「におい」
さとう
 夫から振り込まれた生活費を引き出し銀行を出た途端、ぽつりぽつりと降り出した大粒の雨に皮膚を打たれた。家では発熱し、幼稚園を休んだ息子が一人で留守番をしている。甘えん坊で泣き虫の息子が今日は珍しく「僕もうお兄ちゃんだから、おるすばん出来るよ」逞しく胸を張り、手を振って送り出してくれた。まだまだ赤ん坊だと思っていた息子の成長が頼もしくもあり、どこか寂しくもある。早く帰らなくては。怪しげな雲行きに念のためにと持って出た傘を差して家路を急ぎながら、私は今の息子と同じ年頃だった子供時代の自分をぼんやりと思い出していた。
 物心つく前に両親が離婚した私は、父の顔を未だに知らない。母は私を育てるため、昼はスーパーのレジ打ち、夜はスナックでホステスをして働いた。夕方、母に手を引かれ保育所から帰宅すると、早めの夕飯を済ませて二人でお風呂に入る。お風呂から出ると母は鏡台の前に座り、忙しげに化粧を始めた。その後姿を横目に私は「行かないで」と縋りつきたい衝動を堪えるのに必死だった。香水の匂いを纏う、きれいに身繕いした母も好きだったが、一人で過ごす夜は寂しくて心細い。しかし、精一杯搾り出した笑顔で母を送る私を見つめる母の瞳もまた、寂しげに翳っていることを知っていた。泣くまいと踏ん張る心の隙を突いて、弱気が背中を押そうとする。自分自身との闘いの時間だった。母が出かけた後、私は母のパジャマに顔を埋めて眠った。布地に染みついた母の匂いに頭を慰撫されるといくらかの安心を得た。
 そんなふうに、私は幼くして諦めと我慢を覚えた。そのせいだろうか、私は自分の感情を表現するのが苦手な大人になり、顔色を伺ってばかりいる私に夫は、「お前といると窮屈で息が詰まる」苛立ちを隠そうともせずに言った。私は、甘え方も泣き方もそのタイミングごと、すっかり忘れてしまっていた。私がもう少し自分自身に正直で在れたなら、夫は家を出て行ったりはしなかっただろうか。
「ただいま」
 玄関ドアを開けるとすぐ目の前に息子はいた。寝室から持って来たらしい私の枕を抱いて眠っている。母のパジャマがかつての私にとってそうであったように、私の枕が今の息子にとっての精神安定剤なのだろう。頬には涙の跡。目を覚ました息子は唇を歪ませ、わーんと大きな泣き声を上げた。両手を拡げて腰にしがみつく柔らかな息子の髪を撫でながら、私は思った。いつかみんな大人になる。無理しないで、自分のペースで。
 ふいに私は、息子ではなく幼い子供の自分を抱きしめている錯覚に陥った。胸に痞えていた塊が溶けて、喉元から熱いものがこみ上げる。息子がきょとんとした顔で私を見上げた。自分でも驚くが嗚咽は止まらない。悲しくもないのに、私、何で泣いているんだろう。
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□名無しさんからの批評 (2003/10/10 11:03) フォント
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物語の言いたいことは伝わってきますが、やっぱり文章に少し難があるかと。「物語の言いたいこと」がすっと伝わる文章ではないです、残念ながら。
□名無しさんからの批評 (2003/10/10 12:31) フォント
発想
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総合
表現したいことはわかるのですが、一文一文が途切れ途切れにつなぎ合わされている印象です。
一段落のポイントを絞ってみては。
「私」の感情の動きももう少し整理しないとわかりにくいです。
□名無しさんからの批評 (2003/10/10 19:51) フォント
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モノローグには似合わない言葉が多い気がします。

大粒の雨に皮膚を打たれた→大粒の雨が肌を打った
発熱し→熱を出し

とすると少しそれらしくなるかと。

何故、「私」がないているのかを、読者にするっとわからせる努力をするべきかと思います。
□セツナビトさんからの批評 (2003/10/10 20:57) フォント
発想
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ちょっとした日常に染み出してくる心の暗闇、ということでしょうか。そうやって置いていかれた子供の気持ちはよく分かります。そしてそれを親に言い出せない気持ちも。
そうですね、この女性の性格がどのようなものかあまり分かりませんが、ごく普通の母親だとしたら、硬い言葉が多いかな、と思いました。もう少し表現を簡単にして、難しい漢字を使わずに表現できたら、ごく普通の母親であることがもう少しすんなり入ってくるかもしれません。
あと、どうしても「説明ばかりの文章」という印象を受けます。その、女性が母親との生活を振り返る回想を、実際の体験を振り返るという形で書いたらな〜と思いました。
最後は、『抱きしめた』にしたほうが、より分かりやすく熱いと思います。涙もあっていいとも思いますが。

