「浅ましさ」
黒川鍵司
 ある夜さ、初めて会った女性を夕食へと誘ったわけだよ。嫌がるそぶりもなく彼女はそれに従ってくれてね。
 店は隠れ家みたいな雰囲気のイタリア・レストランで、俺は半ば常連でね。席について、すらすらと注文をこなして、あとは料理を待つだけとなったんだよ。自分のテリトリーみたいな店。向かいにはどことなくアンニュイな少し年上の美人。悪い気はしないだろ?
「食事と酒と適当な会話。あとは野となれ山となれ。どうせ明日は休みだ」
 そんな予定を心の中でたてていたわけだよ。
 飲み物はすぐに運ばれてくるわけだけど、料理がテーブルに届くには少し時間がかかる。差障りのない話題を取り上げながら、いつのまにか彼女の「物憂い」雰囲気の理由を見つけようとしててね。困った癖だよね。
 セミロングの黒髪、きめの細かい白い肌、触りたくなるような桜色の薄い唇。たしかにそういうものが雰囲気を盛り立ててはいたけれど、どうも本当の理由ではないようだったんだ。そういったものを差し引いても何故か表情に影がさすんだ。
 程なく理由がわかったよ。いつも顔がうつむき加減なんだ。どんなに話題が盛り上がろうと、笑っても、身を乗り出してきても、微妙にうつむいている。それが影のさす理由だったってことね。
 でも、俺は考えたがり屋だからさ、それだけでは飽き足らなくてね。その理由の理由、どうしてうつむいているのかを知りたくなってしまったわけだよ。それでね、それと気づかれないように会話を続けながら、表情や息遣い、言葉の抑揚なんかを観察し始めたんだ。
 シャイネス?拒否?それ以外の感情表現?それとも生い立ちの文化的側面の反映?そんな言葉を頭の中グルグルさせながら、彼女の表情を追っていたんだよ。
 でも、その「理由の理由」は、そんなくだらない頭脳ゲームには不向きな簡単なことだったんだ。彼女は右目が斜視でね、それを気がつかれまいと必死に隠そうとしていたんだよ。だから顔をうつむかせて、髪がそれを隠してくれるようにしてたわけさ。
 思わずね、「そんなことは大したことじゃないじゃないか」って心の中でつぶやいたよ。 一瞬視線をそらして、奥歯をかみ締めながらね。
 そうやって心の中におきたざわめきを抑えようとしていたんだ。一生懸命に彼女が隠そうとしたものを暴き出した上に、それに気がついた瞬間、スープに浮かんでる一筋の髪の毛を見つけたような気分になった、自分の浅ましさに苛立つ心の波をね。
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□名無しさんからの批評 (2003/12/11 01:56) フォント
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全体としては、かなり良いと思います。
ただ気になるのが、なぜ語り口調で書かれているのかということ。誰に語っているのか。自分の浅ましさをなぜそんなに気障な口調で語るのか。普通の一人称で書かれた文章のほうが、逆に主人公の心理を上手く描けそうな気がしたんです。意図が読み切れていないだけだったらごめんなさい。
斜視だと気付いた時ももう少しインパクトがあったほうが良いかもしれません。
□匿名さんからの批評 (2003/12/11 21:06) フォント
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どこかで読んだことがあるような。下を向いていた理由が斜視ですね。確か、あざか、やけどの話だったような。
自重している自分に向けての思いは分かります。先の方も書いておられるように、普通の一人称のほうが心に響いたと思います。斜視を、浮いた髪の毛になぞらえるのは、正直な気持ちとしても、他人に読んでもらう文章としては、かなりクレーム覚悟で出さねばと思いますが、どうでしょうね。
□名は無いさんからの批評 (2003/12/12 02:11) フォント
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キザだけど考える人なんですな主人公さんは。最後の一文のスープの中の髪の毛という表現はなるほど、と思わせられました。

前半部分は表現に引っかかるところがいくつかありましたが、細かくは言いません。飲み物が運ばれてきた辺りからはすんなりと違和感無く進んだと思います。
□名は無いさんからの批評 (2003/12/12 02:14) フォント
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↑の補足。

嫌な気分がしたという意味でのスープに髪の毛という表現は良かったのですが、最後の段落は少し全体が破綻しているような気もします。今までの歯切れの良さが無いのは残念。
□名無しさんからの批評 (2003/12/13 01:09) フォント
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独白自己完結で、一人称である必然をラストまでうまく持ちこたえ、破綻なくまとまっています。

しゃべり言葉をそのまま活字に起こすと、文章の粗雑さが弱冠目に余ります。もう少し文章作りをすれば一層読みやすく読者に伝わります。
? の後ろ一字空けは活字の基本ですので、そのあたりからすっきりさせてください。
□名無しさんからの批評 (2003/12/13 09:25) フォント
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詰まるところなく、スッと読めました。主人公の内面で語り口調というのも良いです。
最後もきれいにまとまっていると思いました。
□名無しさんからの批評 (2003/12/14 17:57) フォント
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「食事と酒と…」を「」にした意味がわかりません。語り口調なので不要かと…。それとも女性に言った言葉?そこだけ読む時に詰まりました。

 全体に於いてこの語り方には魅力を感じました。
□名無しさんからの批評 (2003/12/15 00:57) フォント
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『イタリアン・レストラン』という設定は六本木あたりにありそうで、でも実はありえない店を思い浮かべながら読みすすみました。全体的には構成等もいい感じなのですが、タトエバ、食事のレシピ自体を小道具に使ってストーリを展開するってのもありかと。
 いえ、実は私、イタリアンっていったらナポリタンと宅配ピザくらいしか思い浮かばないので、せめてフィクションの中で夢みさせてください。次回作期待しています。
□水夫さんからの批評 (2003/12/16 17:46) フォント
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イタリアンではなく、イタリア・レストラン。シャイネス。このあたりの単語選択は浮いて見えます。

全体的には好感が持てました。まとめ方が綺麗です。
□郵一郎さんからの批評 (2003/12/17 18:57) フォント
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「」は最後の一つを除いて必要なかったような気がします。
浮ついた気持ちが、後悔を招くことになる過程はうまいとおもいます
□セツナビトさんからの批評 (2003/12/26 10:56) フォント
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「スープの中に髪の毛が1本」は太宰治の「斜陽」からですか? と思ったら状況が全然違いますね。済みません。

この語り口調は面白いと思いました。まさに隣で、主人公が身振り手振りを交えて語っているような。うまいです。

ただ、「理由の理由」を除いて「」は必要なかったのではないでしょうか。地の文に混ぜ込んだ方が自然だと思いました。

「アンニュイ」「シャイネス」は主人公がそういう性格なんだろうと思いましたが、ちょっと浮いてみえます。ここは「愁いを帯びた」「照れ」の方がいいかな……これは個人的な好みですね。

「?」のあとの空白が無いこと以外には、特に引っかかりを感じることなく読むことが出来ました。まとめも綺麗。かなり力がある方ですね。次回作も期待しています。
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