「天国からの手紙」
雨宮しずく
 茜さす日の翳りゆく病室に、長く重なる大小の影。
 つい先ほど医者に呼ばれて、妻は今夜が峠だろうと言われた。隣では未来が、4才になる娘が、ベッドで眠る妻を見つめている。
「どうしてママは、みくがくるといつもねむってるの?」
 そう言って、今度は私に悲しそうな顔を向けた。
 射干玉の闇が傍まで忍び寄り、秋の夕日が辺りを包む。病弱な妻はいつも病床に臥せっていた。それを覚悟で結婚したはずなのだけれど。数ヶ月前、突然妻は発作で倒れ、それからは辛い闘病生活が始まった。意識の戻らない妻の看病と孤独な子育てに追われて、自分自身、精神的にも肉体的にも限界だった。
 這う蔦の別れ訪る瞬間が刻一刻と近づいていた。もう楽になってもいいんだよ。無理して生きる必要はないんだよ。心の中でそう呟いたその日の夜中、妻は静かに息を引き取った。

 数日後、妻の実家で遺品を整理していると、お義母さんが白い封筒を渡してきた。便箋には見慣れた妻の文字。
 『修一さん、迷惑ばかりかけたけれど、とても楽しい生涯でした。それから未来。あなたには輝かしい未来が待っているのだから、一生懸命生きなさい。そしてお父さんを助けてあげて。お母さんが助けてあげるはずだった分まで。二人とも、ずっと愛してます。』
 私は手紙の最後に添えてあった日付を見て愕然とした。発作を起こして倒れるずっと以前に書かれたものだった。妻はきっと、自分はもう長くないことを知っていたのだろう。
 虚蝉の命儚い人生を語ることなく妻は眠った。けれど私は、一分でも、一秒でも長く妻を生き長らえさせることから逃げていた。最後の最後まで諦めてはいけないはずなのに、辛い現実から目を逸らし、結局戦うことを放棄していたのだ。一番辛かったのは、他でもない、ずっと戦い続けてきた妻自身なのに。手紙を読み返すと妻の優しい笑顔が思い浮かぶ。涙が後から後から溢れて止まらない。
 「もしもいい人ができたなら、その時は遠慮なんてせずに再婚してね、修一さん。」
 後ろの方で私の様子を窺っていたお義母さんが、その必要はないのに、申し訳なさそうに私にそう言った。
 「いや、お義母さん。僕はもうあいつ以外はいいですから。」
 そう答えると、私につられてお義母さんも涙ぐんだ。

 白妙の衣を纏う最愛の妻が写真の中で微笑む。まだ妻の死を理解できない娘が「おなかすいたあ」と言いながら泥だらけになって外から帰ってきた。空の向こうから私達を見守ってくれている妻の分まで、私はこの子に愛情を注いであげようと思う。
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□名無しさんからの批評 (2003/10/10 11:50) フォント
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枕詞を使うという発想が面白い。最初は寝たきりの妻だから枕なのかと思ったが。テーマの使い方が裏と表の二通りあって、それぞれの楽しみ方ができるのはいいと思う。
しかしテーマの使い方が隠れすぎている。理解しにくいと判断する読者もいるだろう。これではテーマに沿っていないと言われてもおかしくない。
□名無しさんからの批評 (2003/10/10 14:28) フォント
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しっかりまとまっていて読みやすいし、展開もわかりやすかった。
ただ、私も枕詞は読む人によってはわかりにくくテーマから外れていると感じてしまうのではないかと思います。
□名無しさんからの批評 (2003/10/10 22:11) フォント
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枕詞で来ましたか。良い意味で捻りが利いていると思います。ただ、枕詞の部分以外がずいぶん平易な書き方なので、全体としては逆にちぐはぐな印象を受けてしまいました。大人の男性が語り部なので、もう少し硬い文章でもいいかな、と思います。
また、物語としては割と平凡なので、何の驚きもないまま最後まで行ってしまい、残念です。
アイデア賞という感じです。
□匿名さんからの批評 (2003/10/11 01:18) フォント
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構成がしっかりしてて、イイ感じです。ううむ。美しい。テーマをしっかりと絡ませて、それでいて筋が通ってるっていいなあ。見習います。
□名無しさんからの批評 (2003/10/11 02:58) フォント
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とにかくまず、文章の達者な方だなあと思いました。これ程きれいな文章を書けるのは、羨ましい限りです。構成もしっかりしていて、完成度は高いと思います。
あえて言うならば、それゆえに個性があまり感じられません。読みやすいゆえの弊害、とまで言ってしまうのは言い過ぎかも知れませんが、これに似た文章はどこかにあるだろうな、と思ってしまいました。例えば少し構成を変えていれば、文章の巧さだけに収まらないインパクトを読者に与えられたのではないかと思います(抽象的な表現で申し訳ありません)。
あと、他にも何人かの方が言われていますが、枕詞の引用が枕をテーマとして扱っていることになるかは、議論の分かれるところではないかと。個人的にはひねり過ぎかと思います。
□名無しさんからの批評 (2003/10/11 18:04) フォント
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ぱっとしない地味な話でした。
短文のせいでしょうか。
趣味の問題もあると思うのですが・・
□名無しさんからの批評 (2003/10/11 18:57) フォント
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完全に趣味に走りますが、選んでいる言葉が私好みでした。

