「もしも、きみが」
山賀雪亜
「もっと早く出逢えていたら、私達どうなってたのかな」
 地下一階のバー。私達の手には、何杯めかの焼酎が注がれたグラス。酔った勢いがなくちゃ、訊けなかった、こんな事。
「結婚してたよ、きっと」
 きみは当たり前じゃないかという様な、楽しげな瞳で私の顔を見た後、すぐ手元のグラスに視線を落とした。
「ええー。私と結婚してくれてた?」
「決まってるじゃないか」
「本当に〜?」
 私はわざとふざけた調子で言い、鏡張りの天井を見上げた。きみの頭が見える。柔らかなきみの髪。
「生まれ変わったら一緒になろう」
 きみの言葉に驚いて、私は振り向いた。グラスのなかに視線を落としたままのきみ。
 酔ったきみの戯言だと分かっていたけれど、私はそれ以上、どうしても上手く茶化す事ができなかった。
 それって、松田聖子と郷ひろみみたい。
 笑ってそう言おうと思ったのに、きみの優しさにただ胸が痛んだ。
 あたたかく閉じ込められたこのバーを出たら、私達はまた別々の道を歩く。それぞれの大切な人の元へ帰って行くのだ。
 大好きだよ、愛してると何度繰り返しても、一緒に暮らす事は決して無い私達。
 生まれ変わったら。
 私はひととき夢を見そうになる。
「でも生まれ変わりがあるのなら、人間になるとは限らないよ。くじらとかキリンになるかもしれないよ?」
 くじら?キリン?きみはくすくすと笑う。
「でも」
 きみをまっすぐ見つめて私は続ける。今この瞬間じゃなきゃ、もう二度と言えない様な気のする、本当の気持ち。
「生まれ変わって、きみが虫になっても、私はきみを見つけるよ。きっと」
 そしたらきみを胸のポケットに忍ばせて、いつも一緒にいよう。
 片時も離れず、同じ世界を見よう。
 このバーを出たら、また別れてゆく人間のきみと私。
 もしもきみが虫だったら。
 自分で言ったくせにつらくなり、私はえへへと笑って、また鏡の天井を見上げた。
「出ようか」
 焼酎を飲み干し、きみがジャケットを掴む。
 私が虫になれたら、きみのそのジャケットの、胸ポケットに入り込むのに。
 何も言わないきみ。開くバーのドア。私達は何も変わらない。いつかきみが優しいずるさで私にさよならを言う時まで。
 本当は分かっている。私もきみも、もうそれなりに大人なんだから。それでも、私はきみのあたたかい懐に入り込みたかった。ひととき夢を見たかった。
著作権について
 
 
□名無しさんからの批評 (2003/11/10 14:11) フォント
発想
構成
表現
総合
これが「一人称の主人公が相手に語りかけながら進む話」だと気づくのに、ちょっと時間がかかりました。というかなんというか、う〜ん。
『「もっと早く出逢えていたら、私達どうなってたのかな」

という最初のセリフに表れているように、この作品内の文章は全て「主人公の中にある、彼への恋の気持ち」を主人公が言葉にして紡いだもの「だけ」で出来ているのだと思いますが、そのために小説というよりはほとんど詩になっているように思えるのが、個人的にどうも評価の難しいところです。

多分普通なら、その気持ちを「物語」の中でどう表現していくかが小説のやり方なんだと思いますが、この作品ではむしろ、あるワンシーンで主人公に気持ちを吐露させることで「物語的シチュエーション」を作っているという、そうやって出来たいわば「小説の変化球」みたいなもののように思えます。
でも、だからこそというか、「小説を楽しむ」というよりは「主人公の感情を味わう」という感じになっているので、これもまた小説だよと言われればたしかにそうなんでしょうが、やっぱりどちらかというと詩を読んだ後ような読後感になりました。

ただ、
『私が虫になれたら、きみのそのジャケットの、胸ポケットに入り込むのに。』
という主人公の気持ちの表現は上手いと思うし、面白いです。

しかし、これは完全に個人的な意見になってしまいますが。
多分、ロマンティックな場面として描かれているのだと思いますが、それなのに飲んでいるのが「焼酎」でいいんでしょうか。いや、よく分からないですが。焼酎でも十分ロマンティックなのかもしれないですが。しかしせっかくなら、もっとそれっぽいものを飲ませてもよかったように思います。