言いたいことは分かるんです。けれど、それがすっと入ってこない。他の方と同意見です。もったいないと思います(私が言えることではないですが/汗)。がんばってください。
□名無しさんからの批評 (2003/10/10 21:46) フォント
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総合
改行を少なくしているのは、文字数合わせのためでしょうか。
改行が少なすぎる気がします。
細かいことですが、文中にセリフを入れる場合は、前に読点を入れます。
書きたいことはわかるのですが、残念ながら文章では伝わってきませんでした。
□トビィさんからの批評 (2003/10/10 23:07) フォント
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うぉ!家族の1シーンを切り取ったという感じ?ラボリィ!生活観が表現されているので題材の「枕」が自然に表現されていて好きだなあ。こういうの。うんうん。ここまで書ける人はちと尊敬する。
□名無しさんからの批評 (2003/10/11 00:57) フォント
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総合
文末にバリエーションがあり、同じ表現が続かないように気を使っている点は工夫が感じられて良いです。
その工夫が改行にも生かされると良かったと思います。改行を控えて無理矢理抑えた印象が強いです。
↑でもありますが『皮膚』『発熱』は違和感を感じます。
『怪しげな雲行きに念のためにと持って出た』など説明的な表現が多いのも、固い文になってしまっていると感じます。その辺が推敲できていれば、きちきちになることもなかったのでは?
↑の指摘もありますが、使わなくて良いところに漢字を使っていると思います。『自分自身に正直で在れたなら』は『自分の感情に素直であったなら』くらいで良いかと。細かいですが『在』を使う効果が感じられません。
□さよさんからの批評 (2003/10/11 13:03) フォント
発想
構成
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総合
話としてはとても好きです。
「いつかみんな大人になる。無理しないで、自分のペースで。」というくだりが、優しくて、いいですね。
皮膚・発熱はちょっと堅いですけれど、それ以外の言葉の選び方は、主人公の性格を浮かび上がらせる感じで、適切だと思います。
□名無しさんからの批評 (2003/10/11 13:24) フォント
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文章の表現としてはプロフェッショナルの域に近づいていると思います。
本屋で文庫本を立ち読みするとき、私は大概最初の3ページくらいを読むのですが、このお話は丁度そんな感じの「よくある」話でした。
どう考えても1200字に収めなくてはならない短編というより、原稿用紙200枚とかそれくらいの規模のお話の冒頭と言う感じで残念です。
短編を書く!という意識をもってお話を考えてみては?
□名無しさんからの批評 (2003/10/11 16:03) フォント
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せりふの部分が読み辛く感じました。かぎかっこにすぐ文章をつなげるのではなく、
「〜」と逞しく
などとしたほうがいいと思います。またはいっそ改行するか。

あと文章が途切れたりダラダラ続いたりしているような感じも。
やっぱり改行の入れ方等を工夫したほうがいいかも。
□名無しさんからの批評 (2003/10/11 16:03) フォント
発想
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総合
詰め込みすぎな感を受けます。「私」の全ての想いを表現する必要はなく、ある程度のゆとりを持たせた方が、読者の感情が入る隙間が出来て奥行きが出来るように感じるのですが…。文章から、真面目で几帳面でカタい印象を受けてしまい、「私」に感情移入しづらかったです。「いつか大人になる。無理しないで、自分のペースで」その為の前半の下りが、どうも押しつけがましく感じました。1200字にするには、ある程度はしょる技術が必要だと思います。伝わってくるものはあるので、より一層文章を磨いて欲しいな、と思いました。
□名無しさんからの批評 (2003/10/11 18:54) フォント
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総合
箇条書きで失礼します。

・全体としてはきれいにまとまっているけど、それだけな感じがします。
・かたい言葉や漢字が多いせいか主人公が女性という感じがあまりしませんでした。
・幼稚園に通っている歳の甘えん坊で泣き虫の子供が、そのうえ熱もある状態で逞しく胸を張れるでしょうか?かつての主人公と同じように我慢している様子を書きたかったのかもしれませんが、少し無理がある気がします。
・「」の後にすぐ言葉が続いているのが気になりました。
「〜出来るよ」と逞しく…
「〜詰まる」と苛立ちを…
のほうが自然に読めると思います。
・最後の4行はないほうがすっきり終われていいんじゃないかと思いました。
□名無しさんからの批評 (2003/10/11 19:55) フォント
発想
構成
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総合
こういう「枕」の使い方がとても自然で良いと思いました。
ただ、説明的な文章が多いように感じられます。1200字なので、読者に伝えるべき情報はもう少し絞って良いと思います。その分、重要なところに文字数を使えると思いますし。
□名無しさんからの批評 (2003/10/13 13:53) フォント
発想
構成
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総合
所々、文章が窮屈に感じます。一段落目の「怪しげな〜」やニ段落目の「精一杯〜」など、長めで読点の少ない文章で引っかかって、流れが切れてしまう気がします。それと、終わりが突然過ぎる気がするので、最後の段落がもっと濃いと良いと思います。ラストの心理描写をもうすこし細かく読んでみたい。
全体的には読みやすくて表現もしっかりしていて良いです。
□ともろさんからの批評 (2003/10/13 14:47) フォント
発想
構成
表現
総合
こういう作品世界は好きです。

