「半身」
聡子
とてつもなく大きな枕を縫っている。肩まですっぽりうずめてしまえる、綿がぎゅうぎゅうに詰まったやつだ。自分に本当にぴったりくる枕を探すのは簡単な事ではない。しかし世の中の大抵の人間は、枕が寝つきや夢見ばかりでなく、人間としての生活(話し方、歩き方、食べ方に至るまで)に深く深く関っている事を露ほども思いつきはしないのだ。実際のところ、自分に合う枕というのは、もともと一つであった自分の半身のようなもので、その片割れを見つけるには想像以上の努力を要する。私が枕の存在を大きく意識したのは、ある出会いがきっかけだった。
二年前、私は仕事で、同僚二人とアメリカに行った。都市から都市への移動の途中(それは車で四時間ばかりの距離だった)、昼食に立ち寄った田舎のレストランに、その枕はあった。内装が中古家具屋のような趣の店で、テーブルも椅子も、すべてちぐはぐのアンティークのものが使われている。私たちはその中にあったソファとコーヒーテーブルに掛け、適当に注文をしてレモンを絞った水をもらった。枕というよりは巨大なクッションと言うべき代物だったが、とにかくそれは、私の腰掛けたソファの上にあった。注文を待っている間にその枕に寄りかかった私は、思いがけずそのまま体を沈み込ませて、同僚が気づく間もなくぐっすりと寝入ってしまったのだった。目が覚めたときの気分は忘れられない。それはまるで、一旦私の全てが死んで、頭の中が全て洗浄されて生まれ変わってきたような感じだった。私は丸一日眠っていた。レストランの気の良いオーナーは、私が全く起きないのを見て、枕ごと私を二階のゲストルームまで運んでくれ、同僚も一晩その部屋に泊めてくれたのだった。
次の日、呆れ返る同僚を尻目に、私は必死で頼み込んでその枕を譲ってもらった。
それ以来、私の人生は面白い程に好転した。見るもの全てがフィルターを取り払ったように鮮やかで、毎日が充実そのものであった。そのうえ、あの枕で毎晩寝ることができていたなら、どんなにか素晴らしい人生となっていたことだろう。そう、残念ながら、私はその枕を永遠に失ってしまったのだ。アメリカからの帰国の便で、あまりにも巨大な枕は機内持ち込みができなかった。しぶしぶスーツケースとともにチェック・インしたのだが、日本に着いた時、枕は消えていた。手荷物受け取り所で、いつまでも待ったが出てこなかった。
今私は、あの時の記憶を頼りに、限りなくその質感に近い生地と、綿の量とサイズをもって枕を縫い終わったところである。あの生まれ変わりの感動を、再び手に入れられるだろうか。失敗作はいくつも作った。しかし今度のは、生地といい、やわらかさといい、申し分無いのではないか。膨らむ期待を胸に、表面を一撫ですると、私はその枕を抱きかかえるようにゆっくりと体をうずめた。
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□名無しさんからの批評 (2003/10/10 20:08) フォント
発想
構成
表現
総合
お上手だなーと。
最後まで味わって読ませていただきました。

発想→枕へのこだわり、ここまで書けるとはいやはいや。しかし「おおっ」というまでにはいかなかった。
表現→ちょっとくどいかな?と思う点あり。
構成→言うことなし。

全体的に上品な作品だと思います、純文学的と言いましょうか。
ただ個人的には、小説よりエッセイのように取れてしまう辺りも否めません。
ストーリー性が希薄という事です。

でも面白かった。
これからもじゅうぶん期待したい。
□名無しさんからの批評 (2003/10/10 20:58) フォント
発想
構成
表現
総合
とても読みやすい文章でした。枕への主人公の思い入れがとてもわかりやすく、ストレートに伝わってくるので、好感が持てました。
ただ、読者に想像させる余地や感情移入できる部分がなく、そのまま読み流される感じがします。友達の話を「へえ」と言いながら聞き流しているような感覚です。
□名無しさんからの批評 (2003/10/11 02:45) フォント
発想
構成
表現
総合
とても読みやすかったです。文章も整っているし、内容に関しても、すっと飲み込めました。
ただ、それが逆に物足りない印象を与えるというか、文章を単調なものにしてしまっていると思います。前の方の批評と被ってしまいますが、小説というよりもエッセイに近いものになってしまったような。
この字数では厳しいのですが、登場人物のキャラクターにもう少し奥行きを出す、というのも一つの手ではないかと思います。
□名無しさんからの批評 (2003/10/11 16:45) フォント
発想
構成
表現
総合
旅先で出会った枕をきっかけに人生が大きく変化した「私」の話。
ふとしたきっかけが人生の転機になったり、ちょっとしたことで日常の代わり映えのしない風景が突然色鮮やかに感じられたりすることはある。そのきっかけとして枕を持ってくるという発想自体はおもしろい。しかしそのことと「枕が人間としての生活に深く深く関わっている」こととのつながりは不明瞭である。また「人生を変えてくれる契機としての枕」と「自己の半身としての枕」のつながりも不明瞭である。その辺りがはっきりするとなぜ主人公が枕との出会いによって人生の転機を迎えて以降もなお同じ(ような)枕を手もとにおきたいと願うのかがはっきりするのではないだろうか。
また、主人公は枕と出会い、枕との関係を通して人生に転機を迎えるわけなのだが、主人公がそれ以前の生活において何か行き詰まりを感じていたのか、自ら転機を欲していたのか、といった点が不明瞭なため、枕の持つ意味、なぜ主人公があの場面で必然的に眠りこむことになったのか等が今ひとつ明確に伝わってこない。
もちろん隅から隅まできっちりと理由付けをする必要はないとは思うが、不思議な体験をベースにした小説の場合、一見私たちの日常あるいは小説の他の部分とは何の脈絡もないような不思議な体験が持つ具体的な意味または体験の必然性を自然な形で示すために、より綿密な構成が必要になるであろう。
□名無しさんからの批評 (2003/10/13 20:59) フォント
発想
構成
表現
総合
全体的に私から見て高いレベルでまとまっていると思います。
気になったのは、段落の最初に一文字分空いていないことでしょうか。

