかは分かりませんが(それとも別にからんでなくてもいいのかな)、とてもいいと思います。
 タイトルの仮想現実というのは内容の「書かれた意味合い」を指しているんですね。なるほど。
□名無しさんからの批評 (2003/12/13 00:31) フォント
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影という文字を入れずに、テーマに則した話で、それだけでも他作と差別化できています。コレだけでも他にはない構成力と表現力があると思えます。

タイトルが浮いているのが少々残念。一人称であるにもかかわらず、「空は、どこまでも青く澄んでいた。」という部分は表現足らずです。他人事のように見える、というのをこの一文にこめるのなら、もうちょっと別の表現の使用があったと思います。
全体の完成度は高いと思いました。
□名無しさんからの批評 (2003/12/13 03:46) フォント
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可もなく不可もなく。
最後の文が良くも悪くも悲壮感と共に感動をぶちこわしにしている気がします。
有事法などの背景はタイトルを含めて間に合わせという感が拭えないです。
影はどこへ?とも思いましたが。見る影もない、て事ですか。
□名無しさんからの批評 (2003/12/13 16:06) フォント
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最後の一文が過去形なのがちょっとどうかなぁと思った。
□名無しさんからの批評 (2003/12/13 18:46) フォント
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 良くできています。ただなんとなく教科書的反戦を感じてしまってしらけるところもあります。もしこういう内容を書くんだったら「死ぬまでそれが正しいと思っていた飛行士」の姿を書いて読者に、その姿を提示するだけで戦争の怖さを感じさせるって方向にするだろうなぁ、でも、それだと読者に言いたいことがなかなか伝わらないでしょうから、この作品のように書くのが正解なのでしょうね。
 すいません、感想すら逸脱してしまいました。
 さて、高望みさせていただくとすれば召集令状よりも志願して、実際の戦場を味わって最後のような感想を持ったということにすればもっといいかな。召集令状が来るって国はかなり切羽詰った状況のはずですから平和だなぁとは思えないでしょうし。
 表現の部分で「実」なのは語り口調なのでしょうがないのでしょうが全体の描写が淡白なせいです。ラストの「黒こげ」を強調するためにも家族の平和さ、親密さをもっと感じさせる表現が必要でしょう。
□名無しさんからの批評 (2003/12/13 18:48) フォント
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↑の者です。図で勘違いしました。「実」じゃなくて「つぼみ」ですね、ごめんなさい。
□名無しさんからの批評 (2003/12/15 02:01) フォント
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課題の「影」を何度読み直しても分かりませんでした。私の読解力不足かもしれませんが。物語が上手くできている分、それがすごく残念でした。いろんな読み手がいます。分かりやすく課題を絡めろとは言いませんが、あまりにも不親切じゃないでしょうか。

ところで、本編の方はうなるほど上手かったです。テンポもものすごく良く、情景描写に関しても文句がつけれません(笑)
□水夫さんからの批評 (2003/12/16 16:39) フォント
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この場にこの文章を公開することの意図がまったく分かりませんでした。今の現実の日本にさす影?……それにしても。

参考までに、現在の有事法制は、民間人の徴兵に関する規定はないです。もちろん医療建設運輸等の職業を持つ人が徴用される規定はあるわけですが。と、ここまで書いて主人公が自衛隊員であることに気づきました。戦闘機の操作に自信がある予備役ってのも微妙ですが、失敬。
□名無しさんからの批評 (2003/12/16 21:34) フォント
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 ごめんなさい、戦争がらみの話は私は安易に書いてほしくないので。
□荒らしまがいになりましたがさんからの批評 (2003/12/18 12:42) フォント
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↑上のレス、削除希望。ついでにこのレスも削除して下さい。

個人的な嗜好やイデオロギーで非難がましく評価するのは如何なものかと思います。

このサイトの趣向とズレているように思えます。
□ななし。さんからの批評 (2003/12/18 19:17) フォント
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こういったキーワード(影)を直接書かずに表現するモノとしては、巧く書けていると思います。

なんとなく、内容とタイトルがアンマッチな印象を受けました。

死の直前の回想…というのは、なかなか難しい描写かもしれませんが、いい作品だったので、あえて「もっと頑張って欲しい」と思いました。
□愛さんからの批評 (2003/12/20 00:08) フォント
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架空の設定を上手く生かして世界観を出してるなあ、と感心しました。
話の構成もややベタな所はありますが、いいなあ、と思います。
楽しめました。
難癖ですが、どうせならもっと我の張った主張をいれてもよかったのではと思います。ただ単に時事だから、ではNステでも見れば十分なわけで。小説のメッセージとして弱いな、と思いました。
□名無しさんからの批評 (2003/12/22 21:39) フォント
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影、という言葉を無理に削らなくても良かったんじゃないかなと思います。雰囲気で伝わってきますけど。あえて使わないという挑戦であれば、成功と言えるのかもしれませんね。

前半、ちょっと状況説明というか描写の部分がクドいかなと思いました。案の定、後半で字数に苦しくなったようなあっさり気味の内容になってしまっているように思えました。

よく説明不足といった感じの批評を目にしますが、本当に伝えたいものの為に細かい部分は読者の想像に委ねることも大事だと思います。

力の入った作品には、力を入れて批評したくなります。
□名無しさんからの批評 (2003/12/22 23:49) フォント
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 個人的に、ですが。
 人の命を題材にする時は細心の注意が必要というか、あまり簡単に人を殺して欲しくないというのが正直なところです。しかも時事ネタは難しいですよね。賛否両論あると思いますが、私はこういう話が苦手だったのでイマイチ入り込めませんでした(あくまで「私は」です)。

 テーマが『影』だからといって、必ずしも影という単語を使う必要はないけれど、どこが影だったのかが解からなければ、やはりテーマに沿っているとは言いがたいかもしれません。少なくとも私はどの部分が影を表しているのか解かりませんでした。読みこみ不足でしょうか。
□名無しさんからの批評 (2004/01/01 19:23) フォント
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良い作品だと思います。ある意味完成されている。
表現が爽やかで、最後の段落をより引き立てていますね。
甥っ子を「やつ」と表現するのには少し違和感が残りますが、あまり気にならないと思います。
言葉の選び方が好きです。

お疲れ様でした。
□名は無いさんからの批評 (2004/01/07 19:23) フォント
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他の評者の批評を読んでから評しています。

軽く扱われている死というのはまあ、戦争なら死にますから私としては違和感が無いです。主人公自身が戦争に行く事に対してあまり悲観的なわけでもないようなので、イデオロギー的にはあんまり触れていないと思います。

んで、肝心の文章の方ですが、読んでいてリズムがあり、独自性があると思いました。
ただ、最後の4行は要らないかも知れません。現実の光と影を描くなら、もっとさらりと流しても良いと思います。暗部の方がインパクトは強いと思いますので。
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