「影向の松」
朽木花織
「あれ。太郎は」
 孝子が尋ねると惣一は、「母さんと一緒に買い物。アイス買ってくるって」とペットボトルのお茶を呷りながら答える。
「いいもの持ってるわね。私にも頂戴よ」
 惣一の隣に腰掛けて孝子は手を差し出した。惣一が差し出すとお茶を勢いよく彼女の喉に流れ込む。夏の盛り、歩道に置かれているベンチは、日影にあっても十分に熱されていた。
「暑いわね……」
 飲み物を返した後で、孝子は大きくため息を吐いた。正面の広い車道で、光を反射させながら車が何台も通過していく。
「さっきの松、すごかったね。大きかった」
 惣一は不意に伸びをしながら口を開いた。
「そうね」
「太郎も喜んでた」
「そうね、あんなの見たの初めてだものね。私も初めてだったけど」
 孝子はそう言って額の汗をハンカチで拭う。シルバーカーを押しながら通り過ぎていく老人に目を向けた後、惣一は手に持っていたガイドブックを眺め出した。夏の暑さで遠くが揺らめいて、蝉の鳴き声も一層甲高い。
「神仏がこの世界に現れた姿だって、あの松。拝んでおけばご利益あったかも」
 その言葉に、孝子はぷっと吹き出す。
「まさかあ」
「姉さん」
 惣一は本を閉じる。
「大丈夫なの」
 孝子はその真面目な問いかけに一瞬「何が」と言いかけて、分かったような顔をした。そして少しだけ疲れの色を見せる。
「これから頑張ってお仕事探すわよ。旦那もなるべく太郎の面倒見たりしてくれるって約束したし」
「……」
「まあ仕方ないわ。まさか自分がリストラ食らうとは思ってなかったけどさ。いくら事業縮小のためだからって」
 車道を挟んだ向かいの歩道で女の子が元気よく駆けて行く。彼女をちょうど見送ったところで、惣一はゆっくり立ち上がり、孝子の腕を掴んだ。
「行こう」
「どこに」
 怪訝な顔をした相手に、惣一は「もう一度、神様の松のところに行こう。仕事が早く見つかるようにって祈願するんだよ」と告げた。そして彼女を無理やり立ち上がらせて引きずっていく。
「ちょっと。惣一。お母さんたちここに戻ってくるんでしょ」
 慌てた孝子の声を、強い返事が押さえ込む。
「携帯にメール入れておけばいいよ、ほら早く」
 そうして駆け出す弟の背中を一瞬呆気に取られた顔で見て、次に苦笑して、孝子は「馬鹿ね」と呟いた。
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□匿名さんからの批評 (2003/12/11 00:43) フォント
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いい話。好きです。ただ、登場人物の名前が多くて、年齢層と背景が分からず、混乱しました。読み返して、相関図がはっきりして、ああいい話だと。
肝心の題との関連が良く分からずむりやりかな?と。
□名無しさんからの批評 (2003/12/11 01:27) フォント
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上手いなあと思いながら読みました。
前の人とかぶりますが、初めの部分を読んだだけでは人物などの像が掴みにくかったのだけが残念。構成を少し工夫すると、この問題は解消できそうな気がします。
□名は無いさんからの批評 (2003/12/11 02:54) フォント
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日影でのひとコマ。流れるように書かれていながらも、しっかりと内容があるのは素晴らしいと思います。
あー、私には突っ込みいれる所ございません。何か批評しようと読めば読むほど完成度が高いことに気づかされました。面白かったです。
□名無しさんからの批評 (2003/12/12 00:19) フォント
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最初の「惣一が差し出すと〜」のくだりがおかしいのを最初に指摘しておきます。

良いお話で、筆力もかなりあるのですが、会話文の間の繋ぎの文が気になりました。
例えば、
「正面の広い車道で、光を反射させながら車が何台も通過していく。」
なんかは、光の反射の情景が夏の暑い日を連想させてよい文だな、と思うのですが、
「シルバーカーを押しながら通り過ぎていく老人に目を向けた後、」
だとか、
「車道を挟んだ向かいの歩道で女の子が元気よく駆けて行く。」
などは、物語に何のエッセンスにもなっていないです。確かに、そういうのも無くてはいけないものだと思うのですが、短編ではせいぜい1回でしょう。