気になった点を挙げるとすれば、起承結に比べて転の文章量が多いような気がしました。1200文字という字数制限では配分が難しいのかもしれませんけども。
だけどそういうことを抜きにして素直な気持ちで読んだら、読み終わった後にじーんとしました。

これからも頑張って下さい。
□名無しさんからの批評 (2003/10/11 22:40) フォント
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文章全体のイメージや文頭が少し古めかしかったのは枕詞のせいだったんですね・・・
読み手の俺が勉強不足ですがそういう意味で読み手のレベルを要求しすぎかな?万人受けしないというか100%通らない前提になりかねないのはすこし残念かもしれません。

文章イメージは四角です(謎)
□名無しさんからの批評 (2003/10/12 22:00) フォント
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アイデア賞と書かれてる方がありましたが、同感です。文章も物語も、悪くないけど、やっぱり勿体ない感じがしました。そして「愛情を注いであげよう」という表現が、何だかストレート過ぎて胸に響いて来ませんでした。
せっかくこんなに引きこむ文章を書かれる方なので、真正面から枕と向き合った作品を読んでみたかったです。
□名無しさんからの批評 (2003/10/13 23:52) フォント
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やはり短いなあと思いました。義母との会話が自然で、なんかリアルで良いです。長い文章で構成をじっくり楽しみたいと思いました。
□名無しさんからの批評 (2003/10/13 23:56) フォント
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枕詞を持ってきたところは、素晴らしい発想だったと思います。文章も危なげなく、技術的な完成度は高いと思いました。

ただ、皆さんも指摘されているように、枕詞とその他の文の調和が上手く取れていないような気がしました。枕詞を使用するならば、それに見合う時代背景やストーリーにした方が、枕詞が生きたように思います。
そうするとマニアックになるので、一般受けするかどうかという葛藤があるでしょうが、個人的にはとことんマニアックにして欲しかったです。

「天国から見守っている妻の分まで子供に愛情を注ぐ」というのはありきたりですし、枕詞の部分以外は平凡なストーリーのように思えます。
これだけの表現力がある方であれば、このストーリーを枕詞なしで生かすことも可能だったでしょう。枕詞とストーリーが、どっちつかずになってしまったのが残念です。
□名無しさんからの批評 (2003/10/14 00:06) フォント
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最後まで読んで、どこが枕だったんだ?と悩んでしまいした。
病院のベッド=枕なのかと疑問でした。
(他の方の批評を読んでようやく氷解しました。)

どうも自分の趣味とは波長が合わなかったようです。

(評価については、私が他の方の批評を読む前のものをそのままにしてあります。)
□水夫さんからの批評 (2003/10/14 15:49) フォント
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文章は上手いです。さらっと素直に楽しめました。

枕詞がありかどうかは「テーマ」をどう解釈するかですね。三題噺のようにとにかく出てくればいい、という考え方なら「あり」だと思いますが、「題材」として考えるとやはり禁じ手だと思います。

