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詰め所を出るなり身を突き刺した冷気に、ルキアは思わず足を止め身を竦めた。
普段よりも幾分白い吐息は視界を染め霧散していく。

壁のこちら側に暮らす様になって、何度目の冬を迎えたのだろう。

その場に佇んだまま、道行く死神達を見つめてぼんやりと考えを巡らせた。
生きる為。それだけの理由で選んだ道だった。
それが思いもよらない場所へと続いているとも知らずに。
大貴族朽木家。
その名前だけで周りは皆、一線おいて接する様になり、学院で出来た数少ない友人達も離れて行った。
遠巻きに自分を見る者達がひそひそと何を話しているのかも知っていたし、そんな彼等の態度が自分の前では慇懃なものに変わるのも悲しかった。
そして家に帰るとやはり態度だけは丁寧な家人と、自分を見ようとすらしない義兄。
孤独と重圧。
何の為の養子なのか。
何を求められているのか。
何故自分だったのか。
それすら知らされないまま、毎日が過ぎて行く。
気が付けば、自分の立っている場所もよく解らなくなっていた。
ふと我に返ったルキアは、思考の渦に嵌りかけてる自分に気付いて苦笑する。
それを遮断する為に軽く頭を振ると、小さく息を吐いた。
こうして一度考え出すとずるずると深みに嵌り、落ちこんだままなかなか浮上する事が出来ない。
それが一段落すると、次に訪れるのはそんな自分に対する激しい自己嫌悪。
持って生まれた性質なのか、それとも今の状況がそうさせているのか。自分でもよく解らないが、悪い癖だという自覚はあった。
そういえば、と、ルキアはふと考える。
そこまでの状態にまで陥る事はここ暫く無かった様に思う。
恐らく仕事が忙しくて無駄な考えを巡らせている余裕さえ無くなった所為なのだろう。
――それと理由はもうひとつ。

「なーにこんな所に突っ立ってんだ」

突然背後から掛かった声に、ルキアは再度我に返った。
驚きで僅かに肩を震わせて声の主を振り返ると、ルキアのすぐ後ろに立つ人物は「お」と少し意外そうに目を見開いた。
「今日は『ひぃ!』とか言わねえんだな」
「…海燕殿」
揶揄る様に言って笑う男を、ルキアは少し眩しげに見上げる。
この志波海燕という男は、不思議とこういったタイミングで突然現れては、沈みかけた自分を強引に引き上げるのだ。
恐らくそれは単なる偶然で、本人に自覚は無いのだろうが。
ルキアの視線の先で、こんな所でぼーっとするなとか、通行の邪魔だとか、説教じみた口調で捲くし立てた海燕だったが「そういえば」と思い出した様に言った。
「――お前、先週誕生日だったんだって?」
「え?」
突然出た意外な言葉にルキアは思わず聞き返す。
何故そんな事を知っているのだろう。
親しい間柄ならば誕生日ぐらい知ってて当然なのだろう。
だけどいくらこの人と一緒にいるのが心地よいとはいえ、それは自分が一方的に思っているだけの事だ。
誰にも言った覚えも無い自分の誕生日を、何故知っているのかが不思議だった。
それが表情に出ていたのか、清音に聞いたのだと海燕は素っ気無く説明した。
隊員の記録整理をしていた彼女がたまたまそれを知り、何も言わなかったルキアを水臭いと零していたのだと。
「あのなあ、言えよそーゆ事は」
バリバリと頭を掻いて、海燕は少し苛立ち気に口を開く。
「仙太郎と清音なんか一ヶ月も前からギャーギャー催促して来るぞ。その図々しさを少し見習ってみろ」
「はあ…」
あの二人は特殊な例なのでは…と思ったがそれは言葉に出さず、曖昧な相槌を返した。
誕生日の日、朽木の家でその事に触れられる事は無かった。
知らないのか、それともどうでも良い事だと思われているのか。
最初から期待していた訳ではないから、気にはならなかったが。
だけど。
『水臭い』と零したという清音の気持ちが、もっと自己主張しろと言った海燕の言葉が嬉しかった。
やはり寂しかったのだと今更ながらに気付かされる。
おい朽木、と声を掛けられて顔を上げた。
「お前、今日はもう上がりだろ?」
「え? あ、はい」
「なら少し付き合え」
「は?」
「何か奢ってやる」
そう言うと海燕はルキアの腕を掴み、返事も聞かずに歩き出した。
半ば引き摺るようにして連れて来られたのは、十三番隊の詰め所から程近い甘味屋で、入り口をくぐると顔馴染みの店主が愛想良く二人を迎えた。
「ホラ、好きなもん頼めよ――って言っても大したもんねえけどな」
「そりゃ無いですよ副隊長殿」
海燕の言葉に、丁度茶を出しに来た店主が苦笑する。
「悪ィ」と声に出して笑う彼を見る他のテーブルの死神達もどこか楽しそうだ。
人を惹き付けるのだ。この人は。
寒い中立っていた所為で冷え切った指先に、湯呑みの熱がじんわりと浸透してくる。
ちょうどそんな風に、そこにいるだけで場を明るく温かいものに変えてしまう。
特に何をしている訳でも無いのに、目をやらずにはいられない。

