「正方形の羽」
藤沢水樹
 羽。黒、茶色、透き通った羽。白い正方形の箱には、様々な羽が入っている。
 蛾が、壁に羽を広げている。彼は手を伸ばしたが、指先が届く前に飛んでいってしまう。二枚の羽をひらめかせ、高く、遠く、飛んでいく。
 また別の蛾が、壁にとまる。先ほどよりも慎重に近付き、広げた羽を両手で押えた。逃れようとする小さな躯幹を指で押え、鱗粉で覆われた羽の根元を抓む。
 力を入れると、押える躯が激しく動く。羽は、僅かな力で容易に離れた。
 彼はもう片方の羽も同じように抓む。二枚の羽が無くなった小さな躯は、それでもまだ動きつづけていた。
 彼は羽のなくなったみすぼらしい躯を、木の根元にそっと置く。細く微弱な四足で、小さな躯は土の上を這った。一センチも動かない間に、動きを止め、土の上にひっそりと佇む。
 彼は手に入れた羽を、白い、正方形の箱の中に入れる。新しい羽は、茶色に黒い丸模様。
 箱の中には、羽。黒、茶色、透き通った羽がぎっしりと詰め込まれている。もうすぐ、箱は一杯になる。
「お前……虫を殺してるそうだな」
 唐突な父の言葉に、彼は瞠目した。手の中には白い箱。
「違うよ、父さん。僕は殺してなんかいない」
「……その箱を見せてみろ」
 父の手が伸びて、彼は箱を背後に隠した。刹那、弾けるような音が響く。彼の頬は熱を持ち、耳鳴りが頭の中に聞こえる。――慣れてしまった感覚に、彼は動じない。
 次いで伸びた父の手は、彼の服を掴み、床に叩きつける。彼は咄嗟に箱を抱えて蹲った。そのわき腹を、今度は足で蹴られる。
 彼は転がされるように横になり、手から箱が奪われる。その蓋を開けたとき、今度は父が瞠目した。
「……どうしてお前は! もう二十歳になるんだぞっ!」
 叫び声と共に、箱は床に叩きつけられる。
 箱の中から飛び出す、羽、羽、羽。
 黒、茶色、透き通った羽が、宙を舞い、彼の上に落ちていく。彼は慌てて起き上がり、羽を傷付けないよう、そっと拾い集めていく。
「殺してなんかいないよ。彼らは、僕と同じになっただけなんだ」
 羽を拾い集めながら、彼は呟く。見下ろす父にでもなく、片隅で泣く母にでもなく、彼は独白する。
 ――僕は、羽の無い虫だから。
 ――微弱な四足で這う、羽の無い虫だから。
 ――だから彼らは、僕の仲間になったんだ。
 正方形の白い箱。彼は愛しそうに抱きしめ、頬を寄せる。
「この箱が一杯になったら、僕も飛べそうな気がしたんだ」
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□名無しさんからの批評 (2003/11/11 11:48) フォント
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前半、蛾の羽をもぐくだりはすごくリアルで良かったです(自分も実験でやらされた記憶を、ありありと思い出してしまいました)。
ただ、父が出てきてから妙な白々しさを感じさせます。「お前……虫を殺してるそうだな」ではなく、「また虫など殺して!」「何度言ったら解るんだ!」という感じのほうが、怒りも自然だし、隣で泣いている母の存在も自然かな、と。
でも全体的に少年の狂気は伝わってきて良い雰囲気だったと思います。次回も期待しています。
□匿名さんからの批評 (2003/11/12 11:59) フォント
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蛾の羽だけを収集する青年という設定がちと辛いかなあ。「コレクター」のお約束としては、箱に綺麗に並べるという流れも良かったかと。「蛾=変身」という所は文学的には先例が山ほどあり辛い難所となりますから、そこをどう乗り越えるか?が「この作品のキモかと思います。次回作、期待しています。
□phさんからの批評 (2003/11/12 13:37) フォント
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物語の世界に引き込まれ、胸を突く悲しみを感じました。
とてもいいと思います。
ただ、父親が出てくるあたりから、若干展開が唐突に感じました。
もう一言、関係を匂わす表現があればすんなり溶け込めたと思います。
それから、僕の言葉がやや知的過ぎる気もします。(二十歳になるんだぞ、という言葉から知的障害を感じましたので)もっと崩せば、より狂気的に感じたかもしれません。
□水夫さんからの批評 (2003/11/12 16:59) フォント
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父親が出てからの展開がぴんと来ません。自己分析が客観的すぎるというか。
□名無しさんからの批評 (2003/11/12 22:52) フォント
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彼の狂気的な不自由さが痛く伝わった。最後は言葉に出さなくてもよかったのではないかと思う。自分の気持ちを言えるくらいなら、こんな事はしていないような気がする。
□名無しさんからの批評 (2003/11/12 22:53) フォント
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 物語は非常によいと思います。HIDEの「ピンク・スパイダー」を思い出しはしましたが、飛べない引篭もり(?)をうまく虫と結び付けたと思います。
 両親の存在というか言動が、さらに存在感、現実感を感じさせるものだったらもっとよくなったと思います。
□名は無いさんからの批評 (2003/11/14 03:14) フォント
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狂気の青年で、知的さを残しているのなら、親の彼に対する扱い方が短絡過ぎるような気がします。親子の関係性をもう少し深みのある描写(期待感と絶望とか)があるとより一層狂気が増すと思います。
□名無しさんからの批評 (2003/11/15 00:02) フォント
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とても魅力を感じました。羽を集めることで飛べそうな気がした、少年と青年の狭間の主人公はその後どうなったのか、とても気になります。気にさせるだけの魅力を持ったお話でした。