残念ながら、禁じ手であってもそれを無視したくなるほど面白かった、とは言えません。
□名無しさんからの批評 (2003/10/15 14:32) フォント
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枕詞が平仮名で書かれていればもうすこしわかりやすいのでは。正直気づきませんでした。
枕詞、という発想はそんなに悪いとは思いませんが、その枕詞が文章の中で生きていない気がしました。それが枷になって文章が読み辛くなっていると感じます。表現力はあると思うので次の作品に期待します。
□名無しさんからの批評 (2003/10/15 15:05) フォント
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どこか物足りなさを感じてしまうのですが、印象に残るお話でした。
構成がしっかりしていて読みやすかったです。
□名無しさんからの批評 (2003/10/16 02:23) フォント
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こういう批評部分で隠れているテーマを書いちゃう気はないんですが、個人的にはこういうテーマの消化の仕方は好きなほうです。
ただやはりそれだけで終わってしまっていることでこの作品の評価が下がってしまうのかもしれません。
構成などはしっかりしているので次回に期待しています。
□さよさんからの批評 (2003/10/16 16:31) フォント
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枕詞、という発想はとてもよいと思うのです。
けれど、その枕詞が、平易な言葉で書かれたほかの部分とあまりつりあってなくて、そこだけ前につんのめるような感じで読めてしまうのが、もったいないな、と思います。
作品の世界はきっちり構成されていて、いいと思います。
□名無しさんからの批評 (2003/10/19 18:56) フォント
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どこに枕があるの?と思ってしまいました。読んでいて引っかかった部分を再度読み直したら気づきましたけど。

それ以外は、一つの作品として素晴らしいと思います。
□名無しさんからの批評 (2003/10/20 11:49) フォント
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枕はどこに行ってしまったんでしょうか。
□匿名希望さんからの批評 (2003/10/24 07:40) フォント
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くだらないベストセラーに「まくらはどこへ行った?」とかいうのが昔ありましたっけ? 「病院という設定」で枕というシバリはクリアしているかと思います。無理して枕に泣きぬれる事も必要ないですね。こういうストーリは好きです。批評というより、最後の「と思う」の3文字省くとカッコイイ男になるかと。〜思うは表現をはかなくしてしまうから。次回作、期待しています。
□倉田アイさんからの批評 (2003/10/28 12:21) フォント
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 個人的な意見かもしれませんが、「枕」というお題に対しての枕詞というアプローチは、私は有りだと思います。
 それに、文章の中に短歌を盛り込むというアイデアも面白いですね。冒頭、もしくは最後に短歌を持ってくる文章はよく見かけますが、こういう感じで紛れ込ませているのはなかなか良い手法と思いました。
 しかし、少々盛り込みすぎな感が否めないのは私だけでしょうか。消化不良というか、枕詞(短歌)が文の中でうまく生かされていない感じがします。少々キツイ言い方をすると、もう少し短歌のデキが良かったら少しは違ったかなあ、とも思いました。
 ですが、その中で最後の「白妙の〜」は良い歌だと思いました。私がこの歌単体から感じ取った情景はお葬式のシーンです。お棺の中の白装束と遺影の中の白い衣装の相似が悲しみを一層深める、という解釈をしました。
 仮に私の解釈が正しいとすれば、「妻は白いブラウスが良く似合う人だった」みたいなエピソードが入っていれば、「白妙の」という枕詞がより生きたのではないかと思います。カットソーだと妻の線の細さ(病弱さ)が際だってしまうでしょうし、ノースリーブやワンピースでは健康的過ぎるかなと。さりげなく病弱さを感じさせるのであれば、インドアなイメージのブラウスなのではないかと思いました。まあ、ここらへんは作者の感覚によってしまうのでしょうが。
 冒頭の「茜さす」にしても、妻が元気だった頃のエピソードがひとつでもあれば、茜さす→日が翳る、という妻の病気の進行が表現できたと思います。(「茜さす」という枕詞はどちらかというと夕日よりも朝日にかかる枕詞なので。)
 こういったエピソードを加えていくと、必然的に短歌の数は少なくなると思います。繰り返しになりますが、ただ枕詞を使っただけで、その枕詞がストーリィに絡んでいないと思いました。
 発想は良いと思いますので、もう少し深く書き込んであればもっと良かったと思いました。
 それと細かいことですが、病室に顔を出す度に眠っている母を見て悲しそうな顔をする娘が、母の死を理解できないというのは少しおさまりが悪いと思いました。どうせなら、眠っている母を見て不思議そうな顔をする方が、つながりも良いし娘の幼さも表現できたのではないかと思います。
□アオイさんからの批評 (2003/10/30 12:08) フォント
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読み終わったあと、まず最初に「枕の描写は何処にあるのだろう?」と不思議でした。他の方の感想を読んでみて、枕詞を使っているという事が分かって納得しましたが。枕詞を盛り込んだという設定はよく考えついたなあと感心しますが、実際に『枕』を使った作品が読みたかったです。
□ふみぃさんからの批評 (2003/11/08 15:42) フォント
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すごく良かったです!!
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