評価は、もっと物語にして欲しかったなという気持ちを込めて、こうつけました。
表現しようとしていること/していることは決して悪くないと思いますので、できれば今度はストーリーを作って、書いてみて欲しいです。
□名無しさんからの批評 (2003/11/11 15:04) フォント
発想
構成
表現
総合
「私」と「きみ」の関係が薄っぺらに感じられます。すべて「私」の妄想なんじゃないか、という感じで。
でもその乙女チック妄想こそが「私が虫になれたら」というくだりを活かしているようにも思うので、それで良いのかもしれません。
個人的にあまり好きな作風ではなかったので、微妙なことしか言えなくてすみません。
□名無しさんからの批評 (2003/11/11 23:13) フォント
発想
構成
表現
総合
どこか背伸びしてるなぁと言うのが、第一印象でした。
作者が登場人物の気持ちになりきれていない、というか、良くわからないまま書いているように感じます。
こうゆう雰囲気は結構好きなので、そこがちょっと惜しいなぁと思います。
□名は無いさんからの批評 (2003/11/12 04:48) フォント
発想
構成
表現
総合
こんな大人の女性に好かれてみたいなぁ、とまず単純に憧れました。私も「きみ」という呼ばれ方をしてみたい。

さて批評ですが、虫を「矮小なもの」として、生まれ変わりたくないものランキング1位として使われているのですが、テーマとしての利用方法が弱かったように感じます。
また、会話文が中心で構成されているので、流れるように展開が進むため、少し内容が薄く感じてしまいました。大人の恋をしたことの無い私が悪いのかもしれません。
彼氏さん(?)がもっとしたたかな印象を出せると良いのかもしれません。
□水夫さんからの批評 (2003/11/12 18:39) フォント
発想
構成
表現
総合
薄いなあ。虫も無理矢理ってかんじがするし。自己完結してしまっている感じです。
□名無しさんからの批評 (2003/11/13 00:12) フォント
発想
構成
表現
総合
 なんつうか、二人の愛情が感じられないのよ。だから全部が空疎に思えます。
 それにバーで焼酎ですかねぇ。庶民っぽさの表現なんでしょうか?だったら居酒屋か、小料理屋くらいにしませんか?
□phさんからの批評 (2003/11/13 00:37) フォント
発想
構成
表現
総合
切ない物語ですね。
でも、だからこそ何でわざわざ虫になりたいのかな、と思いました。歌になって近寄っても、嫌われるだけですよね。。。
あと、「きみ」という呼びかけもあってないように思いました。年上の女性にしては心情が感傷的過ぎるし、彼がそれほど可愛らしい存在ともお思いませんでした。「あなた」のほうが大人っぽい雰囲気に合っていたのではないでしょうか。
言葉の印象がちぐはぐで、雰囲気を表現し切れていないように思います。
□phさんからの批評 (2003/11/13 00:39) フォント
発想
構成
表現
総合
ごめんなさい、上の批評で変換ミスがありました。
「歌になっても」→「蚊になっても」
です。
文章を読み返す癖をつけねば。。。
□匿名さんからの批評 (2003/11/13 05:53) フォント
発想
構成
表現
総合
ん?これいいじゃん!設定もとても気に入りました。バーで焼酎とか、とてもさりげないけど、ここ、かなり悩んだんじゃないかなーー。たとえばなんとかカクテルにしちゃうとイッキに陳腐なかほりがしちゃうしね。例:マティーニとかだといかにもって感じだし。二人の微妙な距離感、いいなあ。こういうお話スキです。
□名無しさんからの批評 (2003/11/15 15:42) フォント
発想
構成
表現
総合
全体的にいい感じ。
「〜きみが虫になっても〜」は虫でなくてもいいような気がした。虫でなきゃいけないような必然性がストーリー展開があればよかったかも。
バーで二人が焼酎、いいかも。
□名無しさんからの批評 (2003/11/15 17:23) フォント
発想
構成
表現
総合
好きですね。
ただ大人のイメージというよりは、大人になりたいイメージって感じで
すこし薄い感じがします、その点があまり重すぎても文章のイメージがくずれるので配分が難しいかも。