――突然、自分達が周りからどう見えているのか不安になった。

上司と部下。二人で茶を飲んでいたところで別に何の不思議もない、よくある光景だ。
だけど。
流魂街出身の朽木家の養子。
普通ならば軽く流されてしまう類の事でも、自分が絡むと噂話の恰好のネタになり兼ねない。
そう思ったら急に周りの視線が怖くなった。
海燕はこういう男だから、言いたい奴には言わせておけと気にも止めないだろう。
もしかしたら大笑いした上で、逆にその状況を楽しんでしまうかもしれない。
しかし彼には――。
「あの…」
「ん? 何にするか決まったか?」
「いえ…その」
湯呑みを持ち上げた手を止めて自分を見る海燕の視線から、逃れる様に目を伏せる。
「奥様が家でお待ちになってるのでは…」
「まあ確かにアイツは今日非番だけどな…って、なーに気ィ遣ってんだよ」
海燕は肘を着くと明るく笑い、結局口をつけないままの湯呑みをコトリと置いた。
そしてルキアの鼻先に指を突きつけて、テーブル越しに顔を近付けた。
「それとも何だ? こんなチビっこいのにアイツが嫉妬するとでも?」
「と、とんでもない!」
口調から冗談だという事は明確だったが、それでもルキアは慌てて首を横に振った。
何を考えているのだ自分は。
例えこの事が何処からか伝わったとしても、あの方が自分に対してそんな感情を抱く理由など無い。
名前だけは立派な自分などとは違うのだ。彼女は。
「――あの方は…憧れですから」
死神としては勿論、女としても、――そしてこの人の妻という事も含め、全てに於いて。
小さな声で言ったルキアを、じっと見つめた海燕だったが、やがて2度程瞬きしてから大きく息を吐き出した。
何だよと呟いてバリバリと頭を掻く。
「俺の心配じゃなくて単にアイツに会いたいだけってか?」
ルキアの言葉をそのままの意味に受け止めたらしく、わざとらしい溜息を吐く。
「ったく、何だって女どもはやたらとアイツが好きなんだかな。目の前にこんないい男がいるってーのに」
おかしいと思わねえ? と、腕を組んで言った海燕の口調は不機嫌極まりない。
彼女に憧れる死神は多いから、こんな状況はよくある事なのだろう。
だけど。
「……嬉しそうですね」
言葉とは裏腹にどこか嬉しそうなその表情に、思わずそう口にしたルキアは慌てて口を噤んだ。
幾ら何でも馴れ馴れしすぎだ。
「すみません」と小さな声で言って俯いた瞬間、海燕の大きな手がルキアの頭にポンと置かれた。
そのまま乱暴な手つきでグシャグシャに撫でられる。
「言う様になったじゃねーかコイツ」
そう言った海燕は口調も表情もとても嬉しそうで。
その笑顔に釣られた様に、乱れた髪を整えるのも忘れてルキアも笑みを漏らした。
こんなに自然に笑ったのは、どのくらい振りだろうか。
それを見て満足そうな顔をした海燕が、ああそれと、と思い出した様に口を開いた。
「とりあえず、誕生日おめでとうと言っとくぞ」
その言い方が何とも彼らしくて、ルキアはまた笑う。

冷え切った指先もすっかり温かさを取り戻していた。





saltcandyの森沢みどりさまより頂きましたー。
ほのぼのとした海燕殿とルキアさんの光景に、幸せすぎて倒れそうです。

森沢さんの書かれる日常の何気ない会話や、文章に編まれた空気が大好きです。


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