読み返してもう一つ、ここは好みの問題なのかもしれませんが、改行するべきではなかろうかと思える部分で改行がなされていないので、全体的に重たい印象を受けます。とりあえず、そう思った部分だけ一つあげてみます。最初の二行の部分です。

『―綿がぎゅうぎゅうに詰まったやつだ。(改行)
 自分に本当に―』
これが本当に適切か解かりませんが、何となく気になったので書いておきます。
□名無しさんからの批評 (2003/10/13 21:59) フォント
発想
構成
表現
総合
こんな枕いいなあ、とファンタジックに楽しめることが、こういう作品の重心だと思う。ドラえもんのひみつ道具みたいに。
ちょっと違うか。でも、オチも物語も希薄なのは「枕」が主役でそれを写生することに意義あるだろうと思うので、なんか派手な点があればなあと思いました。
□名無しさんからの批評 (2003/10/13 23:52) フォント
発想
構成
表現
総合
小説、しかも1200文字の短編の中で()で括った部分が、二箇所もあったのが気になります。おそらく文字数の節約のためにそうしたのでしょうが、他の部分が良いだけにそこだけ浮いているような気がしました。

文字数の節約のためでなかったとしたら、そこは通常であれば文章力で上手く描写するところだと思われますがいかがでしょうか?

改行が少ないのも読んでいて辛いです。やはり文字数ギリギリに収めたという印象は否めません。

その辺をどうにかするには、やはりどこかを削らなければならないわけで。この作品には無駄なエピソードがないので難しいのですが。

あえてやるとすれば3行目から5行目にかけての『しかし〜思いつきはしないのだ。』を「しかし大抵の人間は、枕が寝付き以外の生活にまで深く関っているとは思いつきもしない」くらいにして、その後に「かく言う私も枕の存在を〜」と続ければ流れもスムーズです。

あとは5行目から8行目の『実際のところ〜想像以上の努力を要する。』を冒頭部分から、ラストに持ってくるくらいでしょうか。

例えば『〜綿の量とサイズをもって枕を縫い終わったところである。』の後に『実際のところ、〜想像以上の努力を要する。』その後に多少文章を変えましたが「いくつもの失敗を経てきたが、今度のは、生地といい、やわらかさといい、申し分無いのではないか。あの生まれ変わりの感動を、再び手に入れられられるであろう期待感を胸に、表面を一撫ですると、私はその枕を抱きかかえるようにゆっくりと体をうずめた。」でもおかしくないような気がします。

ちなみに、適度に段落を落としても収まりましたよ。(って私も暇だなあ)どこをどうしたというのは、更に長くなるので割愛させていただきます。

もちろん↑はあくまでも一例ですが、今後の参考にしていただければ幸いです。

いろいろと細かいことを言いましたが、お話自体はとても面白く読ませていただきました。
ストーリーテラーとしての素質も十分で、文章力も高い方だと思います。次回作品が既に楽しみです。
□名無しさんからの批評 (2003/10/13 23:59) フォント
発想
構成
表現
総合
すっきりとは読めたのですが、何か物足りない感じがします。
□水夫さんからの批評 (2003/10/14 15:44) フォント
発想
構成
表現
総合
気持ちいいほどストレートに枕のお話で、楽しく読めました。

同僚の存在は、この字数では削ったほうがすっきりするかもしれません。
□名無しさんからの批評 (2003/10/15 14:56) フォント
発想
構成
表現
総合
その枕が思わず欲しくなるような感覚に陥りました。
お話的には少し地味さが目立ちました。
□名無しさんからの批評 (2003/10/15 15:00) フォント
発想
構成
表現
総合
話としてはまとまっているように思えるのですが、読後に残るものがない。どちらかといえばエッセイ調に感じます。
あと、冒頭で「縫っている」のが途中で「縫い終わったところである」になった、その間が回想のみの描写なのが気になりました。どう言えばよいのかわかりませんが、なんとなく違和感を感じます。
□名無しさんからの批評 (2003/10/20 11:55) フォント
発想
構成
表現
総合
そうやって自分に合う枕を探し続けることで、主人公は絶えず生まれ変わっているのかなと思いました。
ただ人生が好転していたのがアメリカにいたときのみと言うのは、単純に日本とアメリカの違いもあったかもしれないと思うと、少し弱いかなと思います。(ただ単にアメリカの風土が合っていただけかもしれない)
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