「発想」:
内容としてはありふれていますが、書き方によっては素晴らしいものになると思います。
「構成」:
構成としても雛形そのままといった形(それは分かりやすくて理想的なスタイルなのですが)だと思いました。ノーマルな発想をノーマルな展開で、という安易な感じがしました。
「表現」:
前半やや陳腐な気がしましたが、後半は素晴らしい。とくに心理描写。ただ少し平坦なイメージ。
「総合」:
文章力があるように見せる文章というのは誰でも書けると思います。文章力があってなおかつ斬新である、そういう作品を期待したいと思います。
□名無しさんからの批評 (2003/10/13 15:22) フォント
発想
構成
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総合
構成&表現について
最後の4行を工夫した方すればもっとよい作品になると思います。
錯覚にはぜす、自分の息子を抱きしめながら過去の自分をも抱きしめてあげるとか。
「何で泣いているんだろう」より「涙が止まらなかった」とかの方が個人的には好みです。
なぜなら、「悲しくもないのに」と言ってますが、文章の流れから、彼女は今は悲しくはないかも知れないけど、昔は確かに「悲しかった」と思うので、すっぱり泣かせてあげた方が、おさまりが付くように思いました。
□名無しさんからの批評 (2003/10/13 15:25) フォント
発想
構成
表現
総合
2行目訂正↑
誤>最後の4行を工夫した方すればもっとよい作品になると思います。

正>最後の4行を工夫した方がもっとよい作品になると思います。
□名無しさんからの批評 (2003/10/13 23:59) フォント
発想
構成
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総合
不思議と印象深い良作だと思いました。よくありそうな話だと思うのですが、最後に納得させる説得力があると思います。感情描写だけに徹底した構成力のせいか。その文章も上手で、しっかり効果が出てると思いました。
□水夫さんからの批評 (2003/10/14 11:48) フォント
発想
構成
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総合
シチュエーションはとても好みです。短編小説の持つべき空気も感じられます。

ラストの「自分でも〜」以下はない方が好み。
□名無しさんからの批評 (2003/10/14 20:25) フォント
発想
構成
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総合
お話的には、好きでした。
皆さんが仰るように、文中台詞の後が気になりました。
□名無しさんからの批評 (2003/10/15 14:22) フォント
発想
構成
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総合
他の方も言われていますが、私も詰め込みすぎな印象を受けました。表現は良いと思うので、短編ということを意識して作品を組み立てれば、もっといいものが出来るのではと思います。
□名無しさんからの批評 (2003/10/16 01:39) フォント
発想
構成
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総合
回想シーンの主人公の母親のパジャマというのが印象的で、主人公の子どもが「私」の枕を抱いているというのは、なんだか苦しい気がする。
雰囲気は好きなので、取捨選択を磨くといいと思います。
□名無しさんからの批評 (2003/10/19 20:47) フォント
発想
構成
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総合
前半はとても良かったのに、後半、とくに「いつかみんな大人になる。無理しないで〜」辺りから表現が唐突になってしまっている気がします。構成は良いと思ったので、もう少し丁寧に事実を裏打ちしていく形で表現していってほしい。
□名無しさんからの批評 (2003/10/22 00:47) フォント
発想
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何が言いたかったのかうまくつかめませんでした。わかる気はするんですが…。
□匿名さんからの批評 (2003/10/28 13:10) フォント
発想
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総合
指摘されている方がいらっしゃいますが、一人息子の描写が甘いと思います。普段から甘えん坊で、その上熱があるという状況で、一人っ子の男の子がここまで自立できるでしょうか?弟または妹がいて、その子のために何かをするというシチュエーションであれば、お兄ちゃんが精一杯の頑張りを見せるという流れもすんなりと受け入れられるのですが。
硬い文章で綴られていること自体に違和感は感じないのですが、「皮膚」と「発熱し」という言葉には、自分も引っかかりました。
このような、主人公の内面を自分の歩んできた道を顧みながら綴るタイプの文章は好きです。次回に期待します。
□名無しさんからの批評 (2003/11/01 02:13) フォント
発想
構成
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総合
物語を読んでいるというよりかはエッセイを読んでいるような気になりました。テーマの枕がキーアイテムになりきれていないのではないでしょうか。
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