ただ、その無駄を含んでいるとはいえ、情景を描いているので力はあるのでしょうね。以降もがんばってください。
□名無しさんからの批評 (2003/12/12 23:53) フォント
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短い中で話がうまく広がり、そしてまとまっていました。
制限の中で苦肉の策としてとられているのでしょうが、「」前後に改行を入れられないのは読者としては見苦しいです。短い中でもっとスッキリさせる……というのは難しいですけれども。
□はるさんからの批評 (2003/12/13 20:01) フォント
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話者が外に置かれているせいか、一読しただけでは違和感を感じるところが少しだけありました。
話者を外において書くというのは難しいものだなと感じました。
お話としてはとてもまとまっているし、広がりも持っていると思いました。
次回作も期待しています。
□名無しさんからの批評 (2003/12/15 02:43) フォント
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家族背景と社会背景にギャップを感じる…
人物の年齢が判りにくいです。
□名無しさんからの批評 (2003/12/16 18:06) フォント
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ものすごく人物関係がつかみにくい。それを直すだけでがらっと印象が変わりそう。

いまのままだと
(1)登場人物の関係図を書け。
といった試験問題になりかねません。

何回か他作品でも書いてきたけど、「影」という文字されはいっていればいい、という姿勢は好みではありません。
□名無しさんからの批評 (2003/12/17 05:55) フォント
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はい、私はシルバーカー(うば車みたいなやつ?)の老人がどこに行ったのか?とか考えてしまいました。(それはありませんが)

状況表現が多く、人物となりの表現が不足している故の相関関係のわかりにくさかと。3世代いるようなので、序にでてくる『母さんと一緒に……』を『お義母さんと…』などとするとか?(人間関係、めちゃくちゃになるかな?)でも、そういう細かいところで全体のわかりにくい雰囲気はすぐに変わるかと思います。
□名無しさんからの批評 (2003/12/17 18:35) フォント
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短い話の中で人物が多すぎ。
(冒頭2行で4人登場)
三人称語りなので誰を主体とした話なのか余計に分かり難くなってしまっている。
□名無しさんからの批評 (2003/12/31 09:40) フォント
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孝子と惣一の関係が途中までわかりませんでした。
この二人は一体どういう間柄なのかというのが気になって、物語にあまり集中する事が出来ませんでした。
出来れば最初の方でこの二人が姉弟である事を教えて欲しかったです。
□セツナビトさんからの批評 (2004/01/10 00:33) フォント
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私も、登場人物の関係が一読では掴みきれませんでした。冒頭の場面で、てっきり孝子と惣一は夫婦なのかと思ってしまいました(「母さん」は惣一方の母親かと)。『「姉さん」』の部分までそれで違和感無く読めていたので、いきなり二人が兄弟であることが分かって驚きました。人物の多さ自体は気に掛かりませんでしたが(家族で買い物に来ていたのなら十分納得できる数だと)、彼らの関係には改善の余地があります。

それと、『「大丈夫なの」』の理由が失職というのは、確かに大変でしょうが、少しインパクトがかけているように感じました。ベタかもしれませんがここは病気だっかり旦那さんに何かがあったことにした方がもっと感動があるように思いました。

文章ですが、他の方が指摘されている「惣一が差し出すとお茶を勢いよく彼女の喉に流れ込む。」など、ところどころで引っかかりを感じました。また、シルバーカーの老人や女の子の一文はいらないように思います。本文の流れに関係ない描写が突然あって、つまづきました。そして、地の文に含めるのなら「」をはずすべきだと思います。

夏の暑い盛り、という雰囲気は十分に出ていると思います。ただ引っ掛かりがやや多かったです。次回に期待します、がんばってください。
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