「残骸」
にいつ
 私の部屋には影が二つ。私の影と透の影。

 先月の半ば、秋がようやく腰を落ち着けた頃だった。私がこの部屋で彼を笑顔で見送った、その帰り道。透は酔っ払いの車に轢かれて死んだ。あっけなく。何の予兆も無しに。
 私の半分を占めていた透が死んで、透に依存していた私の半身が消えた。
 透の影は、私が透の葬式から帰って来た時、窓際にあるベッドの端に腰掛けていた。
「ねえ、苦しかった?」
「今はもう、苦しくない」
「辛かった?」
「今はもう、辛いことなんて何も無いよ」
 彼は影だけれど、話し掛ければ応えてくれる。自分の意志で動き回ることさえできる。
 たぶん彼は正確な意味での影ではなく、薄っぺらで不安定な、透の残骸なのだろう。それはまるで残り香、あるいは忘れ物。
「抱きしめてもいい?」
「うん」
 最初に見た時のようにベッドの端に腰掛ける透の影を、包み込むように後ろから抱く。
 腕に返ってくる弾力はそこには無い。もし私が力を込めたとしても、腕は影をすり抜けるだけだ。だから私は、ただ彼を包み込む。
 厚みも、質量も、体温も存在しない透の影。
 私は言う。
「温かい」
 嘘だ。
「僕も」
 本当に?

 しばらくそのまま無言で時を過ごした後、彼が唐突に話を切り出した。
「……ねえ。言いにくいことなんだけど、僕は、いつか――」
「嫌」
 気づいていた。透の影は初めて見た頃に比べ、だんだん色薄くなっている。
「私は、嫌。透を二度も失うなんて辛すぎる。きっと……絶対、耐えられない」
 私の眼から勝手に涙が零れ落ちる。
「……大丈夫さ」
 雫は影をすり抜けて、シーツを濡らした。
「君の中で僕の存在が少しずつ薄くなって、そのうち見えないくらいになる。けれど君は大丈夫。それは自然なことなんだ」
 彼は繰り返し優しく、透の声で残酷に言う。
「自然で、とても正しいことなんだよ」
 ベッドの脇の窓からオレンジ色の西日が差し込んで、私の影を長く伸ばす。
「そんな先のこと、知らない。信じられない。私の涙は決して枯れ果てたりしない。それに」
 透の影に私の影が溶け込んだ。
「……今の私は、大丈夫なんかじゃ、ない」
 ――私自身も今ここで、透と溶け合ってしまえたらいいのに。
「ごめん」
 影は小さく、ただそれだけを呟いた。
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□名無しさんからの批評 (2003/12/12 09:23) フォント
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全体的にこう、表面のあらすじをさーっと語っただけに見えてしまうんですね。一番大切なのが、透をとても愛していたことなのか、透が死んだ悲しみなのか、影が残っている事実なのか、解りません。この文字数は、そこまで語りきれないくらいの分量なので、切り捨てても良い箇所があると思います。

>「温かい」
> 嘘だ。
という部分はとても良かったと思います。個人的にですが好きです。
□名無しさんからの批評 (2003/12/12 23:03) フォント
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うーむ、今回のお題が「影」なので、「影との会話」という形になっていますが、どうも「影」=「幽霊」と読み取ってしまって、個人的にはダメでした。ゴメンナサイ。

