「顔虫」
藤枝夏
 ユキは教室の片隅で本を読んで過ごす、おとなしい少女だった。確かに彼女の柔らかな物腰、白い肌や漆黒の長い睫毛、涼しげな一重瞼の瞳は中学生受けするものではない。
 山下君は、愚かな同級生の気付かぬ美しい蝶を、蛹の段階で見抜き恋焦がれていた。私はその恋心に大人びた男の魅力を感じ、嬉しく思う半面、彼に声を掛けられ頬を染めるユキに激しい嫉妬心を覚え、憎悪さえした。
 活発で常にクラスの中心にいる私とは対極にいながら、成績の良い彼女が皆から一目置かれているのも気に入らなかった。

 山下君からユキに告白するつもりだと聞かされた私は、彼の気の置けない友人を演じてはいたが、内心は臍をかむ思いだった。今のうちに何とかしなければならない。
 最近クラスでは、インターネットの巨大掲示板にひしめく噂話が話題の中心だ。匿名で無責任に垂れ流されるそれらは、お喋りな友人たちを介して伝染病のように蔓延する。
『にきびの芯を指先で押し出して、その固まりが芋虫みたいに動いていたら、それは顔虫です。横浜の中学に通う友達の後輩が、寄生されて発狂したとか。顔虫は読書好きな頭の良い女の子を宿主に選ぶらしいよ』
 地域を限定することで都市伝説は信憑性を増す。噂好きな蜜蜂たちは、集団心理という甘い蜜を喜んで巣に持ち帰るだろう。書き込みを終えた私はほくそえんだ。そう、ユキも思春期特有の悩みを持つ少女の一人だった。

 無視することから静かに始まった狩りは、本格化するまでにさほど時間を要しない。
 ある朝登校すると、ユキの机にマジックで大きく「顔虫」と書きなぐられていた。一度も涙を見せなかったユキは初めて泣いた。
 私は用務員室からシンナーを借り、黙って落書きを消し始めた。クラス内での力関係を考えれば、ユキを庇っても自分に火の粉は降りかからないはずだ。もちろん山下君に与える効果も十分計算済だった。ユキは縋るような目を、山下君は安堵の目を私に向けた。
 機は完全に熟していた。私の優しい行動は火に油を注ぐかのように集団の暴力を誘発し、ユキは教室から姿を消した。

 しばらくして、顔を掻き毟り、ノイローゼ気味になったユキが入院したと聞かされた。
 少しやりすぎただろうか? しかし私は掲示板への書き込みをしただけで、あとは働き蜂たちが勝手に踊ってくれた。
 集団に女王蜂は一匹で良い、仕方のないことだ。私はユキのことを頭から追い出すと、山下君との初デートに遅れないよう、慌てて顔を洗った。左頬に痛みが走り、にきびを潰したことに気付く。鏡を覗き込みながら芯を押し出すと、指先で何かが蠢いている。
 鏡の中の顔が、鉄格子の嵌め込まれた病室で顔を覆って悲鳴を上げるユキと重なった。
著作権について
 
