「皐」
桂木アユミ
 気がつくと、理絵は泣いていた。
 その最中には何も考えられなかったくせに、今さら悔恨とも自責ともつかない生々しく苦い感情に襲われ、呆然としながら思う。
 私たちは焦りすぎたかもしれない。

 理絵と聡はクラスメイトだった中学三年の春に付き合い始め、もうすぐ一年半になる。
 二人はしばしば夕方の公園で会った。指を絡ませながら話をしたり、時々人目を忍んでキスをするデートは楽しかった。その先の性的な展開も意識はしていた。が、二人の関係がそれ以上進む機会はなかった。
 都会ではラブホテルが街の中にあるというが、この辺りでは車がなければ行けないような山奥に数件あるばかりだ。理絵の家には常に母が居るし、聡は弟と部屋を共有している。つまり、二人には恋人のための密室がなかったのだ。
 子供だからと機会を諦めるには、十六歳は中途半端すぎる年齢だった。機会がないと思えば興味は余計に沸くものだ。理絵だってその甘い瞬間を心のどこかで待っていた。
 薄暗くなりつつある公園のベンチで唇を重ねる。いつもと同じだった。聡の右手が理絵の乳房に触れる。それも時々あることだった。少しずつ激しさを増す舌の動きを、理絵が「熱い」と感じたのとほぼ同時に、いつもと違うことが起きた。聡がすぐ後ろにある皐の植えこみに理絵を勢いよく押し倒し、スカートの中の下着を剥がし始めたのだ。
 理絵は「あっ」と小さく叫んだものの、抵抗はしなかった。唐突ではあったが、こんなふうに二人の理性が決壊する時が来たら、脚を開く覚悟は充分に出来ていた。
 行為は粗っぽく、理絵には痛いだけだった。聡はとりつかれたように激しく腰を振ったかと思うと、すぐに身体を引き離し、勢いよく外に放出した。理絵は白いものが地面に落ちてゆくさまを見て、初めて自分が泣いていたことに気付いた。

 聡は急に我に返り、「ごめん」と小さく謝った。剥き出しのままの陰茎が眼前で未だ脈打っており、理絵はわざと視線を逸らした。聡の肩の辺りを見ると、破れた皐の葉が何枚も付いている。自分を押し倒した植えこみに聡も頭から突っ込んで、無我夢中で動いていたのだろうと、理絵は想像した。
 そうだ。聡は服が汚れるのも厭わずに懸命に理絵を愛し、理絵は望み通り好きな男に抱かれただけだ。泣く理由などない。ここは夕焼けの天井を持つ広大な密室で、土の匂いがするベッドと皐の枕がある。二人の場所だ。
「葉っぱ」
 理絵はそれだけ言って、聡の肩についた皐の葉を一枚ずつ除けてやった。悪戯が過ぎて怪我をした子供を手当てするときはこんな気持ちになるのだろうか、などと熱を帯びたままの頭でぼんやりと考えていた。
著作権について
 
 
□名無しさんからの批評 (2003/10/10 21:51) フォント
発想
構成
表現
総合
ほんの小さな発見(=枕、という発想も良い)によって、少女から少し大人に変わっていくという物語、とても面白いと思いながら読めました。文章も上手で、1200字の中でドラマティックに書けていると思います。
全体的になんだか古めかしい感じがしたのが気になります。女子高生にしては重くないでしょうか?
それと私は気にしませんが、性器の直接的な描写はこういうところでアップするのに問題はないかな、と心配になってしまいます。そこらへんはどうなのでしょう。
□名無しさんからの批評 (2003/10/11 13:21) フォント
発想
構成
表現
総合
丁寧に情景が描けていて一気に読めました。ただ、女子高生にしては冷めすぎだなあと思いました。
せっかく初々しい場面を切り取っているのに、文に明るいところが一つも無いのもどうかなと、思いました。
□名無しさんからの批評 (2003/10/11 19:37) フォント
発想
構成
表現
総合
空とベッドと枕の表現がすごく好きです。上手だなぁ。
現在と回想シーンの間にあるスペースが、時間の区切りを教えてくれて分りやすかったです。

三人称での語りなので主人公の感情が読み取りにくかったですが、あえて読者に想像させるっていうのもいいかもしれません。

これからも楽しみにしています。
□名無しさんからの批評 (2003/10/12 00:51) フォント
発想
構成
表現
総合
理恵の心の動きが繊細に読み取れた。たったこれだけの字数で
理恵達の将来をも想像する余地を残し、感情移入できた。すごい。
□名無しさんからの批評 (2003/10/12 02:33) フォント
発想
構成
表現
総合
感覚の部分がサラリと書かれていて、外面的に描かれているような感じを受けます。それが狙いなのかもしれないですが、理恵の肉体的な痛みがもっと伝わってくるといいように思えました。
□名無しさんからの批評 (2003/10/12 14:37) フォント
発想
構成
表現
総合
発想そのものや話の雰囲気は本来私が好む類の作品なのですが、読後に物足りなさを感じてしまいました。それはやはり、高校生らしさからは離れた文体の固さや、客観的すぎる視点のためかと思われます。
文章そのものは丁寧で整っているのですが、この作品のような内容を活かし切れてはいないと思われます。他の方の批評の繰り返しになってしまいますが、もっと理絵に近い目線から描いた方が、より印象的な作品になったのではないでしょうか。