あたたかく閉じ込められた〜
って表現すごい気に入りました。
□名無しさんからの批評 (2003/11/16 10:22) フォント
発想
構成
表現
総合
優しい気持ちになれますよね。こういう話って。虫って、やっぱりいいイメージが少なかったりしてお題の使い方難しいと思うんですけど、うまいなぁと感じました。

ただ、お酒を飲むような年齢なんだし、平仮名で「きみ」と呼ぶよりは「あなた」とか「貴方」とかにした方が大人っぽくていいかなと。でも「きみ」のほうが親しみがこもってていいのかな、やっぱり。

この雰囲気、大事にして欲しいな、と思いました。
□名無しさんからの批評 (2003/11/17 00:35) フォント
発想
構成
表現
総合
エッセイ調に近い感じのポンポンと短い文字数で段落が変わる文章が逆によかったかもしれない。
ただ、ポンポンと進んでしまったためにお互いの距離感に親密さが見えないとしたら、それはそれで違う味が出ていると思う。どこか醒めた感じ「私」というものを書きたかったというのならば、であるけれども。
□名無しさんからの批評 (2003/11/17 05:10) フォント
発想
構成
表現
総合
 まず。どうしても会話中に出てくる「〜」。この記号が嫌なんです。個人的な意見に聞こえるかもしれませんが、この記号は普通小説では使わない記号です。それと「?」のあとは一文字開けましょう。
 どうしてもバーで焼酎がしっくりきません。大人の男女でしょうからもっと大人の飲み物の方が良かったかと。意図的だったらごめんなさい。
 それと使っている単語に違和感があります。他の方も言われていますが、相手の男を「きみ」と呼ぶほど優位に立っている訳でも、年上って訳でもなさそうだし、ここは「あなた」の方が好みです。『グラスのなかに…』も「グラスの中に」の方がいいです。
 それにしても、虫になりたいと思う気持ちが解かりません。もしもテーマが虫じゃなかったら、きっと他の生き物を持ってくるんじゃないかな。ちょっと強引な気がしました。

 いろいろ書きましたが、雰囲気は好きです。
□匿名さんからの批評 (2003/11/18 12:56) フォント
発想
構成
表現
総合
二人が飲んでいるものがあえて焼酎だったり、女性が男性のことを「きみ」と呼んでいたり、さりげなく描写されているバーの内装、たとえストーリーに馴染んでいなかったとしても、私はいいと思いました(「きみ」という二人称はどうしても馴染めませんでした)。
寄らず離れずの二人の時間を共有するという空気はいいですね。ふわふわとした、女性側の感情あふれる文章という印象でした。個人的には、もう少しインパクトがあった方が好きですが。
□名無しさんからの批評 (2003/12/01 01:14) フォント
発想
構成
表現
総合
個人的には好きな人が虫になっても、ポケットには入れたくない(笑)という感想はさて置き。

自分に相手に面と向かって「きみ」と呼ぶ習慣がないので、会話文の中で「きみ」と言われることに違和感を感じてしまいました。
これは好みの問題なのかもしれません。

私ときみがお互いのどんなところを好きなのかという点がぼやけているので、二人が生身の人間に思えませんでした。
『それぞれの大切な人の元へ帰って行くのだ』から不倫と解釈しましたので、不倫を前提に話をしますが(互いに彼氏彼女がいる状態でもいいんですが)不倫になるほどに惹かれる部分があったり、家庭に不満があったり、ドロドロした思いがあったりと、何らかの心理描写を入れて欲しかったです。
そうするとこの雰囲気が壊れてしまうのかもしれませんが。

『また別れてゆく人間のきみと私』には「人間の」はいらないかなと思いました。
□匿名さんからの批評 (2003/12/04 14:18) フォント
発想
構成
表現
総合
好きですよ。女の人が口に出来ないことを心の中で自己完結してしまうのは、共感できる話です。
虫は、何か具体的なてんとう虫とか、ポケットに入れてて(入ってしまっても)違和感の無い
虫名?が欲しかった。つぶれるよ、と、一人突っ込みしてた。
←目次へ
2style.net