物語を流れる表現が不安定なように感じるので、安定すればさらに読み耽りたいお話になるのではないでしょうか。次回期待しています!
□名無しさんからの批評 (2003/11/16 12:48) フォント
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前半の表現はよかったのですが、後半の父さんとの会話が少し違和感がありましたね。
壊れた家族の構図はもう少し情報をのせて欲しかった。
□匿名さんからの批評 (2003/11/16 20:14) フォント
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書きなれてる感じがしますが、羽集めるくだりと、独白のくだりが別人のような印象を与えます。何故、いっぱいになると、飛べそうだと感じたのか、何故四角い箱でなくてはいけないのか。ここを書ききれてないと、この主人公の自己満足な、共感をよべない、ただの気持ち悪い男で終わってしまいそうです。
□匿名さんからの批評 (2003/11/19 12:25) フォント
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前半の描写は良かったです。こういう描写を得意とされているのでしょう。
後半ですが、父親も息子もなんか中途半端です。父親が原因で息子が今の状態になってしまったのなら、もっと父親には完膚なきまで息子を叩きのめして欲しいし、そうでないのなら父親は登場させなくても良かったかも…と個人的には思いました。狂気的な虫と主人公との世界に終始させても、良い作品になると思います。
□名無しさんからの批評 (2003/11/21 17:15) フォント
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表現が良いと思いました。一瞬、変わった表現方法を使うなぁ、と思いましたが、それはそれで受け入れてしまえばしっくりくるものなので、言葉の選びはあっていると思います。

ただ、ストーリーはどうかと言われると、少し微妙な気がします。なぜ、羽根を集めているのか。確かに狂気を演出している感じは伝わるのですが、羽根を集めている主人公の頑とした意思が伝わってこないのですね。だから、恐怖もあまり伝わってこないのです。
□名無しさんからの批評 (2003/11/22 04:39) フォント
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技巧的な表現、リアルな描写、一言一言にその人の背景を埋め込めていく手法、見事でした。
1200文字でここまで出来るのか…と感動しました。

とにかく、その眼前に広がる世界に圧倒されました。まるで自分の目の前を羽のもがれた蛾が蠢いているかのような…そんな気分です。
羽をもぐという行為は父のDVからの逃避なのでしょうか?「片隅で泣く母」という句の挿入が非常に効果的だと感じました。
個人的な感想ですが、後半部分にもっと狂気がほしかったです。
父の暴力の苛烈さをもっと強調したら前半の羽をもぐという行為がより際立ち、吐き気がするような感覚に襲われるのではないかと思います。
□名無しさんからの批評 (2003/11/24 03:41) フォント
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良い意味で気持ち悪かったです。特に前半部分の描写が。
彼の一人称で語らせれば、独白部分への繋がりがスムーズだったような気がします。
最後のセリフも一人称の地の文にしてしまった方が個人的には好み。
□名無しさんからの批評 (2003/11/26 21:05) フォント
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多重人格探偵サイコの桐生勇吾が鳥の風きり羽を毟るシーンにそっくりで興ざめしてしまいました。
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