しかし、会話の部分の表現は良いと思います。ここはあえて「死」という事象を使わなくても影というテーマでこのストーリをもっと膨らませる事もできるかと。(ほぼ書き直しになる可能性もアリですが、評者の戯言です、お気を悪くされたらゴメンナサイ)
□名無しさんからの批評 (2003/12/12 23:33) フォント
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文章はスッキリしていて読みやすいです。ちょっとアッサリしすぎ、という感もありました。
カップルファンタジーがらめとはありがちですが、「亡霊」っぽいモノをテーマが影じゃなかったら、はたしてこんなにソレを「影」とこんなに頻繁に呼ぶのか? という疑問があります。
もうちょっとテーマを深く広く幅を持って捉えてほしいです。
□匿名さんからの批評 (2003/12/13 01:33) フォント
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きゅんとしましたよ。甘い映画のワンシーンを、原稿用紙三枚にすきっと切り取ってある感じがしました。
相手が影じゃなかったら、もっと良かったと思います。人対影の会話では、イメージが浮かぶのに無理があるか。「溶け合ってしまえたらいいのに。」というあたりだけで、影という言葉が使われているくらいがよかったとおもわれますが。
□名無しさんからの批評 (2003/12/13 07:43) フォント
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最初に「〜で」が二度繰り返すところでしばらく詰まりました。
影の最後の台詞にもう少し間を持たせると良かったと思う。
めるへんちっくでちょっぴり切ない、いい話だと思いました。
□名無しさんからの批評 (2003/12/13 16:18) フォント
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影に説得力がない。というかお化けで事足りる話だと思う。わざわざ影である必要がどこにあるったのだろうか。
□名無しさんからの批評 (2003/12/14 00:39) フォント
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 書いて書いて書いたあげくに出てきた隙間によってつくりあげないと間に語らせるというのはかなり難しいですよ。これだと単にプロットですね。もう少し表現をしてみることに向かい合ってみてください。
□名無しさんからの批評 (2003/12/15 01:39) フォント
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良いと思います。
短い会話文が、部屋の静けさや時間の止まり方を表現していて、雰囲気がよく伝わってきました。

ただ、影が透の分身であったとして、どうやら、彼は自分の存在の形を認識しているならば、「抱きしめてもいい?」の次に来る言葉は「うん」じゃ、あまりにもあっさり過ぎやしないでしょうか? ここは、「……」を入れるなどして、少し躊躇させた方が良かったのかもしれませんね。
□水夫さんからの批評 (2003/12/16 17:01) フォント
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読ませる雰囲気を作ることには成功していると思う。残留思念を影と呼ぶ是非はともかくとして。
□名は無いさんからの批評 (2003/12/17 03:20) フォント
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物語として終ってないのが残念です。想像に任せるにしてもちと無理があるかと。

会話文中心で進んでいるので、流れるようにすすむのですが、さらりと流されて読後に何も無いのは辛いです。

しかし透君、最後に「ごめん」って君が謝る事じゃないだろうに……
□む。さんからの批評 (2003/12/17 13:01) フォント
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透の影は、突然恋人を失った主人公が現実から目をそむけるために作り出した、主人公の心の中にだけ存在する恋人の姿なのでしょうか。でもそれだと唯の薄っぺらな影だとおかしいですよね。うーん、唯の幽霊という印象ではなかったのですが。
「影」の既成概念に捕らわれすぎて、物語の厚みを消してしまっている印象を受けたので、透の影の扱いをもう少し変えてみるといいかな、と思いました。
雰囲気作りはいいと思います。会話文の流れの作り方も上手いなぁ、という感じです。
□セツナビトさんからの批評 (2003/12/18 23:11) フォント
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まるで映画のワンシーンのようですね。読んでいて切なくなりました。

しかし、透が幽霊のような存在になってしまっているのが残念でした。もうここは徹底的に影として扱ってしまったらなあと思いました。まるでそこに透がいるかのように落ちている影として。で、主人公はそこに透がいるかのように感じる。透の影を抱きしめるシーンも、ベッドのシーツに落ちた影を、シーツを掻くようにして体を合わせるとか……すみません、突っ走りました。それらはまあ置いておいて、とにかくもっと影をうまく使えたのではないでしょうか。

あと、特に後半、透の台詞が少し説明的なのも気にかかりました。前半の会話の流れがいいだけに、余計気にかかりました。

雰囲気作りがとても上手い方だと思います。次回も期待しています、がんばってください。
□愛さんからの批評 (2003/12/27 02:27) フォント
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 しっかりと雰囲気が出せていてしんみりしました。
 あっさりとした表現の文体はとてもシーンにあっていていいと思います。しかし、内容まであっさりしてしまっているような気もします。
 死んでしまった恋人の幻影との一場面、というのはそれほど意外性がある場面でもないので、もうひとつ、深いところがあると、良かったかなと思います。

「温かい」 嘘だ。
 のくだりが素敵でした。
□名無しさんからの批評 (2003/12/27 18:57) フォント
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発想そのものが影ではなく幽霊に置き換えれば、珍しい物ではなく、既視感がありまくりで、影である必然性を感じられませんでした。
表現は悪くないと思います。もう少し磨けば、ありふれた物でも手垢に塗れた感を読者に与えず、読ませる作品ができるのではないかと思いました。
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