「蜘蛛」
黒川鍵司
 ある日の午後、ベランダにオニグモが住み着いたことに気がついた。普通、家の周りで見かけるのは引っ掻き回したような不規則網を張るオオヒメグモか、恐ろしくか細い脚をして同様の網をはるユウレイグモ、そうでなければどことなくユーモラスな動きの網を張らないハエトリグモのたぐいだ。そのため自分の身長すら凌ぐ、大きな円網には圧倒されてしまい、それを取り払う気は失せてしまった。
 普通、巣は朝方にはたたまれるか、ほっぽらかされるかして、オニグモはどこかに移動してしまうのだが、この個体は1週間以上も同じ巣を使い続けている。夜型の私の部屋は明け方近くまで明かりがついているわけだから、なるほど、ここに巣を張れば移動せずとも結構な収穫があるのだろう。
 昼間、その大きさと模様からメスと思われる巣の主は外敵から身を守るためにどこかに隠れている。その隙に立派な網へと近づいてみた。獲物がかかったせいなのか、いくらか破れた部分があるが、陽の光にキラキラと輝く糸が美しい。触ってみると、縦糸には粘り気はなく、太い部分はマッチ棒くらいあり恐ろしく丈夫だ。逆に横糸は細めで強い粘り気があり、全体にびっしりと蚊や小さな羽虫のたぐいが引っかかっている。主の彼女はそんな小さな収穫には目もくれないが、おかげで今年は蚊に悩まずにすんでいる。

「蜘蛛の糸は蚕の糸よりも上質なのだが、蚕のように大量に集められないため紡績できない」

 巣を目の前にして、その言葉を思い出し、蜘蛛の糸で織られたきらびやかな衣装をまとった能役者を想像してみたりした。
 夕方になると、どこからともなく彼女は現れて網の修復を行いだす。日没直後の薄暗さの中でシルエットになった蜘蛛がスルスルと滑らかに縦に横にと空中を移動していき、その後には何もなかったかのように見事な円網が再び現れる。その後は静かに収穫を待っている。強い風が吹こうと、雨が降ろうとも慌てることも逃げることもせず、このサイクルを繰り返す。
 いつもは邪魔にならないよう、ガラス越しにその姿を眺めているのだが、深夜、ほんの少しだけ窓を開けることがある。そして、じっと網の中央にたたずむ彼女を覗き見る。ひどく一方的な連帯感を感じながら。
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□名無しさんからの批評 (2003/11/11 11:34) フォント
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蜘蛛とその巣についての細かい描写がすばらしい。日常的なことを書く作品は、こういうところをきっちり書くことで説得力が生まれると思います。
この蜘蛛と主人公の間に何か一波乱、ショッキングな出来事などがあれば尚印象的な作品になりそうな気はします。
□phさんからの批評 (2003/11/11 23:19) フォント
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とても読みやすいのですが、説明が多い分、物語の雰囲気をまとっていないように思えます。
まるで説明文か、日記のように感じました。感心はするのですが、感情移入は難しいです。
□匿名さんからの批評 (2003/11/12 11:47) フォント
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素直に読ませて頂きました。さて、文字書きの基本は観察にあるという言葉を思い出します。観察に基づいた表現。そこは難なくクリアしていると思います。難しいのは読者「様」宛のメッセージをそこに織り込まないといけないという所かなあ、と自省してみます。次回、期待しています。
□水夫さんからの批評 (2003/11/12 16:48) フォント
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描写力が高いです。それだけで充分芸になりうるレベル。「向上委員会」に出された作品として高く買います。

取材内容が綺麗に生きた文章でした。
□名は無いさんからの批評 (2003/11/14 03:30) フォント
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昔沸いたお風呂の蓋をぱかっと開けると、タカアシグモが足を縮めて湯だっていたがありました。

閑話休題
あれ、小説っぽくないな〜などと思いながらも最後まで飽きずに読ませていただきました。
物語としてインパクトのある部分を作れれば、読者にかなり良いものが残せるのではないでしょうか。
□名無しさんからの批評 (2003/11/17 02:46) フォント
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取材ご苦労様、としか言えません。確かに描写力はすごいと思います。これは、情報収集力と筆力のなせる技なのでしょうね。羨ましいです。

ただ、読んでいて飽きるんですよね。それが難点。なぜ飽きるか。それは事件がなさすぎ。ただの描写で終わっている気がしてしょうがないのです。一方的な連帯感と書かれていますが、その連帯感は分かる。けど、私はその主人公に共感はできないよ、ということで以上の評価にさせていただきました。
□匿名さんからの批評 (2003/11/19 12:50) フォント
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リアリティのある即物的な描写は大好きです。描写する対象のことをきちんと調べた上で文章を書かれている点も、とてもよいと思います。個人的にはこういう文章は好きです。
ただ、これがどういう風に主人公の人生に絡んでいるのか、そのあたりのドラマ性が見えてきませんでした。そのようなドラマ性は何もないのかもしれませんが、これだけだと蜘蛛の生態をレポートした文章に見えてしまいます。もっと主人公の境遇が盛り込まれていると、蜘蛛に連帯感を抱くその感情が理解できたかもしれません。
□名無しさんからの批評 (2003/11/19 15:43) フォント
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「」文が必要な意味がわからなかったです。
蜘蛛にうまく命を与えた文章でした。
一方的な連帯感を持った語り手に共感を持ちました。
□名無しさんからの批評 (2003/11/22 04:02) フォント
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似たような経験があるせいかもしれませんが、自然と感情移入してしまいました。
ただそれ以外の人にとってはインパクトが足りないのではないかと思います。
□セツナビトさんからの批評 (2003/11/22 11:02) フォント
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蜘蛛に対する知識が素晴らしく、どんなに小さな蜘蛛でも半径1メートル以内には近づきたくない私でもへぇと思いました。

表現が素晴らしく、特に引っ掛かりを感じませんでした。あったとすれば一つ。「ほっぽらかされるかして」を見たとき、一人でほっぽら? ほっぽら? と繰り返してしまいました。何か別の言葉もあったよなあと。確か「ほったらかす」だったような。ここは「放置されるかして」でいいんじゃないでしょうか。

そのほかの部分は本当につまずきがなくさらっと読めました。しかしこれは小説というよりはエッセイに近いものがあると思いました。一つ何らかの事件があればよかったのではないでしょうか。

文章力はかなり高い方だと思います。また扱う題材についてきちんと取材が出来る方なのでしょう。次回作を期待しています。がんばってください。
□名無しさんからの批評 (2003/11/24 02:49) フォント
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昆虫のエッセイでオニグモの生態について教えてもらった気分になりました。

主人公が一方的な連帯感を抱くに至るエピソードや、何らかの事件があれば違ったのかもしれません。

描写力を心理描写にも生かして欲しいと思うのは欲張りでしょうか。
□名無しさんからの批評 (2003/11/25 13:54) フォント
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主人公は蜘蛛に詳しいですね。
内容的にはだから何?というか、言いたいことが伝わってきませんでした。
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