 
□名無しさんからの批評 (2003/11/11 14:36) フォント
発想
構成
表現
総合
シュールで精巧。
ネットから生まれる都市伝説という現代的な題材と(最近の中学生はこうなんですか?)、古典的ないじめという題材で、女の怖さと計算高さをうまく描いていると思います。最後の一行で、自分は間違っていないと肯定しながらも内心悪いことをしたと思っている主人公の本心まで効果的に書けていると思いました。すばらしい。
□名無しさんからの批評 (2003/11/11 18:56) フォント
発想
構成
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総合
構成としては面白いのだけれど、ありがちな印象を受けました。「ああ、こんな話、どっかで読んだな」という感じ。
ユキの「白い肌」とノイローゼになるほどの(いじめを受けるほどの)「ニキビ肌」が、どうもちぐはぐだな、とも思いました。
それから、インターネットの掲示板での噂話がクラスの話題の中心になるほど、まだネット蔓延してないような気も。(自分がインターネットを使っていると、あまり意識しないのですが……)
□名は無いさんからの批評 (2003/11/12 05:30) フォント
発想
構成
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総合
読んでみて、面白かったです。顔虫という発想と、主人公の描き方はとても良いと思います。テーマの使い方も良く、全体もしっかりとまとまっていました。
私のつたない批評力では、この作品の重箱の隅をつつくような真似しかできません。よって感想に始終したいと思います。
□匿名さんからの批評 (2003/11/12 12:48) フォント
発想
構成
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総合
鬼気とした女の嫉妬を感じました。女って怖いですね。
極度に自分本位の「私」が、親友を追い詰め彼女を破綻させてしまったことに、潜在的に恐怖を抱いていると言う所まで描ききれていて、すばらしいと思います。
気になった点として、噂話を広めるために巨大掲示板を利用しているのが短絡的な感じがします。そんなに簡単に都市伝説レベルの話が蔓延したりするのでしょうか? もう少し具体的に、クラスに噂話を蔓延させて、親友を追い詰めて行く過程が描かれているとよかったと思います。
後、頭の部分が誰の視点から描かれているのかすぐにわからなかったので、ユキは呼び捨てなのに山下君は君付けであるところに少し違和感を感じました。
□水夫さんからの批評 (2003/11/12 18:32) フォント
発想
構成
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総合
発想が気に入りました。なるほど、顔虫ね。良くできています。最後の一文はない方が好み。
□名無しさんからの批評 (2003/11/13 00:07) フォント
発想
構成
表現
総合
 よくこれだけの物語を、この字数で語れたと思います。ラストシーンの映像の重なりは視覚化できるほどでした。
  表現の評価が低いのは、ネットの掲示板という小道具に無理を感じたことと、虫にこだわった比喩が口説く思えてしまいったためです。お題の部分は「顔虫」だけでよかったのでは?
□匿名さんからの批評 (2003/11/13 11:17) フォント
発想
構成
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総合
都市伝説、インターネットの掲示板、この2点を外しても良かったかなあと。せっかく学校という舞台があるのですから、その中で小道具を用意しても話は成立するかと思います。ただ、そうすると、学校の怪談っぽくなってしまうのかな。主人公が生き生きしている分、都市伝説も掲示板もいらないかと、インターネット嫌いな私はふと思ったりします。(じゃなんでココに書いているんだ!という突っ込みされると返す言葉がないんですが)
次回作、楽しみにしています。
□名無しさんからの批評 (2003/11/13 17:58) フォント
発想
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総合
読後の感想は、聞いたことがある話だな、と。自分が作り出した話が自分に降りかかってくる話は、至るところで出し尽くされています。

しかし、こうやって好評価をしたのは、テンポがよく、とんとんと話が進んでいくからです。
お題なんかはどうでも良くて、いかに人に読ませる作品を書けるか、ということを改めて教えていただいた作品でした。
□名無しさんからの批評 (2003/11/14 23:35) フォント
発想
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総合
「女王蜂」のあたりが、蛇足っぽく感じます。「女王蜂」とかそのあたりはお題を意識しすぎかなーと思います。顔虫だけで十分だと。
□名無しさんからの批評 (2003/11/15 00:29) フォント
発想
構成
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総合
普通に面白かった!
こうしてウェブ上の向上を目指す場所でも、短編集のなかの一編のような小説が普通に面白く読めるという点ではすごくレベルが高いと思います。