あと、冒頭部分の『私たちは焦りすぎたかもしれない。』の一文が、浮いてしまっている気がします。(私の読解力の問題かもしれませんが) 読者を作品に引き込む作用は発揮されているのですが、物語の中で消化しきれていない気がします。
この一文から、表現したかった理絵の心情は何となくわかるのですが、それは文全体からダイレクトに伝わるのではなく、後から想像で補って「こんなことなんだろうな」と察しているだけなので、何となく物足りない。
これはもはや私の個人的な感覚や好みの問題なのでしょうが、最後にもう少し深い、『〜焦りすぎたかも〜』の一文に絡めた心理描写が欲しかったです。

長々書いてしまいましたが、個人的にはとても好みの作風です。次の作品を楽しみにしています。
□名無しさんからの批評 (2003/10/12 20:20) フォント
発想
構成
表現
総合
読みやすくわかりやすく、テーマの生かし方も文章も、とても「巧み」な感じで安心して読める作品でした。
ひとつひとつの描写も、情景と感情とがうまく絡み合って表現されているので、短い中の主人公達が充分に生かされているように感じました。
「夕焼けの天井を持つ広大な密室・土の匂いがするベッドと皐の枕」という表現、本当に素敵ですね。
これからもどんどん作品を書いてって欲しい、と思いました。がんばって下さい。次回も楽しみにしています。
□Rさんからの批評 (2003/10/12 23:54) フォント
発想
構成
表現
総合
読ませますね。すごく良いと思います。文句の付けようがありません。

ただ、冒頭部分にどこで理絵がそう思っているかの一文がほしかった。
「今さら〜」の言葉で私は聡と別れて自分の部屋に戻った時の回想だと理解したが、取り様によっては行為が終わった後とも解釈できます。

次回、楽しみにしております。

□名無しさんからの批評 (2003/10/13 01:51) フォント
発想
構成
表現
総合
こんな素晴らしい作品に出会えるとは思ってませんでした。

『枕』というお題からこんな発想が生まれることに純粋に驚き、1200字の中でドラマティックに繰り広げられる物語には舌を巻きました。
ただ、性描写に投げやりさを感じました。
硬い文体をもっとやわらかく出来たらすごく共感できるとおもいました。

純粋に面白かったので最高評価をつけさせていただきました。
□名無しさんからの批評 (2003/10/13 22:18) フォント
発想
構成
表現
総合
センチメンタルな風景だと思うのだけど、なぜかあまり印象に残りませんでした。技術で書いたような気がするのは僕だけかな?
物語の筋は完成されてると思います。
□名無しさんからの批評 (2003/10/13 23:44) フォント
発想
構成
表現
総合
「枕」を物語の中心に据えることで違和感を感じさせる作品が多い中で、描写の一文にだけ使ったテーマの生かし方は秀逸です。それが無駄を省き、1200文字を有効に活用することにも繋がったと思います。

『葉っぱ』以下の文章からは、今までの理絵とは違った、大人びた印象を受けます。読者としてはそのままで終わらせたいところなのですが、冒頭部の涙はこの後に繋がるとも受け取れます。

冒頭部が、帰宅してからのことなのか、行為の直後の涙がそれに当るのか、いつの時点での涙だったのかがわかりづらいために、読者は迷ってしまうのです。

行為の後の大人びた理絵が帰宅後、もしくはラストの直後に『今さら悔恨とも自責ともつかない生々しく苦い感情に襲われ』たという、大人になりつつも揺れ動く少女の心理を書くのであれば、これはラストに持ってきた方が、効果的だったような気がします。

随所に良い描写が散りばめられていて、表現の完成度はかなりのものだと思います。構成を工夫すれば、申し分ありません。とても良かったです。
□名無しさんからの批評 (2003/10/14 09:48) フォント
発想
構成
表現
総合
テーマの消化の仕方がいいです。屋外の話なのに枕、しかもさほどの無理もなく繋げているのがすごい。けれど最初の部分が、あとの文章のどのあたりでの気持ちなのかがわかりません。泣いていることに気付いた、その次に来るとしても、文章の終わりに繋げるとしても、どうもぴったりこない気がします。「聡は急に〜」からの最後の場面で、理恵が「生々しく苦い感情に襲われ」ているような書き方が見られないので。どちらかといえば聡を愛おしむような感情が透けて見えて、だから冒頭の文章はいっそ無くても良いんじゃないか、などと思いました。
□名無しさんからの批評 (2003/10/14 11:54) フォント
発想
構成
表現
総合
発想は独特なものがあり素敵だと思いました。ただ、感情描写が淡白過ぎて人物像があまり頭に浮かんできませんでした。
□水夫さんからの批評 (2003/10/14 15:34) フォント
発想
構成
表現
総合
文章も世界も完成していると思います。個人的な好みとははずれていますが、上手いです。
□名無しさんからの批評 (2003/10/14 21:04) フォント
発想
構成
表現
総合
発想がとてもよかったです。
情景も浮かんできますし、上手な方だなあと感心しています。
□名無しさんからの批評 (2003/10/16 02:21) フォント
発想
構成
表現
総合
思春期の感情が短い字数の中で上手く表現されていてよかった。
□名無しさんからの批評 (2003/10/20 12:17) フォント
発想
構成
表現
総合
泣いたのは痛かったからだと思ったんですが。
なんとなく男のほうに都合のいい話だと思いました。
←目次へ
2style.net