ただ、残念ながら、ブラックな話の内容自体は何処かで読んだことのある感じで、目新しさが全くありませんでした。もう既に何処かで試されているもの、という感じ。新鮮味がありません。
最後も、もうひとひねり欲しかったです。そのひねりを充分書ける方だと思うので。次回作、楽しみにしています。
□phさんからの批評 (2003/11/15 13:39) フォント
発想
構成
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総合
顔虫の発想は素敵ですが、展開がありきたりすぎて、話に面白みを感じませんでした。
単に好き嫌いの問題かもしれません。
□名無しさんからの批評 (2003/11/15 17:43) フォント
発想
構成
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総合
発想はいいなって思いました。
ただ話の展開がすこし強引な感じもしました。
薄暗い怖さは十分でていて、全体的にはいい感じでまとまっています。

□名無しさんからの批評 (2003/11/16 10:35) フォント
発想
構成
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総合
ショートホラーでよくありそうな話ですけど、しっかり怖かったです。

冒頭部分で「活発で常にクラスの中心にいる私とは」なんて、自己中すぎ?とか思ったんですが、最後まで読んでみると・・・。

しっかり書ける方なんだと思いました。すごい。
□名無しさんからの批評 (2003/11/16 17:22) フォント
発想
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総合
こういった話は良くありますので、どこかで読んだ話だなぁと思ってしまいます。
インターネットの掲示板が、一ひねりした部分なのだと思いますが、
ここでは普通にクラスの人に「こうゆう話を友達から聞いたんだけど」と言う風に、
うわさ話を広めていった方が都市伝説としての強さが出たと思います。
□匿名さんからの批評 (2003/11/16 18:28) フォント
発想
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総合
気持ち悪かった。ほめ言葉です。なんを言えば、虫のお題ということで、蜂と、顔むしが重なりくどいかな。よくある話なのに怖いのはすごいです。字数制限がある分、すっきりさせた分を、心理なり背景描写に使われていたら・・・もっと怖かったでしょうね。
□名無しさんからの批評 (2003/11/24 15:02) フォント
発想
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総合
 怖いですね。でも中学生でこういういじめは起こり得るのかどうか、ちょっと疑問でした。ネットがそこまで普及しているかという問題とか。巨大掲示板の話題で持ちきりになるほどは普及していないのでは?それとも私の周りではそこまで普及していないからでしょうか。もう少し未来の話ならあり得るかもしれませんね。
 虫を指す単語が登場しすぎのような気がしました。蝶、蛹、蜜蜂、働き蜂、女王蜂。無視はエッセンスとして気に入りましたが。噂に群がる人間を蜂に例えるのはきれい過ぎる印象です。折角「顔虫」という主題があるのであれば、それに重なるようにうじ虫とかだった方が良かったかなと。ただそうなると随分と気持ち悪い話になりそうですね。
 ただ、ここまでの話をたった1200文字に収める技術は素晴らしいと思います。自分の広めた嘘が現実となって自分に降りかかるというラストも恐ろしかったです。
□名無しさんからの批評 (2003/12/01 01:07) フォント
発想
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総合
お話自体はありがちな話ですが、こういうお話は個人的には好きです。

虫に関する描写がくどい気がしました。この長さでなければそうも思わなかったかもしれませんけど、詰め込みすぎた気がします。

掲示板については、個人的には自分を発信源として噂を広めないあたり、主人公の狡さを感じはしましたが、学校という舞台を生かして掲示板は削っても良かったような気がします。
もしくは掲示板からネタを拾って来てクラスに広める、お喋りな友人を具体的に登場させると良かったのかもしれません。

山下君の人物像がいまいち伝わりませんでした。
いじめの描写が机の落書きだけであとは『集団の暴力を誘発し』だけで、ユキが学校に来なくなるのも唐突すぎる気がします。
□名無しさんからの批評 (2003/12/03 12:27) フォント
発想
構成
表現
総合
他の方も言っていますが、BBSにこだわる必要性が見つかりませんでした。
噂を流しても、後ろ指を指されない環境という意味でBBSを使ったと思うのですが、逆にそれがうそ臭くなっているような気がします。
というかクラス中が見ているようなクラスは嫌だ。
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